非凡の人間の友人は非凡
「やぁ、ちゃんと休んでる?」
カペラと別れ、三人が別室で休憩し始めてから一時間程度経った。
そんな時、扉が開いてカペラが顔を覗かせた。
「休んでいますよ。外の様子はどうですか?」
目を閉じてはいたが、眠っていた訳ではないシスティが答える。
「異常なまでの天候の悪さは相変わらずだね。けど、少しマシにはなったかな?」
「そうでしたか」
「体の方はどう? まだ一時間くらいしか経ってないからあんまり回復できなかったかもしれないけど」
「いいえ、私はこれでも冒険者ですので、依頼を受けている時などは短時間でしっかり体力回復する術を持っています」
「そっか。システィは凄いねぇ」
「貴女ほどではありませんよ」
カペラはなんとも緊張感のない穏やかな口調でシスティと話している。部屋を見渡すと、ソファでアステとプラナが並んで毛布を被っている。
「よう。あたし達はいつでも行けるぞ」
「隣の彼女はぐっすりみたいだけどね」
「叩けば起きるから大丈夫だ」
がっつりプラナに寄りかかって眠っているアステに対し、プラナは頭を叩く。
「おい、起きろ。カペラが来たぞ」
「うーん」
叩かれてアステは目を覚ましたようだ。そんな呑気に見えるアステを見て、カペラは思わず笑ってしまう。
「アステのマイペースな感じは、こういう時に皆の緊張や不安を和らげてくれそうだね」
「そう〜?」
大きい欠伸をしながらアステは答える。その間、システィとプラナは立ち上がり、すぐにでも出発できる準備を整えている。
「なんだかやけにやる気だね。まだ何も説明していないのに」
心なしかやる気に見えるシスティとプラナを見て、カペラは少し不思議そうにする。
カペラは三人がルデルから聞いた話のことを当然知らない。まだ何の説明もしていない謎の呼び出しに対しての態度として、少し違和感を感じてしまうのだ。
「まぁ、ここにいたところで事態は何も進展しないからな。何かやるべきことがあるんならやるさ」
プラナは準備を整えて扉のところにいるカペラの横を通り過ぎながら言う。
「そうそう。せっかくプレウスに来たのにすぐこんな状況になっちゃって、全然楽しめてないんだよね。早くなんとかしたい」
アステも同じようにカペラの横を通り過ぎながら言う。
「そして、私たちは国のために一生懸命な貴女のために何かやれることがあるのなら手伝いたいのです」
最後に、システィがカペラの正面に立って言った。
そんな三人に対し、カペラは一瞬キョトンとした表情を浮かべる。まだ初めて会ってからこうして話した時間はほんの僅かであるのに、自分への信頼を強く感じたためだ。
「……なるほど。ルデルめ、全く」
はぁ、とため息をついてボソリと呟くカペラだが、その表情は穏やかだ。
「君たちの気持ちは受け取ったよ。それじゃあ、私に付いてきて。今から外に行くから」
少しはマシになったという天候だが、それでも危険なことに変わりはない。既に外は洪水の状態であるし、基本的に移動は建物伝いになる。
「外に出るのはいいけど、どこに向かうの?」
四人は騎士団の建物の四階のとある部屋に入り、雨粒が強く叩きつけられている窓の前に立っている。そこでアステはこれから向かう先をカペラに尋ねた。
「これから私の友人に会いに行くよ」
「カペラの友人ってどんな人なの?」
「歴史学者さ」
そう言うとカペラは窓を開ける。途端に部屋に猛風と大雨が入ってきて、まだまだ外が酷い状況であることを実感させられる。
(歴史学者か。やっぱり、カペラはそこを気にしているんだな)
プラナはカペラの言うちょっとやりたいこと、というのが国の歴史や精霊についての話に関係するものだろうと予想していたのだ。
そんなプラナの前に、アステがしゃがんで背中を差し出した。当然、プラナを背負うのは体力お化けのアステである。
「すまん、頼む」
「任せて!」
アステがプラナを背負ったところ見て、カペラが窓に足をかける。
「私の友人がいるのはこの国の研究施設でね。冒険者ギルドや騎士団の建物と同じくらい大きい建物で分かりやすい」
「まぁ、経済を回すには新しい技術を開発し、その新しいものから価値を生み出すのも大事だからな」
「プラナは本当に子供らしくないね。ねぇ、プレウスで仕事してみない?」
子供らしからぬ発言をするプラナに冗談混じりでカペラが言う。
「悪いがあたし達は色々な国に行く予定なんでな。やることがなくなって暇にでもなったら考えよう」
「それは良かった」
にこりと笑ってカペラは窓から飛び降りる。すぐ横の建物は三階建てで、その屋根の上に乗っている形だ。
続けてシスティ、最後にアステが飛び降りる。
「屋根は凄く滑りやすくなってるから気を付けて!」
「了解!」
外は変わらず雨音や雷音で声が聞き取りにくいため、自然と大きい声になる。
それから屋根の上を移動し始める一行だが、全員身体能力が凄まじい。屋根から屋根へと跳ねるように移動していく様は、とても人間業ではない。
現在は救助活動ではなく、カペラの友人の元へ行くことを目的としているため、スピードを気にする必要はない。勿論、向かう途中で救助を必要としている人がいたら迷うことなく救助しに行く。
カペラは屋根の上を移動しながらチラリと後ろを向く。システィとアステは普通に自分の速度に付いてきていることに驚いていた。
(アノーツを扱える人は身体能力が超強化され、常人離れした動きができたりする。だからシスティが私に付いて来れるのは納得だ。けど、アステは何故プラナを背負ったまま私の動きに付いて来れるんだろう。明らかに普通ではない)
カペラの中で、アステという一人の少女に対しての興味が湧いていた。
(アノーツが扱えないはずなのにアノーツを感じ取っているような発言もあった。アステとプラナは記憶喪失らしいけど、アステは……いや、あの二人は何者なんだ?)
