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恒星の黎明姫  作者: ポルゼ
水の国・プレウス
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冒険者になるために

「……は?」


 冷たい声がアステの耳に届く。これは残念だから当然のことと言えるだろう。突然やってきた女が、運命などという臭い台詞を使って名前を尋ねてきたのだから。

 しかし、当のアステはそれが臭い台詞などとはこれっぽっちも思っていない。それはそれである意味凄いとも言えるが、現状では相手の少女に全く刺さっておらず、訝しげな表情を向けている。

 そのことに気づいたアステは、何故そんな表情をされているのかが良く分かっていない。だが、なんだか周囲の静けさなどを鑑みるに、自分が浮いていることには流石に気づく。


「え、えっと〜……」


 アステは苦笑いを浮かべた。勢いに任せて突撃してしまったが、どんどん居づらくなっている。

 

「あ、あの名前は……?」


 しかし、せめて名前だけでも聞いておきたいという気持ちは強く、こんな状況にも関わらずもう一度尋ねた。


「……はぁ、悪いけど一人にさせてくれる? 私は別に貴女を知る必要はないの」

「そ、そうなんだけど、どうしても知りたいんだよね」

「何故? 初対面よね?」

「うん。だからこれは私の直感。貴女のことを知りたいと強く思う」

「……そ、そう」


 これでもまだ、アステは少し恥ずかしそうしながらも真っ直ぐに少女の美しい金色の瞳を見る。そんな姿に、流石の少女も少し押され気味だ。ここまで言われるとまぁ名前くらいは教えても良いかという気持ちになるものだ。


「はぁ、分かったわ。とりあえずここでゆっくり話すことはできなそうだし、場所を変えましょ」

「うん、ありがとう! あっ、でも待って。今私の友達が受付で話しているはずだから、その子と合流してからでもいい?」

「別に構わないわ。何人いるの?」

「一人だよ。実はまだ会ったばかりなんだけど、見た目にそぐわずとても賢くって頼りになるんだ」

「会ったばかりなの? 貴女、騙されないように気をつけなさいよ本当に」

「大丈夫。少なくとも、プラナは悪い人じゃない。絶対ね」

「……そう」


 少女は少し不思議な気分になった。何故かは分からないが、アステが自信を持って話しているとその力強い目も相まってそうなのだろうと信じてしまうのだ。

 

「それでそれで? 名前は?」


 アステは今度こそと思い、少女へ名前を尋ねた。


「私はシスティ。システィ・ミーティスよ」


 その少女はシスティという。アステはようやく知れた名前に歓喜した。


「システィ! 美しい名前だね」

「それはどうも。貴女もいい名前だと思うわよ」

「ありがとう。でも私は……」

「おい、アステ! 何やってるんだ」


 アステが話している途中で、プラナがやってきた。どうやら受付での話は終わったようだ。


「あ、プラナ! システィ、この子がプラナだよ」

「……子供じゃない」

「悪かったな子供で。というかあんたは誰だよ。アステ、ちゃんと説明しろ」


 そこでアステは簡単に何があったか話した。


「なるほど、それでこれから移動しようとしていたと」

「ごめんね、勝手に決めちゃって。移動しても大丈夫?」


 アステは少し申し訳なさそうに言う。だが、プラナは特に気にしている様子はない。


「別にいい。さっき受付嬢と話していた感じでは、あたし達がすぐに金を手に入れるのは難しいみたいだからな」

「どういうこと?」

「まず、冒険者として活動するためには様々な手続きを踏まなきゃならない。まぁ、こんな大きな組織なんだから当然だな。だからすぐに冒険者になって金を稼ぐのは無理。少なくとも、今日中に冒険者になるのは手続きの都合上、絶対に無理なんだ」

「えっと、つまり今日私達は……?」

「城も閉まっている。つまり、野宿だ」

「わぁ……」


 ここまできて野宿で過ごさなくてはならないという事実に、アステは若干ショックを受けつつも、プラナと一緒なら楽しそうだし、なんとかなるだろうという凄まじいポジティブシンキングで割と平然としていた。


