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恒星の黎明姫  作者: ポルゼ
水の国・プレウス
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新たな敵とプラナの疑心

「ねぇ、ディア」

「どうしたんだ?」

「ディアは、この災害を止めるにはどうしたらいいと思う?」


 アステはプラナを背負いながらディアの後ろをついて行き、尋ねる。

 大量の水に呑み込まれないよう、跳躍しながら千柱神殿へ向かっていた時とは違い、今は普通に地面を走っている。

 アステやプラナが何かをしているわけではない。ただディアが先頭を走り、周囲の水を全て移動させているのだ。

 およそ人間業ではない芸当である。


「これが本当にただの自然現象なのであれば、我達にできることは非常に少ない。せめて、人命救助をして少しでも被害を減らすことくらいしかできないだろう。ただ、ヴォジャノーイ等の超常的な存在が原因だった場合、まずその原因を見つけることから始めなくてはならない」

「こんな凄いアノーツを使えるディアなら、もっとなんとかできるんじゃないの?」

「言っただろう? 我にそんな力はないさ。ただ、少しアノーツの扱いに慣れているだけだ」

「……」


 アステは何かとディアを頼りたがる。ディアは謙遜なのか嘘なのか、はたまた本当なのかは分からないが、自分にできることは少ないと言う。

 一方プラナは、ディアが少しでも怪しい言動を取らないか注視していた。


(やはり、こいつの力は普通じゃない。これだけの水量を操り続けるなんて、並のアノーツ使いじゃ絶対に不可能だ。どうも記憶を失う前のアステと何かしら関係があったようだが、だからといって敵ではなく安全などと信じることはできない。それにやっぱり……)


 プラナには、ディアが怪しいと思える要素だけで危険視している訳ではなかった。理由を説明しろと言われても答えられないような、なんとも言えない気持ち悪さを感じているのだ。


(あたしのことも知っている感じだった。かつてこの怪しい女と交流があったとでも言うのか? くそ、本当にこのまま共に行動していいものか……。しかし、アステは何故かこの明らかに怪しい女を信頼している節があるし、別行動しようと言っても首を縦に振ることはないだろう)


 神殿を出て国を向かうために斜面を降りていく。その間も周囲の水はディアによって避けられていき、アステ達は神殿へ来た時の苦労などまるでなかったかのように楽々と進んでいくことができる。


「国に入ったらまずはどこへ行くのがいいんだろうか。良い案はあるかい?」


 今度はディアが尋ねてくる。


「ディアはプレウスに来たことはあるの?」

「あるよ。けど、最近のプレウスは八大国の中でも目を見張るような発展を遂げている国だからね。きっと前回我が来た時とまた色々と変わっていることだろう」

「そうなんだね。プレウスに知り合いとかはいる?」

「知り合いならいる。ただ、あまり役には立たないかな」

「うーん、そっか」


 こんな会話を平然とできるくらいに安全にプレウスへ戻れているという事実を忘れてしまいそうになるが、未だディアによる異常なアノーツ操作が続いている。

 そうして順調に進んでいると、ようやくプレウスに近づいてきた。


「む……」


 まず最初に、ディアが何かに気づいた。


「随分と濃いアノーツの残滓が残っている。余程の強者が戦闘していたな」


 ディアが気ついたのは、アノーツを使ったことによってその場に残るアノーツの残滓であった。

 高密度の濃いアノーツであればあるほど、使った後に残滓が色濃く残る。その残滓から八つのアノーツのうちでどれが使われたのかを特定したり、どんな使い方をしたのかなど、分かる者にはそれだけである程度の情報を得ることができる。

 そして、ディアはそのアノーツの残滓から情報を得ることができる。


「確かにアノーツを感じるかも。あ、これって……もしかしてカペラ?」

 

 同様に、アステもディアほどではないが、確かに残るアノーツの残滓を感じ取っていた。そして、その残滓から予想できたのは、プレウスを囲む城壁付近で戦闘を行っていたのはカペラではないかというだった。