アステとプラナはとても不思議なコンビである。システィも最初に抱いた感想だが、プラナは子供の姿に見合わず博識で頭がよく、アステはシスティと同じくらいに見える姿だが子供っぽくてアノーツを使えないが、どこか普通ではない雰囲気を醸し出している。
(彼女達は今回の大災害において、何か重要なキーになるような……いや、それは考えすぎかな。状況が悪すぎて変な考えになっているのかもしれない。けど、彼女達の協力は絶対に必要になるとは思えるんだよねぇ)
カペラもアステと同じく直感がよく働くタイプだが、カペラの直感ではアステ達の協力は非常に重要になるという予感があるようだ。
そうして一行は時々救助活動を行いながら、ついに研究施設の前までやってきた。
「ここだよ。一階から入ることはできないし、適当にその辺の窓から入ろうか」
カペラはそう言って適当な窓を見つけ、入ろうとする。
「空いてないなぁ。仕方がない」
カペラは剣を顕現させ、窓を割って中へ入る。その部屋には沢山の書籍が置いてあった。
「というか、カペラの友人はここに来ているのか? 天候が悪くなったのは真夜中だし、家で寝ている可能性は?」
「あるかもしれないけど、多分あの子はここにいるよ。よくここに泊まってるからね」
歴史学者ということもあり、研究者気質なのだろう。
「家にはあまり帰らず研究に没頭する、か。いかにも学者って感じだな」
「そうだね。いつも研究のことばかり考えてるし、変わってる子だよ。でも、飛び級して早々に学者になってるから、優秀であることに違いないんだけどね」
カペラ自身も非常に優秀で稀有な存在だが、どうやらその友人も非常に優秀のようだ。
「優秀な人は変わっているところがあるものですからね」
「そうだね。ただ、あの子がどこにいるかはあんまり分からないんだよね」
「これだけ大きい建物から探し出すのは難しそうだな」
プラナの言葉に頷きながらカペラが部屋の扉を開けた時だった。
「ん? カペラ、こんなところで何やってる?」
そこには、白衣を着た美少女が歩いていて、カペラを見るなり驚いた表情になっていた。
髪はカペラと同じくサイドテールにしていてブロンズ色、白衣の下は黒のTシャツとベージュのズボン。目の下には少し隈ができており、アンニュイな雰囲気を漂わせている。
「あ、いた」
まさかこんな早く出会えるとは思っていなかったカペラも驚きの表情である。しかし、探す時間を省けたのは良いことだ。
「現状について何か聞きに来たか? というか、その子達は?」
その少女は一瞬だけ驚いていたが、すぐに冷静に質問を投げかけてきた。
「そう、ちょっと聞きたいことがあってね。この子達は私の協力者」
「そうか。じゃあ私の部屋へ来い。そこで話を聞こう」
そう言って少女は歩き出し、カペラ達は大人しくついていく。
その道中、研究施設で働いている人たちが何度かすれ違ったが、カペラの姿を見るなり軽く会釈をしていた。しかし、カペラのことを嫌っているような様子は見られない。ただ騎士団の団長がいることに驚き、一応会釈をしているといった感じである。
少し高い階に登り、少女の部屋であろう扉の前で足を止めた。
「ここだ。少し散らかっているが気にしないでくれ」
カペラの部屋と同じくらいの散らかり具合だが、やけに綺麗に整えられた書類もある。自分が今必要としている書類はしっかり整えるが、それ以外のものは適当に置いておく感じである。
カペラ達は適当に置いてあった椅子に座った。
「私はエラナエス・メイソール。歴史学者をやっている。好きに呼んでくれて構わない。君たちはカペラの協力者とのことだが、この大災害をどうにかするつもりなんだろう?」
「その通りです」
「私の部下と協力して救助活動してくれてさ。能力値が高くて可能性を感じたから連れてきた。んで、まずエラに聞きたいことがあったからここまで来たの」
カペラはエラナエスをエラと短く呼んでいる。これは二人の距離感ならではのものだろう。しかし、その距離感をいきなり壊せる者がいる。
「エラは歴史学者ってことだけど、カペラとはどこで知り合ったの?」
アステはカペラがエラと呼んでいるところを見てすぐにその呼び方を真似た。いきなりそんな略称で呼ばれたエラはと言うと、本当に何も気にしていない様子であった。
「カペラは私の二つ上の先輩だが、小さい頃からの付き合いでな。まぁ、私の方が先に学校を卒業したが」
「そうなんだね。エラは歳いくつ?」
