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恒星の黎明姫  作者: ポルゼ
水の国・プレウス
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進む道は

「この距離なら、なんとか……」


 システィはエラを背負ったまま神殿の方へ向かう。神殿の場所はエラが知っているため、方向を間違えるような初歩的なミスはまず起きない。

 メランのアノーツ、つまり氷を操れるシスティは、大量に流れてくる水を凍らせながらあまり速度を出せずに前に進んでいる状態だった。

 神殿まで自分の走る足場を凍らせることはシスティにとっては難しくない。アノーツを効率的に、無駄なく使うことができるのはシスティの得意分野である。

 そんな中、エラはシスティのアノーツの使い方を見て、ふと思ったことを呟いた。


「システィはなんというか、繊細にアノーツを使うんだな。まぁ、私にアノーツの感覚は分からないんだが」

「まぁ、私は派手な攻撃が苦手ですから。純粋な火力で勝負するより、アノーツのコントロールと戦略で勝負しに行くスタイルの方が私には合っているんです」

「なるほど、そういうものか」

「はい。ですからそう考えると、カペラさんはやはり凄まじいです。圧倒的な火力も当然ながら、繊細なコントロールにおいても一級。アノーツ使いからしたら理想に近い存在なのではないでしょうか」

「システィだって、多分そんじょそこらのアノーツ使い達より強いだろう?」

「どうでしょう。私はまだまだ修練の身。上には上がいますし、この広い世界の中にいる猛者達と比べたらなんてことはない凡夫ですよ」


 このような発言からも、システィが自分に厳しい人間だということが良く分かる。だが、エラはシスティの名前からも、そのようなことはないだろうと考えていた。


「自分に厳しくストイックなのは実力を高めるのに必要なことだと思うが、システィはその……」


 するとエラは口ごもる。何か言いたいことがあるが、素直に言っていいものなのか悩んでいるようだ。


「……私の家名に関して、ですか?」

「!」


 システィはエラの言いたいことがなんとなく察せられ、それは実際に当たっていた。


「すまん、最初名前を聞いた時は状況が状況ということもあって気づかなかったが、後になって気づいたんだ。会って間もないのに家のことを無遠慮に聞くのも失礼だろうしな」

「よく家のことは言われるので気にしないでください。私はなるべくフルネームは伝えないようにしているのですが、今は皆さんに命を預けることになるかもしれないような状況になってきていますし、フルネームをお伝えしました」

「そうか。システィは人間が出来ているな」

「そう思ってもらえるのなら嬉しいです」


 システィの家のこともあってか、システィの高貴な雰囲気、礼儀正しさや振る舞いに納得がいって満足気な様子のエラ。着実に神殿へ向かいながら、二人はほんのひと時のお喋りを楽しんだ。

 アステはその身体能力や足場を見極める洞察力のおかげでかなりのスピードで神殿へ向かったが、それと比べるとシスティのスピードは半分程度である。そのため時間はどうしてもかかってしまう。

 だが安定性は抜群であり、システィの繊細なアノーツのコントロール技術の高さが功を奏していると言える。

 そうして幾ばくかの時間が過ぎた頃、ようやくシスティとエラが千柱神殿に辿り着いた。


「もうすぐ神殿の中央だ。気をつけろ」

「はい。アステ達がいればいいんですが……」


 ついに神殿の中央の広い空間に出る。そこはやはり圧倒的な水量で満たされていた。


「誰もいない。というか、こんな状態で長時間いれるはずもないし、当然か」

「そうですね。しかし、なんだか違和感が……」


 システィは大きな柱の一つのすぐそばで足場を凍らせ、神殿の中央を観察している。だが、何やら違和感を感じていた。


「水が……減っていっている?」


 相変わらず夥しい水量で満たされてはいるが、それが少しずつ減っていっているようにシスティは感じていた。

 何かしらの要因があるのは間違いないが、その理由に検討などつかない。また、ここの水量が減っていってやがてなくなったとしても、それでプレウスの大洪水が収まる訳ではない。

