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恒星の黎明姫  作者: ポルゼ
水の国・プレウス
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一握りの強者同士の戦い

 システィ達が戦闘を繰り広げている頃、カペラは城壁の上に立っている黒に一部赤が混じっている髪の中年くらいの男を見上げていた。


「ほら、来なさいよ。どうせ私が何をしようとしても邪魔してくるんだから」

「相変わらず血の気が多いな。というか本当に良いのか? 俺たちがぶつかったらそれだけで周囲に被害が出るぞ?」

「被害が出ないように戦うし、それは多分大丈夫でしょう。そもそも貴方は無闇に周囲を破壊するようなことはしない」

「それもそうだな」


 男は面倒臭そうに頭を掻く。しかし、次の瞬間には雰囲気が変わっていた。 

 右手には黒い刀が握られている。当然、顕現させたものだ。

 カペラは片手剣を何度か振り、深呼吸をする。


「アルフェラッツ、貴方を排除します」

「排除されないよう頑張るよ、カペラ」


 その男、アルフェラッツの持つ黒刀は突如燃え始める。雨は依然として降り続けているが、その程度の水ではその炎は全く消えることがなさそうだ。


「あれはケルトのアノーツ……! カペラと同じか」


 エラは離れたところに身を隠しながら様子を伺っている。

 戦闘態勢に入ったカペラは普段とは雰囲気がまるで違う。その目は鋭く、顎を引いているため端正な顔に影が出来ている。そして周りの空気が止まってしまったのかような、妙な静けさが漂っている。


「……」

「……」


 二人は少しの間黙ってその場を動かないでいた。緊張感が漂う場面で、エラは思わずごくりと喉を鳴らした。

 その瞬間、二人の姿が消えていた。


「うっ……!」


 凄まじい熱量と赤く眩い光がエラを襲い、思わず片目を閉じて身を縮める。

 そんなエラに見えていたのは、空中で激しくぶつかり合う二人の姿だった。

 アノーツを扱えないエラにはアノーツの密度や濃さは分からない。しかし、この衝突で離れた場所にいるシスティ達がその膨大で強大なアノーツを感じ取っていたことから、二人のアノーツが普通のレベルなどではないことが分かる。

 衝突によって凄まじい熱量を放出しているカペラとアルフェラッツは互いの目を見ている。するとアルフェラッツは目線を手元に移動させ、刀に込める力の方向を変えてカペラの剣を打ち払った。

 カペラは剣を打ち払われた勢いを利用し、体を一回転させてアルフェラッツの反対側から剣を振るう。

 それに反応したアルフェラッツは刀を戻すと、またも刀と剣が衝突し、炎が周囲を覆う。


「カペラ……」


 エラはカペラの最高の理解者であるが、研究者なのだ。対してカペラは騎士団の団長であり、普段の仕事ぶりを見ることは互いにとても少ない。カペラがエラの仕事中にひょこっと顔を出すことはあっても、エラがカペラのアノーツを使った戦闘を見ることはほとんどない。

 だが今、エラはカペラの凄まじい戦闘を見せられている。戦闘のことなど何も分からないエラであっても、目の前で起きていることがどれだけ人間離れしたものなのかくらい、本能的に理解できる。

 