「お前、もっと落ち込むところだぞ」

「まぁ、なんとかなるよきっと。明日からまたやれること探そ?」

「ポジティブだなお前は。ネガティブなことばかり言うよりかは断然いいが」

「ちょ、ちょっと待って。今夜野宿するの?」


 そんな二人の会話を聞いていたシスティが会話に入ってきた。野宿するという言葉に反応したようだ。


「そうなるね」

「そうなるねって、女の子二人で野宿なんて、いくら国の中にいるとはいえ危険よ。貴女達に戦う力があるの?」

「あたしにはない」

「私はどうだろ。あるのかもしれないし、ないのかもしれない。つまり、分かんない」

「……はぁ」


 システィは呆れたようにため息をついた。危機感というものが欠如しているとしか言えない。


「安心しろ。ちゃんと野宿する場所は選ぶさ」

「そういう問題じゃない。もういいわ、貴女達、とりあえず付いてきなさい」


 そう言ってシスティは二人をある場所に連れて行った。その道中、色々な食べ物を買いながら。


「宿?」


 着いたのは宿屋であった。どうやらシスティが泊まっている場所のようだ。


「とりあえず、私が一つ宿を借りてあげるわ。今日はそこに泊まりなさい。はい、この食糧もあげるから」

「え、システィの部屋じゃなくて?」

「あのね、流石にさっき会ったばかりの人達を部屋に入れるなんて無理よ。けど、アステと話をする約束はしたからね。貴女達の部屋に少しだけお邪魔させてもらうわ。それでいい?」

「そっか。うん、分かった。本当にありがとう」

「まぁ、こっちとしては助かるばかりで断る意味もないな。ありがとう」


 システィの泊まる部屋に行けるというご都合展開には流石にならなかったが、二人からしたら本当に助かる話である。宿の用意にご飯まで買ってくれたのだ。全く持って頭が上がらない。

 そしてシスティは一つ追加で部屋を借り、その部屋に三人で入った。


「本当にありがとう。お金は大丈夫?」

「大丈夫よ。私、冒険者としては結構稼いでるから」

「アノーツも使えるもんね!」

「そうなのか?」

「えぇ」


 するとシルティは剣を顕現させた。アステが先ほども見た、美しい白剣である。


「なるほどな。それなら冒険者として金を稼ぐなんて簡単だろう」

「稼ぎはそこそこよ。実力は私なんてまだまだ」

「ちなみにアノーツは何を使えるの?」

「私はメラン。つまり氷を操れるわ」


 システィの外見や先ほどの男への冷たい対応から、なんとなくイメージ通りなアノーツである。


「かっこいいなぁ。ちょっと見せてくれない?」

「少しだけよ」


 そう言うと三人が囲む机の上に、小さな氷の兵士像が作られた。そこから更に、姫の像、王の像、平民の像など、次々と作り出し、小さな物語を彷彿とさせる氷の芸術が机の上に出来上がった。


「凄い!」

「アノーツはただ出力が高ければいいってもんじゃない。精密な操作ができるかもそのアノーツを使う上でとても重要なポイントになるが、これはかなり熟練の技術なんじゃないか」


 二人はとても関心するように氷の芸術を見ている。


「二人はアノーツを使えないのよね?」

「うん、残念ながら」

「あたしも使えない。知識があるだけだ」

「そう。なんだか意外」

「なんで?」


 シルティは、アステとプラナがアノーツを使えないことが意外だと言う。


「理由は分からないけど、二人ともアノーツを使えるような気がするの。本当に気がするってだけなんだけどね」

「まぁ、もしかしたら使えていた時があったのかもしれないからな」

「どういうこと?」


 そこでシルティにアステとプラナがどちらも記憶喪失であることを話した。

 二人とも記憶喪失などという奇妙な状況に、シルティも驚いている。


「そんなことがあるのね。それじゃあ、ある意味奇跡的な出会いだった訳ね」

「そうなんだよね」

「あぁ。けど、アステは自分のことも世界のこともほとんど記憶がないのに対して、あたしは世界のことは覚えているのに自分に関する記憶がほとんどないんだ。おかしいよな」

「それは本当に奇妙ね。本当に自分がしたかったことが分からないのなら、二人はとりあえず普通に生活していくことを目的としているのね」

「とりあえずはな」

 

