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恒星の黎明姫  作者: ポルゼ
水の国・プレウス
26/34

フェンガリの急襲

(まずい……)


 カペラは怒りと焦りを同時に感じていた。何故ならアルフェラッツ、ロイデ、シェラタンの三人がカペラとアステの前に現れたからだ。

 カペラはプレウスの中でもトップレベルの実力者である。しかし、アルフェラッツを筆頭に、フェンガリの二人と、そのフェンガリに入ることのできる可能性を秘めているロイデ。いくらカペラと言えど、この三人を同時に相手にするのは無謀と言わざるを得ない。

 何をしに来たのかは具体的には分からない。だが、ヴォジャノーイの出現と何かしらの関係があるか、ヴォジャノーイに対して何かを行おうとしているのだろうと予想できる。


(どうする。まともに動けないヴォジャノーイとアステをあいつらから守る必要があるけれど、流石に私一人で三人を抑えるのは……)


 一人ではアルフェラッツらを抑えることはできないとカペラも自覚していた。しかし、現状ではカペラが一番の希望である。


「これは貴方達の仕業?」


 カペラはまず尋ねた。対話にて時間稼ぎをしても事態が変化する可能性は低いが、得られる情報はあると考えたのだ。


「どうだろうな」

「はっ、しらばっくれたって、貴方達がここに来たこととヴォジャノーイが出現したことに関連性がないなんてあり得ないでしょう?」

「そりゃそうだ。けど、俺たちだってヴォジャノーイを見るのは初めてなんだ。そもそも本当にいるのかも分からない伝説上の存在だったしな。まさか、こんな光景が見られる日が来るとは思わなかったよ」


 アルフェラッツは肩をすくめながら言う。ヴォジャノーイを見るのが初めて、というのは本当だろうとカペラは考え、続けて話す。


「それは良かったわね。私もヴォジャノーイに再び(・・)会えて良かったわ」

「……再び?」


 懐疑的な表情で思わず疑問が口に出てしまうアルフェラッツだが、他二人も同様に思っていた。

 まさかカペラがこれまで実際にヴォジャノーイに会ったことのある人物などと言われても信じられるはずがないだろう。


「えぇ。そこだけはこの状況に感謝してもいいけれど、やっぱりもっと違う形で出会いたかったわね」

「……」

「何を言っているのやら。もしそれが本当なら世界中に電撃が走りますよ」


 ロイデはカペラの話をまるで信じていない様子だが、アルフェラッツは神妙な面持ちである。


「その話が本当かどうかを確かめる術がない今、議論する意味はない」


 そう言ってアルフェラッツは歩いてカペラの方に近づいていき、少しの間合いが保たれている位置で立ち止まる。


「カペラ、この状況について詳しい話はできない。俺たちはどうしたって敵同士だからな」

「……えぇ、そんなこと言われなくても分かっているわよ」

「だが、これは言っておこう。俺にだってあの規格外の存在をどうにかできるとは思っちゃいねぇ。今はな(・・・)

「……へぇ」


 明らかに含みのある言い方をするアルフェラッツに、カペラは鋭い目つきで睨みつける。 

 そんな一触即発の雰囲気が漂う中、ロイデが不用意にもヴォジャノーイに近づいていく。それを咎めるのはシェラタンであった。


「おい! 不用意に近づくな。面倒なことが起きるかもしれないだろ」

「はぁ、不用意ではありませんよ。今の状況からヴォジャノーイはまともに動けないことは分かっていますし、そんな目と鼻の先まで近づく訳ないでしょう。全く、これだから馬鹿なガキは……」

「あ? 色々舐めすぎだろお前。本当にエリートか? カスみたいなプライドで痛い目を見る阿呆じゃねぇか」

「やはり貴方と会話する必要を感じませんね。こちらの知能が下がってしまいます」

「おっさん、あいつぶっ殺してもいいか?」


 ロイデとシェラタンはかなり険悪な関係であることがよく分かる会話だが、アルフェラッツは疲れた顔になってしまう。


「頼むからこれ以上俺の心労を増やさないでくれ……」


 アルフェラッツは大きいため息をつく。本当に疲れた顔をするため、カペラもなんだか気が抜けてしまう。


「それとシャラタン、俺をおっさんと呼ぶなと言っているだろう。あとロイデ、シェラタンの言う通り、ヴォジャノーイにはあまり近づきすぎるな。何が起きるか分からないのは事実だ」

