予想以上の救援
「シュペルノヴァ」
ロイデはそう呟いた。少し離れた場所にいるディアは流石に聞き取れなかったが、それでも急激なアノーツの膨れ上がる感覚から、ロイデがこれから何をしようとしているのかを誰よりも早く察した。
「なるほど。先ほどのアノーツのレベルからして可能性はあると考えていたが、本当にそこまで達していたのか」
ディアは右手を前に出し、これまでのただでさえ高かったアノーツの質や密度を超えるレベルのものを纏う。
「それを使うのであれば、我は遠慮なくお前を殺す。ただ、お前にはこれからやりたいことがあるような気がしたんだが、良いのか?」
「……」
ロイデが何かする前に、ディアは牽制するように言う。声色は特に変わらないが、ディアから感じられる圧力は圧倒的だ。
(仮にロイデがこれからやろうとしている何かを発動したとしても、ディアなら抑えられるんだろう。ただ、これまでのアノーツの攻撃とは明らかにレベルが違うようだ)
プラナは上から現状を把握する。カペラとアルフェラッツもロイデがこれからやろうとしていることを察し、戦いをやめて警戒している。
(今一番ロイデに近いのはアステだ。ロイデがやろうとしていることに最初に巻き込まれるとしたらアステになるだろう。そのリスクを考えての牽制か? まぁ、普通に考えて大技は出されない方がいいというのもあるか)
プラナがそんなことを考えていると、ロイデは杖を下ろした。
「確かに、ここであれを使ったところで貴方に殺されて終わりかもしれませんね。それでは困る」
考えた結果、ロイデは何やら出そうとしていた技を引っ込める判断をした。状況を冷静に鑑みると、ここで自身の大技を出してもその後に待っている結末が良いものだとは思えなくなったのだ。
(ひとまず収まったか? だが、依然としてカペラとアルフェラッツの戦いは続くし、こうなったらディアがロイデを倒すことは無いだろう。結局カペラ達の戦いが終わるまでは手出しできず、このまま待機するしかないか……)
プラナはひとまず胸を撫で下ろす。アステもしっかり無事であることが大きい。
(それにしてもアステのやつ、アノーツが使えないのになんであんな躊躇なく戦えるんだ? 怖いもの知らずなのか、できると確信していたのか、何にせよ凄い奴だな……)
そんな時だった。プラナはふと、外が気になって窓の近くへ寄った。
アステの不意打ち作戦が始まってからは城への暗号を止めてはいたが、変わらず光は城に届いている。
プランはまずは城の方を見る。大雨で暗い空なのは変わらず、いい加減うんざりしてくる頃だ。
次に、時計台の下の方を見た。時計台は学校の隣にあるため、水に沈んでしまった校庭や、その上にたくさん浮かんでいる木片や瓦礫が見える。
少し遠くを見ると、まだ救助活動をしている人たちが見受けられる。既に地面を歩くのは難しい状態のため、時間が経てば経つほど救助活動に時間はかかる。
プレウスは八大国のうちの一つということもあり、非常に大きい。救助する人たちも多いとはいえ、まだまだ救助は間に合っていないのが現実である。
更には時計台の中で騎士団団長のカペラとフェンガリのアルフェラッツが戦っている。状況は混沌としている。
「……ふぅ」
少しして、プラナはため息をつく。しかし、そのため息は決して悪い意味のものではなかった。
また、カペラとアルフェラッツの戦いが再開された。ロイデの大技が出されないのであれば、それを気にする必要がないからである。
激しい戦いの中、互いの技のインターバルを絶妙なタイミングで操りつつ、一度のミスも許されないやり取りを繰り返す。
ロイデはアステから離れ、機を伺うように鋭い目をしている。今までの澄ましたような表情ではなく、荒々しい部分が見えている。
「ふむ、これで彼女らの戦いにより意味が出てきたな……ん?」
相変わらずの余裕な表情をしているディアだが、とあることに気づいた。
「なるほど。何かやれることがあるというのは、そういうことだったか」
そんなことを呟くディアに目配せをして感謝を伝えるアステは壁に向かっていき、楽々と登っていく。そしてプラナのいた場所に戻った。
