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恒星の黎明姫  作者: ポルゼ
水の国・プレウス
20/34

不意打ち

 カペラとアルフェラッツの戦い。それを傍観するディアとロイデ。そして城に信号を送るアステとプラナ。

 最初は押していたカペラだが状況は変わり、今は押され始めている。

 果たして城にいる人間は時計台から送られてきた信号に気づくのだろうか。仮に気づいても、フェンガリがいる旨のメッセージまで伝わるかは非常に怪しいところである。

 

「っ……」 


 アステは歯痒い思いを感じていた。現状では自分の力不足を痛感することが多いからである。しかし、大災害が起きてからアステが行ったことに意味がないなどとは全く言えないだろう。積極的に救助活動を行い、災害を止めるための行動を起こし、ディアという身元も正体も不明ではあるが、現状は味方と考えられる協力者も得た。

 そんなアステは今、プラナを背負いながら時計台の上の方でカペラの戦いを見守っている状態だ。身体能力や体力がいかに優れていようとも、カペラの戦いに参加するのは無謀である。

 だが、そんなアステでもできるのではないかと思うことが一つあった。


「プラナ」

「……まぁ、お前の考えていることは分かる」


 名前を呼ばれただけでプラナはアステの言いたいことを理解した。何故なら、アステが考えていることにはプラナも至っていたからだ。

 

「あいつ、ロイデとかいうプレウスの裏切り者を今なら倒せるんじゃないかって話だろう?」

「うん」


 話に上がったロイデはというと、カペラ達の戦闘に入れるタイミングを探っている様子で、眼鏡をクイっと上げている。

 かなり戦闘に魅入っているようで、アステ達のことなど頭にもないだろう。

 だが、フェンガリに入ろうとしていて、実際にアルフェラッツと共にいれるような人物というだけでその実力に疑う余地はない。

 例え不意を突いたとしても倒すことはできず、すぐに反撃されてしまう可能性が高いだろう。

 しかし、その可能性を排除できると考えられる要素が、この時計台にはいる。


「ディアは、お前が危険な目に遭うのを黙って見ていることはないだろう」

「だったら嬉しいな」


 そう、ディアの存在である。既にロイデではディアには全く敵わないことは分かっている。

 当然、ディアが積極的に動いてくれればロイデは既に床に倒れていたことだろう。だが、残念なことにディアはきっとそんな風に動いてくれない。それでも、アステが戦うとなったらサポートに徹して必ず守り切ってくれるだろうとプラナはほぼ確信していた。


「けどな、ディアが守ってくれるにしても決して無理はするな。それと、被弾ありきの突進もダメだ。確実に近づいて……」

「分かってるよ。心配してくれてありがとう」

「お前な……」


 はぁ、とため息をついているプラナだが、その内心ではアステへの心配がかなり大きくなっていた。

 

「まぁいい。後はどうやってロイデに気づかれずにディアに意図を汲み取ってもらうかだな」


 これから行うのは要は不意打ちである。大きな声でディアに作戦を伝える訳にはいかないのだ。


「身振り手振りで気付けるんじゃない?」


 アステはそう言うと、カペラ達の戦闘を見ているディアに向かって手を振ったりして体を大きく動かす。

 背負われているプラナはそのせいで落ちそうになるが、なんとか耐えていた。

 すると戦闘を見ていたディアが上の方にいるアステの存在に気づいたようで、口元に笑みを浮かべた。


「よし、気づいた!」


 今度は指でロイデを差し、チョップするような動作を見せる。遠くから見るとなんだか面白い動きだが、ディアにはそれで意図が伝わったのか、ロイデの方を見てからアステに視線を戻し、頷いた。


「どうやら伝わったみたいだよ」

「動きは滑稽だったけどな」

「ひどーい」


 少し空気が和らいだが、すぐに気を引き締め直す。真剣な目つきになったアステは、ふぅと小さな息を吐いた。


「プラナ、降ろすよ」

「あぁ」


 そして長い間プラナを背負い続けたアステは、ゆっくりとプラナを降ろしてやる。

 ずっと背中にあった温もりが消えたことに若干の寂しさを感じつつ、いよいよロイデへの奇襲を開始する。

 トンと、プラナに背中をタッチされるのを合図にするように、アステは手すりを超えて近くの壁に飛び移る。

 普通の人間であれば、壁に飛び移ってから近くの柱を利用して勢いを上手く殺しつつ移動することはできないだろう。しかもアステは音もほとんど立てずにそれを行える。

 また現状では、カペラとアルフェラッツの激しい戦闘音のおかげで音で気づかれる可能性は少ないだろう。

 そもそもロイデは二人の戦闘に魅入っている。やはり、不意打ちをするチャンスであるのは間違いない。

 やがてアステはロイデの二十から三十メートルほど背後に降り立つ。この時アステは無意識であったが、集中ゆえか、自然と息を止めていた。

 スタスタと音もなく歩いていき、ロイデのすぐ後ろまで迫った。


「……」


 アステにとって、ロイデは明確な敵ではない。実は、アルフェラッツに対しても同じような認識であった。

 この大災害を起こしたのがフェンガリとはまだ決まっていない。というより、情報が少なすぎて判断のしようがないと言った方が正しい。

 アステはこの大災害を止めたいとは考えているし、救助を求めている人々を助けたいとも考えている。しかし、アステはフェンガリのアルフェラッツと、フェンガリに入りたいと思っているロイデを倒したところで大災害が収束に向かうことはないのではないかと直感していた。