「カペラはあの敵と思われる妙な男と戦うようだったし、多分それだな」


 アステとプラナが神殿へ向かう前、カペラはアルフェラッツと戦う寸前だった。状況から考えるに、その二人の戦いが起きたのだと容易に想像できる。


「そのカペラというのは?」


 水星の騎士団団長であるカペラを知らないらしいディアが尋ねる。


「カペラはプレウスの騎士団の団長だよ。少しだけアノーツを見せてもらったことがあるんだけど、とにかく凄いことだけは分かったんだ」

「なるほど、水星の騎士団の現団長か。流石、団長だけあって相当な強者のようだ」

「しかも、騎士団で史上初の女性なんだよ。本当に凄い人なんだ。まぁ、まだ出会って全然経ってないんだけどね」


 何故か少し得意げにカペラを語るアステに、ディアはクスリと笑う。


「やはり最近のプレウスは色々と変わってきているようだ。まずはその団長さんに会うのが先決かな?」

「うん。まずはカペラと合流しよう。ただ、他にも私達の仲間がいるから、そっちも探しながらね」

「分かった」

「あ、ごめんプラナ。勝手にこれからのことを決めちゃったけど、いい?」


 少し申し訳なさそうな様子でアステが背中のプラナに聞く。


「問題ない。まずは純粋な戦力となるカペラと合流するのは必須と言っていい」


 これはプレウス内の戦力を考えたら誰でも辿り着く結論だが、プラナとしてはもしもの時も考慮していた。つまり、ディアと戦闘にでも発展した際、対抗できる者が欲しかったのだ。


(正直、戦闘の分からないあたしでもこいつの異常さは理解できる。そんなディア相手ではカペラでさえ勝てるのかどうかも怪しいかもしれない。けれど、あたし達だけでどうにかするなんて絶対に無理だ。であれば、こいつが下手な動きをしないよう抑制する意味合いとしてもカペラにはいて欲しい)


 ディアへのプラナの猜疑心は変わらず大きい。カペラという一大戦力がディアを抑制するに繋がるかどうかも不明だが、安心材料としては大きいのは間違いない。


「それじゃあカペラと合流することを考えよう。エラも一緒にいるかな?」

「ならば、アノーツの残滓は我が追うとしよう。ただ、二つあるうちのどちらがカペラのものなのかは分からないから、そこはアステにサポートを頼む」

「了解!」


 今後の方針を決めたところで、三人はついにプレウスの城壁の前まで来た。

 ディアとプラナを背負ったままのアステは軽々と城壁を登り、城壁の上に立つ。


「さて、ここから我はアノーツの残滓を追うのに集中する。アステ、カペラのアノーツを教えてくれ」

「うーんと……。なんというか、こう、穏やかなんだけどその内にとても熱いものが込められているみたいな……」

「なるほど、そっちの方がカペラか」


 アノーツが扱えず感じ取れないプラナからしたらちんぷんかんぷんな表現だが、ディアにはなんとなく伝わったようだ。


「では、そのアノーツを追ってみよう。これらの残滓から考えるに、ここで戦闘が行われてから時間は少ししか経っていない。すぐ近くにいてもおかしくないだろうね」

「それなら尚更急ごう!」


 ディアは頷き、走り出した。それにプラナを背負ったアステが続く。

 アステは城壁の上からプレウスの街並みを見る。システィと一緒に宿を出た時はまだ夜明け前だったが、今では少なくとも朝になってから多少の時間は経過している。雲が分厚すぎて依然としてかなり暗いが、それでも街を改めて見渡すことはできる程度の明るさはある。


