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1. 虐げられた娘、初めての夜会へ

「お前の両親は莫大な借金を残して死んだんだ。それを私らが肩代わりしてやり、さらにお前という孤児を助けて面倒を見てやる羽目になった。うちにとってこれがどれほどの負担になったか分かるか?エディット。恩を感じているのなら、お前は我がオーブリー子爵家のために死にもの狂いで働け」


 義父となったオーブリー子爵から冷たくそう言い放たれたのは、私が6歳の時。両親が馬車の滑落事故で亡くなったすぐ後のことだった。幼くして突如愛する両親を失ってしまった私は孤独と恐怖と絶望の中で、遠縁にあたるこの人の言葉をただ信じ、ついて行くしかなかった。


 私がオーブリー子爵家にやって来た時、この屋敷には私より一つ年上の娘がいた。名はアデライド。そして私がここに来てすぐに子爵夫人がもう一人の娘を生んだ。その子はジャクリーヌと名付けられ、二人の姉妹はそれはそれは大切に育てられた。甘やかされ、可愛がられ、そしてまるでその代償のように私だけが疎外され、虐げられて育った。


「両親の借金の分まで死ぬ気で働け」と子爵夫妻は口癖のように私に言い、私は毎日朝から晩まで使用人のように働いた。いや、向こうももうただの使用人としか思っていなかっただろう。アデライドやジャクリーヌが美しいドレスを着て可愛いお人形を持ち楽しそうに遊んでいる時、私は冷たい水で一生懸命洗濯物を擦り、床を磨いていた。アデライドが王立学院に通い始めた頃、私は幼いジャクリーヌに石を投げつけられたり、蹴飛ばされたり、泥水をかけられたりしながら、それにひたすら耐えていた。いつもこの家の姉妹から馬鹿にされ、ひどい意地悪をされた。繕い物をして、掃除や洗濯をし、料理を運び……。使用人はたくさんいて人手は充分足りていたはずなのに、私は彼らの中でも特に多くの仕事を言いつけられ、休む暇もなかった。いつも色褪せて穴の空いたエプロンドレスを着て、手をガサガサに荒らしながら水仕事や力仕事をこなし、日に二度だけ与えらえる最低限の粗末な食事を大切に食べていた。




 ジャクリーヌが15歳になりデビュタントを間近に控えた頃、他の使用人たちに交じって居間を掃除する私を睨みつけながら、義父母が何やら話し合っていた。


「病弱でとても人前に出られるような子ではないと言ってこれまで押し通してきたけれど、一部の貴族たちの間で私たちオーブリー子爵家が良くない噂を立てられているそうなのよ」

「全く……誰が言い出したんだ。我々がバロー侯爵の忘れ形見を殺して埋めたんじゃないかだの、異国に売り飛ばしたらしいだの。くだらん噂話でろくでもない醜聞をまき散らしおって……!」

「人の足を引っ張りたい連中ってどこにでもいるのよね。本当に腹立たしいわ」

「……ああ。だがまぁ、ジャクリーヌのデビュタントの夜会に少し連れ出すくらいはしておくべきだろう。そろそろ人前にこいつの姿を見せんと、我々がよからぬことをしたと疑われたままではかなわん」




 夜会の日、私はオーブリー子爵と夫人から何度も何度も念を押された。お前は生まれた時から重い病を患っていたという設定を忘れるな、夜会では絶対に目立ってはいけないと。壁際で、とにかく黙って立っていろ。そして頃合いを見て合図をしたらお前だけ先に屋敷に戻れ、と。


 私は恐れ慄いた。もう21歳にもなる。引き取られてきて以来、これまでオーブリー子爵邸から外に出たことはただの一度もない。掃除をするのも屋敷の中だけ。買い出しにさえ行ったことはない。もちろん茶会やパーティーなんかに連れて行ってもらったことも、ただの一度もないのだから。

 それなのに、いきなり王宮での夜会だなんて……。


 その日の夕刻、子爵邸の侍女たちにより、私は初めてドレスを着せられた。クリーム色の控えめな、装飾の少ないものだった。けれど私にしてみればとても美しく素敵で、ますます震え上がるばかりだった。髪を梳かされリボンをつけてハーフアップに結い上げられ、慣れないアクセサリーもつけられる。泣きたいほどに不安だった。怖い。どうすればいいのだろう。マナーなんて一つも知らないのに。誰かに話しかけられたらどうしたらいいの……?


 緊張のあまり吐き気が込み上げるのを必死で堪えながら、私は不機嫌なオーブリー子爵夫妻と、浮き足立ったアデライド、ジャクリーヌ姉妹とともに初めて王宮の門をくぐったのだった。






 


 

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