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恒星の黎明姫  作者: ポルゼ
水の国・プレウス
19/34

強者の空気

 空気が変わる、という状況は誰もが一度は経験したことがあるだろう。それは相手を怒らせてしまった時や、失言をしてしまった時、予想だにしていない事が起きた時など、様々である。

 また、空気が変わるのにも良い方向に変わるのと悪い方向に変わることがあるのは当然であり、あまり良い方向に場の空気が変わることは少ないのではないだろうか。

 現在、アルフェラッツはカペラと距離を取っている。先ほどまでのカペラ側が押している空気は突然消え去ったのを皆が感じていた。

 そのように場の空気を変えたアルフェラッツは、真剣な表情で呟くように言う。


「ウォルフライエ」

 

 アルフェラッツは自分の顕現した刀にケルトのアノーツを込め、その刀主体で戦う戦闘スタイルである。そんなアルフェラッツがより強化されるとしたらどんなものが良いのかを考えると、答えはいくつかに絞られる。

 感嘆と称賛の思いを抱いていたロイデは、分かりやすい派手な事が起きるかと思っていた。しかし、実際はとても静かであったために少しの困惑の表情を見せる。

 だが、アルフェラッツの真正面に立つカペラには少しの緊張が走っていた。


(どこまで力を出すかは分からないけど、まぁそれは使ってくるわよね)


 カペラはその技を知っていた。だからこそ、現状の危険度をよく分かっているのだ。

 アルフェラッツは右手で刀を持っているが、その右腕に三つの赤く光るリングが生成されている。しかし、見た目上はそれだけの変化である。

 

「ふぅん。あの赤いリング、面白いね。あれが彼なりのアノーツの使い方という訳か」


 一人、離れた所からディアはアルフェラッツの技について呑気に考察をしていた。

 まだまだ理解できていないロイデとは違い、ディアのアノーツへの理解度は全く異なるレベルと言えるだろう。


「お前はこれがどういうものなのか知っているからな。あまり効果はないかもしれないが……」

「何馬鹿なこと言っているの? 知っていようがいまいが、それに効果がないことなんて有り得ないわよ」

「そうか? あーあ、それにしても困った仕事だよ本当。どんどん面倒になりやがる」

「ならフェンガリなんてやめなさいよ」

「そういう訳にもいかないから面倒なんだ」


 そこまで言うとアルフェラッツは刀を前に出し、左手の指でちょんと触る。


「くっ……!」


 次の瞬間、アルフェラッツの姿はカペラの前から消えていた。

 カペラの右斜め後ろ、低い体勢で刀を振り抜こうとするアルフェラッツがそこにはいた。

 刀を剣で受け止めることは考えていないカペラは避けることに専念する。

 足に全力で力を込め、アルフェラッツの刀を避けることに成功したカペラだが、その振り抜かれた刀の先を見て驚愕することになるのはロイデやディアだった。


「途轍もなく洗練されている。美しいね」


 ディアが優雅に感想を述べているように、アルフェラッツのその攻撃はある意味で芸術のようなものであった。

 現在カペラ達がいるのは時計台の中である。そんな所でカペラが攻撃を避けた場合、その先には当然壁や天井がある。

 天井や壁は一瞬、何も起きていないように見えた。だが次の瞬間、壁と天井には音も無く、かつ寸分の狂いもないのではないかと思われるほど美しい直線の亀裂が入った。つまり、アルフェラッツは斬撃を飛ばしたのだ。

 普通、剣で壁を斬ることのできる技量を持つ者でも、斬ったことによって出来た亀裂から細かく亀裂が派生する。また、その亀裂からボロボロと破片が落ちてくることだろう。

 しかし、アルフェラッツの刀を扱う腕は次元が違う。あまりに綺麗な直線の亀裂からは破片など一つも落ちてこない。

 また、その斬撃の飛距離も異常であった。この時点ではカペラ達は視認できていないが、実はアルフェラッツの放った斬撃はプレウスの城壁にまで届いていたのだ。

 プレウスの強固な城壁を貫通するまでには威力の減衰もあって流石に至らなかったが、城壁にはしっかり斬撃の跡が刻まれている。

 幸いなことに、城壁へ至るまでの間にあった建物にも斬撃は当然及んでいたが、人に当たることはなかった。もしも当たっていたら、斬られたことに一瞬気づけずに体の一部分が綺麗に切断されていただろう。


「分かっていたけれど、相変わらずの腕前ね」

「お前も、やっぱり避けられるか」


 両者は互いに少し距離を取る。


「三つの赤いリングのうち一つが光を失っている。単純に使用回数なのかな?」

 

 ディアが言っている通り、アルフェラッツに右腕に生成された赤いリングの一つはその光を失っていた。


「こんな国の中でそれ使っちゃっていいの? 建物が沢山切断されるだけじゃない。人に当たったら終わりだよ」

「そうだな。けど、ここで目的を果たせずにのこのこ帰るよりはマシだ」


 アルフェラッツは決して人殺しをしたいから暴れ回る狂人などではない。基本的には戦いを好まないが、フェンガリに入るだけの理由はあるということだ。

 

