水星の騎士団団長
「状況的に時間をかけられませんので、簡潔に説明します」
水星の騎士団副団長のルデルが救助活動に関して説明を始める。
「まず、行うべきなのは住民の避難誘導と救助です。時間をかければかけるほどそのどちらも困難になっていくでしょう。そのため、迅速に動かなければいけません」
時間的な猶予はかなり少ないと言えるだろう。しかし、プレウスは言うまでもなく大国であり、人口も非常に多い。残念ながら、国民全員を救助することは叶わないだろう。
「また、ご自身のことも憂慮してください。このままでは自分も危ないと感じたら、すぐに避難してください。それを止めることは絶対にしませんので」
ルデルは続けて話す。
「これから二つのグループに分け、それぞれ異なる地域に行きます。一つは騎士団の拠点のある方へ、一つは城のある方です」
少しでも多くの範囲をカバーするのなら二手に分かれるのは妥当な判断と言える。
それから適当に二つのグループに分けた。当然、アステ達は三人とも同じグループだ。アステ達のグループのリーダーはルデルである。
「それでは行きましょう。皆さん、私に付いてきてくだい」
アステ達が向かうのは騎士団の拠点がある方で、救助できる限界までいったら一度騎士団の拠点に立ち寄り、そこで休憩を取る。その後どうするかは状況次第ということになった。
明確に目標を立てて遂行しようとしても、状況は頻繁に変化するだろう。柔軟に、臨機応変に次の手を考える必要がある。
ルデルがます最初に外に出て、アステ達や他の騎士団のメンバーも続く。
プラナはアステの背中に背負われながら、的確に状況を把握する。
(建物の位置、水の流れ、人々が通る道、こちらの人数、システィのアノーツやアステの体力のような個人の能力を考慮して……)
現状で得られる情報を元に、次に取るべき行動を瞬時に考える。
「システィとそこの三人の騎士であの三階建ての建物の元へ! アステとルデルとそこの冒険者は馬車が引っかかってる道へ! 残りの冒険者と騎士は……」
プラナはすぐに指示を出す。しかし、他の騎士や冒険者達は本当にその指示が合っているのかどうか疑っている様子だ。いくらシスティがプラナを認めているとはいえ、やはり見た目は子供で指示が的確かどうかが分からない。また、子供の言うことなんてと思っている者もいるだろう。
「了解!」
しかし、システィとアステだけは違った。即座に指示に従い動き出す。
システィの向かう先の建物は老朽化が進んでいたのか、建物全体が揺れ動いている。崩れるのは時間の問題だろうが、その建物のすぐ近くと建物の二階に人がいることが暗い中でもなんとか分かる。
また、アステが向かう先には壊れてしまった馬車が狭い道に引っかかってしまっているが、その馬車を外して通ろうとしている人達がいる。ただ、その馬車を押して外してしまうと、その馬車の破片が流れてきて危険だ。
他にも出たいくつかの指示の方向を見ると、どれも早急に対応した方がいいと思われる状況しかない。
つまり、既にプラナの指示が的確であると分かるのだ。それに気づいたルデルは、システィとアステに少しだけ遅れてすぐに動き出した。それにつられ、他の騎士や冒険者達も動き出した。
プラナはアステに背負われながら、常に周囲を観察し、正確な状況判断でアステ達を動かした。
そのおかげか、次々と助けを求める人々が助け出されていった。しかし、今プラナを褒めたり侮っていたことを謝っている時間はない。とにかく次から次へと対処が必要な場所で動き続けるしかない。
そうして救助活動をしている間に夜は明けていた。だが、やはり分厚い雲が邪魔をして依然としてかなり暗いままで、街灯も消えてしまっているところが増えてきている。
システィはアノーツを使いながら、アステはその無尽蔵の体力で救助活動を続けており、それに次いでルデルもきびきびと動いている。明らかにその三人が頭一つ抜けて動けているのだ。
そんな中、システィはルデルを見て気づくことがあった。
(ルデルはアノーツが使えるようね。騎士団の副団長なのだから、当たり前なのかもしれなけれど)
ルデルは救助しようとしている人の前にある瓦礫が邪魔になっていることを確認すると、何もないところから大剣を顕現させて瓦礫を破壊していた。
武器の顕現はアノーツが使えるという証拠である。副団長とだけあって確かな実力を持っているようだ。
しかし、システィはメランで水を一時的に凍らせたり、足場を作ったりして臨機応変に使っているのに対し、ルデルは大剣を顕現させるだけでアノーツを使わないため、現状では使ったところで意味がないアノーツの持ち主なのだろうと予想ができる。
しかしシスティはすぐにそんな思考を振り払い、再び救助に専念した。
**
それから結構な時間が経った。既に街は洪水の状態で、避難している人の救助が困難であり、そもそも外に出ることができないだろう。