「ふっ!」


 今度はカペラがアルフェラッツの刀を打ち払った。そしてケルトのアノーツを大量に剣に込め、態勢を後ろに倒しながらアルフェラッツへ向かって放った。


「うおっと」


 放たれたそれをアルフェラッツが避けると、降り続ける雨を一瞬で蒸発させながら空へと昇っていった。

 空中で一瞬の凄まじい攻防を繰り広げた二人は城壁の上へと着地した。


「本当に末恐ろしいぜ。よくもまぁ、その若さでこんなレベルに到達できるもんだな」

「なんか上から目線に感じるんだけど」

「そんなつもりはねぇよ。本当に凄いと思ってる」


 アルフェラッツは頭を掻きながら言う。その様子からして、本当にカペラを下に見ている訳ではないのだろう。


「そう。ちなみに、貴方が連れてきたお仲間がどれくらいいるのかは知らないけれど、私を相手にできるような人は何人くらい?」

「あーどうだろうな。お前を相手にできるレベルとなると世界中見たって少ないだろうし、まぁ……」

「貴方だけ?」

「今はそうだろうな」

「今は、ね。これから貴方が鍛えるのかしら?」

「そういうのは向いてねぇと思うんだけどな」


 とても熱血でやる気のあるタイプには見えないアルフェラッツは、面倒臭そうに言った。


「同感ね。貴方は人にものを教えるのが上手いとは思えない」

「本当になぁ。そういう面倒なのは他に奴らに任せたい」


 つい先程まで途轍もない戦いをしていた二人だが、今はまるで街中で世間話をしているかのようである。

 しかし、互いに寸分の隙もなく、いつでもどんな攻撃にも対応できる状態だ。


「それで、貴方はどれくらい私を足止めしたら満足してくれるの?」


 カペラは剣を右手から左手に、左手から右手に持ち替えながら尋ねる。


「そうだなぁ。できればずっとこのまま城壁の上にいてくれれば良いんだが……」

「私一人を足止めしたところで、この国には実力者が沢山いるわ。いつまでも私に構っていない方がいいんじゃない?」

「おいおい、冗談で言ってるのか? お前を抑えられるのは俺しかいないってのに、俺がまだピンピンしているお前を放って他の場所に行く訳ないだろ?」

「もしかして、私のファン?」

「ははは、確かにお前は間違いなく魅力的な女だがな」


 冗談が出てくるような会話なのにも関わらず、やはり二人に隙など一切ない。互いに相手の実力を知っており、警戒を解くことなど絶対にできないのだ。


「それはどうも。じゃあそろそろ……」


 カペラは手遊びしていた片手剣を右手に持ち、胸の前に持っていく。

 そして、カペラの周囲数メートルの範囲が凄まじい炎に包まれた。


「貴方を倒して、国を救うとしましょう」


 その姿は、水星の騎士団団長として何ら恥ずかしくないものであった。

 カペラを嫌っている者達が認めざるを得ないのは、このような光景を目の当たりにしたことがあるからである。

 あまりにも大きい実力差を知ってしまえば、本人のいないところで陰口を言う程度の小物になってしまうのは仕方がないことなのかもしれない。


「お前がその気なら、俺も気張んなきゃいけないな」


 そう言うとアルフェラッツの黒刀にカペラと同等レベルの炎が纏われていく。

 エラは城壁の下から、またも感じる凄まじい戦闘の気配に不安を覚えつつ、これからの行動について考えていた。


(どうやらあのアルフェラッツとかいう男の目的はカペラの足止めらしいな。ということは、無理に勝負をつけようとはせず、時間稼ぎのようなことをしてくるだろう。ただ、今は一刻も早く状況を打開しなくちゃならないし、アステ達が向かった神殿へ急ぎたいが、私一人ではどうすることもできない……くそ、どうする。このまま身を隠しているだけでいいのか……?)


 現状、エラにはどうすることもできない。アノーツが使えず、研究者であって戦闘もできないエラがカペラの戦いに参加することは当然できない。しかし、城壁の下の倒壊した建物の影に隠れているエラは、移動することも困難である。

 ただ移動するだけなのであれば、プラナがアステに背負われていたように、カペラに背負って貰えばいいだけの話である。

 しかし、決して手加減できるような相手ではないであろうアルフェラッツを相手に、カペラがエラを背負いながら戦闘したり逃げるというのは、あまりに難易度が高い。

 それらを考慮すると、エラはせめてカペラの戦闘の邪魔にならないように身を隠しているのが最良の選択肢になる。だが、その状況はエラにとってはとても歯がゆい。


(早く神殿へ行きたいのに……。アステ達はヴォジャノーイに会えているんだろうか。会えていなくとも、何かヒントを掴んでくれるだけで十二分にありがたいが……)


 エラは神殿へ向かったアステとプラナがせめて有効なヒントを得ることを期待し、かつカペラが勝利すると信じながら、引き続き身を隠すことに決めた。

 その気持ちが伝わったのか、カペラはふと笑みを浮かべ、エラのことを想った。


(大丈夫だよ、エラ。こいつをさっさと倒して、一緒に千柱神殿へ向かおう)


「ふっ、お前さんがさっき背負っていた嬢ちゃんが大事な人か?」

「そうね。というか相変わらず、変に鋭いところがあるね」

「まぁ、そういう洞察は癖だからな」


 アルフェラッツを知らない人からすれば、こんな会話をしてしまったらカペラにとって大事なエラを人質に取られてしまうかもしれないと思うところだが、それは無用な心配である。

 カペラは、アルフェラッツがそんな汚い手を使うような男ではないと知っているからだ。


「そういうところは信頼してるわよ」

「ありがたいね」


 その会話が終わって数秒した時、二人は姿を消した。

 次の瞬間、城壁の上でまたも二人はぶつかり、炎が降ってくる雨を一瞬で蒸発させる。

 カペラの周囲には炎が纏われており、アルフェラッツは刀に炎を宿している。そんな二人は互角の戦いを繰り広げた。

 剣と刀が何度か打ち合い、その度に城壁の上で炎が辺りを埋め尽くす。


(やはり、私を足止めするのが目的のアルフェラッツは私の攻撃をいなすことに集中している)


 カペラは少しギアを上げる。それに対し、アルフェラッツは防戦一方だ。

 とはいえ、アノーツを使った状態のカペラの攻撃を涼しい顔で全て捌けている時点で、アルフェラッツの実力は疑いようがない。

 剣を右斜め下に構えたカペラは、それを下から薙ぎ払うように剣を振るうと、先程までより更に火力の上がった炎がアルフェラッツを襲う。

 

「こりゃあまずい!」

 

