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44. 歓喜

「……久しぶりだ。こうしてゆっくりと食事をとるのは」

「そ、そうですわよね。……マクシム様、」

「しかもお前の顔を見ながら一緒に食べる食事だからな。格別だ」

「は、はい。私もです」

「……エディット、少し痩せただろう。ちゃんと食べていなかったな」

「っ!……そ、それがですね、マクシム様、その……」

「お前が元気でいてくれないと困る。もうこうして戻ってきたのだから、安心してちゃんと食事をしてくれ」

「は、はい……」


 つわりとやらで食が進まず痩せてしまった私を見て、マクシム様は自分がいなかったから私が気落ちして食べていなかったのだと勘違いしたらしい。まぁ、当初はたしかにそうだったのだけれど。

 胸をドキドキさせながら打ち明けようとすると、


「そういえば、母に手紙を送っておいたのだが、何か連絡はあったか?」

「あ、そうでした。マクシム様が旅立ってから一週間ほどした頃に、お義母様わざわざここまで来てくださったんです」

「ほぉ、そうか。突然来たのなら驚いただろう」

「いえ、私すごく嬉しくて……。マクシム様が行ってしまわれて落ち込んでいた私のことを力強く励ましてくださって、お仕事やお勉強まで見てくださったんですよ」

「ふ、そうか。お前の慰めになったのならよかった。礼の手紙を出しておこう」

「ええ。それに、結婚式のこともいろいろお話ししましたの。私のウェディングドレスのデザイン候補もたくさん考えてくださってて、もうほとんど決まってしまいました」

「そうか。それならよかった。俺はそういったことには疎いからな。母上に任せておけば安心だろう」


……といった感じで、積もる話に花が咲いてしまいなかなか言い出す機会がない。

 そうこうしているうちに食事は終わり、マクシム様は「王宮へ送る報告書類を整えてくる」などと仰って慌ただしく騎士団詰め所に出ていってしまい、結局次にお会いしたのは深夜になってからだった。






 ガチャリ、と寝室のドアが開き、ベッドに横になっていた私は慌てて飛び起きる。入ってきたマクシム様の漆黒の髪が濡れ、無造作にかき上げられていて色っぽい。いつの間にかもう湯浴みも済ませているらしい。私が少しウトウトしていたのかもしれない。最近やたらと眠くて仕方ない。


「……すまなかった。遅くなってしまったな」

「いえ。おかえりなさいませ、マクシム様」

「ああ」

「あの、お食事は……?」

「詰め所で適当に済ませたからいい。お前の方こそ、昼は結局ほとんど食べなかっただろう。ちゃんと夕食は食べたんだろうな」

「あ、あの……」


 留守の間のことは、お昼にあらかた報告し終えていた。いよいよだ。ようやくマクシム様に妊娠のことをお話しできる……!


 ところが。


 マクシム様はすぐさま部屋の灯りを落とし、私の方へと歩み寄ってくる。そして起き上がって座っていた私を押し戻すようにして、そっとベッドの上へ押し倒した。


「……っ!」

「……エディット……」


 私の両手をシーツに縫いとめるように大きな手を重ね、上からジッと見下ろすマクシム様。瞳に宿るその熱は、いつものように私の鼓動を高鳴らせた。けれど。


「……待ち望んでいた、この瞬間を。ようやくお前に触れられる……」


 熱情を隠そうともせず掠れた声でそう囁くと、マクシム様はそのまま私に唇を重ねようとする。


(…………っ!)


 ダ、ダメ。これはダメ……ッ!


 ふいにカロルの言葉が脳裏をよぎる。


『妊娠初期の今、日常生活の中であらゆる刺激や体への負担に気を付けなければなりません。ご夫婦の閨事も、当分の間は控えた方が安全かと思います』


「~~~~~~っ!マ、マクシムさま……っ!私……っ、あ、赤ん坊が、できました……っ!」

「………………。」


 熱い吐息がかかり、唇が触れ合う寸前。

 私の言葉にピタリと動きを止めたマクシム様が、そのままフリーズする。


「……。」

「………………。」


 シン……、と静まり返る室内。

 身動き一つせず、至近距離で見つめ合う私たち。


 どれだけ時間が経っただろうか。


 ついにマクシム様が、その大きな上体をゆっくりと起こした。


「…………確かなのか、エディット」


 その声は少し震えている。


「は、はい。確かです。数日前にお医者様に診ていただいたばかりです。私が全然食欲がなくて、気持ちが悪かったので、カロルたちが……、きゃ……っ!」


 突然マクシム様が私を抱き起こし、全身を包み込むように抱きしめた。分厚い胸板に押し付けられ、頭と背中に大きな手のひらの温もりを感じる。

 マクシム様の激しく高鳴る心臓の鼓動が、すぐそばで聞こえた。


「……エディット……!」

「……っ、」


 しばらくしてようやく聞こえてきた、絞り出すような吐息混じりのその声は、マクシム様がどれほど心から喜んでいるのかを私に伝えてくれた。






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