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恒星の黎明姫  作者: ポルゼ
水の国・プレウス
29/34

異質の存在

「アステ……」


 カペラは自分に危機が迫っていたことなど忘れ、ヴォジャノーイに呑み込まれていたはずのアステに目を奪われていた。

 アステはアノーツを使えない。それは最初に出会った時に把握していることであったが、それにしては常人離れした体力と身体能力にカペラは驚かされていた。

 そして何より、アノーツが使えないのであればアノーツを感じ取ることもできないという世界の常識を覆すことがアステには起きていた。実際、ヴォジャノーイの出現に一番早く気づいたのはアステである。

 そんなアステという存在が異質であることは言うまでもないが、カペラはヴォジャノーイの中から現れたアステに無かったはずのものを感じ取っていた。


「まさか、アノーツが……?」


 勿論、答えは既に分かっている。目の前でカペラ達を救ったのものがまさに答えを示しているが、それでもしっかりアステの口から聞かないと頭が納得できなかったのだ。


「うん。自分の体の中からアノーツを感じるよ。しっくりくるようなむずむずするような、不思議な感じ」

「そっか……。瞳も、色が変わったね」

「え? 変わってる?」


 ぱっと見ではアステの姿に変わっているところはない。しかし、唯一前のアステと違うところは瞳が黒っぽい色から美しい青色に変化していることである。


「えぇ。綺麗な青色になっているよ」

「へぇ! なんでだろ。アデスのアノーツによるもの? と言ってもカペラの瞳は赤色って訳じゃないし……」

「まぁ、とりあえずその話は後にしましょう。アステ、さっきアデスのアノーツを操って私達を助けてくれたのは貴方でいいのよね?」

 

 カペラは先ほど助けてもらったアデスのアノーツがヴォジャノーイによるものである可能性を完全には否定していなかった。


「うん。本当になんとなくの感覚で使ったから、多分たまたま上手くいっただけだと思う」

「分かった。あと、ヴォジャノーイは……」

「残念だけど今はもう意識はないね。またどこかで意識を取り戻すことがあるかもだけど」


 確かにヴォジャノーイは何も答えない。


(アステの力は未知数。けど、アルフェラッツ達の攻撃を遮ったり軌道をズラすことができた時点でそのポテンシャルは相当なもの。それこそ、今初めてアノーツを使ったのだとしたら異常なほどに)


 カペラはすぐにアステをどう戦闘に組み込むか考える。あまりにもアステに関して、そしてそのアノーツについて未知なことが多すぎるため、すぐには作戦を立てられない。


「嬢ちゃん、そのアノーツはヴォジャノーイから貰ったものか?」


 すると驚きの表情を見せていたアルフェラッツが真剣な表情でアステに尋ねる。


「んー……、どうだろうね。私にもよく分からないや。ヴォジャノーイの水の中でぐるぐる漂っていただけだし」


 アステはヴォジャノーイの中でディアの存在を感じ取っていたが、それについては隠した。隠す理由はアステ自身にもよく分かっていなかったが、それでも信頼できる相手にだけ話すべきことだろうと考えたのだ。


「なるほど。ぐるぐる水の中を漂っていただけでアデスのアノーツを獲得したと? しかも、俺の攻撃を威力減衰させ、軌道も変えるほどのアノーツを」

「んー、たまたまだよ」

「そりゃあとんでもない偶然だな」


 アルフェラッツはアステが何かを隠していることは察していたため、なんとか少しでも情報を得ようと会話をしている。


「アステ、あいつには何も話さなくていい」


 そこで会話に入り込んだのはカペラだ。


(どうやらアステがヴォジャノーイの中で見たもの、体験したことは貴重な情報になりそうね。正直、私も興味はあるけど、基本的にはアステの中だけの秘密にした方がいいのかもしれない)


「おい、俺は嬢ちゃんと喋りたいんだが」

「あら、私じゃ不満?」

「もうお前と話すことはないだろうが」


 二人がそんなやり取りをしている中、アステは自身の役割を考えていた。


(今の私にアノーツの繊細なコントロールはできない。それに、特にカペラの動きについていくことはできないし、合わせて動くのも難しい。それならば、私にできることは……)


 アステはチラッと自分の手を見て握り拳を握ったり開いたりする。


「おい、おっさん。確かにあいつは特異な存在かもしれないが、捕える必要あるか?」


 状況を飲み込み、冷静になったシェラタンがアルフェラッツに話しかける。


「俺にも確定的なことは言えないし、捕まえたところでどうなるのかは正直分からん。ただ、嬢ちゃんの存在価値が非常に高まったことは確かだ」

「そうですね。ヴォジャノーイと面識があるというだけでなく、後天的に、それも状況的に考えてヴォジャノーイに与えられた可能性が高いアノーツを扱えるようになった。これほど特殊な存在は八大国を探し回っても他にいないのでは?」


