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恒星の黎明姫  作者: ポルゼ
水の国・プレウス
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二人の想い

「私がまだ九歳くらいの時、カペラと一緒に家どころか国を抜け出したことがあった。それも夜にな」


 エラは昔のことを語り始める。エラが九歳となるとカペラは十一歳だが、そんな子供の時に家出をしたのだ。


「なんで?」

「その時、私とカペラは色々と嫌なことが重なっていた。だから二人でもう何もかも捨ててどこかへ行こうってな」

「エラはその時から滅茶苦茶賢かったからね。年上なのに子供っぽかった当時の私を助けてくれたんだ」

「いや、私もまだまだ子供だったし、私はお前を理由にして国を抜け出したくなっただけだ」


 子供の頃の二人にとって嫌なことというのがどういうものかにもよるが、家出を決意して実行するというのはなかなかできないことだ。

 しかし、今は誰もその嫌なことを追求はせず、話を聞くことに集中する。


「それでなるべく大人達に見つからないように裏道を通ったりしながら国の外へ出た。当たり前のことだが、夜に子供だけで国の外へ出ることは禁じられている」


 そう話すエラは、外の状況など忘れてしまっているような、昔を懐かしむ顔をしている。


「国の外へ出たのはいいが、目的地は特に決めていなかった。強いて言えば、クラズに行こうとは思っていたかな」

「クラズ?」


 ここでまたまたアステの知らない単語が出てしまい、ついついアステは口を挟んでしまった。


「クラズはここプレウスより南東にある八大国の一つだ。プレウスは水の国だが、クラズはタラン、つまり風の国だな。八大国の中でも平和で穏やかな国で、子供の私たちの面倒を見てくれる可能性が高いと思ったんだ」

「まぁ、子供だけで歩いて行くなんてどう考えても無理があったんだけど、そういう目的の一つでもないと不安で押し潰されそうだったんだ」


 クラズは争いを嫌い、平和と調和を大切にする大国の一つである。治安の良さ、安全度で言えば八大国の中で間違いなく一番だろう。勿論、平和を保つための組織も存在するが、クラズから戦争を仕掛けるようなことは歴史を見ても一度もないという。しかし、いくらクラズが平和な国だと言っても、他国まで子供だけで歩いて行くなど無謀と言う他ない。しかし、心を強く保つためには無謀であっても目的を明確に立てるのは大事である。


「ただ、夜の出来事だったからな。いきなりクラズを目指すのではなく、まずは朝になるまでどこかで休もうとして向かったのが千柱神殿だったんだ。なんとか忍び込んで一夜過ごせればそれで良かった」

「結局忍び込むことはできた。けど、その時も急激に大雨が降ってきたんだよね」

「千柱神殿は沢山の柱が建っているが、神殿を管理する人が住むための居住区も用意されている。まぁ、やっちゃいけないことだがそこに忍び込んでいてな。けど、忍び込んでいても気になるくらいの大雨が降っていた」

「そして状況が状況だったからというのもあって、ふと思ったんだよね。私たちが子供の癖して勝手に家出をしたことにヴォジャノーイが怒ったんじゃないかって」


 空想上の存在と言われていようが、当時のカペラ達にはヴォジャノーイによるものなのかもしれないと、その存在を信じるきっかけになったのだ。


「そして真夜中の神殿で私たちは出会ったんだ。ヴォジャノーイと思われる存在に」


 当時のカペラは急激な天候の悪化に不安を覚え、外を覗いた。すると、少し離れた神殿の方で何か普通ではない気配を感じていた。

 神殿は夜でも多少は灯りがついているため、真っ暗闇という訳ではない。だが、カペラはその時何かを視界に収めた訳ではなく、あくまで感覚的に気配を感じ取っていた。それは、カペラの非常に優れたアノーツの適正があったからこそだと考えるのが妥当だろう。