 しかし、システィの感じる違和感は神殿を覆う水量が減ったことによってプレウスがどうなるかについてではなかった。


「確かに、減っているように見えるな。この大災害が起きた時、神殿がどうなっていたかが分からないから何とも言えないが、一体いつから水が減り始めたのかによって要因を特定できる可能性は高い。そしてそこにヴォジャノーイに繋がる何かがあるとも考えられる」

「そうですね。ただ、うっすらとですが……、アノーツの残滓を感じます」

「本当か……?」


 システィの感じた違和感はアノーツであった。それも、本当に薄く消えかけているようなアノーツで、システィがギリギリ感じ取れるか取れないかくらいのものであったのだ。


「はい。これが誰のものなのかなんて全く分かりませんが、これだけ薄れているということから、神殿内でアノーツを使うようなことがあってから大分時間が経っているのではないかと思います」

「なるほど」

「アステ達は無事に神殿へ来ていたのか、それとも辿り着いていないのか……相変わらず二人の居場所が分からないままですね」

「カペラは敵と交戦、アステ達は行方不明、神殿には誰もいない……全く、本当に大変な状況だ」


 ここで無為に時間を過ごす訳にはいかないが、エラという歴史学者の知識を活用しない手もない。とりあえずシスティはエラを頼ることにした。


「エラさん。神殿はこんな状態ですが、何かヴォジャノーイに繋がる情報を探しましょう」

「すまない、頼む。それじゃあまずはあの柱の元へ向かってくれ」

「承知しました」


 システィはエラの指示に従い、神殿を探索することにした。

 そんなシスティ達が何故、アステ達と出会わなかったのか。まず、システィ達がプレウスの城壁から外へ出た時、アステ達は神殿にいた。そして、ディアと出会っていたのだ。

 そしてアステ達がプレウスに向かうために神殿を出た頃、システィ達は神殿へ向かっている最中であった。

 神殿を出てプレウスへ向かう方向と、プレウスを出て神殿へ向かう方向が少し違っていたため、すぐそばをすれ違うということにはならなかった。

 しかし、ディアはアノーツを使って周囲の水を避けて移動しており、システィもアノーツを使って足場を凍らせて移動していた。距離的には、アノーツに敏感で察知能力が高ければ気づけたくらいであるが、システィとアステは互いに気づかなかった。

 その理由はとある人物にあるのだが、それをアステ達が知るのはまだまだ先の話である。



**



「この国の未来のために……」

「経済や福祉、それに……」

「国の中枢に携わって……」


 国を想う者達、国の発展を考える者達、権力や地位を手に入れようとする者達……。

 国の規模は関係なく、野心を抱く者や純粋に人のため世のために動く者など、世界には多種多様な人たちが存在する。

 現在フェンガリに入ろうとしているスエト・ロイデは野心を抱えるタイプの人物である。特に高貴な家の出身ではないが、なんとなく幼い頃から権力や地位に興味があった。勿論、薄汚れた興味ではなかったが、それも成長するごとに変わっていく。

 勉学においてはトップクラス、運動神経はまずまずといったところ。それだけであれば真っ当なエリート街道に進んで落ち着いたことだろう。

 しかし、ロイデには普通とは異なるものを持っていた。それがアノーツである。

 アノーツを使えるかどうか、それはその人の人生を変える大きな要因の一つであると言える。

 元々優秀でエリート街道に簡単に進めるようなロイデは、アノーツをどう活かすべきかをよく考えていた。別にアノーツを使わなくとも何不自由ない生活を送れることだろう。しかし、どうせアノーツという特別な力を持っているのだから、使わないのは少し勿体ないとロイデは思ったのだ。

 だが、結局ロイデが選んだのは国を動かすような地位につくための仕事。そう、まずは城で働くことだった。

 城には国を管理するための重要な仕事が沢山存在する。

 プレウスは王政ではあるが、王が全てを決める訳ではなく、細かく役割を分けて国を管理している。それも割と最近の話であり、まだまだ国の運営方針に関しては議論が絶えない。

 ロイデは国を管理する役割の中でも、主に外交に関する仕事を行なっていた。本当はもっと内政に関わるような仕事をしたかったが、そう配属されたしまったのだから仕方のないことである。いずれはその経験を活かし、外よりも内側に入り込めるような役職に異動できないか考えていた。


