遥か高みの領域
(アステは案外大丈夫そうね)
カペラは背後のアステの様子があまり普段と変わっていないことを確認し、少し安堵する。
カペラ自身も斬られてはいるが、動けなくなる程度の傷ではない。
(とはいえ、アステとルデル達へのサポートを行いながらアルフェラッツの対処は流石に骨が折れる)
息を吐き、自分を落ち着かせるカペラの側で、アステはヴォジャノーイの方をチラリと見る。
(やっぱりまだ意識が戻る気配はないね。この状況、奴らを追い払うにはヴォジャノーイの力が必要になりそう……)
アステのアノーツは、現状ではただ大量放出することくらいしかできない。相手が未熟者であればそれでも勝てるだろうが、アルフェラッツのような強者が相手では決定打にはならないし、絶対に勝てない。
カペラ一人にかかる負担を考えると、このまま戦っていけば状況がより厳しくなることは明白だろう。
「カペラ、もういいだろう。お前一人がどれだけ強くとも周りが足を引っ張りすぎている。中途半端な戦力は大きな個の力にとって邪魔となる場合の方が多い」
「ふん、全く。どいつもこいつも、戦闘における強い弱いでばかり比較して。しょうもない」
「だが、力がなければ迫り来る脅威から守ることができない。今みたいにな」
「……」
カペラはそれ以上は会話を続けるつもりはなく、剣を構える。
また、そんな状況のカペラを虎視眈々と狙っている者がいた。
(もう少し……)
それはルデルや冒険者達と交戦しているロイデである。
ロイデはフェンガリに入るため、明確な実績を立てて役に立つとフェンガリに思わせなければならない。
しかし現状、ロイデが目立った活躍をしたかと問われれば、特段ない。
(私のしたことと言えば、プレウスの外交官として仕事をする中でフェンガリと連絡を取り、今回の作戦のために裏で色々と動いたことのみ。こういった根回しや裏での工作活動も評価されるだろうが、やはり戦闘における実力を示すのが一番分かりやすく、評価されるポイントだろう)
そんな思惑があるロイデはなんとかここで自分の評価を上げる一手を打ちたいと考えていた。それがプレウスの最高戦力の一人、カペラを打ち倒すことである。
(奴を倒せばフェンガリにとって私の存在価値は高いと判断されるはず。裏で動くのも得意、戦闘も得意なんて、理想的だろうからな)
ロイデは戦闘を行いながらタイミングを図る。状況的にはカペラが追い込まれているように見えるが、まだまだ足りないと判断しているのだ。
仮にロイデが真正面からカペラと戦っても勝てる可能性は限りなく低い。少なくとも現状の実力ではそう見積もることを悔しい気持ちがありながらも冷静に正確にロイデは判断できていた。
そんなカペラを倒すのであれば、確実に自分の最大の攻撃を最適なタイミングで与える必要がある。
「アステ、とりあえずそこにいて!」
ロイデの思惑など知るよしもなく、カペラとアルフェラッツはまたもぶつかる。
アステはまた少しでもアルフェラッツの意識を分散させ、カペラが有利になれるようにアノーツを放てるように準備する。
「ふっ!」
「チッ……」
二人の剣技は今はカペラが優っているようで、アルフェラッツに少し傷がつく。だがやはりアルフェラッツを倒すところまではいけない。
しかし、状況が変わる。
「このままでは……!」
それはルデルの苦しそうな言葉。シェラタンとロイデを相手にするのはやはり非常に厳しいものである。冒険者達も相当疲弊しており、傷も負っている。
そんな時、シェラタンがタラン、つまり風のアノーツを槍の一点に収束させ、またかなりのアノーツを込めて一気に放つというシンプルかつ強力な攻撃をした。
その攻撃から自分を守るためにルデルが考えた対処法は、アステのアノーツの使い方を真似るというものだった。
アステとルデルは共にアデス、つまり水のアノーツを操ることができる。そのため、アステの行ったアデスのアノーツを壁のように前方に展開し、攻撃の威力を減衰させたり軌道を変えるというシンプルな方法を行うということだ。
しかし、ルデルの体内の残りアノーツ総量的には、アステのように分厚く大きい壁を展開することはできない。そのため展開する範囲を小さく絞り、最低限壁を貫通して自分に当たっても致命傷にはならない程度の分厚さを確保する必要があった。
(ここだ!)