アステは続けて年齢を聞いた。デリカシーなどという言葉はアステの頭の中にはないのかもしれない。
そんな様子を見てシスティとプラナは最早呆れもしない。
「今年十八歳になる。だからカペラは今年二十歳だな」
「ちょっとちょっと、年齢の話をしないでよ。恥ずかしいじゃんか」
十七歳で歴史学者になっているエラと、十九歳で騎士団の団長になっているカペラ。この事実だけで二人がどれだけ優秀かがより分かる。
それからアステ達も簡単に自己紹介をした。
「それで、何を聞きたいんだ?」
早速エラは本題に入る。カペラは真面目な表情で話し始める。
「最初に言ってしまうと、私は今回の大災害が自然に起きたものとは考えていないの」
「そうか」
まるでカペラの話を予想できていたかのようにエラは頷く。
「もしかして、予想ついてた?」
「騎士団団長のお前がわざわざ騎士団を離れてこんなところまで来たんだ。本来、騎士団の部下を率いて色々やんなきゃいけないはずだろ。ということは、お前はただの自然災害だとは思っていないってことだ」
「うん、正解」
「ただの自然災害ではない。そうなったらこの国の住民であれば思いつくのは一つ。精霊、ヴォジャノーイだろ?」
「それも正解」
やはり、カペラの中にあったのは精霊ヴォジャノーイであった。あくまで空想上の生き物だと思われている精霊だが、カペラには何か引っかかるところがあるのだろう。
「精霊ヴォジャノーイの目撃例は昔からの言い伝えや本の中でしか記されていない。現代でもヴォジャノーイを見たという奴はいるが、誰も信じないし、実際それで探しに行ったこともあるがやはり嘘であるか見間違いでしかなかった」
「そうだね。でも、私はちょっと気になるところがあってさ」
「王城だな?」
カペラはエラの確認の問いに頷く。
王城は呼んで字の如く、王の住まう城であり、プレウスの中心に位置している。だが、一般人でもある程度のところまでは入ることができる。
アステとプラナがいつか行こうと話していたが、城の中では衣食住に関してなどの悩み相談を受け付けており、毎日沢山の人が訪れる場所だ。
そして現在の国の状況からして、既に一般人を受け入れるために城を解放している可能性がある。
「でもね、私は王城だけじゃなくて、あの場所も気になっているの」
「千柱神殿か」
「千柱神殿?」
その存在を知らないアステが首を傾げる。
「千柱神殿は、国の北側にあるヴォジャノーイを祀る神殿だ。ヴォジャノーイは千を超える種類の様々な生き物の姿になれると言われていてな、神殿には沢山の柱が建てられている。まぁ、流石に千個も柱はないがな」
「そこにヒントがあると思うんだ。あそこは標高が少し高いから、多分洪水もしていない。そこで、エラに聞きたいのは、ヴォジャノーイと会う方法よ」
その言葉にシスティとプラナは困惑の表情を浮かべてしまう。空想上の生き物だと言われていて、目撃例は言い伝えや本の中でしかない存在なのに、何故か実在するという前提でカペラは話を進めているのだ。
まず確認すべきなのは、ヴォジャノーイが実在するかどうかであるべきと考えるのは普通のことだろう。
「そうだな……」
しかし、エラは至って真面目に答えようとしている。この二人にはヴォジャノーイが実在しているという共通認識があるようだ。
「ま、待ってください。ヴォジャノーイは実在しているのですか? その証拠は?」
システィは困惑したまま質問を投げかける。プラナもその問いの答えを知りたそうにしている。
カペラとエラは一瞬顔を見合わせる。そしてカペラはこくんと頷き、エラは三人を見た。
「まぁ、これから協力してもらおうとしているんだしな。話さない訳にもいかないか」
そう言うとエラは少し溜めてから言った。
「私とカペラは、ヴォジャノーイに会った事がある」
「!?」
三人は驚愕の表情を浮かべる。目撃例は言い伝えや本の中にしかないという話だったが、カペラとエラはヴォジャノーイを見たことがあるという。
「それはヴォジャノーイで確定なのか?」
会ったことがあると言っても、それがヴォジャノーイであるとどうして言い切れるのかが気になったプラナが質問する。
「すまん、正直百パーセントとは言えない。けれど、ヴォジャノーイである可能性が高い。仮にヴォジャノーイでなかったとしても、あれはそういった精霊などという空想上の生き物だと思われている類の何かではある」
そうしてエラは、いつどこでどんな風にヴォジャノーイだと思われる存在に会ったのかを話し始めた。