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恒星の黎明姫  作者: ポルゼ
水の国・プレウス
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未曾有の大災害

 アステ達がシスティと出会った次の日。夜明けに集合の話だったが、プラナはかなり早い段階で目が覚めた。


「これは……」


 目が覚めた理由は音であった。昨日の夜に眠ろうとしていた時は静かだった。しかし、今ははっきり言って異常としか言いようのない程天候が荒れている。凄まじい雨と風と雷の音が轟音のように響いているのだ。


(昨日はあれほど穏やかだったのに。天気が悪くなる前独特の空気もなかった。ここまで急激に天候が荒れることがあるのか……?)


 プラナは思案しながら自分の寝ていたベッドの隣を見る。高い部屋を取ってもらう訳にはいかなかったため、ベッドが一つの小さい部屋なのだ。


(なんでこいつはこんなうるさい中普通に寝ていられるんだ……)


 気持ちよさそうに眠っているアステを見て、思わず呆れてしまうが、同時に羨ましくも感じてしまうプラナであった。


「……てか、これ大丈夫か?」


 ただ天候が悪いというレベルを超えてしまっているため、宿もギシギシと音を立てている。

 

(正直、天気が悪いから今日は家に篭っていよう、なんて甘い考えはできないレベルだ。このままだとほぼ確実に洪水になるだろうし、豪風に豪雷も相待って建物の倒壊などの二次災害も次々起こるだろう。恐らく、少しでも安全な場所へ避難するようそのうち国中へ連絡がいき、騎士団かどこかの機関が住民を避難させるんだろう)


 国の一大事と言えるほどの危険な状況である。呑気に眠っている場合ではないのだ。そこで、プラナはアステを起こすために揺さぶった。


「おい、アステ起きろ。寝ている場合じゃないぞ」

「うーん……」

「おらっ!」

「ぐへっ!」


 なかなか起きないアステの腹を少し強めに叩く。流石にそれでアステは目が覚めたようだ。


「ちょっと、何すんのさ……」


 起きたばかりでまだ眠そうなアステだが、外の様子がおかしいことにすぐ気がついた。


「え、外でお祭りでもやってる?」

「馬鹿かお前は。異常気象というか何というか、突然天候がとんでもなく悪くなったんだよ」

「昨日はあんなに天気良かったのに」

「そうだな。まぁとにかく、外に出なければ安全というレベルは超えてしまっていることだけは分かる」


 そんな話をしていると、部屋の扉がノックされた。


「アステ、プラナ、起きてる?」


 システィの声がする。プラナと同様に外の音で早めに起きたのだろう。


「起きてるよ! 入って」


 アステはシスティに部屋へ入るよう促す。そうして入ってきたシスティは自分の荷物を持っており、外へ出る準備はできている様子だった。


「状況は理解しているわね?」

「あぁ、避難しなきゃまずい」

「えぇ、もう冒険者登録がどうのなんて言っている場合じゃない。まだ夜明け前で外は暗いけど、日が登ってきたところでこんな天気じゃ明るくなんてならない。付いているかも分からない街灯を頼りになんとか避難するしかないわ。だからすぐに準備して、避難するわよ」

「待て、避難するってどこに行くんだ?」


 まだ来たばかりのアステとプラナはプレウスの詳細な地図など見たことがなく、こういう時どこに行くのが安全かも当然知らない。だが、システィには心当たりがあるようだ。


「こういう非常時に一般にも開かれる場所といえば冒険者ギルドよ。後は騎士団のいる建物も開かれるはず。もしかすると城も開かれるかもしれないけどね」

「ふむ、やはりか。冒険者ギルドは普段一般の人が入れるのはあの広い受付の場所だけだろう。だが、あの建物の大きさから見ても、緊急時に避難先として解放すれば受け入れ先として十二分なキャパを確保できるだろうからな」