「ただいま」
「おう、おかえり。ヒヤヒヤしたが、ディアの牽制のおかげでなんとかなったな」
「実はかなり危険な状態だったかもね」
「かもね、じゃない。この時計台の中は化け物ばかりなんだぞ。ディアがいたって絶対は無かった」
「まぁ、そうだけど。というか、何見てるの?」
「ん? あぁ、あたし達のささやかなサポートは意味があったみたいだぞ」
その意味をすぐに理解し、アステは驚く表情を見せる。
「流石、プラナ様だね!」
それから少しして、カペラとアルフェラッツが攻撃をやめた。
「おいおい……」
「あら、また賑やかになりそうね。貴方にとっては嫌だろうけど」
「なんで更に人が増えるんだよ」
「さぁ? これだけアノーツをバンバン使ってるんだから、気づく人は気づくでしょう」
「だとしても、アノーツを感知できるなら俺たちのレベルにはついていけないってすぐに分かるはずだろう。首を突っ込むなんて命知らずな真似はしないだろう普通は」
「それもそうだけど……」
アルフェラッツは状況が理解できず、困惑している様子だった。しかし、カペラにはなんとなく理解できていた。
(これは恐らく、アステ達……、というよりプラナの策ね。確かに今の状況、フェンガリという面倒で危険な相手の動きを牽制し、抑えるためには必要なことかもしれない。どうやって呼んだのかは分からないけれど)
アルフェラッツはロイデに目配せし、戦闘をやめてスタスタと歩き出す。
「一旦退くとする」
「私を足止めしなくていいの?」
「したいけどな。何でも思い通りに行く訳ないんだし、臨機応変に対応するべきだろう?」
「くっ、この気配……。面倒な奴らが来ていますね。仕方がない」
アルフェラッツに続き、ロイデもこの場を立ち去るようである。
フェンガリは世間には秘密にされている超重要組織。城壁の上の戦闘や移動、時計台に移動している時と違い、時計台の中で重要と思われる複数人の何者かと真正面から相対するのは面倒であり、忌避すべきことである。
また、アルフェラッツにはその何者かが分からなかったが、アノーツを使える者が混じっていることと、タイミングや時計台に一直線に向かってきていることから嫌な予感を感じたのだ。
それに、ロイデはその向かってきている者達のことを知っていたため、アルフェラッツの一旦退くという判断には何の文句もなかった。
二人はそのまま外へ出てどこかへ行ってしまった。そんな二人をカペラは追わない。
(私の一番の役目はアルフェラッツを倒すことではない。一刻も早く、この大災害を収束させて国を守ること。アルフェラッツを倒すことも間接的には大災害を抑える一因にはなると思うけれど、今はあいつを追ってまで倒そうとすることにあまり意味はない)
カペラは顕現していた剣を消す。そして、窓を割って時計台に入ってくる者達がいた。
「全員、動くな!」
大きな声が響く。野蛮で獰猛な声では決してない。凛としていて、自然と品位と地位の高さを感じさせる声である。
入ってきたのは三人。真ん中に立っている声を上げた人物の左右には、黒色と茶色の服で全身を包み、顔も見れないようになっている者達が佇んでいる。
そして真ん中の人物は白い制服を着ており、ところどころに煌びやかなアクセサリーを付けている。髪は水の国プレウスらしく青く、腕を組んで堂々と立っている。
「救援感謝いたします」
「なるほど、君だったか。カペラ団長」
真ん中の人物に礼をするカペラに対し、その者は明らかに上の立場からカペラのことを認識した発言をする。
カペラは騎士団の団長であり、国の中の地位の高さで言えばかなりのものである。そんなカペラの態度を考えると、その者の立場は何となく予想できるだろう。
(あの雰囲気、佇まい、カペラの態度。もしかすると……)
プラナはある程度予想できており、それはアステもなんとなく分かっていた。
「もしかして、王様……、いや、王子様!?」
「ほう、君達は外国の方かな? であれば自己紹介をしよう」
腕組みをしながら堂々と、またもハキハキとした大きな声でその者は自己紹介をする。