そしてルデルはそれを成功させた。
「へぇ」
シャラタンは少し感心していた。ルデルの前方に展開された水の壁はルデル一人分を丁度覆う程度の規模でしかなかったが、二メートル程度は分厚さがあり、かつ水をその攻撃の方向の反対側からぶつかるように動かすことで、タランの放出された攻撃は水の壁に入ってから明らかに威力が減衰したのだ。
「ルデルさん!」
「……!」
すると冒険者の一人の声がルデルに届く。
攻撃を抑えられたと思った矢先、ロイデによる同じようなタランの放出された攻撃がルデルに向かったのだ。
(なんとか水の壁で阻みたい……!)
ロイデの放ったそれは、シェラタンの放ったそれと角度が違った。直線的な動きで向かっていくのではなく、曲線的な動きで向かっていくのだ。
そのため、ルデルの水の壁を避けて向かっていくような弧を描いている。
ルデルは咄嗟に水の壁を動かした。そして辛うじて、水の壁で阻むことができた。
だが、その水の壁の中にはまだシェラタンのタランの攻撃が残っており、そこに横からロイデのタランの攻撃が当たる形になったことで軌道がぐんと代わり、合わさったことで威力が増して水の壁を飛び出ていった。
最初、ルデルは自分に飛んでくる方向ではなくて良かったと安堵していた。しかし、すぐに心臓が跳ねることになる。
「この軌道は……!」
威力を増したタランの攻撃の先には、ヴォジャノーイがいた。
未だどう動くか全く予測不能なヴォジャノーイ。現在は意識がないが、攻撃が当たったらどうなるのか不明である。
(伝説の存在であるヴォジャノーイがそれで消滅する、なんてことは考えられませんが、それでも何が起こるか分からない……!)
ルデルの焦りなど関係なく、ついにその攻撃はヴォジャノーイに当たる。
「ヴォジャノーイ!」
それに気づいたアステがヴォジャノーイの方を見た時、その場にいた全員が震えた。
「うっ……!」
突如、ヴォジャノーイが濃密で規模が段違いのアノーツをあらゆる方向に放出し、空から続いている水の柱から無差別な色々な形の水を飛ばすという攻撃が始まったのだ。
「アステ!」
それに伴い、カペラが即座に動いた。アルフェラッツはヴォジャノーイの方を注視しているため、カペラは戦闘を中断してアステの身を守ろうとしたのだ。
ルデルや冒険者達、シャラタンも自分を守るためにアノーツを使おうとしている。
「ここだ」
しかし一人だけ、他の者とは違う思考の人間がいた。
カペラはアルフェラッツやシェラタン達から背を向ける形でアステのいる場所に向かっている。
タランの攻撃が当たったことによる誰もが予想外のヴォジャノーイの暴走。それに対して各々の中の優先順位によるそれぞれの行動。それがカペラはアステを守ることであり、それはどう見ても隙を晒す行為である。
アルフェラッツはヴォジャノーイの動きを注視していることから、カペラに追撃はしなさそうである。それであれば、今カペラを狙い打つのは……。
「シュペルノヴァ」
自らの顕現する武器である茶色の杖を振り上げてそう言うのは、ロイデである。
「な……!」
その瞬間、突如膨れ上がるロイデのアノーツに、その場にいた全員が驚いた。
それまでのロイデの攻撃であれば、カペラなら大した苦労もせずに防ぎ切ることが可能だろう。
しかし、今回はそうはいかないことがロイデの発するアノーツから容易に想像できる。
「羨望と使者の暴風」
その言葉と共に、ロイデの前に巨大なタランのアノーツによって生成された暴風が巻き起こり、形を成していく。
やがてそれは巨大な騎士の姿となった。
「おいおい、今それ使うのかよ」
アルフェラッツが少しの動揺を見せながらそう言っていると、その暴風でできた巨大な騎士が同じく巨大な剣を持って思い切りカペラに向かって振りかぶる。
巨大な暴風による攻撃とヴォジャノーイの無差別と追われる水の攻撃が入り混じり、状況は更に混沌と化す。
(いつか誰かが使うだろうと思っていたけれど、ここなのね。あいつは最初から私を倒せる瞬間を探し続けていた訳だ)