 プラナはそのように考えていた。今のところは普通の生活ができるように金を稼ぐことが目的である。

 だが、実はアステはそれだけではなかった。


「えと、実は私、それ以外にも目的……というほどじゃないかも知れないけど、やりたいことがあるの」

「そうなのか?」

「うん。私、多分だけど兄妹がいると思うの。それも一人二人じゃなくて、沢山」

「マジ?」


 アステにはほんの少しではあるが家族の記憶があった。両親は全く思い出せないが、確かに兄妹がいたのだ。兄、姉、弟、妹、それぞれいたということだけは分かる。


「うん。だから家族探ししようかなって思ってるの」

「そうだったのか。けど、名前や顔は分かるのか?」

「それが名前も顔も思い出せないんだよね。しかも、私ラストネームが分からないから、同じラストネームかどうか確認することもできないし……」

「それは、果てしない目的かもな。というか、お前のアステという名前がラストネームである可能性もあるんじゃないのか?」

「ううん、それはないと思う。アステは私のファーストネームだよ」

「それも直感か?」

「うん、直感」


 まだまだ会ったばかりくらいのアステとプラナだが、アステが直感でそうだと言えば、なんとなくそうな気がする。プラナはそんな不思議な気持ちになっていた。


「家族を探す、ね。ただ冒険者しながらお金を稼ぐより、そういう目的があった方がいいと思う」


 システィは若干含みのある表情で言う。家族、というところに引っかかる部分があるのだろうということくらい、アステでも分かった。


「うん、だからプラナには悪いけど、私の家族探しも手伝ってくれたら嬉しい」

「それくらい構わない。そもそも、あたし一人じゃ冒険者としてやってくのは無理だし、しばらくはアステと行動を共にすることになるだろうしな」

「ありがとう、プラナ」

「でも、プラナは冒険者以外の、それこそ頭が良くないとできないような仕事で稼げそうだけど」


 システィはアステが言っていた通り、プラナが見た目にそぐわずとても賢いことを実感していた。まだ子供なために一般の仕事に従事することはまだできないだろうが、いずれは国の中枢にでも入ってバリバリ国を動かすこともできそうだと、システィはかなりプラナを高く評価していた。


「そうかもしれないが、ずっと同じ場所にいるのはつまらん。普通の生活というのは、どこかに持ち家を買ってずっとそこに住むとか、そういうことじゃない。まずは最低限の水準の生活を送れる程度に稼ぎつつ、冒険者のような国を跨いでも金を稼げる仕事について色々なところに行ければいい。もしかしたら、その旅の中であたしの記憶を取り戻すきっかけでも見つかるかもしれないしな。そこはアステも同様だろう」

「そうだね。色々な国に行って、色々なものを見て、色々な人に会ってみたい。冒険者の仕事も、家族のことも、みんなひっくるめて楽しんでいければ最高だよね」


 まるで子供の言うことのようだが、純粋さや物事を楽しむ心を失ってしまった者からしたら、アステがとても眩しく見えることだろう。


「全く、二人は中身と外見が逆になっているようで面白いわ」


 システィはそう言って小さく笑った。そんな姿を見て、アステは目を奪われた。


「システィは、とても綺麗に笑うね」

「きゅ、急に何?」


 途端に恥ずかしそうにするシスティ。しかし、アステはからかっている様子ではなく、本心でそう思ったのだろうなと分かる。


「お前、相変わらず凄いな。システィに話しかけた時のことも聞いたが、その思ったことをそのまま言えるところは長所だな。トラブルの種にもなりそうだが」

「そうなの?」

「まぁ、トラブルになったらフォローしてやるから安心しろ」

「流石、プラナ様!」

 

