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恒星の黎明姫  作者: ポルゼ
水の国・プレウス
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ゼンヘン王子と炎の国

 水の国プレウスの第一王子、ゼンヘン・プレウーセス。彼は、常に堂々と振る舞う。明るく元気でハキハキとしている、と言葉にすると子供のようだが、その明るさは国民の心を掴んでいる。

 だが、ゼンヘンはただ明るいだけではない。頭脳は優秀でまだまだ若いが知識も豊富、運動神経も良い。王族として恥ずかしくない存在になるための努力を重ね、着実に能力を磨いてきた。

 まだゼンヘンの親である王が国のトップに立っているが、ゼンヘンであればいつその立場に立つことになっても国は問題なく運営できることだろう。

 ただ、そんなゼンヘンでも周囲からネガティブなことを言われてしまうことがあった。


『これでアノーツが使えたら、完璧だったのにな……』


 そう、ゼンヘンはアノーツを使うことができない。勿論、王族だからと言って必ずアノーツが使える訳ではなく、プレウスの歴代の王族を見てもアノーツを使えない者はいる。

 国を動かす上で、アノーツが使えなくとも特に問題はない。しかし、この世界においてアノーツの価値はやはり非常に高く、使えるというだけで相当なステータスになる。

 ゼンヘンは能力が高く、優秀だからこそアノーツを使えないことが惜しいと周囲から思われているのだ。

 アノーツが使えなくとも語り継がれるような優れた王は存在する。そこまで気にする必要もないだろうと、そう思う人もいる。ゼンヘン自身もそこまで気にしてはいなかった。しかし、それでもアノーツというピースがあればと考えたことがない訳ではなく、そのことについて悩んだこともあった。

 だが、成長するに連れてその悩みはなくなっていった。確かな実績を積み重ねたことによる国民からの信頼を得たというのも大きいが、それだけではなかった。

 それは、ゼンヘンの隣を見れば理由が分かることである。

 アステ達はアノーツで発生させられた風に乗って立派な城のすぐ側まで来ていた。高くそびえ立つ城の上の方の窓の近くに寄り、中に入る。

 中は執務室のような場所で、多くの本や資料らしきものが置かれている。また、ところどころに高価と思われる装飾品などが飾られている。それも、決して下品な飾られ方ではなく、品位やセンスを感じるデザインになっている。 

 ゼンヘンは窓際に置かれている執務を行えるであろう机に寄り、椅子に座った。


「あぁ、そこのソファに座ってくれていい。彼女達にお茶を頼む」


 ゼンヘンがそう言うと、タランのアノーツを操っていた全身を黒と茶色で包む謎の人物二人がお茶を淹れる準備を始めた。

 そんな姿を横目に、アステ達はふかふかで高そうなソファに座った。


「こんな状況だが、まずはお茶でも飲んで落ち着こう。冷静にならないと建設的な話し合いはできないからな」

「お気遣いありがとうございます、ゼンヘン王子」

「気にしないでくれ。フェンガリを相手にしていたのだろう? いくら君とはいえ、かなり気を張って疲れたはずだ」

「そうですね。この大災害に彼らの存在が関わっていることから、より事態の収束が困難になりました」


 騎士団の団長という高い地位を持つカペラは普通にゼンヘンと話している。プラナは流石に相手が王子ということもあり、ズバズバと聞きたいことを聞くのはひとまず控えている。

 そしてアステはというと、ゼンヘンよりも興味を抱いているものがいた。


「ねぇ、王子様。この二人って何者なの?」

 

 まさに今、お茶を淹れ終えてソファの前の机にカップを置く謎の二人について、なんの緊張もなく質問をした。


「お前、相手は王族だぞ? 流石に言葉遣いとか色々気にしないと……」


 プラナは王子の前でも全く態度が変わらないアステに小声で注意する。


「人前では注意してほしいが、今はそこまで気にしなくていい。それで、その二人についてだったな」


 ゼンヘンは頭の固い人物ではない。確かに王子として相応しい振る舞いをし、国民との身分の違いも必要なときは利用する。しかし、基本的には国民に寄り添う親しみやすい人物ということもあり、現在のような非常事態においては、自身に対する態度など対して気にならないのだ。


