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恒星の黎明姫  作者: ポルゼ
水の国・プレウス
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精霊・ヴォジャノーイ

「まず、この国の状況は最悪と言っていい。でも実はこれまでのプレウスの歴史の中で、何回か大洪水が起きたことはある。けど、それは三百年前とか、もっと前の大昔の話なんだよね」

「そんな昔に同じようなことがあったんだね」

「そう。その時よりも国は発展したし、技術力も上がった。けれど、自然の力というのは実感してきただろうけど、凄まじいんだ。人間の作り上げてきたものなんて、簡単に押し潰してしまう」


 強大な自然の前では人間が積み上げてきたものなど塵同然である。ただ、この世界には例外がいる。


「しかし、その自然に現状で対抗できる手段があるとすれば……」

「アノーツだね!」


 アノーツは一部の人間だけが扱える人智を超えた力である。自然に対抗するにはそれ相応の熟練度が必要だが、可能性があるのはやはりアノーツだろう。


「そうだね。だから現在、大急ぎで国中のアノーツが使える者を集めてるんだ。それで何ができるようになるかは不明だけど、まだ希望が持てる」

「なるほど。だから私を呼んだのですね」

「そういうこと。勿論、今回協力してくれた全員にお礼を言うつもりもあったよ」


 現状を打破するための策は一応あるようだ。しかし、アノーツが使えたとしても、そもそも一箇所に集まるのが非常に難しく、連絡するのも非常に困難だろう。


「まぁ、現状はそんな感じ。今すぐ何かできるかと言われると、ちょっと難しい」


 カペラは机に置いてあった水が入っているグラスを取り、一口飲んだ。


「ただね、私は今回の災害について、少し思うことがあるんだ」

「思うこと?」


 少し含みのある感じで話すカペラに、アステが聞き返す。


「さっき、プレウスで昔起きた大洪水の話をしたでしょ? けど、実はその大洪水は自然に発生したものではなく、とある精霊が引き起こしたのではないかと言われている」

「精霊? そんなのがいるの?」


 アステは分かっていないが、他の者達は皆分かっている。水の国、プレウスに伝わる精霊は非常に有名だからだ。


「うん。少なくとも、プレウス生まれの人で知らない人はいないだろうね。我が国に伝わる有名な精霊、名をヴォジャノーイ」


 精霊、ヴォジャノーイ。水の国、プレウスと言えばと街行く人に聞いた場合、ヴォジャノーイを挙げる人は多いだろう。昔からプレウスに伝わっており、ただの都市伝説や空想上の生き物だという人もいれば、人間には姿が見えないだけで存在すると主張する人もいる。

 ヴォジャノーイの存在を信じていようがいまいが、そういった昔から伝わっている存在というのは、現在のように異常な自然現象が起きたりすると、何故かそういった存在が引き起こしたのではないかと人間は考えてしまうものだ。


「精霊なんているんだ」

「いや、本当にいるかどうかは分からないよ。ただ、昔起きた大洪水の時は、その大洪水が起きる前にヴォジャノーイを怒らせるようなことをしたと言われている」

「そんな悪いことをしたの?」

「三百年前の大洪水の時は国の王政が悪くてね。やはりそういう時に一番苦しむのは市民なんだよ。しかも、その状況を打破しようとしたのか、国周辺の自然も荒らすように開拓したり、国の発展のために出た廃棄物を平気で川に流したり……とにかく、そりゃ精霊も怒るよなって思っちゃうようなことをしていたんだ」

「なるほど……」

「君達がこの国を見てどう思ったかは分からないけど、プレウスは経済を重視していてね。この建物なんか凄く立派だろ? これも経済を回し、国の発展を最優先で考えた結果だよ」


 水の国でもあるプレウスだが、実は経済を重視している国としても有名である。小川が綺麗に沢山整備されているのも、お金と時間をかけて作り上げてきたものだからである。

 立派で精巧な建物の冒険者ギルドや騎士団の拠点も、国の強さや豊かさを誇示する要素の一つとなり得る。これだけで、現在のプレウスがどのような思想で動かされているのかや、どんな思惑があるのかがなんとなく分かってしまう。

