既に敵の手の中に
「まず、現状のプレウスにおいて、肝心の王城は正直あまり機能していないと言える」
王子ゼンヘンは国の現状について話し始めた。その暗い表情からして、良い話を聞ける訳ではないのだろうと、アステ達は容易に予想できた。
「国民の救助活動に関しては、主に騎士団や冒険者によって行われている。勿論、最も率先して救助活動するべきなのは騎士団であるから、それは何もおかしいことではない。では、国の中枢である王城では何をするべきなのかと言われたら、大災害を収束させる方法の模索、生活必需品の調達の確保、国民の衣食住の確保……、そういった対策を考えるのが主な仕事と言えよう」
実際に現場に赴き、救助活動をするのは国を管理する人間のすることではない。頭を使い、今後の大災害への対処を考え続けなければならないのだ。それこそ、寝る間も惜しんで考えるべきだろう。
しかし、残念ながら現実は必ずしもそうなるとは限らない。
「実際は?」
プラナが国の中枢がきちんと機能しているのかどうかを尋ねる。
「この異常な大災害が始まったのが深夜だったということもあってか、そもそも王城に駆けつけてきた者が少ない。私は王族であるが故、この王城に住んでいるが、普段王城で仕事をしている者達のほとんどは帰るべき家があり、当然毎日通勤という形を取っている」
「まぁ、こんな非常事態においてわざわざ危険を犯して王城に駆けつけようと思うほど責任感のある奴が多いとも限りませんしね」
これはプラナも予想していたことだった。足だけを使って王城に駆けつけるのは危険な行為であり、当然馬車も使えない。そんな状態では何としてでも王城に駆けつけて国のことを考えるより、自分や自分の家族の安全を第一に考えることは別に不思議なことではない。
「そういうことだ。まぁ、一職員程度の者であれば構わないし、その行動を責めようなどとは全く思わない。しかし、高い地位と権力を持ち、それに伴う重責を背負うべき者達が少ないのは、少々残念ではある。勿論、来たくても来られない状況に陥っているということがほとんどだとは思うがな」
「要は、国の中枢である王城は人手不足であり、実質的に今国を動かせるのは国王や貴方だけだということですね」
「そうだ。こういった非常事態だからこそ、皆の叡知を結集させたかったが仕方ない。今いる人員でこの大災害を乗り越える他ないのだ」
「とはいえ、今までの短い会話の中から感じ取れますが、非常に優秀であろうゼンヘン王子の判断が悪いものになるとは思えません。そして、そんな王子の親である国王ならば、より良い判断を下せるのではないでしょうか」
つい先ほど会ったばかりの関係ではあるが、プラナにはゼンヘンがおかしな判断を下したり悪手を打つ可能性はかなり低いのではないかと考えていた。
「そう思ってくれるのは嬉しいが、先ほどのロイデの話を聞いてから懸念が増えてしまった。まず考えられる可能性として、今回関わってきているフェンガリと繋がりを持っているのはロイデだけではないのではということだ。フェンガリが今回の大災害を狙って起こしているなどと考えるのは流石に無理があるが、それでも何かしら関わっているだろうし、この状況を望んでいる者が国の中枢にいると考えられるのはどうしても引っかかる部分にはなる」
「しかし、この大災害を収束させるため、そして国を守るために死力を尽くすのは王族としては当然の行為。それを咎めたり動きを制限しようとしてくる者がいたら怪しいですし、そんな露骨に怪しまれるような言動を行う者がいるとは思えません」
「それには同意だ。ただ、そう上手くいくとは思えなくてな……」
「何か理由が?」
プラナもアステに劣らず、大国の王子相手に普通に話し合いをしている。
「はは、君は見かけによらず賢いな。驚いたよ」
「それはどうも。それで、王子が上手くいかないと思うのは何故ですか?」
ゼンヘンが驚いたのは事実であったが、プラナは気にせず話の続きを求める。
「あぁ、先も話した通り、今のプレウスも王政ではあるが少しずつ状況は変わってきている。一般人の中から優秀な人材を集め、様々な分野の国の運営に関わってもらうようになった。まさに裏切ったロイデがそうだしな。だが、その運営が上手くいっているかと言われれば、やはり問題が多くて大変な状況が続いている。そんな中、この王城の中では派閥が増えた」
「派閥……。元々王城には派閥があったと思います。権力者が集まる国の中央ですからね。けれど、そこに一般人も入れ乱れ、派閥の派生など、より複雑化したということでしょうか?」
「理解が早くて助かる。元々あった大きな派閥で言うと、従来の政治の在り方、つまり絶対王政を指示する王政派。まぁ、この派閥に入っているのは大抵が自分達の立場が脅かされるのを嫌う貴族などの身分の高い者達だ。次に、時代や状況の変化に応じて政治の在り方も積極的に変えようとする変革派。こちらにも貴族はいるが、やはり多くはないな。ただ、この派閥を外から支持してくれる民衆や商人が多かったことと、他でもない私がこの派閥に属していることから現在のような政治体制に少しずつ変えることができた」