現在アステ達は騎士団の拠点となる大きな建物にやってきていた。こちらも冒険者ギルドと同様に、かなり精巧で立派な建物である。
「はぁはぁ、流石に疲れたわね……」
建物に入って高い階に登り、部屋に入ってようやく休憩できる状態になってからシスティは壁に寄りかかった。他の騎士や冒険者達も疲労困憊といった様子で動けないでいる。
「みんな、大丈夫?」
しかし、そんな中でもピンピンしているのがアステである。また、アステに背負われていたプラナも体力的には余裕がある。
「本当に異次元の体力ね。冒険者としては羨ましいわ」
「そう? 私はシスティみたいにアノーツを使ってみたいよ」
「皆さん、まずはお疲れ様です」
そんな会話をしていると、建物に入ってからどこかへ報告をすると言っていなくなっていたルデルが部屋に入ってきた。
「今すぐである必要はないのですが、もしも動ける人がいましたら一緒に来てくださいませんか? 特にシスティさんには来ていただきたいのですか……」
「私?」
「はい。勿論、しっかり休まれてからでも大丈夫ですので、無理はしないでください」
システィは疲れてこそいるが、別に動けないほどではない。後にしてもいいが、ルデルの表情からして重要そうな話がありそうな雰囲気を感じ取った。
「いえ、大丈夫ですよ。アステとプラナも行けるでしょ?」
「勿論、大丈夫だよ」
「あぁ、あたしもだ」
「分かりました。他は……」
ルデルは他の騎士や冒険者を見るが、皆とても動けそうな状態ではない。
「それではお三方、着いてきてください」
そう言われてアステ達はルデルの後を着いて行く。階段を上がっていくところからして、なんとなく偉い人に会う予感がするのは自然だろう。
「ここになります」
ルデルはとある部屋の前で立ち止まり、ノックをした。
「団長、今回協力してくれた方々をお連れしました」
「入ってー」
ルデルは団長と呼んだ。その声に対し、随分と気の抜けた声が返ってくる。
「女性かな?」
「かもな」
アステはプラナにコソッと聞いてみた。騎士団の団長と聞けばやはり男性を思い浮かべる人が多いだろうが、その気の抜けた声は女性のものだった。
「失礼します」
そう言ってルデルは扉を開けた。中は決して綺麗とは言えず、色々なものが散乱している。ただ、部屋自体は広く、団長という地位になって得られた部屋なのだろう。
「やぁ、君達が部下に協力してくれた冒険者ね?」
部屋の奥にはごちゃごちゃしている机があり、その机の上に座っている女性がいた。
水星の騎士団の制服である青色を基調としている制服を着ている。男性の騎士と違い、下はスカートで短い。髪は朱色でサイドテールにしており、顔はキリッとしたできる女性という感じの美人である。
「私とこの子は違うけどね」
アステは初対面の騎士団団長に対し、まるで友達のような感覚で言葉を返した。
「あぁ、そういえばそんなことをルデルが言っていた気がする。まぁ、君達がなんであれ、騎士団としては助かったことに違いはないし、団長として礼を言うよ。ありがとう」
団長はその端正な顔でニコッと笑みを浮かべて礼を述べた。
「団長、礼を述べるのであればとりあえず机の上から降りてください」
「ルデルは真面目だなぁ」
そう言って机から降りる。
「あと、いつも言ってますがスカートが短いです。こういう時くらいはしっかりしてください」
「いいじゃん。私はスカートは短い方が好きなんだから」
「それはプライベートでどうぞ」
この短いやり取りだけで、この二人の空気感というか距離感が理解できる。とりあえず騎士団の団長はルデルとは違い、色々と適当そうな感じがしてならない。
そんな二人を見ているアステ達に気付き、団長は挨拶をする。
「もう分かっていると思うけど、私は水星の騎士団団長でカペラ・マリハルと言うわ。改めて、騎士団に協力してくれてありがとう。今は本当に緊急事態だから、少しでも力を貸してくれてルデル達も助かったと思う」
「いえ、大したことはしておりません」
システィはルデルに対してもそうだが、しっかりとした口調で返した。
冒険者をやっている者達は礼儀や教養がない訳ではない。しかし、目上の人が相手でも丁寧な口調で話す人は少ない。
「あぁ、そんな硬くならなくていいよ。私としてはフレンドリーに接してくれる方が好きなんだ」
「そう言われましても……」
「ほら、そこの子みたいに話してくれていいよ」
システィにとっては目上の人に対して友達と話すような砕けた会話をするのは難しいようだ。
「団長、そう困らせないでください。それに今はもっと優先して話すべきことがあるでしょう」
「そうだった。じゃあ雑談は後にしよう」
「皆さん、どうぞお座りください」
三人は意外と散らかっていないソファに腰掛ける。
「えっと、まずこの中でアノーツを使えるのは?」