「実際おっさんじゃんか」

「傷つくだろ」

「アルフェラッツさん、大丈夫ですよ。ヴォジャノーイの脅威は理解していますから」

「そうかい。ならシェラタンより年上のあんたが口喧嘩しないで済むように上手くやってくれ」


 そんなやり取りをする三人を見て、カペラはフェンガリの中でアルフェラッツは苦労人なのかもしれないなどと場違いなことを少し考えてしまっていた。


「貴方も大変そうね」

「本当にな」

「じゃあフェンガリなんて辞めちゃえば?」

「だからそれは無理なんだよなぁ」


 アルフェラッツはそう言うと自身の武器である黒刀を顕現させる。


「何にせよ、ここで戦いを避けることはできないだろう?」

「当然ね。このまま何もしないで帰ってくれたらまた貴方と戦わなくて済むんだけれど?」

「お前が帰るってのは?」

「そんなことを騎士団団長の私がしたら、後で国に拷問された挙句に処刑でもされてしまいそうね」

「残念だ」


 二人の雰囲気から臨戦態勢に入ったことを他の者達が理解する。それに伴い、シェラタンとロイデも自分の武器を顕現させる。


「待って」


 そんな中、アステの声が皆の耳に届く。ずっと存在は認識されてはいたが、不思議と皆は誰よりもヴォジャノーイの近くにいるアステを気に留めていなかった。


「嬢ちゃん、こんなところにいない方が……」


 場違いだ、そんな風に思ってこの場を去ることを提案しようとするアルフェラッツだったが、ふと、言葉を止めた。


(なんだ……?)


 アルフェラッツは何とも言えない違和感を感じ始めていた。そもそもヴォジャノーイのすぐ側に立っていられる時点で何かおかしいのだが、アステはアノーツを使えない。だからこそ、そちらに意識が向かなかったのかとアルフェラッツは考えた。

 しかし、今になってヴォジャノーイの側に佇むアステの姿をしっかり見据えことにより、その異質さに気づいたのだ。


(不思議な感覚だが、これは放置していいのか? いや、ダメだ。何故かという理由を論理的に組み立てられないが、本能的にこのまま放っておいてよい存在だと思えない)


 アルフェラッツは体の向きを変える。次の瞬間、その姿が消えた。


「……!」

「やっぱり、貴方はそうするわよね」


 アステの前にはアルフェラッツの刀を受け止めるカペラがいた。


「お前達、そこの嬢ちゃんを気絶でもさせて奪え! 殺すなよ!」

「おう……!」

「了解です!」


 少し遅れて、アステという異質な存在に気づいたシェラタンとロイデは、アルフェラッツの言われた通りにアステへと向かう。


「私を無視して進めると思わないことね」


 だが、アルフェラッツの刀を弾いたカペラは身体能力の上昇、アノーツの出力上昇など、あらゆる能力をシンプルに向上させるフロガ・シルキュラーションを発動させていた。 

 それにより、アルフェラッツを押し除けて三人まとめて巻き込む形で豪炎を振り払う。

 最もアステに近かったロイデのタランのアノーツはあとほんの少しでアステに届きそうであったが、それも掻き消された。

 三人はカペラから距離を取った。というより、取らざるを得なかった。

 カペラはアステとヴォジャノーイの前に仁王立ちし、フェンガリの三人を睨みつける。


「こりゃあ……」


 この時、シェラタンは悟っていた。少なくとも今の自分一人だったらこの水星の騎士団団長のカペラを潜り抜けてその先へ進むことはできないだろうと。


「ったく、なんて威圧感だよ……」


 アルフェラッツも迂闊に攻め込めないほどの凄まじいアノーツとその威圧感。そして、覚悟。


「この大災害の中、貴方達フェンガリが現れて、国の中央である王城にヴォジャノーイが現れた。そんな中、民衆の救助を部下に任せて私は事態の収束のために動かなくてはならないと判断した」


 そこでカペラは一度言葉を切り、刀を自分の胸の前に持ってくる。


「正直、自分勝手な部分も大きい。この判断には正しくない部分も多くあることでしょう。しかし、私はもう決めた。少なくとも今、アステとヴォジャノーイに手を出させるわけにはいかない。特にお前達フェンガリにはな」


 状況はカペラの不利。それは間違いない事実であり、カペラが一番よく分かっている。しかし、諦めて言いわけがないのだ。

 カペラは確信している。ヴォジャノーイは勿論のこと、アステの存在が非常に重要になるであろうことを。

 その理由を言葉にして説明するのは難しいが、不思議とそう思えていた。


「カペラ、少しだけ時間を頂戴」


 カペラの後ろにいるアステが小さい声で言った。どうやら何かしたいことがあるのだと察し、カペラは頷く。


「確かにお前は強い。けど、流石に俺たち三人を相手取るのは厳しんじゃないか?」

「ハッ」


 そんなアルフェラッツの気遣いのような挑発のような言葉を聞き、カペラは怪しく笑った。


「それで私が諦めるとでも?」

「いいや。であれば、仕方ないな」


 カペラとフェンガリの三人はお互いに武器を構える。誰かが動けば一瞬のうちに戦闘が始まるだろう。

 アステはそんな緊張の雰囲気の中、すぐ後ろにいるヴォジャノーイを見る。意識がハッキリしていないと言っていたヴォジャノーイは現在その意識を手放してしまっている様子で動きがない。