「私は水の国プレウスの第一王子、ゼンヘン・プレウーセス。この未曾有の大災害の中で私の優秀な部下が時計台から送られてくる信号に気づいてな。その内容から急いで対応すべき事案だと判断して参った」
その美青年はプレウスの第一王子である。だからカペラは礼儀正しい態度になったのだ。
「まさか、そのレベルの人物が来てくれるとはな。驚いたが、これは心強いぞ」
プラナはこの状況に素直に喜んだ。第一王子ともなれば、その権力や影響力は間違いなく国の中でもトップクラスだろう。フェンガリのメンバーであっても、戦闘の実力云々は関係なく、迂闊に手を出せるような相手ではない。
プラナとアステは上の階から降りる。だが、アステとプラナはとあることに気づく。
「ディアは……?」
ディアがいないのだ。いつの間にかその姿を消しており、ディアが立っていたところには何も残っていない。
(あいつ……。多分、これ以上自分の存在を知る者を増やしたくなかったんだろうな。それも相手は王子。王子の存在を認識していたかどうかは分からないが、とにかく不都合な状況と判断したんだろう。やっぱりあいつは信用すべきではない。まぁ、アステのことに関しては信用してもいいが)
「アステ、今はあいつのことは放っておけ。気にしたところで追うこともできない」
ディアがどこかへ消えるのを認識していたのはカペラだけである。しかし、カペラはディアを見逃した。声をかけたところで止まるとは思えなかったというのと、止めなくてはならない理由も特にないからである。
「それで、状況を説明してもらえるか?」
ゼンヘンは状況説明を求めた。それからカペラが端的に状況説明をすると、ゼンヘンは少し考えた後、言った。
「なるほど。本当に厄介なことになったな。それでは君たち、一度城へ来てくれないか」
「城ですか?」
「あぁ、色々と話をする必要がある。騎士団団長のカペラ、君は当然として、君たちは……」
ゼンヘンはアステ達の方を見る。フェンガリの存在を知っている数少ない存在になった二人であるが、これから先は更に機密の情報が交わされることになる。そんなところにアステ達がいていいのかという思いがひしひしと感じられた。
「彼女達は既に私の仲間であり、二人とも間違いなく役に立ってくれます。既に色々と協力してもらっていますし、城に信号を送ったというのも彼女達でしょう」
「本当か?」
「水星の騎士団団長である私がそう判断しています。どうか、二人も連れて行ってください」
「そうか。君が言うのならそうなのだろう。その判断、信じよう。よし、君たちも付いてきてくれ」
ゼンヘンは騎士団団長であるカペラの言葉を信じることにし、アステとプラナも城に連れて行くことにした。
だが、アステとプラナはどうやって城へ行くのかを疑問に感じた。アノーツが使える者は身体能力向上の恩恵により、城まで行くのはそう難しくないが、王子であるゼンヘンはアノーツを使えるのかという疑問である。
「お前達、彼女らも連れて行けるな?」
「はい、問題ありません」
ゼンヘンの左右にいる者達のうちの一人が問題ないと答える。背格好からして、一人は男性、一人は女性というのがなんとなく分かるが、答えたのは男性と思われる方であった。
ゼンヘンに連れられ、一行は割れた窓のすぐ側に立つ。
「さぁ、行くぞ!」
「はい。皆様、リラックスして身を委ねてください」
「うわっ!」
すると、全員の体がフワッと浮いた。
(これはタランのアノーツか! けど、操っているのは王子じゃないな。私はアノーツが使えないから分からないが、この二人、王子のすぐ側にいれるだけの確かな実力はあるんだろう)
プラナはゼンヘンの側にいる二人の実力が間違いなく高いレベルであることを察した。
「私に色々と聞きたいことがあるだろう。私も君たちには色々と聞かなければならないことがある。まずは、落ち着いた場所に移動だ」
そうしてアステ達は幸いにもプレウスの第一王子であるゼンヘンとその部下に見つけてもらい、ついに正真正銘国の中心である城へ向かうことになった。