「もう既に君たちに見せている以上、隠す必要もないので話すとしよう。簡単に言うと、彼らはこの国の暗部と言える存在だ」

「暗部?」


 アステは思わず聞き返した。単語からして、表には出ていない存在だということが分かる。


「そうだ。世間一般には公表されていない我が国の一組織で、こういった非常事態や危険を伴う情報収集など、様々な危険な仕事に従事している」

「まぁ、プレウスは八大国の一つだからね。他国に遅れを取らないためにも、こういった仕事はどうしても必要になるのよ」


 ゼンヘンの説明に補足するようにカペラが発言する。


「なるほど。そしたら彼らのことはなんて呼んだらいいの?」

「すまない、彼らの名前を教えることはできない。というより、名前がないというのが正しいが」

「名前がない?」


 アステはどういうことか分からず、首を傾げる。


「言っただろう? 彼らは国の暗部だ。名前というのは重要な情報だから、万が一、裏の仕事をする時に漏れてしまったら困るんだ」

「そういうものなんだね。でも、ちょっと悲しいね」

「そうだな。こういう仕事が必要にならない世が来るといいな」


 国の暗部という存在、そして名前がないという事実に、アステは少し悲しそうな表情になった。


「じゃあ、組織名なんかはあるの?」

「それもない。明確に名前を決めてしまうのも、暗部として仕事をする際の弱点になり得るからな。だが、強いて言えばやはり暗部と呼ぶのが最適だろう。あぁ、暗部という言葉は基本的に外では出さないでくれ。本当は機密情報だからな」

「うん、分かった」

「お前は簡単に口を滑らせそうで心配だがな……」


 頷いているアステに対し、プラナは心配そうに言う。


「さっきもアノーツを使ってここまで連れてきてくれたし、戦闘の仕事もこなすの?」

「勿論だ。と言っても、真正面から戦うことはない。それでも、裏の仕事をする上でアノーツは非常に有用だからな。暗部のメンバーは大抵がアノーツを使えるのさ」

「そっか。ちなみにゼンヘン王子はアノーツを使えるの?」


 何の悪気もないアステの質問に対し、ゼンヘンは少し驚いた表情を見せ、顔を綻ばせて言った。


「私にアノーツは使えない」


 それを聞いた後、カペラがフォローするように話し始める。


「申し訳ございません、アステとプラナは……、あ、そもそも彼女達についてしっかりと話しておりませんでしたね」


 カペラは簡単にアステとプラナを紹介した。二人はまだプレウスに来たばかりで、国についても詳しくないという旨の説明を行う。


「そのため、王子のことについても全く知らないのです。無礼をお許しください」


 カペラは頭を下げて謝罪をする。アノーツが使えるか否かを聞くことがそんなに悪いことなのかと、アステとプラナは顔を見合わせた。


「いいや、そのような謝罪は不要だ。私自身、もう全く気にしていないからな」

「そうなのですか?」


 プレウスに住んでいる者ならゼンヘンがアノーツを使えず、それに対して色々と言われていたことを知っているため、この話題を本人の前で出すことなどないのだ。

 しかし、当の本人はもうそれを気にする段階をとっくに過ぎていた。


「あぁ。アノーツはあるに越したことはないが、国を動かしていく立場においては必須ではないからな。それに、私には彼らがいる」


 そう言って目を向けたのは、何も話さずゼンヘンの横で背筋を伸ばして待機している暗部の二人だった。


「彼らのおかげで、アノーツがないと解決が難しい仕事も処理することができるようになったし、情報を仕入れるのも格段に早くなった。だから私にアノーツなど必要ないのだ。私よりももっとアノーツを必要としている者達は沢山いる。そういった人達にこそ、アノーツは与えられるべきだ。まぁ、求めて手に入るようなものではないんだがな」


 ゼンヘンの言葉に感心していたのはプラナであった。


(彼のことはまだまだよく知らないが、恐らく、国民から信頼されている王子なのだろう。一人で全てを解決できたらそりゃ凄いが、周囲の人と協力し、何かをやり遂げる者も信頼される。時計台に駆けつけてきたのが彼で良かったな)


 時計台から信号を送る行為には、リスクも存在していた。それは、ロイデのようなフェンガリ側の人間が来てしまい、更に敵が増えることである。

 まだゼンヘンが実は敵である可能性も完全には捨てきれないが、ほぼ考えなくていいことだとプラナは思っていた。


(彼が敵である可能性はほぼゼロだろう。もしそうなら国の暗部の話なんてしない)