カペラは自身に迫り来る攻撃に対し、一瞬は焦りを見せたがすぐに冷静になっていた。
(ヴォジャノーイの暴走、ロイデのシュペルノヴァ。そしてそれらに追撃するようにアルフェラッツの攻撃がくる可能性もある)
驚いているアステを左手で抱え、カペラは一旦巨大な騎士の剣で振りかざされる攻撃を跳躍して避ける。するとその攻撃は当然ながらずっと戦場になっている最上階にぶつかることになり、大きな音を立てて最上階のおよそ半分程度が容易く破壊された。
「何これ……」
アステはその威力に驚いている。これまでのロイデのアノーツとは明らかに威力が違う。
「アステ」
カペラは破壊されていない床のある部分に着地し、抱えていたアステを離す。
「これから私がやること、よく見ておいて」
「え……?」
「きっと、これからの貴方の成長の一助になれると思う」
カペラは剣先を床に向け、一つ深呼吸をする。
「ちっ……、やはりスピードが課題ですね……」
そんな時ロイデはというと、初撃でカペラに当たらなかったことを悔やみつつ、まだまだ追撃を続ける気でいる。
「カペラ、何をする気なの?」
「あいつと同じことを」
「同じこと……。あの巨大な騎士、明らかに今までのあの人の攻撃とは別格に強くなっていると思うんだけど、カペラも巨大な騎士を作るってこと?」
「いいえ。ごめんなさい、時間がないから今は詳しく説明はできない。だから今は目で見て、全身でアノーツを感じ取って」
次の瞬間、急激に膨れ上がったロイデのアノーツを遥かに超えるアノーツがカペラの周りに発生する。
先ほどまではロイデが戦場を支配するかのようなアノーツを放っており、ロイデが優位に立っているように見えていた。また、依然としてヴォジャノーイは圧倒的な存在感を放ってはいるが、今は暴走状態で無差別に無茶苦茶に攻撃をしており、そのアノーツはどこか不安定である。そのため、一時的にだがロイデのアノーツと暴風の巨大な騎士の存在が場を支配するように感じられていたのだ。
しかし、一瞬でその空気をカペラが塗り潰した。
「これは、アノーツを使える人の中でもほんの一部の人しか辿り着けず、使うことができない奥義」
「まずい……!」
カペラが何をしようとしているのかが分かったアルフェラッツは焦った様子でロイデの巨大な騎士とカペラから距離を取る。
(何、これ……。最早異常と言えるほどのアノーツとその存在感に加え、恐ろしいほどの洗練さを感じる。肌がピリピリして息苦しさすら感じてしまうようなこの感覚……、直感的に分かってしまった。あのロイデって人のも確かに凄いけど、カペラは次元が違う。多分、カペラと同じ領域に辿り着くには、本当に本当に険しく困難な道のりを進む必要があるだろうし、そもそも辿り着けない人がほとんどであるに違いない)
アステは目の前に立つカペラの後ろ姿をじっと見つめる。これは絶対に見逃してはいけないことだと、心の底からそう思った。
「くそ、くそ……! もうぶつかるしかない……、いけぇぇ!」
ロイデは戦場が完全にカペラのものになっていることを理解しつつも、最早退くことはできないと思い、暴風の巨大な騎士を動かしてそれは大きく剣を振りかぶる。
「シェラタン! こっちにこい!」
「お、おう!」
アルフェラッツはロイデのすぐ近くにいたシェラタンを自分の元に呼ぶ。
「皆さん、こちらへ!」
ルデルも冒険者達を連れて少しでも距離を取ろうと離れていく。
そして、カペラは床に向けていた剣先を床と水平になるように右側に向け、両手でしっかり柄を握る。
次の瞬間、カペラの周囲に発生していた途轍も無いアノーツがパッとカペラの中に集約される。
まるで、音でも消えたような錯覚に陥り、目の前で起きていることがスローモーションのように過ぎていくのをアステは感じていた。
「シュペルノヴァ」
一言そう呟き、カペラは一度瞬きをしてから言った。
「焦熱死灰烈火」
その言葉と共に、戦場が変わる。




