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書籍発売記念SS◆ナヴァール邸の天使(※sideセレスタン)

(※これはシャルロットが生まれてから七〜八ヶ月ほどが経った頃のお話です^^)


──────────────────



 俺の名はセレスタン・ラクロ。ナヴァール辺境伯私設騎士団の副団長であり、このリラディス王国きっての美男子。貴婦人やご令嬢方の甘いため息を背に、日々剣を振るい、自己研鑽に励んでいる。

 その日、報告書類を手に久方ぶりにナヴァール邸を訪れた俺は、家令に教えられ庭園のほうへと向かった。


(いい天気だもんなー。いいなぁ、家族で団らん中とは……団長め。俺もたまの休日にはあんな可愛い奥方と娘に囲まれて、午後のひとときを楽しみたいもんだ)


 庭園の奥に設えられたガゼボへと向かうと、そこには目当ての男はおらず、ご自慢の奥方もいない。その代わり、クリーム色のワンピースを着た世にも愛らしい小さな赤ん坊がいた。

 ようやく一人で座れるようになったばかりのその子は、このお屋敷の奥方であるエディットさんにそっくりな栗色の髪に、夜空のような美しい色の瞳をしている。ガゼボに敷かれたシートの上には柔らかそうなクッションがいくつも置いてあり、天使のような小さな彼女はそこに鎮座していた。周囲には何人もの侍女や乳母、メイドたち。

 俺は赤ん坊を驚かさないようにゆっくりと歩み寄り、近くにいた侍女に尋ねる。


「ご当主は?」

「いらっしゃいませ、ラクロ様。つい今しがた、数名の領民が祝いの品を持ってみえて……。旦那様と奥様はそのご対応中でございますが、すぐにお戻りになるかと」

「ああ。なーるほど。こっちに向かってる間に入れ違いになっちゃったかな」


 この小さな天使、シャルロット嬢が生まれてからというもの、ナヴァール邸には多くの祝いの品々が絶え間なく届けられているらしい。無骨で愛想のない団長だが、案外民たちからは慕われているのだ。見た目はいかつくて怖いが、領主としても騎士団長としても立派な人物なのは間違いない。


(泣いちゃうかなぁ、どうかなぁ……顔を合わせるのは数週間ぶりだもんなぁ)


 そんなことを心配しながら、俺はそっと天使のそばに近付き、静かにしゃがみ込む。

 小さな両手でうさぎのぬいぐるみを触っていたシャルロット嬢が、俺の気配に気付きこちらを見上げる。俺はわずかに首を傾け、最上級の笑みを浮かべた。


「ごきげんよう、シャルロット嬢。セレスタンです。覚えていらっしゃいますか?」


 わざとそう慇懃に声をかけてみる。もちろん俺の言葉など理解しているはずがないのだが、彼女はしばらくの間ぽかんと俺を見つめた後、花が咲くようににぱっと笑った。


(く……っ!! か、可愛すぎるだろ……!!)


 ふわふわの薄い栗色の髪に、真っ白で柔らかそうな肌。薄いピンクに色づいた頬。まん丸の愛くるしい瞳。全てがたまらなく可愛い。

 自慢じゃないが、俺のこの笑顔に落ちなかった女はいない。この顔に生まれてよかった。生後半年ちょっとのシャルロット嬢でさえも、この俺に心を開いてくれている。

 しまりのない表情になっていることは自覚しながらも、俺は傍らに書類を置き、彼女に手を伸ばす。


「へへへ、訪問を受け入れていただき光栄です、シャルロット嬢。……抱っこさせていただけますか?」


 あふ、と小さな声を漏らす彼女を、周囲の侍女たちから止められないのをいいことに抱き上げ、立ち上がる。

 それでもシャルロット嬢は嫌がることなく、俺のことをじっと見つめながら手を伸ばし、小さな指で俺の顔をペタペタと触ってくる。

 されるがままになりながら、俺はしっかりと彼女を抱き、あやすように揺らし話しかける。


「はぁ〜……もう信じられないくらい可愛いなぁ。団長が羨ましいよ。こんな可愛い娘の顔を毎日見られるなんてさぁ。ね? シャルロット嬢。あなたは母上にめちゃくちゃ似ていらっしゃるから、きっととんでもない美人になりますよ。よかったですね、父上に似なくて」

「どういう意味だ、セレス」

「うおっ!!」


 デレデレしていたら、突然野太い声が背中に刺さり、思わず飛び上がる。

 おそるおそる振り返ると、そこには不機嫌そうな顔をしたこの屋敷の当主、マクシム・ナヴァール辺境伯が立っており、銀色の目で俺を睨みつけていた。その隣には、彼とは正反対の華奢で愛らしいエディットさんがいた。


「も、もうお戻りでしたか。お疲れ様ですー。いやその、団長たちは庭園でおくつろぎ中だと聞いたので。はは。あ、報告書類をお持ちしました」


 咄嗟にそう取り繕うも、団長はその恐ろしい目つきで俺をギロリと睨みつけたままだ。そしてまるで盗っ人から取り返すように、シャルロット嬢を俺から取り上げた。


「ああ、シャルロット嬢〜」

「お前、俺のエディットに余計な愛想を振りまくばかりか、まだ一歳にもならない娘にまで色目を使うのか」

「やだなぁ団長。変な言い方は止めてくださいよ。……あ、ご無沙汰していますエディットさん。今日も実にお美しい」


 可愛い天使をあっさり取り上げられてしまいがっかりした俺は、団長の陰で苦笑しているエディットさんに挨拶をする。もちろん、ここ一番の笑顔で。

 彼女はいつものように少し恥じらった仕草で、俺に挨拶を返してくれた。


「こんにちは、セレスタン様」

「ほら見ろ。娘の次は俺の妻だ。油断も隙もない軽薄者だな、お前は」

「ちょっと挨拶をしただけじゃないですか! すぐそうやって人のことを節操のない男のように……」

「事実だろう」


 ギャーギャーと言い合う俺たちをしばらく見守っていたエディットさんが、俺に控えめに声をかけてくれる。


「よかったらセレスタン様も、お茶を召し上がっていってください。レモンタルトを焼いたんです」

「うわぁ、いいですね! ありがとうございます。エディットさんの手作りのものは何でも最高ですから。大好きなんです俺。では遠慮なく」


 団長に追い払われる前にと、俺はすばやく椅子に腰かける。シャルロット嬢を片腕に抱いたままの団長が、うんざりした様子でため息をついた。


「まったく、厚かましい奴だなお前は」


 そんな文句を言いながらも、団長は俺の隣に腰かけた。シャルロット嬢は俺の顔を見て、またにぱっと笑った。


「へへへ……幸せだなぁ」

「人の家庭で勝手に幸せを味わうな馬鹿。早く自分の家庭を持て」

「そこはどうぞお気になさらず」


 団長に手厳しく突っ込まれながらも、俺は美しい奥方と可愛らしい天使と一緒に、ナヴァール邸で午後のティータイムを楽しんだのだった。







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