 そんなやり取りをしてから少し経った頃、システィは自分の荷物を手に持った。


「まだ話をしていたいところだけど、そろそろ私は帰るわ」

「えー、もう帰っちゃうの?」


 システィは自分の部屋に行くようで、立ち上がる。


「明日は朝早いのか?」

「えぇ、明日は依頼をいくつか受けるつもりだからね。なるべく早めに寝ておきたいの」

「そうか。だが、ちょっと待ってくれ」

「何かしら」

「あたし達に何か手伝えることはないか?」


 ここでプラナはシスティに手伝いを申し出た。一見するとご飯代と宿代の分を返そうとしているように見えるが、プラナがその想いだけで手伝いたいなどと言う訳はない。


「手伝いね」

「あぁ、荷物持ちでも何でもやろう。今日の分の借りを返さなくてはならないからな」

「そうだね、なんでも手伝うよ!」


 どうやらアステは純粋に手伝う気のようだ。プラナの意図には気づいていない。

 だが、アステは分かっていなくとも、システィには分かっている。


「まぁ、そうなるわよね」

「ダメか?」

「別にいいわよ。戦闘に関しては……あぁ、いや、まず貴女達は冒険者登録をしないとね」

「そうだな。手続きには時間がかかるようだが、明日中には終わるだろうし、朝早くに登録のための手続きをやろうと思う」

「それがいいわ。冒険者ライセンスカードの発行には時間がかかるし、その間は別に冒険者ギルドにいる必要はないから、私の依頼を手伝ってもらいましょう」

「その冒険者ライセンスカードが発行される前に依頼を一緒に受けていいの?」

「一緒に依頼を受けるのではなく、あくまで私が個人的に受けて、それを個人的に手伝ってくれるような形にすれば問題ないわ。ただし、その依頼の中で冒険者登録されていない者が怪我を負ってしまった場合、冒険者ギルド内の高度な治療やしっかりとした補助が受けられない。それは覚えておいて」


 冒険者登録することによって得られる恩恵は、ただ依頼を正式に受けられるということだけではない。冒険者登録してあることで様々な補助、補填、優遇を受けられるのだ。


「それだけ冒険者になると得られるものが多い。しかし、その分なるのも難しいし、条件も色々ある。そうだろう?」


 そう、多くの恩恵を得られる冒険者だが、簡単に登録できるのなら誰でも冒険者の肩書きだけでも得ようとするだろう。それでは冒険者の価値が落ち、ただ登録しただけの人に様々な恩恵を与えなくてはならなくなる。


「えぇ、決して誰でも冒険者になれる訳ではないし、なったらなったで色々なノルマが設定されているわ。夢の仕事に見えるかもしれないけど、そもそも冒険者になれない、なれても全く続かない人なんてごまんといるわよ」

「冒険者になって金持ちになる奴もいれば、全く稼げない奴もいるだろうし、楽な仕事な訳はないな。まぁ、それでもあたし達はなるしかないが」

「難しい話は終わり! とにかく明日から冒険者になるために頑張って、その間はシスティを手伝う。そういうことだよね?」

「つまりはそういうことね。それじゃあ、明日夜明けのタイミングで宿の前に集合しましょう。いいわね?」

「うん!」

「了解した」


 こうして三人は次の日も一緒に行動することになった。

 プラナはこの機会を逃すわけにはいかないと思っていた。冒険者としてのノウハウが全くない二人だけでこれからやっていくのはかなり難易度が高い。プラナは冒険者のリスクや難しさをしっかり理解しているため、ここでシスティというアノーツを扱える実力のある冒険者と仲を深め、できることならパーティでも組めたら非常に助かるどころではない。

 これはアステが呼び寄せた幸運と言える。受付に並んでいる時、アステを無理矢理にでも引き止めなくて良かったと内心思っているプラナであった。


「あ、システィ」

「何?」

「プラナはね、本当はプラナナって言うんだ」

「……そうなの?」

「こいつが勝手にプラナと呼んでるだけだ」

「そうなんだよねー」

「……それで?」

「それだけ」

「すまん、気にするな」

「……そう、それじゃあおやすみ」


 何とも言えない空気になってしまい、何とも言えない感じで部屋を出ていくシスティだった。


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