 カペラの異変にエラは気づくが、それが何に対してなのかは分からない。何故なら、エラはアノーツを使えないからだ。


「私はアノーツが使えない。だからカペラが気付けることが私には分からないことが多い。その時も私には何も分からなかったが、カペラの感覚の鋭さやアノーツの適正の高さを信頼していたからな。すぐに周囲の状況を把握するために、危険なのは百も承知で外へ出たんだ」


 エラは細心の注意を払いながら外へ出るが、カペラはまるで惹きつけられるかのように大雨の中どんどん進んでいく。その様子に、少し不安を覚えながらエラはついていく。声をかけても曖昧な返事しか帰ってこず、その時のカペラの頭の中ではエラの存在さえも希薄になっていたのだ。

 カペラは神殿の中央に進んでいくが、近づくにつれて雨や風が強まっていく。まるで、神殿の中央に荒れた天候の元凶でもいるかのように。

 エラは、この世界には二人しかいないのではないかと思ってしまうほど他に生物の気配を感じていなかった。カペラも同じような感覚だが、二人の他に得体の知れない台風の目のような存在をひしひし感じていた。

 そして、二人は神殿の中央にまで辿り着いた。しかし、二人とも動けない。否、脳が体を動かそうとする指令を出すことができないような、目の前の光景を処理することを最優先してしまったが故だ。


『お前達、私の存在を認識できているのか?』


 神殿の中央は十本の非常に大きい柱に円状に囲まれた場所である。真ん中にはヴォジャノーイを祀っているのであろう小さな台があり、水色の水晶のようなものがいくつか嵌められている。

 だが、その台どころか神殿の中央部分を丸々飲み込むような規格外の水が空中を覆って回転しているのだ。そしてその中央、周囲を覆う水のせいで明確に姿を見ることはできない。しかし、カペラには確かに感じ取れていた。そこに、自分の理解を超えた超常の存在がいると。

 

「……っ」


 カペラは声を出そうとするが、何故か発声できない。驚愕と困惑と少しの不安、色々な感情と目の前の現実離れした光景のせいだろう。


『ふむ、ただの人間が私の存在を認識したことが今まであっただろうか。まさか、あの者達(・・・・)以外に私を認識できる者が現れるとは。面白い』


 その何かは、少なくとも敵意を持っている訳ではなさそうだ。

 ここでハッとしたのはエラであった。少しの間、カペラと同じく固まっていたが、言葉を話しているという事実に驚きつつもコミュニケーションを計れる可能性を感じたからだ。


「わ、私はエラでこいつはカペラだ。あ、貴方は精霊ヴォジャノーイなのか?」


 エラは自分たちの名前など名乗る必要はないと思いつつも、礼儀として名乗ってからその存在が何なのかを尋ねた。その声は震えていた。


『エラにカペラか。お前達が特別なのか、それとも豪運なのかは分からないが、これは祝福すべき出会いなのかもしれん。私は……いや、お前達ともう一度出会うことができたのなら、私の名を聞かせてやろう。ふふ、密かな楽しみができたな』

「ま、待って! 貴方ともっと話がしたい! 貴方を知りたいの!」


 その謎の存在は気まぐれのように消えようとすると、それまで喋ることができなかったカペラが大きな声で叫んだ。


『それも、もう一度会うことができたらだ。そうしたら会話を楽しみ、お前達の為になるようなことに協力したっていい。それではな』

「待って!」

 

 謎の存在と共に、周囲の水や降っていた大雨、吹いていた風が急激に収まっていく。間違いなく、あの存在が起こしていた現象だったのだろう。

 消えてしまった空間を、カペラはしばらくの間見つめていた。まるで、何かに取り憑かれたかのような姿に、エラは一抹の不安を覚えていた。

 それから、二人はまた家出を続けるという選択をせず、プレウスに戻った。家出のことよりもあの謎の存在の方が気になってしょうがない。そして現実的に考えてやはりこのまま家出して二人で生きていくというのは、少なくとも子供では無理だという結論になったのだ。