「ヴォジャノーイ、起きて」


 アステは呼びかけるが、やはり動きはない。

 そして、カペラ達が動き出す。


「っ……!」


 凄まじい戦闘が始まった。戦闘の衝撃に驚くアステだが、今は自分のやれることをしようとヴォジャノーイに集中する。

 

「ヴォジャノーイ……!」


 アステはヴォジャノーイに手を差し伸べ、その水の中に手が入る。


(温かい……)


 ヴォジャノーイを構成する水をとても温かく感じ、安心感を得たアステはもう少しと手を更に伸ばして腕まで水の中に入れた。

 アステの目にはヴォジャノーイの水が反射している。その色は黒っぽく、綺麗に反射している訳ではない。だが、純粋で揺らぎのないその目は、ぼんやりとヴォジャノーイの奥底を映していた。


(ヴォジャノーイ、私と貴方には何かしらの関係がある。それに関する記憶が思い出せないのはすごく悲しくて寂しいけれど、今はプレウスのために必死に戦ってもがいているみんなのために力が欲しい……!)


 必死にヴォジャノーイの中の何かを引っ張り出そうとするアステだが、時間的猶予はかなり厳しい状況である。


「くっ……!」


 カペラはアルフェラッツらと死闘を繰り広げている。時折アステの背中に凄まじいアノーツが襲いかかることでそれがよく分かるのだ。


「ヴォジャノーイ、お願い……!」


 完全に沈黙してしまったのか、やはり動かない。どこで誰がこんなことをしているのか、突き止めてその誰かを倒せれば終わりだが、そんなことは現状不可能だ。そして考えたところでどうにもならないことである。


「!」


 するとアステのすぐ側を途轍もない斬撃が飛んでいった。それはアルフェラッツの技の一つ、ウォルフライエである。

 アステを殺すなというアルフェラッツの発言から殺されることはないだろうと考えられるが、カペラという大きな障害を突破するためには必要な攻撃だとアルフェラッツは判断したということである。


「チッ……!」


 またもアステの側をタランのアノーツが過ぎ去っていく。それはシェラタンのものであったが、カペラでも三人の猛攻を防ぎきれなくなってきている。

 そんな時だった。


「アステ!!」


 機を伺い、カペラの隙を狙い続けていたロイデが貫通力のあるタランのアノーツを放った。そしてそれにカペラは対応しきれず、一直線にアステに向かっていった。


「おい!」


 殺すなと命令したアルフェラッツが焦りの表情を見せる。だが、アステがその攻撃に気づいた時にはもう避けられないところにあった。


『させん』

「!」


 しかし、その攻撃はアステの側の水に包まれて小さく収縮していき、消え去った。


『誰に手を出している』

「嘘だろ……」


 アルフェラッツらだけでなく、カペラでさえも怯んでしまった。その絶対的強者の放つアノーツと威圧感にだ。


『アステに危害を加えようとする者は、誰であろうとこの私が許さん』


 それは意識を取り戻したらしいヴォジャノーイが放ったものである。


「マジかよ。ヴォジャノーイが喋るところを見れたのも凄いが、あんな風に伝説の存在に守られる嬢ちゃんは本当に何者なんだ?」


 アルフェラッツはよりアステの重要度を高めた。否、高めざるを得なかった。それまでにアステの存在は異質だと再認識させられたのだ。


(これで少ししか力を出せていないって……。本当に次元の違う存在ね)


 カペラはヴォジャノーイの異常なほどの力に感動しつつ、アステが守られたことに安堵した。

 アルフェラッツ達は動けない。アノーツやヴォジャノーイ自身の大部分を何者かに縛られた状態であっても、その圧力があるため迂闊には手を出せないのだ。


『ぐ……、すまない、やはり意識が……』

「ヴォジャノーイ……」

 

 しかし、ヴォジャノーイは未だ意識がはっきりせず、先ほどはヴォジャノーイが全力で縛りを振り払った上でほんの少し動けただけだったのだ。


『カペラ』

「はい」


 するとヴォジャノーイはカペラに話しかけた。


『少しの間、私達を守ってくれ』 

「命に代えても」


 それにどんな意味があるのかは分からなかったが、カペラは強く答えた。


『アステ』

「うん」

『こちらへ』

「うわっ!」


 するとアステの体はあっという間にヴォジャノーイの水の中に呑み込まれた。


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