「そう。まぁ、フェンガリに入ってしまったらもうまともな人生なんて絶対に歩めないからね。それだけの覚悟があるってことね」

「あまり詮索してくれるなよ。小っ恥ずかしいだろ」

「なら何度でも言ってあげたくなるわ」


 そこまで会話をした後、今度は二人の姿が消えた。そして空中にて剣と刀が激しくぶつかり合う。


「全ての攻撃で先のような斬撃が飛ぶわけではないようだ。まぁ、当然そこはコントロールできるか」


 手を出すことは完全に止めた様子のディアがまたも考察をしているが、ロイデも同様に手を出さずに傍観者になっている。


(僕が手を出せる次元は超えてしまった。非常に悔しい限りだが、僕が手を出さないことが彼に対する最大限のサポートだろう)

 

 自分とアルフェラッツとの間にある力量の差をより強く感じているロイデは戦闘に参加しないことを選択した。現状では、カペラとアルフェラッツの一騎打ちである。

 そんな一騎打ちでは、二度目となるアルフェラッツの飛ぶ斬撃が天井に向けて放たれた。またもカペラはそれを避けることに成功する。

 ただ、それにより、時計台は綺麗に縦に切断された。しかし、完璧に美しく斬られたがために突然崩れるというようなことは起こらなかった。


(二度目の飛ぶ斬撃。これで彼の赤いリングの残りは一つになるはず。次も外してしまったらまたカペラが有利な状況になってしまう。そしたら今度こそ、僕が役立つ時だ)


 そんな意気込みをしていたロイデだが、ふとアルフェラッツの赤いリングを見て疑問を頭に浮かべた。


(赤いリングの残りが、二つ?)


 一度目も二度目も飛ぶ斬撃を放ったがどちらも外れてしまった。そして一度目の飛ぶ斬撃の際に、赤いリングのうち一つがその光を失っていた。普通に考えれば飛ぶ斬撃を使用するごとに赤いリングを一つ消費すると考えるだろう。

 そして、その考え自体は別に間違いではない。


「なるほど。このアノーツの動き……。吸収かな?」


 アノーツの動きを察知する能力が異常なほど高いディアは、いち早く答えに辿り着くことができていた。

 アルフェラッツの赤いリングは、飛ぶ斬撃を放つ使用回数を示すものであるが、その役割しかない訳ではない。

 飛ぶ斬撃を放つためには当然アルフェラッツのアノーツを消費することになる。通常、アノーツは自然回復するため、何もせずとも時間経過で赤いリングは復活する。

 だが、短時間で復活させなければ戦闘においては不便であるし、三回外してしまえば基本的に戦闘中にまた使えるようになるまでにインターバルが発生してしまい、使い勝手が良いとは考えられない。

 そこでアルフェラッツは、赤いリングにアノーツを吸収させることを考えた。それも、自分のアノーツだけでなく、相手のアノーツも吸収する事ができれば更にリングも復活時間を短縮させる事ができる。

 アノーツには相性があるため、火を操るケルトのアノーツとの相性が良い悪いでアノーツの吸収する効率はかなり変わってしまう。それに伴い、使い勝手の良さも変わるのだ。

 だからこそ赤いリングを作り出し、それにアノーツの吸収効果を持たせるのに、アルフェラッツは試行錯誤を繰り返した。何度も作っては試し、作っては試しを繰り返し、ついには完成に至ったのだ。アノーツの相性差は流石にどうすることもできないが、それでも凄いことだ。

 とはいえ、それは随分前の話であり、今はその扱いにも磨きがかかっている。


「私との相性は最悪……、いや、最高ね」

「あぁ、有難いぜ」


 最も相性の良いアノーツ、それはアルフェラッツと同じケルトのアノーツである。同アノーツだからこそ、混ざり合って反発し合ったりして吸収効率が悪くようなことは起こらない。むしろ、元々ケルトのアノーツでできている赤いリングにとってより吸収しやすいのは当然である。

 アノーツというのは、扱える種類が同じでも他人のアノーツを吸収することは基本的にできない。個人それぞれで独特の性質や特徴などが変わってくるため、自分のものとは相容れないのだ。

 アルフェラッツは努力と研鑽を積み重ね、現在使用しているウォルフライエという技においてはその部分の常識を覆すことに成功した。

 しかし、それが行えないのはカペラである。


(あいつの近くにいるとアノーツを吸収される。できることなら距離を離して戦いたいけど、そんなの許さない速度で迫ってくるでしょう。私のこの状態ももう少しでインターバルに入る。全く、自身の攻撃を超強化しながら相手のアノーツを吸収して奪うだなんて、インチキでしょ)


 心の中で悪態をつくカペラだが、状況としては芳しくない。この後どうするか、激しい攻防の中で考えなくてはならないのだ。

 カペラとアルフェラッツが戦い、ディアとロイデが手を出さずに傍観している。だが、戦いが本格的に始まって大人しくしている者が二人いる。


(やっぱり、こうなったか)