「その後、バレないように互いの家に戻って、何事もなく朝を迎えた。けれど、その日から私たちの頭の中はヴォジャノーイらしき存在でいっぱいになっちまった」

「うん。今でも全く色褪せずにあの光景を思い出せる。本当に、私はあの存在に惹かれているんだ。不思議なことにね」


 二人の話を聞き終わり、アステ達は少しの間黙っていた。

 精霊ヴォジャノーイ。本当にそのヴォジャノーイなのかは分からないが、とにかく普通ではない超常の存在に出会ったという事実に驚かずにいられない。


「そ、そんなことが本当にあるのですね。確かに、話を聞くと本物のヴォジャノーイなのではないかと思ってしまいます」

「仮に本当にそれがヴォジャノーイだったとして、何故二人が会えたのかが不思議だな。ヴォジャノーイと思われる存在の言っていることからすると、通常は普通の人間が会うことはできないようだしな」

「凄いよ二人とも! もしかしたら、その千柱神殿に行けば本当に出会えるかもしれない」


 驚きと少しの困惑といった感情で話すシスティ、冷静に分析するプラナ、素直に受け止めているアステと、三者三様の反応をしている。 

 だが、今の話だとどうすれば精霊に会えるのかが分からない。真夜中に家出して神殿に向かったら天候が急激に悪くなり、神殿の中央に行くとヴォジャノーイらしき存在と出会える、なんて条件はある訳がないのだ。

 これから神殿に向かったとて、ヴォジャノーイに出会えるとは正直全く思えないというのがシスティとプラナの考えである。

 いくらカペラとエラの話の後だと言っても、もっとヴォジャノーイと出会える可能性を考えられる何かが必要だ。

 アステはしっかり信じてしまっているが。


「まぁ、システィとプラナの言いたいことは分かるよ。だからといってこれから神殿に向かって会えるとは思えない、でしょ?」


 カペラはシスティとプラナの言いたいことがその表情から分かっていた。そして、この話の後でも信じてもらえる訳ではないとも最初から分かっていたのだ。


「ヴォジャノーイの存在というところは信じられそうです。しかし、やはりこれから実際に出会えるのかという気持ちがあります」

「あたしも同じだ。ヴォジャノーイの存在が確かだとしても、出会える手段というか条件が分からないと話にならない。机上の空論じゃ困るぞ」


 二人のもっともな言い分に対し、エラが回答する。


「当然の疑問だな。むしろ、これで信じられたらそれはそれで変だ」


 エラは足を組み直し、少し考えた後、話を続けた。


「安心してくれ……とは言えないが、ヴォジャノーイに出会える可能性を高められるであろう方法はいくつかある。私が歴史学者になったのは、その方法を探す一助になると思ったからなんだ」

「そのために歴史学者になったのですか。して、その方法とは?」

「それはここではなく、実際に行ってから話そう」

「え、エラはここにいてよ。危ないよ」


 エラは千柱神殿に実際に行ってから説明しようとしていたらしい。しかし、カペラはエラを連れて行こうとは思っておらず、ヴォジャノーイに会う方法を聞くために会いに来たのだ。

 しかし、エラはそんな思惑だったカペラに少し怒っている様子だ。


「私はヴォジャノーイに会うためにこれまで研究をしてきたというのに、お前はそのチャンスを私にくれないのか?」

「い、いや、でも……」


 カペラにある感情は至ってシンプルである。それは心配だ。

 エラにはアノーツがない。また、体力的にもかなり心配なところがある。


「プラナはアノーツが使えるか?」

「いいや、あたしは使えない」

「そうか。じゃあどうやってここまで来たんだ?」

「アステに背負ってもらった。こいつは体力バカだから、あたし一人くらい背負っても普通に動ける」

「なるほど。なら私はカペラに背負ってもらおう」

「待ってよ。それでも危ないって……」


 カペラの様子から、どれだけエラを大切に思っているかが分かる。

 しかし、プラナとエラは似ているところがあるため、プラナが良いのならエラも良いのでないかという話が成り立つ。

 だが、やはりカペラは渋っている。


「頼む、私にも行かせてくれ。私に何かあってもそれは無理やり付いて行った私の責任だから気にすることはない」

「ふざけないで。私は騎士団の団長だし、何かあってもしょうがないの。こういう状況では率先して動かなければいけないから。けど、エラは違うでしょう? エラは安全なところにいて、お願いだから」