 また、アステは別にフェンガリに憎しみや恨みを持っている訳ではない。今のところ、カペラが敵だと認識しているというだけで、アステ個人の感情では戦う理由はあまり無いと言える。

 だが、放置もまたできない。アルフェラッツらを倒しても大災害が収束しないとしても、放っておいたらそれはそれでプレウスにとって多大な被害が出るだろう。

 何にせよ、決して無視はできない相手、それがアルフェラッツとロイデである。 

 それに、アルフェラッツは明白だが、ロイデも間違いなく強者の部類に入る。他の者達が異次元すぎるだけで、ロイデ自身の能力値は非常に高い。だからこそ、思い切りやっても死んでしまうことはないだろう。そして、できることなら無力化して拘束し、引き出せるだけ情報を引き出すことができたら一番良い。

 

(アステ、長引かせるなよ)


 プラナは上から見守っている。この不意打ちが長引いてしまうと、現状ではアステに勝ち目がない。理想は一撃で決めることだ。

 アステは右足を後ろに引く。人間の体は、腕力よりも脚力の方が圧倒的に強い。それに加え、アステの人間離れした身体能力を組み合わせれば、その力は凄まじいものになる。

 そして力が込められた右足を、アステは思い切りロイデの右の脇腹に入れようと振り抜く。


「……!」 


 しかし、蹴りが当たる直前にロイデに気づかれた。

 

「ぐっ……!」


 鈍い音を立て、ロイデは吹き飛ばされる。人一人を蹴りだけで十メートル程度吹き飛ばせている時点でその蹴りがいかに強力かが分かる。

 だが、ロイデはすぐに立ち上がった。


「全く、全然気づきませんでしたよ」

「ありゃ、防がれたね……」

 

 蹴りがロイデに入る直前、咄嗟に蹴りが入る右の脇腹にタランのアノーツを展開していたのだ。また、アノーツが使える者は身体能力が非常に高いところも有効打にならなかった要因の一つだろう。

 いくらアステの蹴りが強くとも、アノーツの壁を越えるのは流石に難しい。


「にしてもただの蹴りでこの威力とは。あまり気にしていませんでしたが、明確に秀でているところがあるようだ」

「でしょ?」

「!」


 十メートル先にいたはずのアステがいつの間にか眼前に迫っていたことにロイデは驚く。


(アノーツで防ぐのは簡単だ。恐らく彼女はアノーツを使えないのだろうが、それにしても凄まじい身体能力だな)


 風の防御壁を前方に展開し、アステの進行を阻もうと画策するロイデだったが、アステはその障害を難なく超えられる。

 思い切り踏み込み、風の防御壁を乗り越えるほどの跳躍を見せるアステ。しかし、ロイデはアステの身体能力を高く評価したため、その程度は予想できている。


「これくらい乗り越えるのは簡単でしょうね」


 風の防御壁を乗り越えた先、ロイデはタランの貫通力の高い汎用技を用意していた。

 放たれるそれは非常に速く、距離的にも一瞬でアステの眼前に迫る。しかし、アステは全くもって避ける素振りを見せなかった。

 そこでロイデは気づく。この技をいとも容易く上回るアノーツの使い手がいることに。


「チッ……!」


 風の貫通弾を丁度包み込むことができる程度の水の塊が飛んできており、それが風の貫通弾を捉えて消滅させた。


(ありがとう、ディア)