「私です」
「君か。そう言えば、まだ君たちの名前を聞いていなかったね」
そこで三人はそれぞれ名乗った。
「ありがとう。それでシスティのアノーツはどれ?」
「私はメランです。うまく水を凍らせることでこの状況でも色々と対処できるかと思います」
「なるほどー。確かに、うまく使えれば非常に役立ちそうだ。アステとプラナはアノーツは使えないの?」
「ごめんなさい、使えないんだ」
「あたしも使えない」
少し申し訳なさそうに言うアステだが、カペラは首を横に振る。
「いやいや、アノーツが使えなくてもできることはあるし、そもそもアノーツを使える人は貴重で少ないんだから、それが普通だよ」
「そうですよ。それにアステさんは体力面で、プラナさんは頭脳面で非常に優れていますから」
「そうなの?」
「へへへ、他の人よりちょっと体力があるだけだよ」
褒められたことで、アステは分かりやすく嬉しそうにしている。
「ルデルは大剣を顕現させていたからアノーツが使えるんだろう? カペラも使えるのか?」
アステとは反対に、プラナは至って冷静に褒められたことなど無かったように質問を投げかけた。
「あぁ、確かに私はアノーツを使えます。救助の中でも大剣を顕現させて瓦礫や障害物の撤去をしていました。そして、私のアノーツはアデス、つまり水なのです」
今は大雨による水害が最も大きな被害をもたらしている。そのような状態でアデスは果たしてどのように使うことができるのだろうか。
「なるほど。アデスは水を生み出すことが主だからな。自分が生み出した訳ではない水を自由に操るには相当な熟練度が必要だったはずだ。これは他のアノーツにも同じことが言える」
「その通りです。私はまだまだ未熟ゆえ、そのレベルには達していないのです。そのため、私にできるのは大剣を使うことくらいだったのです。お恥ずかしい限りですが」
もしもルデルが自然の水を操れた場合、救助できる範囲はかなり広がっていたかもしれない。しかし、できないことを今嘆いても意味がないことは皆分かっているので、責めるようなことはしない。
「まぁ、そこは今後のルデルに期待だな」
「それで、カペラは?」
「私はこれだよ」
そう言うとカペラは手のひらを上に向けた。すると、その上に炎を纏った片手剣が顕現された。
「……!」
その時、一番驚いていたのはシスティだった。システィのアノーツの熟練度は歳に見合わず高いレベルである。そんなシスティだからこそ、カペラのアノーツがどういうレベルにあるか理解できるのだ。
(今カペラさんが操っている炎はあくまで私たちに見せるだけのもの。けれど、そんな炎でもどれだけ洗練されているかが分かる。この人は、性格的に適当な部分があるのかもしれないけど、実力は間違いないと確信できる)
システィの胸中に生まれたのは、カペラへの純粋な敬意であった。カペラのレベルまでアノーツを洗練するには、並大抵の努力ではとても辿り着けない。だからこそ、カペラの凄さとその努力に敬意を表さずにはいられないのだ。
これは、アノーツを扱えるものならではの感情だろう。アノーツが使えない人にはこの凄さを実感するのは難しい。
少ししてカペラは剣と炎を消した。
「私のアノーツはケルト。炎を扱える。どう、惚れた?」
「す、すごい! なんか凄いことだけは分かったよ!」
そんなカペラに興奮した様子でアステが近寄る。
「そうでしょそうでしょ。もっと褒めてくれていいよ」
「とても洗練されていたというか、凄く綺麗にカペラの周りをアノーツが纏っていた感じだったよ!」
「!」
その言葉にアステ以外の四人が少し違和感を覚えた。
「アステ、カペラさんの周りをアノーツが纏っていたって……」
「うん、何かそんな感じがしたよ」
「……そう」
アノーツを感じ取るためには、アノーツが使えなければならない。アステはアノーツが使えないというのに、何故かカペラのアノーツを感じ取っていたような発言をした。
アステはこんなところで嘘をつかない。いや、どんな時も恐らく嘘をつけない。それはまだまだ付き合いの短いプラナとシスティでも分かることだ。つまり、アステは嘘をついていない。
(アステもあたしもアノーツは使えないが、記憶を失う前にアノーツを使えていたのかは分からない。ただ、今のアステの発言からすると、アステがかつてアノーツを扱えていた可能性は高いんじゃないか)
プラナはアステが記憶を失う前にアノーツが使えていた可能性を考える。記憶を失っていても体は覚えているといったような話があるが、それではないかと思案していた。だが、今アステがアノーツを扱える訳ではないため、議論したり考えるのは後でいいだろう。
「面白いなアステは。まぁ、とりあえず君たちには今の国の状況について、そして太古からこの国に伝わる精霊について話しておこうと思う」
そう言ってカペラは机に寄りかかり、話を始めた。