「そういうこと。もし無理そうだったら騎士団に行きましょう」


 すぐに状況を理解し、次に取るべき行動を決める二人。アステはそんな二人を眺めていた。


「……ふふ」


 すると少しの笑みを浮かべるアステに、プラナが訝しげな目線を向ける。


「おい、笑ってられる状況じゃないぞ」

「いやさ、二人が揃うとすごい頼もしいなと思って」


 取り乱さず、冷静に状況判断を行える二人はアステにとってはとても凄く見えるのだ。逆に、いざという時の直感力に関して言えばアステが頼りになるだろう。


「冒険者になるのなら、直感も大事だけど頭も使わないとダメよ。意地汚い奴らが沢山寄ってくるようになったりするから」

「そんなことあるんだ」

「そうよ。まぁ、いいから準備しなさい」


 そうしてアステとプラナは準備を始める。準備といっても、まだ荷物らしい荷物などないため、すぐに出発できる状態になった。


「よし、それじゃあ行くわよ。基本的には建物の壁に沿って歩き、まずは冒険者ギルドを目指すわ」


 宿の入り口まで行くと、より外が危険な状態にあることを実感することとなった。


「これは……」


 既に凄まじい水が道を流れており、激しい雷と風と雨の音で隣にいても声がかなり聞こえづらい。

 もう少しで洪水といえるくらいの酷い状況で、本格的な洪水になるのは時間の問題だろう。いずれ外に出たくても出られなくなる時がくる。


「私の後ろについてきて! 真ん中にプラナ、一番後ろはアステで、アステはプラナをしっかりフォローしてあげて!」

「分かった!」


 システィは大きな声で言い、アステも大きな声で返す。それでやっと聞こえるような状態だ。

 プレウスは水の国で、多くの整備された小川が街を流れている。しかし、今はその川が氾濫し、凄まじい速度で水かさが上がっている。

 外にはシスティ達のように、危険を察知して何とか避難を試みる人たちがどんどん出てきている。

 まずはシスティが一歩を踏み出す。それにならい、プラナとアステも進み始める。凄まじい水量に、足が取られそうになるが、何とか踏ん張りながら少しずつ進んでいく。


「きゃあ!」


 そんな時、システィ達の近くにいた同じく避難している人たちの中に、水に足を取られて転倒し、流されそうになっている女性がいた。

 

「まずい!」


 プラナが叫ぶ。そこでアステが助けに行こうとするが、システィがそれを止めた。


「動かないで! 私がやる」


 そう言うとシスティは手のひらをその流されそうになっている女性に向けた。

 すると、その女性が流されていく方向の水が凍っていき、ある程度の大きさの氷の壁が生成された。アノーツを使ったのである。


「急ぎなさい!」


 システィがそう言うと、女性は何とか体勢を直し、近くにいた人に救助された。


「そうだ! システィがここら一帯の水を凍らせるか氷の壁を作っちゃえばいいんだよ!」


 アステは名案を思いついたといった表情で言う。


「やれるけど、ダメよ」

「なんで?」

「氷が体温を奪うことと、道を塞いでしまうからよ。そして、ここら一帯だけ凍らせても意味がない」


 現在気温は人間にとってはちょうどいいくらいである。しかし、体が濡れた状態で氷に触れた場合は別だ。


「今の季節的には問題なく感じるかもしれないが、氷の冷たさは人間の体の自由をいとも容易く奪う。そして、ここら一帯という中途半端な範囲を凍らせても、これだけの雨量なら簡単に乗り越えてくるだろう。もしも凍らせるなら国全体を凍らせる必要がある。そして氷の壁を作ったら水はこなくなっても通り道として機能しなくなるから、人が通れなくなり、かつその壁で堰き止められた分の水が他の道へ移動してしまう」

「そっか! というか今って季節何?」

「そういえばこの世界の季節について説明してなかったな。ただその話は避難が終わってからだ!」


 プラナが丁寧に説明してくれたが、要は下手に凍らせるのは逆効果ということだ。

 そうして三人は時々周囲の人を助けながら少しずつ冒険者ギルドに近づいていく。


「うわっ!」

 