 しかし、そんな立派な建物はなんとか無事でも、果たして他の建物は現状の大災害を耐え切れるのだろうかという当然の疑念が湧いてくる。


「つまり、国の発展や経済ばかりを優先し、他のことを蔑ろにしていることでヴォジャノーイが怒って大災害を起こしたと?」


 システィはこれまでのカペラの話を簡単に要約し、確認を取る。


「うーん、そうかもなぁなんて最初は思ったんだけど、最近のプレウスはただただ経済だけを優先している訳じゃなくてね、先進的な考え? とかいうので環境の問題とか色々配慮するようになっているんだよ。まぁ、それでもヴォジャノーイ的には怒るくらいのことをしているのかもしれないけどね」

「まぁ、そもそもヴォジャノーイが本当にいて、かつこの災害を引き起こしているというのは眉唾物と言わざるを得ないと思いますが……」

「はは、そうだね。でもね、なんとなーく、ただの自然災害じゃない気がするんだよね。勘だけど」


 カペラはそう笑いながら言った。カペラの勘とやらがどれだけ信憑性のあるものなのかは不明だが、不思議と全く信じられない、とは言えない気持ちになるような、どこかアステに似ている部分があった。


「まぁ、大体言いたいことは分かったが、それでカペラはどうしたいんだ? 今アノーツを扱える者達を集めてるんだろ?」


 精霊の話をわざわざ持ち出して結局カペラは何をしたいのか、どうしてそれをアステ達に語ったのかなど、疑問点が湧いたプラナが尋ねる。


「そうだね。けど、その者達を集めて行動するのはルデルに任せるとするよ」

「えっ!?」


 そんな話聞いていない、といった様子でルデルが困惑した表情を浮かべている。普通に考えたら団長であるカペラが指揮を取って行動するものだが、どうやらカペラにその気はないらしい。


「何を言ってるんです! 貴方が召集をかけたのですよ?」

「いやーそうなんだけどさぁ、ちょっとやりたいことができたんだよね。それに、みんな私の言うことなんて聞きたくないだろうし」

「何を勝手なことを……」

「ごめんごめん。ルデルには悪いと思ってるんだけど、頼むよ」


 ふざけているような口調で、ヘラヘラしながら勝手なことを言っているカペラだが、その表情を見てルデルは心を決めたようだった。


「分かりました。私が指揮を取り、現状の改善に努めます。しかし、流石に全て私の判断で動くのは不安ですので、団長の意見とどう行動するべきかは簡単にでも良いので教えてください」

「勿論だよ。ありがとう、ルデル」


 そんな二人のやり取りを見ていたプラナは、カペラは何か重要なことに気づいているのではないかと考えていた。


(ルデルはもう何を言っても聞かないから仕方なく承諾した、という感じではない。カペラに対する信頼もあるんだろうが、カペラの言うやりたいことってのが現状を打破するきっかけになると信じているって感じか。カペラの表情も一見ふざけているようだったが、最後ルデルに頼んだ時は真剣な眼差しをしていた。カペラは騎士団の団長だけあって、もっと色々知ってそうだな)


「カペラのやりたいことって何? 何するの?」


 プラナがあれこれ思考している時、アステはカペラのやりたいことというのに興味津々のようで遠慮なく尋ねた。こういう真っ直ぐなところは長所にも短所にもなるが、現状では長所になりそうだ。


「それはまぁ、いつか話すよ。あ、でもそうか……」


 最初ははぐらかそうとしたカペラだが、何かに気づいたように小さく呟いた。

 システィ、プラナ、アステと顔を見ていくカペラ。そして顎に手を当てて何やら考えている。ただそれだけの仕草だが、顔もスタイルも良すぎるためか、とても様になっている。先ほどまでのだらけたようなふざけたような姿が嘘のようだが、これも彼女の魅力の一つなのだ。