 この状況を想定していたのは、アステに背負われっぱなしのプラナである。

 現在二人は時計台の中のカペラ達がいる階よりもかなり上にいる。時計台ということもあり、上の方の階といっても壁や床でしっかり囲われている部屋が多いわけではない。時計を動かすための機構がガタガタと音を立てて動いており、上を見上げると大きな時計がある場所が見える。また、アルフェラッツの攻撃によりどこかの機構が壊れたのか、時計は上手く動いていないようだ。


(ディアが本気を出して戦う訳はないと思っていたが、今じゃあただ傍観しているだけだ。まぁ、それはあのロイデとかいう奴も同じだが、結局カペラとアルフェラッツの戦いになったな)


 冷静に状況の分析をしているプラナに対し、そわそわとして落ち着かない様子なのはアステである。


「落ち着けよアステ。私たちの出番はまだだ」

「分かってるよ。けど、あまり悠長にしてられる状況でもないでしょう」

「それもそうだな。けど、私たちはもうやれることをやっている。後はどう戦況が動くか次第で対応を決めるぞ」


 実は二人は既にやれることを一つやっていた。ただそれで戦況が大きく動いたり、大災害解決に大きく寄与することはまずないと言える。


(あたしがずっと気になっていたのは、国の対応だ)


 大災害が起きてから、一番働いているのは騎士団、次に冒険者だろう。国の中央にそびえ立つ城からどんな声明が出されたのか、プレウスを統治する王やその周辺の人間は一体何をしているのか、そこがプラナが引っかかっている部分であった。

 騎士団は国の直属の組織故、騎士団が動いているということは国が動いているということと言えなくもないが、それにしても国の大きな動きを感じていないところが不審に感じる点だ。


(フェンガリというやばい組織がプレウスに侵入し、しかもプレウスの中枢である城で働いていたロイデがそのフェンガリに入ろうとしている。最悪、既に城が乗っ取られている可能性も考えられるな)


 アステとプラナはカペラ達の戦いが繰り広げられている中、何をしていたか。それを簡潔に説明するならば、『メッセージを送ること』である。


(国がまともに機能しているのかどうかは不明だが、少なくとも騎士団と冒険者は機能している。後は国の中でも力を持つ誰かに協力してもらうことが状況を打破するきっかけになるかもしれない。まぁ、乗っ取られていたら終わりだけどな)


 プラナが期待しているのは戦力だけではない。というより、戦力という点で見たらカペラ以上の強者が現れるとは思えないためだ。

 だからこそ、期待するのは権力という意味での戦力と、衆目に晒せたらという点である。

 カペラを前にして他の誰かに構う暇は流石のアルフェラッツでもないだろう。また、ロイデの存在も最低限ディアが抑えてくれると考えられる。それこそアステがそのように伝えれば守ってくれるだろう。

 フェンガリは国どころか世界の極秘情報の一つ。プレウスの中でも知っている人はごく一握りだろうが、その一握りの人間が来てくれたり、カペラという国を守る騎士団の団長が戦う相手であるアルフェラッツが民衆にしっかりと見られるのはフェンガリ的には困るだろうと予測できる。

 しかし、アルフェラッツが本当に非情であれば、そんな者達の存在など全く意に介さず殺してしまうかもしれない。

 とはいえ、民衆に見せるのは現状ほとんど不可能だろう。そもそも皆避難しているし、そんな戦いを見ている余裕もないはずである。

 人の命を天秤にかける判断というのはあまりに難しい。だが、このまま時間を浪費すればするほど死者や行方不明者は増えるだろう。

 アステとプラナが送ったメッセージ。それは光を利用したものである。

 アノーツの残滓を追って時計台に入る前、プラナは大雨の中でも目立つ光をしっかり捉えていた。その光は時計台から出ているもので、雨で視界が悪い中でもよく見えるほど強く大きい光なのだ。

 恐らく普段は夜の間のみ光っていると思われるが、今回の大災害はその夜に起きたため、朝になっても消す人がいなかったのだろうと考えられる。

 その光を出す場所は高いところにあると考えられるため、二人は急いで時計台の上の方の階に向かったのだ。そして眩い光を放つ機械を見つけ、向きを変えて城に光を当てる。

 幸いにも、時計台から城まではそう遠くないため、この強い光は一応届くのだ。そして、城のどこにフェンガリを知る者がいるかなど知る訳もないため、とにかく城の上の方に向けて光を点滅させた。

 しかし、ただ点滅させるだけでは救助要請として捉えられ、救助隊が来るだけになってしまう可能性がある。そこで、点滅の回数とタイミングを変えた。

 それはメニアバ信号という光の点滅回数と点滅させるタイミングだけで言語化し、喋らずともメッセージを伝えることができるというものである。

 プラナの記憶の中に、メニアバ信号の知識があったことで成立した作戦である。これで城にいる誰かが動いてくれる可能性は正直低いが、それでもできることはやっておくべきであろう。

 そして、今も二人のすぐ後ろには光を放つ機械がある。既に何度もメニアバ信号を送っているが、これを定期的に行うのが現状の二人の仕事である。


(さぁ、誰か気づいてくれ。この状況を変えるためにも、動いてくれ)


 プラナの願いが届くかは誰にも分からないが、二人はその場に待機してカペラの戦いを見守る。


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