 ロイデもアステの存在についてかなり特別視するようになっていた。実際に起きている事実だけで考えれば当然のことだろう。


「まぁ、捕まえられなくても嬢ちゃんの存在については絶対に報告しなきゃならない」

「ふぅん。ま、俺としてはあいつよりも興味のある女がいるんだけど……、確かにあいつはあいつで重要だな」

「ほう? お前が戦ったっていうあの家の娘か?」

「おうよ」

「はは、重要な任務中に出会った女にご執心ですか。そういえば、まだまだそういうことに興味ある子供でしたね」


 ロイデはシェラタンを煽る材料を見つけると早速仕掛けた。だが、当然煽られたシェラタンはロイデに厳しい目つきを向ける。


「俺は敵であろうがなんだろうが、実力のある相手には敬意を払うし興味を持つ。まぁ、お前には微塵も興味が湧かないが」

「はぁ、そうですか。私も敬意を払うべき相手にはきちんと敬意を持って接するんですがね。貴方に対して敬意を持てと言われてもとてもできません」

「いいよ持たなくて。そうしたらさっさと消えてくたばりやがれ」

「あのなぁ……」


 またも険悪な仲を見せている二人に対し、アルフェラッツが諌めるために何かを言いかけた時だった。


「!」


 突如、アルフェラッツら三人全員を巻き込むほどの太いアデスのアノーツが飛んでいった。

 ただ、その攻撃は特段速い訳ではなかったため、いち早く気づいたアルフェラッツは余裕で回避し、睨み合っていたシェラタンとロイデもすぐにその場を退いた。


(スピードこそ大したことはなかったが、驚くべきはその規模だ。これほどの規模のアノーツを使うためには体内のアノーツ量が多くないといけないし、鍛錬もしないといけない。というか、鍛錬したってこの域にたどり着けない者もザラだってのに……)


 アルフェラッツはそのアデスのアノーツを放った者に驚きながらもその能力を分析しようとする。


「う、やっぱりこんなのじゃあ簡単に避けられちゃうよね」


 アステはアルフェラッツ達に向けていた右手の手のひらを見ながら呟く。


「充分!」

「ぐっ……!」


 だが、そのアステの攻撃は規模が大きいからこそ紛れたり意識を集中させることに適していた。

 それまでカペラはじっと機を窺っており、アステが攻撃した瞬間に動き出していた。

 アルフェラッツはアステに関して色々と考えを巡らせていたこともあり、カペラの存在が少し希薄になってしまっていたのだ。だからこそ、カペラの剣を防ぐことはできても、カペラの全力の蹴りを脇腹にモロに喰らう羽目になった。

 アノーツを持つ者特有の身体能力の向上に加え、フロガ・シルキュラーションによる更なる身体能力の向上により、カペラの蹴り一つの威力は簡単に建物を破壊できるほどに高まっていた。


「流石の貴方でも結構効いたでしょう?」


 蹴りで吹き飛ばされたアルフェラッツは脇腹を抑えながらすぐに立ち上がる。


「おっさん!」

「大丈夫だ。カペラは俺が抑えるから、お前達は他の奴らを頼むぞ」


 アルフェラッツは不意の一撃を喰らったものの、冷静である。


(ま、あいつのアノーツの熟練度を考えれば、身体能力の向上具合も相当なものでしょ。流石にあれでダウンすることは無いか。けど、結構痛いんじゃない?)


 カペラはニヤリと笑い、すぐにアルフェラッツに追い討ちをかけようとする。

 当然アルフェラッツはそれに対応するため、刀を構える。しかし、またもアルフェラッツの意識は別のものに割かれることになる。


「チッ……!」


 先ほどよりは少し規模の小さくなったアデスのアノーツが飛んできたのだ。そのまま呑まれる訳にはいかず、回避せざるを得ない。

 だが回避した方向から挟みに行くのはカペラである。


「これで終わりじゃないよ!」

「な……」


 するとアルフェラッツが回避するために移動したため、アルフェラッツの背後にあったアデスのアノーツが突然その規模を増してアルフェラッツに迫った。


(さっきから攻撃方法は至ってシンプル。だがやはり、その規模は普通じゃない。繊細なアノーツのコントロールができるようでは無いみたいだが、それでもこの規模の攻撃を何度も放てるのであればそれだけで脅威になり得る)


 勿論、アルフェラッツであれば規模を増した攻撃でも対応するのは容易い。それに加え、前から迫るカペラの攻撃も避けつつ適度に距離を取る。

 そこでカペラはスピードに重点を置いた突きを繰り出す。その突きをアルフェラッツは刀で受け、ウォルフライエを発動し、カペラの剣を弾いてそのまま飛ぶ斬撃を至近距離で放つ。

 そしてカペラは無理に剣で受け止めようとするのではなく、回避することを選択した。しかし、カペラは自身の失敗に気づく。


(クソ、私の剣を弾く方向も考えられていた!)