「大変なことになっちゃったね……」


 その程度の感想を漏らす状態ではないのかもしれない。だが、そのような感想しか出ないような惨状であることからすれば仕方のないことだ。

 街は水に覆われている。元々あった多くの整備された綺麗な小川はどれも当然のように大氾濫しており、街はまさに大洪水。未だ救助活動を続けている騎士団の姿もあり、建物に残されてしまった人々も大勢いるようだ。それでも、雨は未だ止まない。

 これほどの大災害が起きてしまっては、命、技術、それに伴って労働力、生産力、果ては衣食住などなど、あまりにも多くのものを失ってしまうことだろう。

 あまりにも凄惨な状況を高いところから眺めると、平凡な感想しか浮かんでこない。この状況を的確に表す言葉があっても、それをわざわざ口にするのは憚れる。


「……今は気にするな。気にしたところであたし達のやるべきことは変わらないし、国を救うことはできない。目的のことだけ考えていればいい」


 少し冷たいことを言っているかもしれないが、プラナはプラナなりの励ましのようなことをアステに伝えた。


「うん、ありがとう。とにかく今は皆と合流しよう」


 街の惨状は一旦、頭の隅に置き、カペラ達との合流のことだけを考える。

 それから少しして、ディアが立ち止まった。


「うん、すぐ近くにいそうな気がするね」

「本当? どの方向? どのあたり?」

「こっちだ。というか、まさに今戦っているね」

「!」


 ディア曰く、カペラは今戦闘中らしく、そこに加勢しに行くのがまず考えられる選択肢だ。 

 しかし、相変わらずプラナはディアを疑っている。


(もしもカペラと相対していた男とディアが同じ組織の仲間だったとしたら、このまま向かってしまうとまずいかもしれない。とはいえ、そんなのは承知の上だったわけだし、例えディアが敵だったとしてもカペラと合流するのは優先的に考えたい。仕方ないな……)


「じゃあすぐに向かおう!」

「あぁ、ここまで城壁周辺で戦っていたようだが、ここからは恐らく街中の方へ向かって戦っているな」

 

 ディアの言葉から相手の男がかなりの強者なのではないかとプラナは考えた。


(カペラは街に被害が出ないように城壁周辺で戦っていたのだろうが、それを許さないような状況に持っていかれたのか?)


 しかし、ここでディアがとあることに気付いた。


「ん、待て。先ほどまでは二種類だったアノーツの残滓が一つ増えている」

「……新手か?」

「カペラの味方なのか、カペラと戦っている者の味方なのかは分からないけれどね」


 ここで現れた何者か。ディアはどちらの味方か分からないと言っているが、答えはほとんど出ている。


(十中八九、敵側の何者かだろうな。もしもこちら側なら、街に被害が出ないようにカペラと協力して変わらず城壁周辺や国の外で戦うだろう。しかし、ここから街中に向かっているということは、敵側だ)


 プラナは更に状況が悪くなっていることに少しの苛立ちを覚えつつ、これからの行動を改めて考える。


(現時点でカペラは二人の敵と戦っているのだろう。そこにディアが加わったら、流石に厳しすぎる。せめて、システィやルデルを連れてくることができればまだ対抗できるか? けど、ここまで来てシスティ達を探しに行くのも……、くそ、どうするべきなんだ)