 しかし、今度はプラナが転びそうになった。後ろにいたアステが咄嗟に支えたが、やはり体格も力も子供のプラナでは厳しいかもしれない。


「プラナ、私が背負うよ」

「すまん、頼む」


 そこでアステはプラナを背負うことにした。子供とはいえ、こんな状況で人を背負って進むのはかなりの体力を使うはずなのだが、アステは平然としている。


「お前、体力凄いな」

「私、体は強いみたい」


 プラナを背負ったことで、進むペースが上がった。先ほどまでより早く冒険者ギルドに近づいていく。


「あれって……」


 そこで、人々を誘導したり救助している者達がいるのを発見した。

 

「恐らく、騎士団よ」


 鎧などはつけていないが、皆が水色を基調とした制服らしきものを着ている。今は動きやすい格好でいないとまともに動けないため、鎧などは脱いでいるのだろう。


「とにかく、一度冒険者ギルドまで行きましょう」

 

 引き続きシスティを先頭に進んでいき、ついに三人は冒険者ギルドにたどり着いた。


「はぁ……」


 冒険者ギルドの一階は既に浸水が進んでいるため、二階に上がった。二階は本来休憩、交流スペースのようなところで、普段であれば談笑したりまったり過ごしている冒険者が多く見られる場所だ。しかし、今は逃げてきた住民や冒険者で溢れかえり、皆不安気だ。


「おい、救急箱をくれ!」

「誰か水を持っていないか!」

「お母さん、お父さん!」


 色々な声が飛び交う。冒険者ギルドの受付嬢や、救助の心得のある者達があっちこっちに動き、親を呼ぶ子供に駆け寄り、とにかく忙しくしている。


「本当に大変なことになったわね。こんなこと、かつてプレウスで起きたことがあったのかしら」

「分からんが、こりゃ国の一大事だな。最悪の場合、国が崩壊するぞ」

「そうね……あれ? アステは?」


 アステがいつの間にかいなくなっていた。二人は周囲を見渡す。


「いたぞ。どうやらじっとしてられないらしい」


 アステは絶え間なく響く助けを求める声に答えるべく、走り回っている。


「体力凄いわね」

「あぁ、体力お化けだな」


 二人はそんなアステをフォローしようと思い、アステの元へ向かう。そんな時だった。


「皆さん、聞いてください!」


 一際大きい声が響いた。皆がそちらの方を向く。

 そこには、騎士団の制服を着た青年がいた。まだまだ若いだろう青年だが、周囲にいる騎士団のメンバーではなく、その青年が喋っているところを見るに、高い地位にいるのかもしれない。


「私は水星の騎士団副団長のルデルと申します。現在、未曾有の水害がこの国を襲っており、私たち騎士団だけではとても対処しきることができません。そこで、冒険者の皆さんにご助力を願いたいのです!」


 ルデルという黒髪で端正な顔立ちの少年は真摯な表情でそう声を張った。

 現状をどうにかしようと思っても、騎士団だけでは対処しきれないのは当然だろう。あまりにも規模が大きすぎるためだ。

 冒険者への協力依頼をしているようだが、大抵の冒険者達は顔を見合わせたりして渋そうな顔をしている。


「勿論、強制ではございません。しかし、余力のある方がいましたら是非ともご協力をお願いします!」


 そう言ってルデルは頭を下げる。若くして騎士団の副団長という座についている彼は、決して驕っているような素振りを見せず、本心で協力を仰いでいることが伝わってくる。


「なぁ、どうする?」

「無理だろ。行ったところで何ができるってんだ」

「人を助けるのに協力どころか、どうやってこの国を出るか考えた方がいいんじゃないか?」


 しかし、周囲の冒険者の反応はかなり悪い。やはり、これから更に悪化するであろう外に出るなど、自殺行為に思えてしまうのは仕方がないことだ。

 