 そんなことをプラナが考えていると、王子がお茶を一口飲み、雰囲気が少し変わった。


「では、そろそろ本題に入ろうか」


 これからどう行動するべきなのか、何を考慮するべきなのか、情報交換をしながら明確に指針を出す必要がある。


「まず、カペラはフェンガリと交戦していたのだろう?」

「はい」

「誰がいた?」

「アルフェラッツと、外交官のロイデです。ロイデはまだフェンガリのメンバーではないようですが、これから入るつもりのようです。奴は国を裏切ったのです」

「そうか……。やはり、フェンガリと悪い繋がりを持つ者が城にいたのだな。それも、外交官のロイデとは。全く不甲斐ない」


 自分を責めるようなゼンヘンに、カペラは首を横に振る。


「貴方のせいではありません。悔しいですが、奴は優秀です。外交官として他国にいる時は私たちではコントロールできませんし、仕方のないことかと」

「だとしても、これは国の大失態だ。外交官からフェンガリになる者が現れてしまっては……。プレウスの内部情報が奴から流出するのも避けられないだろう」


 外交官であったロイデは当然色々なパイプを持っており、重要な人物とのコネもある。そんな人物がフェンガリに入ってしまうのは問題である。


「フェンガリと繋がりを持つのはほんの限られた一部の人間のみ。その中にはロイデと繋がりを持つ者もいるはず。

少なくとも、良い方向にはいかないだろう」

「ただ、まだロイデがフェンガリに入れると決まった訳ではありません。アルフェラッツは渋い顔をしていましたし、そのアルフェラッツと比べるとロイデは明らかに力不足でしょう」

「そうか、ならばロイデはフェンガリの選考から外れることを期待するとしよう。それにしても、アルフェラッツか……」

「はい、そこが非常に厄介な点ですね」


 アルフェラッツの名前を出して難しい顔をするゼンヘン。アステとプラナはアルフェラッツという存在の大きさを改めて実感する。


「やっぱり、アルフェラッツの危険度は相当高いんだ……高いんですね」


 プラナはタメ口で話そうとしたところで何とか軌道修正して敬語に直してから言った。


「アルフェラッツは炎の国、ゼストス出身の有名なアノーツ使いだ。ゼストスの政治体制は変わっていてな、まず王政ではないのだ。経済、福祉、学業など、様々な分野に優れている者達を民の中から選別し、それで選ばれた者が拒否しなければその分野を管理する立場に上がる。そうして国を管理する実質的な王が複数人出来上がるのだ。まぁ、プレウスも王政とはいえ、最近は色々な分野を管理する人を配置して政治の在り方を変えてきているがな」

「なるほど。アルフェラッツはその実質的な王達の一人だったと?」

「そうだ。奴は武力の分野の王だった。しかし、やがてゼストスは内部が腐ってしまって立ち行かなくなり、ついには内戦に発展しまったのだ。それから奴は姿を消したんだが、後にフェンガリに入っていたことが分かった」


 炎の国、ゼストス。大陸シェダルの八大国の一つであり、大陸の南側に位置する。南ということもあり、比較的温厚な気温の国で、元々は活気のある大変賑やかな国であった。しかし、問題が立て続けに発生し、様々な社会情勢に呑まれ、やがて立ち行かなくなり内戦へと至った悲しき大国である。


「現在のゼストスは立て直しを行っているところで、支援している国のおかげもあってか、一応八大国として恥ずかしくない水準に戻りつつある」

「そんな風に国の立て直しが進んでいるのなら、アルフェラッツも戻ればいい……、と安易に考えてしまいますが、その内戦で武力の分野の王であった彼に何かがあったのでしょうね」

「恐らくな。内戦ということもあり、他国はそこまでゼストスの内戦に関する情報を得られなかったのだ。ただ、分かっている重要なこととしては、複数の王の中でも最も民を愛し、国を愛していたと言われる豊穣の王……、いや、王女と言うべきか。その王女が内戦によって死亡したことだな」


 ゼストスの王達の中でも、一番人気があったのはその豊穣の王女である。内戦とはいえ、その人物が死亡したという話はどの国にも届いた重大な事件だった。


「なるほど、アルフェラッツがフェンガリに入るきっかけは間違いなくそこですね」

「あぁ。そんなアルフェラッツだが、君たちも目にしているのだろう? こと戦闘においては異次元の強さだ。我が国の騎士団団長、カペラでさえ、彼に勝つのは難しいだろう」

「……」


 カペラはその言葉に否定も肯定もしない。その様子から鑑みるに、アルフェラッツに本気で力を使わせた時、現状では止めることができないと考えられてしまう。


「とにかく、だ。そんなアルフェラッツやロイデが関わっていることから、今回の大災害は非常にプレウスの暗い部分が見えてきてしまう。そしてそんな部分を取り払うのは私の役目だ」


 ここでゼンヘンは一度茶を飲み、間を置いてから言った。


「さて、では次に、この国の問題と絡めながらこれからの行動について決めていこう」


 ゼンヘン王子を主軸とした話し合いは、まだまだ続く。


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