 カペラの切実さが伝わってくる。しかし、エラは譲らない。


「その気持ちは嬉しいよ。けど、頼む。私たち二人の夢だろう? もしヴォジャノーイともう一度出会えるのなら、お前と一緒がいいんだ」

「……」


 カペラは黙り込んでしまう。二人とも互いを大切に思っているが故に起きた衝突だ。そんな間に入っていける者はなかなかいないと思いきや、この場には一人いる。


「一緒に行けばいいじゃんか。エラのヴォジャノーイに関する知識は実際に千柱神殿に行って聞きながら色々試した方が良いと思うし、エラの身が心配だと言うのならカペラが死力を尽くして守ればいい。そうでしょ?」


 アステは至って真剣な表情でそうカペラに話しかける。

 シンプルな理由だが、エラに同行してもらってヴォジャノーイと会える可能性のある方法を試す方がやりやすいのは間違いないだろう。

 そして、カペラは騎士団の団長としての力を持ってエラを全力で守れば良い。


「カペラは水星の騎士団団長でしょ。エラ一人守れなくて、国を守るなんて大層なことは成し遂げられないよ」


 アステは容赦なくカペラに言葉をぶつける。そこに悪意も敵意もなく、ただ純粋に思ったことを言っているだけだ。

 しかし、カペラはそれを聞いて少し驚いた表情をした後、深呼吸をした。


「そうね。そもそも今は緊急事態。選択肢は少ないし、その中からできることを全力でやるしかない。エラを連れて行くことで少しでもヴォジャノーイに会える可能性が高まるのなら、それを選ぶしかない」


 カペラはエラの顔を見た。


「分かった。エラは私が背負って行く。死んでも守るから」

「あ、あぁ頼んだ」

 

 あまりにも真剣な眼差しで言うものだからエラは思わず照れてしまい、顔を背ける。そんな様子を見てアステとシスティは微笑んでいた。


「よし、そうと決まれば早速千柱神殿に行こう!」


 アステは立ち上がり、皆の顔を見て言った。この元気さに引っ張られ、皆のやる気が上がる。


「ヴォジャノーイに会うために必要だと思われる物がいくつかある。それを誰かに持ってもらいたいんだがいいか?」


 それからエラは厳重に保管している箱の鍵を開け、その中からいくつか物を取り出してバッグに詰めた。


「それは私が持ちましょう」


 アステとカペラはそれぞれプラナとエラを背負うため、システィが率先して荷物持ちを名乗り出た。アノーツを扱えるシスティならばバッグ一つ背負って動く程度は特に何の問題もない。


「ここから一旦国の外に出る必要があるから、どうしても時間はかかる。だから、少し速度を上げるよ」

「承知しました」

「オッケー!」


 システィとアステが了承したことを確認し、カペラは前を向く。

 エラを背負ったカペラは窓を開けて外に出ようとするが、そこは六階でかなり高い。


「それじゃあ行くよ」

「!」


 瞬間、システィとアステは空気が変わったことを感じ取った。騎士団から研究施設までの間を移動するときのカペラではないことは確かだ。

 窓から飛び降り、隣の建物の屋根に着地したカペラはおよそ人間とは思えないスピードで駆け始める。


(これは最早体力温存している場合じゃない……!)


 続いてシスティも着地してから一気にギアを上げた。


「うわ、凄い……」

「おい、感心してる場合じゃない。急がないと置いていかれるぞ」

「うん、ちょっと頑張らないとだね」


 そうして最後にアステが続いた。

 エラを加えた五人は、ヴォジャノーイと出会うために千柱神殿へ急ぐ。


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