「君たち、今の体力はどんな感じ?」


 少しの間考えてからカペラが口を開くと、そんなことを尋ねてきた。何故、という思いを当然抱える三人だが、素直に答える。


「正直、疲労はある程度溜まっていますが、少し休めば問題ないかと」

「あたしはアステに背負われていただけだからな。体力的には何の問題もない」

「私はまだまだ元気満タンだよ!」


 三人の答えを聞き、カペラはまた少し考えると顔を上げた。


「分かった。それじゃあとりあえず君たちは休んでおいで。どこかで私が呼びにいくよ」

「それはいいが、私たちを呼んでどうするんだ?」

「それは後で説明するよ。ダメかな?」


 カペラは説明を後回しにしているが、やりたいことというのは気になるところである。


「いや、いい。そもそも私たちが今選べる選択肢は非常に少ない。騎士団の団長がわざわざ私達と関わってくれようとしてるんだから、断るのは勿体無い」

「プラナは正直でいいね。それじゃあ休んでおいで」


 それから三人はルデルに連れられて部屋を後にした。

 ルデルは他の冒険者や兵士のいない静かな部屋に案内してくれるという。その部屋へ向かう途中、システィは先ほどまでの会話で気になっていたことをルデルに尋ねてみることにした。


「ルデルさん、先ほどカペラさんが仰っていたことなんですが……」

「なんでしょうか?」

「アノーツを扱える者を集めてルデルさんに指揮を取らせようとする時の会話で、カペラさんは自分の言うことなんて聞かないと仰っていましたが、プレウスのアノーツを扱える者達は荒くれ者でも多いのでしょうか?」


 システィはカペラのその言葉に引っ掛かりを覚えていたのだ。騎士団の団長という立場のカペラの言うことを聞かない者ばかりなどということはあまり考えられない。

 冒険者には人の指図は受けないといったスタンスを持つ者は少なくなくない。それは自由を求めている者が多いからということが挙げられる。

 しかし、今は緊急事態で、しかも相手は騎士団の団長である。プレウスは大国なだけあって、決して国の治安や教育レベルが低い訳でもないのだ。


「あぁ、いえ、荒くれ者が多いということはありません。まぁ、癖の強い人が多いなとは思いますが」

「それなら何故、カペラさんはあのようなことを?」

「それは……」


 ルデルは少しの間黙り、何かを考えているようだ。その様子からあまり話したい内容ではないことは察せられる。


「あなた方は団長に気に入られたようですし、話してもいいかもしれませんね」


 少し悩んだ後、ルデルはカペラの言ったことについて、理由を話すことにした。


「実は団長は、多くの人々から嫌われているんです」

「え?」


 その理由はとてもシンプルだが、システィには全く予想できないものだった。


「な、何故? 騎士団の団長になれているのだから、支持する人が多いのでは?」

「いえ、そう単純な話ではないのです。そもそも、団長が騎士団の団長になったのはその高すぎる実力ゆえなのです。要は、認めざるを得なかったということです」


 カペラの実力の高さは、武器を顕現した時に纏っていたアノーツでシスティは理解できていた。ただでさえ使える者の少ないアノーツだが、その中でもカペラは間違いなく秀でている。


「彼女の実力が高いことはわかりますが、騎士団の団長なら実力が高い方が喜ばしいのでは?」

「そうですね。私もそう思います。しかし、皆がそう思うわけではなかったのですよ」

「なんだ、カペラほどの実力がない者達が嫉妬でもしたのか?」


 プラナは適当に推理したことを言ってみる。しかし、それも決して間違いではなかった。


「それもありますよ。ただ、それだけではありません。まず、団長の性格ですね」

「あの適当そうな性格のせいか?」

「確かに面倒くさがりでいい加減で適当な部分があるのは否定できません。しかし、団長はアノーツの修練を怠ったことなどなく、この国のことをとても大切に思っているのです」

「性格的に良くないところもあるが、芯は通ってるって感じだな」


 プラナの表現は良く合っていた。カペラは自分の大切にしているものに対して、真摯に向き合う人物である。


「その通りです。しかし、特に騎士団を目指す者の中では、何故そんな奴がアノーツに優れていて実際高い実力を持っているんだという僻みというか嫉妬というか、そういう風に思われがちなのです。ただ、そこはあまり重要ではありません。重要なのは団長のアノーツです」