 当然、それをやったのはディアである。速く小さな風の貫通弾を、少し離れた位置からほとんど同じ大きさのアノーツで正確に捉えるのは普通のことではない。

 やはり、ロイデとディアの間には大きな差が存在している。

 そして、ディアのサポートがアステには付いていることを理解したロイデは、自身の不利な状況を悟る。


「あの女、本当に目障りな……!」

「私は目障りじゃない?」

「っ……!」


 ディアに意識を持っていかれていたロイデは、いよいよ手の届く距離まで迫っているアステに対処すべく、躊躇なくタランのアノーツを使おうとする。

 だが、アノーツを展開し始めたロイデよりも速くアステの蹴りが炸裂する。


「がはっ……!」


 蹴りはロイデの顔に入ろうとしていたが、なんとか風を纏い始めていた腕で受け止めたため、吹き飛ばされてもすぐに体勢を立て直した。

 だがアステは攻撃の手を緩めない。ディアのサポートがあれば恐らくアステに攻撃が当たることはないだろう。それであれば、被弾を気にしすぎることはない。


「ごめんね」


 そう言いながらアステは追撃を繰り出すためにロイデに再び迫る。


「悪いね、アステは傷つけさせないよ」


 ディアは、アステに対してタランのアノーツを使おうとするロイデを完全に押さえ込む。

 これでは実質的にロイデはアノーツを使えないのと一緒である。身体能力だけで言えば、いくらアノーツによる身体能力の恩恵があれど、アステには勝てないだろう。

 最早、カペラとアルフェラッツのことを考慮する暇はないとロイデは判断する。


「エーン!」


 ロイデは自らが顕現する武器である茶色い杖を振り上げてそう言った。

 するとタランのアノーツで作られた大きな障壁がアステの頭上を覆う。


「何?」


 ディアは先ほどロイデが展開した風の防御壁とは明らかにアノーツの質が向上したことを理解し、すぐに風の障壁を破壊すべく水で包み込もうとする。

 だが、ディアがこれまでと同じように水で包み込んでも完全に消滅させることはできず、幾分か小さくなった障壁はアステを押し潰さんと迫る。

 とはいえ、アステの身体能力の高さから考えればそれを避けるのはそう難しくはない。実際、アステはそれを避けることができた。

 風の障壁は床にぶつかり、そのまま床を破壊して穴を開けた。ディアによって威力が落ちていることも考えれば、その強力さが分かるだろう。


「トゥェー!」


 しかし、アステが避けて風の障壁が床を壊した瞬間、ロイデは続けてアノーツを使う。今度は細く長く伸ばされたタランのアノーツを大量にアステへ向かって飛ばしてきた。

 アステは直感的にその攻撃は斬撃のようなものだと分かり、威力も更に上がっていることを察した。


「ふむ、これならどうかな?」


 ディアは今までよりもアノーツの出力を上げないと抑えるのは難しいと判断した。

 それにより、ロイデの放った風の斬撃は全て水に覆われ、渦のように潰されて消滅した。


「これで潰せるか。しかし……」


 これでまた一つの危機をアステは脱した。しかし、ディアはロイデの纏うアノーツの質がどんどん向上していることを感じ取っており、ロイデの攻撃ターンはまだ終わらないと確信していた。

 同様に、アステもなんとなくそれを感じ取っており、ディアのサポートがあるとはいえ迂闊に攻め入ることは躊躇われた。


「ドゥリー!」


 そして、ロイデがそう叫ぶと、アステを中心として半径十メートルはあるであろう風の渦が巻き起こり始める。


「これは……!」


 アノーツが使えずともアノーツを感じ取れるアステは、自身を中心とするその風の渦が今までのどの技よりも洗練され、威力の高いものかが理解できていた。

 ディアはこれまでよりも大きな水を生成している。

 止められるかもしれない、完全に押さえ込まれるかもしれない、そういった思いは当然ロイデにあったが、だからといって技を出さずに逃げ続けることはできない。


「……!」


 アステを中心としたその風の渦は急激にその範囲を狭くし、それと同時にディアのアノーツが届く。

 そして、風と水がぶつかり合い、爆散する。周囲には水の雨が降り、暴風が吹き荒れる。


「アステ……!」


 その瞬間を見ていたプラナは思わず立ち上がり、アステの名前を呼ぶ。


「ごほっ、けほっ」


 舞っている砂埃の中、アステが咳き込みながら現れた。所々に擦り傷のようなものがあるが、致命傷などの大きな怪我はないのが分かる。


「はぁ……」


 安堵のため息を漏らすプラナだが、その安堵の中にはきちんとアステを守ったディアに対するところもあった。


「なるほど。我は君を舐めていたことを謝罪しなくてはならないな」


 そんなディアは、ロイデを舐めていたことに少しではあるが謝罪の念が生じていた。

 だが結果的には、ロイデの技はどれもディアには通じなかった。


「アステ……!」

「あいつらも派手にやり始めたなぁ」

「心配してあげたら?」

「知らん」


 カペラとアルフェラッツは一瞬戦いの手を止め、アステ達の様子を見る。流石に近くであれだけアノーツを使った戦いが起これば気になるようだ。

 そんな時だった。流石に状況的には明らかに不利であり、もう無理には戦わないのではないかと思われるロイデだったが、一言、小さく呟いた言葉があった。


シュペルノヴァ(・・・・・・・)

「……!」


 その瞬間、空気が変わる。中でもディアは、誰よりも早くロイデのしようとしていることを理解した。


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