 カペラが剣を弾かれたことにより、体勢が少し崩れた。その状態でカペラが飛ぶ斬撃を回避してしまうと、他に飛ぶ斬撃の被害を受けてしまう可能性のある者がいる。


「アステ、避けて!」


 カペラは大声で叫ぶ。


「大丈夫、分かってるよ!」


 アステはカペラ達とは少し離れたヴォジャノーイのすぐ前にいるため、どのような戦いが繰り広げられているのかは把握できているのだ。

 すぐに自身の前にアノーツを展開し、水の障壁を作る。これによってカペラを飛ぶ斬撃から守ることができたため、同じように対応できると考えたのだ。

 飛ぶ斬撃は水の障壁に突っ込み、威力が減衰する。威力が減衰すれば軌道を変えることがある程度可能になる。そして実際にその通りになった。


「よしっ」


 アステは自分の思った通りに飛ぶ斬撃を再び回避することができて少し嬉しそうにする。

 だが、そんなアステが水の障壁を解いた時、目の前にアルフェラッツがいた。


「え」

「油断は禁物だぜ、嬢ちゃん」


 アルフェラッツの刀は速い。目の前に立たれ、簡単に刀が届くような距離感の時点で少なくとも今のアステに攻撃を防ぐ術は無い。


「アステ!」


 カペラの声がまたも響く。

 アステは一瞬のうちに両足の腿を斬り刻まれ、両腕の手首から肘までの前腕部も同様に斬り刻まれる。

 突然のことでアステは呆然としてしまっているが、アルフェラッツは止まらない。


(申し訳ないが、こうなったら動けないように四肢を斬り刻み、気絶させる)


 刀の柄の部分をアステに向け、鳩尾に当てて気絶させようと試みるが、そこにカペラの剣が襲いかかる。

 それを無視することはできないため、アルフェラッツは距離を取って離れた。


「アステ、アステ大丈夫!?」


 カペラはアルフェラッツの方を気にしながらアステのそばで声をかける。


「あ……、カペラ、うん。なんとか大丈夫」

「ごめんなさい。私としたことが……」


 何故、アルフェラッツがカペラの側を抜けてアステの元に辿り着いたのか。

 アルフェラッツはアステに向かって飛ぶ斬撃を飛ばした後、今度はルデルと冒険者達に向かって飛ぶ斬撃を放とうとした。しかし、この時は飛ぶ斬撃を放つための三つの赤いリングが全て消えており、アノーツの吸収が間に合っていないことをカペラは分かっていた。

 だからこそ、カペラはそれがブラフだと思い、何かしらの手段を持って飛ぶ斬撃を放った先のアステに追撃を仕掛けると考えたのだ。

 しかし、アルフェラッツは自分の技である飛ぶ斬撃を放つための赤いリングが回復するタイミングをよく理解している。

 カペラが飛ぶ斬撃をブラフだと思い込み、アステの方に意識を多く割いた瞬間、アルフェラッツの赤いリングが一つ回復したのだ。

 そしてまた使えるようになった飛ぶ斬撃はカペラを少しでも足止めするため、体の勢いを利用してカペラの方に飛ぶ斬撃を放った。

 カペラは自分に向かってくる飛ぶ斬撃に気づいたが、回避は間に合わないと判断し、剣で受け止める体勢を取ったのだ。


「カペラ……、えっ、大丈夫!?」


 アステは自身についた傷よりもカペラの体を見て驚いた。

 カペラは飛ぶ斬撃を完全に防ぎ切ることができず、胸の下あたりから右脇腹までざっくりと斬られており、血がボタボタと垂れていた。

 

「この程度なら大丈夫。それより、アステは自分の体の心配をして」


 アステは黒のショートパンツで足が出ており、上は七分袖のカーディガンを羽織っているため両腕の前腕部も肌が出ている。だからこそ、両腕両足の傷は生々しく、血がボタボタと垂れる姿は痛々しい。

 しかし、アステはその体力や生命力がずば抜けているため、実は見た目ほどのダメージという訳ではなかった。


「さぁ、いい加減終わりにするか」

「……」

 

 カペラの頬に一筋の汗が流れる。

 またも迫り来るアルフェラッツは、やはり圧倒的な強者そのものだった。


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