「はぁ、ようやく帰って来れた……」


 それは、ロイデが外交のために他国へ赴き、ようやくプレウスへ帰って来れた時のことである。

 疲れ切った体のまま自宅へ直行……とはならず、一度城へ寄って様々な書類の整理と提出を行い、やっとの思いで自宅に帰ってきた。

 城で働くことができ、国を管理する仕事に従事できるのは基本的にエリートのみ。収入や見栄えは非常に良いが、その仕事は激務である。

 ロイデはいずれ国のトップとまではいかなくても、王の側近といった国の最高レベルの地位に立つことを目指していた。

 その地位を手に入れてどうするかなど決めていないが、とにかく上に上に進んでいけるところまで到達した時の景色と気持ちを体験したかったのだ。


(僕には高い能力がある。城で働くための非常に難しいと言われている試験も簡単にクリアできた。今は外交の仕事だが、いずれはもっと国の中枢に入り込めるだろう。だが……)


 野望はある。野心はある。能力も高い。大変だが非常に地位の高い仕事にも就けている。

 しかし、ロイデが持て余してしまっているものが一つある。


(せっかく持って生まれたアノーツなのに、しばらく使っていないな……)


 そう、アノーツを使うような仕事ではなかったのだ。外交で戦う訳もなく、基本的には話術とロジックによって国にとって利益のある交渉をするスキルが必要になる。アノーツなど使わない。


(地位と権力。これらをただただ目指すことが目的で本当にいいのか?)


 ロイデには正義感はない。世の不平等や格差などにも興味はない。街に凶悪な犯罪者が現れようとも、それを悪だと糾弾したり見下すこともない。

 だからといってロイデが犯罪を犯すこともない。特に犯罪をする動機も理由もなかった。

 ここまでのロイデは、非常に優秀ではあるが面白みの欠ける男であった。結局、城での仕事を手に入れて周囲の人たちからどれだけ羨望されても、多少の優越感を覚える程度。

 ロイデの人生は、だんだんと退屈なものに変わっていってしまったのだ。

 だが、ロイデは何度目かの他国へ行った際、気になる噂を耳に入れたのだ。


(フェンガリという名前の組織は、一体なんなのだろう。本当に存在するのかも分からないが、妙に惹かれるものがある)


 これまでも裏社会の組織は多く存在し、プレウスにも存在していた。しかし、そのどれも国を管理する側の仕事に就いてしまえば割と簡単に情報が入ってしまうのだ。

 しかし、フェンガリは違う。その辺の裏社会の組織とは異なり、非常に厳重に情報規制が行われている。それだけ危険視かつ重要視されているということである。


(もしもフェンガリと関わることができたのなら、この退屈な人生も何かが変わるのかもしれない。まぁ、退屈凌ぎの一つと思って調べてみるか……)


 それからロイデは様々な情報収集を行なった。しかし、非常に優秀なロイデであってもフェンガリの情報を集めるのは至難の業であり、時間をかけても結局何の情報も手に入らないことなどザラであった。

 それでも少しずつ少しずつ情報を集めた。


(どうやらフェンガリは八大国ですら存在を秘匿する強大な組織であること。組織の目的は不明で、少数精鋭のアノーツ使い達で構成されている。国の中でも本当に上の立場の人間や、フェンガリを捕える方針の国の騎士団団長クラスは知っているようだ。我が国で言えば、話題の騎士団団長は知っているのかもしれないな)


 なんとかフェンガリの本当に浅い概要の部分だけだが情報を集め、今度は更に難易度が跳ね上がることに挑戦しようと考える。


(なんとかしてフェンガリのメンバーに会えないだろうか……)

 

 そう、実際にフェンガリのメンバーと会うことを次の目的としたのである。情報を集める中で、フェンガリがただの噂ではなく、実在することはほぼ確定できていた。となれば、情報を集めて終わりではなく、実際に接触を試みるのは別におかしいことではない。

 ただ、この時のロイデは全く会える気がしていなかった。


(情報を集めるだけでこの大変さ。実際に会うなんてとても現実的ではない)


 まず会えない、そう考えながらもロイデは確かな充足感を感じていた。

 何故なら、退屈さが消えたからだ。謎に包まれているフェンガリの情報を集めるのは危険な行為である。情報を集めていることが立場の高い人間に知られてしまった場合、恐らくロイデは消されるだろう。

