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5. 明確な恋心(※sideマクシム)

「ほ、本当に……ありがとうございました、ナヴァール辺境伯閣下……。ご迷惑を、おかけいたしました。ごめんなさい……」


 オーブリー子爵夫妻とともに部屋を出て行く前、彼女、エディット・オーブリーは俺の目の前に立ち、か細く震える声でそう言った。怖々といった様子で上目遣いに俺を見上げる濃紺色の瞳は美しくきらめき、その可憐な美貌に思わず赤面しそうになった俺は急いで目を背ける。


「……気にするな」


 そんな愛想のない返事しかできないことが恨めしい。自分のこの筋肉質でデカい風貌が威圧感溢れるものであることは重々承知している。だからこそ怖がらせまいと目を逸らし、必要以上に淡々とした素っ気ない対応になってしまう。


 本当は、もっと優しく温かい返事をして安心させてやりたいのに。

 時間の許す限り彼女を見つめて、その愛らしい姿を目に焼き付けたいのに。

 それに、肝心なことは結局何一つ話せないままだった。


 オーブリー子爵夫妻に続いて部屋を出て行くエディットの細い肩は頼りなく震え、明らかに子爵夫妻に対して怯えているのが分かった。

 扉が閉まるとセレスタンがふーっとため息をついた。


「可哀相に……。大丈夫ですかね?あれ。子爵夫妻がきつい対応をしなきゃいいんですが……無理そうですね」

「……手が、」

「はい?何か仰いましたか?団長」

「手が、かなり荒れていた」

「……ああ、エディット嬢のですよね。俺も気付きましたよ。あんな折れそうなほど細い体で、場慣れしてなくて、……どうやらオーブリー子爵邸での暮らしは、彼女にとって楽なものではなさそうですね」

「……。」




 父から爵位を継ぎ、辺境の地で名を馳せ、必死で自分の地位を確立してきた。バロー侯爵夫妻が随分前に事故で亡くなったらしいという噂を耳にしてから数年間、彼女の行方をずっと探していた。あの子爵夫妻の元に引き取られたと知ってからも、人を使って散々調べ上げた。学園にも通わず、社交の場にも出て来ず、何故だかエディット嬢は人前には一切姿を見せないため、もう死んでいるのではないかという噂まで出はじめているとか聞いた時には焦りと苛立ちを抑えきれなかった。

 そんな彼女の義妹が今夜デビュタントを迎えると知って、縋る思いで王宮まで出向いてきた。家族のデビュタントならば、一家で姿を見せる可能性が高いと踏んで。そして俺がこの上なく苦手としている華やかなパーティー会場の片隅で、極力目立たぬように注意しながら、目を凝らして夢中で探した。

 彼女の姿を見るのは、およそ16年ぶり。それなのに、俺には一目で分かった。広間の隅、壁の方を向いてまるで隠れるようにして静かに立っている栗色の髪の儚げな女性。

 

 ──────エディットだ…………


 すぐにでも駆け寄り、挨拶をしたかった。だが、俺はこの風貌と戦歴からあらゆるところで恐れられ、氷の軍神騎士団長だの、冷徹の魔人だの、各地で妙な二つ名までつけられている身だ。


(……あんな細くて小さな体の令嬢が俺なんかに突然話しかけられたら、きっと怯えるはずだ……)


 そう思った俺は、ひとまず遠くから様子を伺った。


「…………。」


 何だあれは。見れば見るほどめちゃくちゃ可愛い……可愛すぎる……。


 透き通るほど真っ白な肌に、クリーム色の控えめなドレス。はっきりと覚えていた夜空のような美しい瞳と、栗色の長い髪。緊張しているのか、おどおどと頼りない様子さえ愛らしくてたまらない。

 気付けば俺はエディットから目を逸らすことができず、早鐘を打ち続ける自分の心臓の音を意識しながらただひたすらに彼女を見つめていた。

 だが、彼女に目をつけたのは、どうやら俺だけではないらしい。

 あんな壁際でずっと大人しくしているのに、何人かの若い男が目ざとく彼女に声をかけに行くではないか。それを見るたびに、焦りと嫉妬心で腹の底が熱くなる。


 16年前は、まだ明確な恋心を持っていたわけではない。向こうはまだ5歳、俺は若干12歳だった。ただ、可愛らしい子だな、さすがはバロー侯爵夫妻が大切にお育てになっているお嬢さんだ、などと好ましく思っていただけだった。


 だが、こうして今彼女の姿から一瞬たりとも目を逸らしたくない俺は、もうすでにこの心をエディットに完全に奪われてしまっていた。


(……まさか、こんな気持ちになるなんてな……)


 話がしたい。今どう暮らしているのか、幸せな毎日を送っているのかが知りたい。


 いや、もはや一刻も早く彼女を俺の元へ迎え入れたい。

 エディットがまだ誰とも結婚していないのならば、今すぐにでもこの俺が貰い受けたい。この手に彼女を得たい。


 俺が突然湧き上がったそんな独占欲に翻弄されている間にも、エディットに近付き声をかける男たちがいた。エディットは明らかに困っているようだった。


「……。チッ……」


 俺は一旦、側近のセレスタンを彼女の元に向かわせることにした。セレスタンは柔和な雰囲気と整った顔立ちで、どこへ行っても女たちから大人気のヤツだ。こいつなら、きっとエディットもそんなに怖がることはないだろう。






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