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4. 怒る義父母

「……まぁ、そうですよね。自分のしでかしたことを自分が知らないというのは、大人として非常に不安なものです」


 そう言うと銀髪の騎士様はあくまで穏やかな表情を浮かべたまま、淡々とした口調で語りはじめた。


「あなた様は先ほど、我々の主であるさっきの騎士団長、マクシム・ナヴァール辺境伯が話しかけた途端に、嘔吐して気絶してしまわれたのです。それで咄嗟にあなたの体を支えた団長の服が吐瀉物で汚れてしまい、団長は王宮の人から借りた適当な服に着替えた後、あなたのそばにずっと付き添っていた、と。……まぁ、簡単に言えばそういうことです。あ、ここは王宮の客間の一室で、ここまであなたを運んできたのもさっきの団長、ナヴァール辺境伯ですよ」

「…………な…………」


 なん、ですって…………?


 もう一度気絶したくなった。つ、つまり私は……、さっきのあの、大きくて強そうな騎士様の、いや、騎士団長様のお召し物を自分の吐瀉物で汚し、ここまで運ばせた、と……。

 辺境伯、様の……?


(だ、だからあの方は今黒いシャツ一枚しか着てなかったんだわ……)


 事の重大さに震える私に、銀髪の騎士様が慌てた様子でフォローを入れてくれる。


「あ、いや、気にしなくて大丈夫ですよ!団長はあなたに対して怒ったりすることは絶対にありませんから。本当に。あんな怖そうな見た目をしていますが、実際は非常に穏やかで……、いや、違うな。全然穏やかではないな。いえ、でもあなたに対してはとても優しくて、この上なく寛大な人からですから!ええ」

「そ、そんな……」


 何を仰っているのかが分からないけれど、たぶん私を安心させようとしてくださっているのだろう。

 だけど、そんな風に言われてもとても安心なんてしていられない。自分の失態を自覚するにつれ、だんだんと恐怖がこみ上げてきて涙が滲む。


「き、騎士団長様に、謝罪をさせてください……。そ、それに……、義父ちち義母ははにどれほど叱られるか……。あんな、は、華やかな、おめでたい場で、まさか私が……」

「……エディット嬢……、」


 銀髪の騎士様が何か私に話しかけようとしたその時だった。

 部屋の扉が勢いよく開けられ、悪魔のような形相の義父母、オーブリー子爵夫妻が飛び込んできた。


「エ、エディット……!全く、お前というヤツは……!」

「この恥知らず!まさか妹のデビュタントの会場で騒ぎを起こすなんて……!本当にろくでもない子ね!!」

「ひ……っ!あ、ご、ごめんなさい、お、お義父様……、お義母様……っ」

「まぁ、どうかそんなに怒らないであげてください、オーブリー子爵、夫人。彼女が悪いわけじゃないのですから」


 銀髪の騎士様が義父母を窘めるようにそう言ってくださるけど、二人はわなわなと震えながら拳を握りしめ、今すぐ私を殴りつけたいのを我慢しているようだった。


 その時。


「そこまでにしていただきたい。その男が言うように、エディット嬢に非があるわけではないだろう。俺は何も怒ってもいないし、迷惑だとも思わなかった」


(……っ!騎士団長様……っ)


 義父母の後ろからヌッと部屋に現れたのは、私が粗相をしてしまったあの大きな騎士様、……マクシム・ナヴァール辺境伯様、だった。銀髪の騎士様と同じように、私を庇うようなことを言ってくださる。


「あのだだっ広い会場の片隅で起こった小さな騒ぎだ。ほとんどの人間は気付いてもいなかっただろう」

「は、はぁ……ですが……」

「誠に申し訳ございませんでした、ナヴァール辺境伯閣下。この子は本当に不出来な娘でして……。遠縁の忘れ形見なものですから、私たちも哀れに思ってこれまで手元で育ててまいりましたが、何分病弱でろくな教育も受けられないまま、この歳にまでなってしまったのですわ」

「そ、そうなんですよ閣下。華やかな社交の場に慣れておらぬものですから。まぁしかしこのような失態をしてしまうとは……。この娘には帰ってからよくよく言い聞かせ、叱っておきますので、どうぞご容赦を……」


 オーブリー子爵夫妻がヘコヘコと辺境伯様に頭を下げながら私を貶め、言い訳のような謝罪をする。申し訳なさと情けなさで俯いていると、辺境伯様の唸るような低く力強い声が響いた。


「……俺の話を聞いておられなかったのか。彼女を叱る必要など一切ない。ただ具合が悪くなったのをたまたま俺が介抱しただけだ。エディット嬢に辛く当たるのは止めていただきたい。お分かりか」

「……は、はぁ……」

「承知いたしましたわ、閣下。お心遣い、痛み入ります……」


(……辺境伯様……)


 チラリとお顔を見上げると、銀色の光を帯びたグレーの瞳とパチリと目が合った。けれど、辺境伯様はすぐにふいっと目を逸らしてしまった。





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