 そんな危険な行為を犯しながら、ついにフェンガリが実在することを確定させることができた。それはそれは良い気分に浸ることができていたのだ。

 

(だが、何年かかってもいい。どれだけ時間をかけようとも、いつか必ずフェンガリと接触し、それで……)


 順当にエリート街道を歩んでいたロイデの人生は変わろうとしていた。少しずつフェンガリの虜になっていくその様は、非常に活き活きとしていた。

 そうして半年ほど時間が経った頃、ロイデは出会うことになる。


「お前、私たちを探っているな?」

「……!」


 それはロイデが仕事で他国に赴いている時のことだった。時刻は深夜で、宿の自分の部屋の中に入った時にどこからか声をかけられた。


「まさか、フェン……!」


 その瞬間、ロイデの口は手で抑えられていた。


「その名前を大きな声で叫ぼうとするなど、随分無謀なんだな? もっと冷静で状況判断に優れていると思ったが」

「……」


 ロイデは自身の迂闊な言動を心の底から恥じた。フェンガリの名前を簡単に口に出していい訳がないのは分かっていたが、興奮のあまりそれを忘れてしまったのだ。

 ロイデは両手をあげ、敵対する意思はないことを示す。それを感じ取ったその何者かは手を口から離した。

 

(声からして、恐らく女性か……? どちらせにせよ、まだ後ろを振り返る訳にはいかないな)


「すみません、僕は貴方達に敵対する意思は全くありません。むしろ、ずっとお会いしたいと思っていました」

「何故」

「憧れ、羨望……、色々ありますが、僕にとって貴方達の存在はこれから先の人生を歩む上で非常に重要なのです。至極個人的な理由で申し訳ないですが……」

「構わない。理由はそれぞれだ」


 ロイデはこの機会を逃す訳にはいかない。なんとかして繋ぎを作りたいと考えていた。


「あの、貴方がここに来た理由は?」

「元々お前が私たちを探っていたことは把握していた。だが、特に興味はなかったし放置していたんだが、たまたま私がいるところにお前が来たものだからな。どんな奴か見てみようと思ったんだ」

「そ、そのような理由でこうして僕の前に現れるのは、ある程度のリスクを孕んでいるのでは?」


 純粋に思った疑問を尋ねると、その何者は危険な気配を放ち始めた。


「リスク? お前程度の羽虫相手に、なんのリスクがあると言うのだ?」

「……!」

「安心しろ。仮にお前きっかけで何かあったらすぐに殺してやる」


 蛇に睨まれた蛙、という言葉も当てはまらないほど大きな力の差を、ロイデは全身で感じ取っていた。


「申し訳ない! 僕が浅はかでした」

「分かったのならいい」


 すると、その何者かが場を離れようとする気配をロイデは感じ取った。どうやら本当に興味を失ってしまったらしい。


「お待ちください!」

「なんだ? もうお前のことはどうでもいいんだが」

「いえ、その……」


 ロイデ自身、こんなチャンス二度と来ないことは分かっていた。だからこそ、勇気を振り絞って言ったのだ。


「僕を、貴方達のメンバーに入れてくれませんか?」

「……は?」


 何を言っているんだこいつは、と言った様子が窺えるが、ロイデは続けて言った。


「いきなりメンバーに入れるなんて無理なのは分かっています。ですので、まずは僕の有用性を見てもらいたいのです」

「……思い上がりも甚だしいな」

「はい、これは思い上がりです。それでも、僕はいつか必ず、貴方達にとって必要な存在になり、その有用性を示してみせます。お願いします」

「……」


 依然として、両者は別の方向を向き、ロイデは相手の姿を一度も見れていない。

 しかし、何者かはロイデの背中から何かを感じ取ったのか、ため息をついて言った。


「こうも恐れず……、いや恐れていたら尚更勇気の必要な状況でそんなことを言えるとはな。良いだろう、お前の有用性を見せてみろ」

「ありがとうございます!」


 そうしてロイデはエリート街道とはあまりにも異なる非情な道を歩み始めることになる。

 

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