「アノーツ……もしかして、扱えるアノーツがケルトだから?」


 システィは何かを理解したようだった。同様にプラナも理解できていた。アステはよく分かっていない。


「はい。ケルトは炎を扱うことができ、団長のそれは本当に洗練されているものです。しかし、彼女は水の国、プレウスの騎士団の団長なのです。つまり……」

「アノーツのケルトはプレウスの騎士に相応しくない、みたいな感じか」

「はい。確かに団長のアノーツは凄いですが、水を扱うアデスではないというところを特に嫌っている人が多いのです。更に、歴代の水星の騎士団団長は皆、アデスを扱っていたという事実も悪い方向に働いていますね」


 水の国として栄えてきて、八大国の一つでもあるプレウス。そのプレウスを守る騎士団の団長がアデスではなくケルトのアノーツを扱うとなれば、良い印象を持たれないのは仕方のないことかもしれない。


「これまでは伝統のように騎士団団長はアデスを扱える者しかいなかったのに、その伝統をカペラさんが変えた訳ですね。しかもカペラさんが女性というところも関係してそうですね」

「まさに、その通りです。歴代団長は全て男性で、扱うアノーツが全てアデスでした。しかしここにきて、若く美しい女性が、アノーツのケルトを扱って団長に就任したのです。伝統を大切にする者達や、騎士団の団長を目指す者達からすれば面白くない要素ばかりになってしまうです」

「あんな美人さんが団長になったら嬉しいものなんじゃないの?」


 これまで黙っていたアステがお馬鹿そうな質問をする。


「はは、確かに、密かに団長を好いている者達もいますよ。しかし、周囲の圧力で団長を尊敬したり好いているようなところはあまり見せられないのです」

「一体どこら辺が先進的な国なんだろうな。価値観のアップデートができない奴ばかりの後進国だろ」


 プラナが毒付く。決して聞いていて気持ちのいい話ではないため、ついつい言ってしまったのだ。


「そうですね。ですが、彼女が団長に就任するのを任命したのは現国王なのです。なので、国王は国を変えていこうとしているのは本当でしょうね。そして、国王が任命したら流石に団長を嫌っている人達も文句は言えません」

「だが、凝り固まった考え方や価値観ってのは、それが正しいと頭で理解していても自分の中でなかなか認められないものだからな。国王も苦労してそうだ」


 そんな話をしていると、休憩室に着いたようだ。


「だからこれまで団長は、沢山の酷い罵倒や差別的な言葉をかけられてきました。それでも尚、団長は顔色を一切変えずに国のために騎士団の団長として働いているのです。私はそんな団長をこれからも支えていきたい」


 ルデルにはルデルの熱い思いがあるようだ。女性でありながら若くして団長に就任し、卓越したアノーツを扱うカペラ。そんな彼女は適当でいい加減なところがあるが、実は凄まじい罵詈雑言を浴びてきたのだ。それを全て受けながら団長として国のために働く彼女を、ルデルは本気で支えたいと考えている。


「ルデルに団長になろうという意思はないの?」


 カペラを支えるというルデルに団長になる気はないのかと、アステが尋ねる。


「全くない、とは言えません。いつか団長を超えたいと思っています。しかし、それは団長を支えながらでもできますので」


 そう言って少し恥ずかしそうにするルデルを見て、アステは微笑む。


「そっか。なら、私たちも力にならないとね」


 こんな話を聞かされては、カペラにより協力したくなってしまう。

 

「それでは、ここでお休みください。団長が呼びにくるそうですが、お疲れでしたら決して無理はしないでくださいね」


 そう言ってルデルは部屋を出て行った。部屋は至って普通で、食料も置いてある。毛布などもあるので、仮眠を取ることができる。


「まぁ、あんな話を聞いた後だが、あたし達はあたし達にできることをすればいい。カペラが何をしようとしているのか分からないけどな」


 プラナは適当にソファに置いてあった毛布を取って自分にかけた。すると、さも当たり前かのようにアステがプラナの毛布の中に入り、横にピタリとついた。

 しかし、プラナはいちいちそのことに文句は言わない。また、システィは椅子に座って休んでいる。

 休んではいるが、三人の表情からするに、何かを思うことがあるようだ。

 そうして三人は、束の間の休息を取ることにした。

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