「やはりゼンヘン王子はそういった派閥でしたか」
「あぁ。しかし、最近はそこに二つの新しい大きな派閥ができた。まぁ、大体予想できると思うがな」
ゼンヘンの言う通り、プラナには大体予想できていた。ちなみに、アステはよく分かっていない。
「先に述べた二つの派閥の思想を合わせた、つまりハイブリッド型の政治体制を主張する統合派。そして、王政を完全に廃止し、民衆から代表を選んで政治を行う民主派だ。このどちらも、城で働き始めた優秀な一般人が多く支持している。勿論、民衆からの支持も多い」
「なるほど。変革派と民主派はそこまで関係は悪くなさそうですね。まぁ、場合によっては敵になる可能性もなくはなさそうですが。統合派はどっちつかずな気がしますが、王政派は孤立しているのでしょう」
「はは、やはり話が早い。どうだ、もし良かったらプレウスに腰を据えてみないか。将来的に城での立場を確約しよう。できる限りの要望にも応える。どうだ?」
「……!」
このゼンヘンの発言は勿論冗談である。しかし、全てが冗談というわけではない。本当にそう思っている部分があり、既にプラナの評価は高いが、将来性を見ても非常に有望であると考えていたのだ。
そしてそんなゼンヘンの考えを見抜いたカペラは驚きつつも納得していた。
(やっぱり、プラナを連れてくるのは正解だったわね)
そんな中、アステはプラナのことで何故か自慢気にしている。
「申し訳ございませんが、私はこの国に留まるつもりはありません」
プラナはゼンヘンの話をキッパリ断り、真剣な目で話を続けた。
「王子が気にしているのは、王政派の者達でしょう? ただ今はそもそも王城に来れている者が少ない状況ですし、やはり王子の判断に文句をつけて邪魔をしてくる者はいても極少数でしょう」
「そうかもしれないな。だが一番の懸念はそこじゃない」
そこまで言ってゼンヘンは一瞬目を閉じ、開いてから言った。
「プラナ、君は私の国王であれば良い判断が下せるのではないかと言っただろう?」
「はい」
「残念ながら、今の国王は……、父上はより良い判断を下すことはできないだろう」
その言葉にプラナとカペラは驚き、アステはなんでだろうと純粋な疑問を浮かべている。
「国王がですか? あの方は聡明で、今のプレウスの変革にも比較的協力的なはず……」
国の政治に関してある程度は把握しているカペラが、戸惑いつつもゼンヘンに尋ねる。しかし、それを聞いたゼンヘンは首を横に振った。
「いいや、そう見せかけているだけだ。あくまで普通に、露見しないようにな」
「ど、どうしてそんなことを?」
「あの人は何かに魅入られたかのように、おかしくなってしまった。そしておかしくなったのはおよそ一年前からだ」
「一年前からずっとおかしかったと?」
「そうだ。すまない、これに関しては話そうかどうか迷っていたのだが、やはり君たちには知ってもらっておきたいと思ったのだ。困惑させてすまない」
これは衝撃的な話だった。プレウスは変革を受け入れ、様々なことに挑戦している先進的な国、というのが大抵の人の印象である。勿論、それらの挑戦が失敗に終わることもあり、批判されることはある。しかし、その姿勢自体は評価されている。
更に、八大国の一つであるプレウスのトップがおかしくなった状態で、つまり正常ではない状態でその地位におよそ一年間いたなど、普通のことではない。
「原因は?」
「残念ながら特定できていない。しかし、一年前に風の国、クラズへ仕事で向かわれて帰ってきてから段々とおかしくなっていったのだ。だからクラズで何かあったというのはほぼ確定と言っていいだろう。暗部の者をクラズへ送って探ってもらったのだが、成果はあまりなかった」
「おかしくなったというのは具体的にどういう風にですか?」
カペラ、プラナと続けて質問をする。
「おかしくなったと言っても、まともに会話ができないとか、そういうことではないんだ。ただ……、そうだな、洗脳されているよう、と言った方が正しいな」
「洗脳……、アノーツですか?」
通常、洗脳などというアノーツは存在しない。しかし、それが有り得るアノーツが存在する。
「カロスのアノーツくらいしかあり得ないな。というより、アノーツで確定している」
「そうですね。そんな特異なアノーツはカロスしかないです」
ゼンヘンの肯定にカペラも同意する。
カロスは他のどれにも属さない特殊なアノーツである。独特で想像だにしない力であったりするため、使い方によっては非常に厄介で対処の難しいアノーツなのだ。また、アノーツを使える者の中でも、カロスを使う者は少数派で、なかなか出会えるものではない。