「当然、こうなるだろう」

「そうね。彼の真摯な願いには応えてあげたいけど……」


 プラナとシスティも、なら自分達が協力しようと前に出ることはしない。勿論、助けたい気持ちはあるが、リスクや状況を考えると即答できない。

 だが、そうは思っていない者が一人いる。


「私、協力するよ!」


 そう言ってルデルの前まで行くのはアステだ。周りの冒険者達はこんな小娘が何を言っているんだといったような表情をしている。


「本当ですか!」

「うん、協力して一人でも多く助けられる人がいるのなら」

「冒険者様の勇敢な心意気に感謝します!」

「あ、でも私冒険者じゃないんだけど、いい?」

「そ、そうですか。それでは……」


 冒険者ではないただの小娘。誰が見てもそう思うだろう。こんな状況でも誰かを助けられる実力を持っている者でなければ、むしろ足手纏いになってしまう。

 だが、アステの体力お化けっぷりを理解している者が二人いる。


「大丈夫ですよ」

「そいつ、こき使ってもピンピンしてるだろうからな」


 アステの側にシスティとプラナがやってきた。二人はアステを止めるのではなく、むしろアステの背中を押したのだ。


「そうなのですか?」

「あぁ、保証するよ」

「それと、私達も協力します」


 アステが協力すると言った時点で二人も付いて行くことは決まっているようなものだ。どうせアステを引き止めるのは無理であると理解しているし、アステが行くのに二人は冒険者ギルドで安全に過ごすなどという考えはないのだ。


「本当ですか! 本当に本当に感謝します」


 ルデルはまた頭を下げた。副団長でありながら、随分と腰が低い。


「あー、ただあたしは足手纏いになっちまうんだよなぁ」


 そう、直接的に人々を救助するのに関していうと、プラナはどうしても役には立たない。アステに背負われるだけになってしまうだろう。


「いや、プラナは絶対必要だよ」


 だが、そうは思わない者もいる。


「プラナなら、どこに行くべきとか、どう動くのが合理的だとか、そういう指示をしてくれる。だから、プラナはいなきゃダメ」


 まだ会って一日。それでもアステはプラナを完全に信頼していた。プラナは直接的な救助はできないが、プラナの指示によって動けば一人でも多くの人々を助けられる、そう信じて疑っていないのだ。


「その通りです。彼女は姿は子供ですが、恐らく私達の中で一番頭がいいですよ」


 システィはそう言いながら自身の冒険者ライセンスカードを見せた。そこには色々な情報が載っているが、特に目立つものとして数字の「70」と書いてあった。


「なるほど。その言葉、信用しましょう」


 するとその数字を見てルデルはすぐに信用することにしたようだ。


(ふむ。冒険者ライセンスカードの数字一つで信用を得られるかどうかが変わるのか。数字が高ければ高いほどいいのか、低ければ低いほどいいのかは分からんが、とにかくシスティは冒険者ライセンスカードの数字を見せるだけでかなりの信用を得られるほど冒険者として既に高いところにいるようだ)


 プラナは冒険者ライセンスカードにどれほど価値があるのかを知った。これで更に冒険者になるべき理由が増えた訳である。


「他に協力してくれる方はいらっしゃいませんか?」


 流石に協力者が三人だけというのは心許ない。そのため、ルデルは更に協力を仰いだ。

 アステ達のような少女がこんな危険な任務に志願しているところを見て感化されたのか、ちらほらと手が上がった。

 結果的に、十数人の冒険者が協力することになった。この話をしている間にも次々と避難民が建物に入ってきており、更に上の階にどんどん入っていく。これでは冒険者ギルドが受け入れ上限までいってしまうのは案外早いのかもしれない。


「それでは皆さん、任務の説明をしますので集まってください」


 そうして未曾有の災害を相手に、決死の救助活動が開始される。


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