 流石に今までのようにいなすのは難しい攻撃だとアルフェラッツは判断し、避けることに専念する。

 そうしてアルフェラッツのすぐ真横を豪熱が通ってからカペラの姿を確認しようとすると、そこにカペラの姿は無くなっていた。

 しかし、アルフェラッツはカペラは逃げていないと確信していた。わざわざ追撃のチャンスを逃すようなことをカペラはしないという読みである。

 そしてその読みは合っていた。しかし、アルフェラッツは気づくのが遅れてしまっていた。


「アノーツの緩急のつけ方が相変わらず凄いな!」


 カペラはアルフェラッツが避けた方とは反対を通っていった炎に隠れ、アルフェラッツの斜め後ろに移動していたのだ。

 その際、アノーツを纏ったまま移動しては、同じくアノーツ使いのアルフェラッツに移動を気取られてしまう。そのため、カペラはあれだけ周囲に纏っていたケルトのアノーツを一瞬完全に消し、アルフェラッツの斜め後ろに放たれた炎と同じ速度で移動してから再びアノーツを展開したのだ。

 このアノーツの急停止、急発進のような使い方は、難しいだけでなく、体に負担もかかる。そのため、アノーツの急停止急発進のようなことができたとしても、あまり連発すると危険なのだ。

 しかし、カペラはそれを普通に扱う。それは決して自身への負担を無視しているからではない。


(カペラは豪快にアノーツを使っているだけに見えて、その実、非常に繊細なアノーツを扱うことが得意だ。アノーツを自分の中で巡らせるときの巡らせ方が非常に綺麗で、何より効率的。それによって高い出力のアノーツを長時間使うことができたり、ああいう普通は体に負担がかかって危険な使い方を当たり前のようにやっちまう)


 アルフェラッツとカペラは互いの戦闘スタイルを知っている。だからこそ、今のカペラのアノーツの使い方にも納得できる。

 そんなアルフェラッツに向かってカペラは強烈な炎の刃を横一閃に放つ。それに対し、アルフェラッツはほんの少しの反応の遅れによって避け切るのは無理だと判断し、刀で受けることにした。

 そうして轟音と共に城壁の一部が崩れ去る。


「ふーっ、あぶねぇ」


 アルフェラッツはその場から動いていない。しかし、アルフェラッツとその背後は無事なようだ。


「貴方こそ、相変わらず斬ることに関しては他者を寄せ付けないわね」

「戦闘に関してはそれくらいしか取り柄がないもんでね」


 その一連のやり取りが終わり、また激しい攻防が開始される。その周辺はまるで灼熱の中のように熱い炎に包まれている。

 プレウスにいるアノーツ使い達の大抵は、この二人の衝突によるアノーツの余波を感じていることだろう。そしてそれは、そんな余波を感じられるくらいに凄まじいアノーツを使っている者達がいるという証拠である。

 大災害に加えて異常なほどのアノーツの衝突などが起きているこの状況から、いよいよ本格的に動き始めるアノーツ使いが現れてくることだろう。

 カペラはルデルが国中のアノーツ使いを集めて、国を救うための行動を開始していると思っている。実際は、ルデルはシスティと共に敵と交戦している訳だが、その間に国中から少しずつアノーツ使いが騎士団に集められていっているのだ。


(ルデルはうまくやっているかな。システィもアステを探しに行ってから帰ってこないし、アステは無事神殿へ着いたんだろうか)


 アルフェラッツとの戦いには、いくらカペラでも余裕はない。しかし、状況からしてどうしても懸念点は多い。


「考え事か?」

「えぇ、貴方のせいで考えなくちゃいけないことが沢山あるの。謝ってくれる?」

「あー、まぁ騎士団長としての責任とかもあるだろうし、確かに大変だな」

「他人事すぎない?」

「悪い悪い。落ち着いてくれって」


 カペラは足を綺麗に揃え、右手で剣を持って地面に向ける。


「私は落ち着いているわよ」


 深く息を吸って吐く。すると、ただでさえ濃厚なアノーツがカペラの体を巡り、まるで体の中に実際に炎が巡っているかのような錯覚をアルフェラッツは覚えていた。


「フロガ・シルキュラーション」


 神々しい、アルフェラッツはそう思った。元々周囲の炎によって輝いているように見えたカペラだが、今は本当にカペラ自身が光っているかのように見える。


「これは……」

「知らないでしょう? 別に奥の手という訳ではないけれど、貴方には見せたことのない自慢の技よ」

「はぁ、若者の成長ってのは本当に恐ろしい。どうなってんだよ、全く」

「貴方だって、まだまだじゃない?」

「馬鹿言え。俺はもう立派なおっさんだぞ」

 

 これまでどこか気怠そうで、飄々としていたアルフェラッツだが、その目つきが変わる。


「貴方、なんだかんだ言いながらこれまで割と適当に戦っていたでしょう?」

「流石に適当は言い過ぎだが、間違ってはいない。けど、安心してくれ。もうそんな戦い方はできない」

「そうしなさい。死にたくなかったらね」


 アルフェラッツの黒刀はずっと燃えていたが、その炎は刀に吸収されていき、黒い刀が赤く染まっていく。

 そこに込められたアノーツがどれだけのものか、対面のカペラには十二分に理解できていた。


「行くわよ」

「おう」


 これまでの戦いですら割り込める者など猛者の中でも本当に数少なかったろうが、そこから更に割り込める者が少なくなる戦いが幕を開けた。


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