 一人、アステの背中で考えるプラナをよそに、アステは悩むことなく言った。


「それじゃあ尚更、助けにいかなきゃ!」


 もうアステの中では、カペラと合流して少しでも助けになることが決定している。結局、それが一番だとプラナも思った。


「では、行こうか」


 するとディアは城壁の上から大きく跳躍した。アステもそれに続く。


「……!」


 ディアは凄まじい速度で、何より美しく建物の屋根の上を走り抜けていく。やはり、身体能力も凄まじいようである。

 また、アステの目には、ディアの雨で濡れた体がやけに妖艶に映っていた。なんだかうっとりしている様子のアステに気づいたプラナは、少し不服そうにその頭を突つく。

 少し照れくさそうにしたアステは、また集中した顔になった。


「その建物内だ」


 ディアはすぐ近くにある大きな建物の方を見て言った。そこでカペラが今まさに戦っているのだろう。

 その建物は時計台のようで、その時計台に隣接する建物も大きい。また、時計台なだけあり、高さだけなら相当である。


「突っ込むよ」


 ディアは速度を落とさず、ガラスを突き破って時計台の中へ入った。続いてアステとプラナも入る。

 そこは大きな空間で螺旋階段があり、通路がいくつか通っている。

 そしてアステが着地したその瞬間、アステの目の前に豪炎が迫っていた。

 まるで、時が遅くなったかのように感じたアステだが、その豪炎がアステとプラナを襲うことはなかった。


「いきなり危ないね」


 ディアが迫る豪炎を瞬時に水で包み込み、消し去ったのだ。


「アステ! プラナ!」


 そして二人を呼ぶ声が響く。


「カペラ!」


 そう、カペラがそこにはいた。今の炎はカペラのもので、たまたまアステが建物内に入ったタイミングで攻撃したアノーツが向かっていってしまったのだ。

 カペラの前には二人の男。しかし、その二人の間にも若干の距離が空いている。


「なんだ、どんどん賑やかになっていくな」


 アルフェラッツは少し驚いた表情で言い、頭を掻く。

 アステ達はカペラのいる方へ向かった。


「カペラ、あの男は一体……」


 まずはプラナがアルフェラッツの横にいる男について尋ねた。


「あいつは裏切り者よ。プレウスのね」

「酷い言い方ですね。僕にとってより有益な方を選んだだけですよ」


 裏切り者と呼ばれた男は、きっちりとした格好をしている。眼鏡をかけていて黒髪、襟のついた白い薄青いシャツに、白いズボンを履いている。


「あいつはスエト・ロイデ。国の中枢、城で働いている男で、本来はこんな状況に陥っている国を助けるために身を粉にして働かなきゃいけないはずなんだ」

「もう辞めましたよ。正規の手順は踏めていませんが」

「クズね」

「なんとでも」


 スエトは飄々としている様子で、カペラは明らかに怒っている。


「あの眼鏡の隣にいる奴はやはり敵か」


 プラナがアルフェラッツを見ながら問う。


「えぇ、あいつはアルフェラッツ。ムカつくけど、そんじょそこらのアノーツ使いでは全く歯が立たないと思っていいわ。そして、アルフェラッツの属する組織に入ろうとしているのがロイデよ」

「その組織ってのは?」

「本当は後で説明しようとしていたんだけどね。あいつの属する組織の名は『フェンガリ』よ」

「フェンガリ?」


 アステとプラナはそんな名前の組織のことは知らないため、頭を傾げる。


「おいおい、それは世間には隠されてるんだぞ? 騎士団団長様がバラしていいのかよ」

「問題ないわ。彼女達は私の協力者だからね。どっちみちいつかは説明していたわ」

「そうかい。でも、まるで悪者のように説明はしないでくれよ?」

「安心して。ちゃんと悪者として説明するから」

「ま、そうなるよな」


 アルフェラッツは面倒くさそうに言い放つ。


「フェンガリについての詳細は後で話すことにして、その女性は?」


 今度はカペラがディアについて尋ねた。その異様な雰囲気や、カペラの炎を容易く消し去ったところからも普通な人間な訳はないと考えるのは何らおかしくない。


「我はディアスティマという。わけあってアステ達に協力している」

「すっごいアノーツが使えて、本当に頼りになるんだ! ディアとカペラがいれば、絶対この状況も打破できるよ」


 明確にアステからディアに寄せられている信頼を見て、カペラはひとまず安心した。


「アルフェラッツさん。僕が数的不利になったこの状況を覆して見せるので、ちゃんと評価してくださいよ」

「……はぁ、どんどん面倒くさくなるな」


 ため息をつくアルフェラッツをよそに、両者陣営はぶつかる。


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