「アノーツによる洗脳であれば、国王の頭からアノーツが感じ取れたりするのでは?」
アノーツを使えず感じ取れないプラナが尋ねる。
「勿論、その可能性を考慮してアノーツを使える暗部の者に探らせた。結果としては一部の実力者がなんとか感じとれるくらいのアノーツが国王の脳内に作用していることが分かった」
「そんなちょっとしか感じ取れないの?」
そこで話に入り込めず、ぼーっと聞いていたアステが口を出した。
「そもそも、脳内にアノーツを作用させる、という考えが普通じゃないの。だってほら、私の炎を脳内に入れるって、訳わからないでしょ?」
「確かに」
「それで、アノーツによる洗脳だとしたら、脳内のほんの小さな部分にアノーツを作用させるだけで良いんだと思う。正直、感覚が想像できないけどね」
カペラでも想像できないようなアノーツの使い方をできる者、そしてそんな特異なアノーツを持つ者。明らかに普通のアノーツ使いではないことは容易に予想できる。
「そんなことができるアノーツ使い。つまり……」
「あぁ、フェンガリのメンバーである可能性が高い」
アルフェラッツが来ていることから考えても、フェンガリのメンバーかフェンガリに何かしら関わりを持つ者であろう。
「なるほど。確かにそれは厄介ですね。その洗脳がどの程度国王の意思を無視できるものなのか、自身の命に関わる洗脳もあるのかなど、洗脳の内容によりますが、王子の、引いてはこの国の邪魔をするつもりの洗脳なら確かに懸念材料にはなりますね」
洗脳の効果とそれがどれだけ強力なものなのかを考えるプラナだが、そこで改めて少し気になったことを聞いてみることにした。
「それにしても……、本当にそのような重要な機密情報を話してしまって良かったのですか? カペラはともかく、あたしとアステはつい昨日プレウスに来たばかりですし……」
「あぁ、いいさ。言っただろう? カペラが君たちを仲間だとして信じているのだから私も信じる。それに、もしも君たちがプレウスに害をなそうとしていてもだ。分かるだろう?」
「えぇ、それはまぁ」
「カペラがいるもんね。というか私たちは正真正銘この国の……、というより、カペラの仲間だよ」
そう、この場にはカペラがいる。更に確かな実力者である暗部の二人も未だゼンヘンの隣で微動だにせず立っている。仮にアステ達がプレウスにとっての敵であっても、部屋の中にいて隣にカペラがいるのだ。何か怪しい動きを見せたら即座に捕まるし、その命を奪おうと思えば簡単に奪えてしまえる状況である。
とはいえ、ゼンヘンはアステとプラナが敵である可能性はほとんど考えていないし、二人を断罪するようなことにはならないで欲しいと思っている。
「ふふ、大丈夫よプラナ。仮に貴方達が敵でも殺さずに生かしてあげるから」
「お、おう。そんな笑顔で言われても怖いけどな……」
「カペラは優しいから私たちが悪者でも許しくれるよ。多分!」
「アステは悪者であることを偽ることなんてできなそうだし、大丈夫でしょ」
そんなやり取りのおかげで、少しの間だが緩やかな雰囲気が流れた。ずっと暗い雰囲気でいても気分が落ち込み、思考もネガティブになりやすくなる。気分転換というのは、何をするにしても非常に重要な要素なのである。
「さてさて、話を戻すとしよう。国王に対してだが……」
「何……!」
「これは……!!」
しかし、そんな雰囲気はすぐに壊れることになる。あまりに予想外で、アノーツを使える者は誰もが戦慄してしまうのではないかと思ってしまうほどの、衝撃が走る。
真っ先に反応したのはカペラと、アノーツが使えないはずだが何故かアノーツを感じ取れるアステだった。二人はすぐにソファから立ち上がり、その数瞬あとに暗部の二人も気づいた。
明らかに焦りと困惑の表情を浮かべる面々を見て、ゼンヘンは何か大きなことが起こったのだとすぐに察し、すぐさま尋ねた。
「どうした!?」
「これは、そんなまさか……あり得ない。こんなところで……!?」
カペラは驚きのあまりか、ゼンヘンの問いに答えられず、自分の中で答えを見つけたようで動揺を抑えられていない。
感情の抑制に長けている暗部の二人も、顔こそ隠されているものの、動揺が伝わってくる。
そんな中、アステだけは違った。そしてそんなアステにプラナは気付き、冷静になって尋ねる。
「アステ、何が起きた?」
アステは上を見ている。勿論そこにあるのは部屋の天井だが、見ているのはそこではない。
(なんだろう、これ。知らないはずなのに、心のどこかでは知っていると感じてしまう。どこか、懐かしさすら感じるような不思議な感覚。何故……?)
アステは隣のプラナの手を自然と繋いでいた。
「アステ……?」
「分からない。分からないけど、城の上にとんでもないアノーツを放つ何かが突然現れた……!」
突如城の上に現れた何か。その何かにより、アステ達は火急の対応を迫られることになった。




