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恒星の黎明姫  作者: ポルゼ
水の国・プレウス
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アノーツの衝突

 システィとルデルの攻撃により、大雨の中に粉塵が舞う。メランとアデスは相性が良いため、非常に強力な連携技や攻撃を繰り出すことができる。

 攻撃は男に直撃したはずだが、強力な風の防護壁の展開が間に合っていたら大ダメージとはいかないだろう。


「……」


 システィとルデルは男のいた場所から一定の距離を保ちながら、いつでも追撃を行えるよう武器を構える。

 相手は疑いようのない強者。この程度でやられるとは流石に思えないというのが二人の共通した認識である。

 静かな時間が少しの間流れる。そんな中、システィが空気の揺らぎに気づく。


「なるほど、お前はメランの使い手だったか。まぁ、空気感でなんとなく分かってはいたが」

 

 粉塵が風で吹き飛ばされる。男が立っていた場所の屋根が壊れて穴が空いており、その中から影が一つ飛び出てきた。


「もう少し力を出しても良さそうだな」

「ま、あのレベルの攻撃じゃこんなものよね」


 システィとルデルの攻撃は男の左肩に命中したらしく、流血していた。しかし、とても致命傷とは言えない。


「これが並のアノーツ使いであれば、この程度の怪我では済まないはずなんですがね……」


 ルデルは思ったよりも男にダメージが入っていないことに驚きつつ、改めて気持ちを引き締め直す。反対にシスティはこの結果を大方読んでいた。男がまだまだ本気を出していないことは分かっており、同様にまだまだ本気とは程遠い力しか出していないシスティの攻撃だったため、妥当なダメージが入ったと納得している。

 どうやら男はギアを上げるつもりのようで、纏うアノーツが濃さを増す。


「流石にお前ももう少し本気にならないと危ないんじゃないか?」


 男は手の平で槍を高速回転させながらシスティの方を向いて言う。


「そうね。私も少しだけ力を出そうかしら」


 途端、システィは強烈なメランのアノーツを纏い、周囲に氷が舞い始める。


「やはり、お前は別格だったな」

「……!」


 男はシスティのアノーツを見てニヤリとする。そこにはまるで戦闘狂かのような楽しそうな表情があった。

 それに対し、またも驚いているのはルデルだった。


(凄まじいアノーツ……! しかも、これでもまだ彼女は本気ではないのでしょう。分かってはいたことですが、この二人の戦いのレベルは私よりも遥かに上ですね……)


「それと、お前も思っていたよりやる奴だったな。けど、ここからは流石についてこれねぇだろ?」


 男は少しはルデルのことを認めたようで、先ほどまでの見下したような雰囲気はない。しかし、男の言う通り、ここから戦いに混ざるのは危険だろう。

 下手に手を出して危険な状態になった場合、システィがそのフォローをしなくてはならなくなる。そんな風に足を引っ張るのは勿論ルデルの本意ではない。しかし、だからといって戦いを見ているだけになるのは騎士団の副団長としてはなかなか取れない選択肢だ。


「ルデルさん」


 ルデルがこれからどう行動するべきかを考えていると、システィが男から目線を外さずに話しかけた。


「アデスのアノーツであれば、先ほどルデルさんが使っていたような技で遠距離からでも出来ることがあるはずです。サポートをお願いできますか?」

「……!」

「おいおい、まだあいつを使うのか? 確かに思っていたよりはやる奴だったが、それでも俺たちとの間には大きな壁が存在している。それはお前も分かってるはずだ」


 システィはまだルデルとの共闘を望んでいるようだが、男にとってはもうルデルの存在はいらないらしい。

 

「アノーツは、ただ火力が高ければ良いという訳ではない。勿論、極限まで火力に振り切っていたりすれば、それも大きな脅威になるのだけれど、基本的には戦いにおける立ち回りとアノーツの使い方が戦いの結果を左右するわ」

「その通りだ。けど、あいつはその立ち回りやアノーツの使い方がまだまだだろう? そもそも実践経験が少ないんだよ。経験の差は、すぐに埋めることなんてできねぇ」


 例え天才でも、ベテランとの経験の差を簡単に埋めることはできない。アノーツを使った戦闘では経験の差がものを言うことが多い。


「確かにね。経験の差は簡単に埋めることなんてできない。けど、その経験の差を無理やり縮めることはできる」

「格上との勝負か?」

「えぇ」


 例えば冒険者の場合、低ランクの討伐依頼などを受けて地道に経験を積むのが普通だ。それはアノーツ使いだとしても同じである。

 しかし、一気に経験を積むと同時に実力を上げる方法として、非常に危険で全く推奨されないが、格上の敵に挑むという方法がある。

 冒険者ギルドではそういった危険な挑戦をさせないためのルールが設けられているが、依頼など関係なく身の丈に合わない相手を求めて危険な場所へ行く者は決して少なくない。

 だが、実際にそこから実力を上げて帰ってくる者もいない訳ではない。


「短期間での急成長か。その辺にいるようなそこそこの相手だったらまだ可能性はあるだろうが、俺相手にそれは無謀……いや、思い上がりと言わざるを得ないな」

「だからこそよ。貴方ほどのアノーツの使い手と戦えば、リスクは当然、得られるものも非常に大きい。そしてここで挑み、成長できなければ、彼の成長は緩やかに止まっていくでしょう」


 システィはルデルの方を向き、言った。


「無謀だと、命を無駄にする行為だと思うかもしれません。なので、ルデルさんがどういう選択をしても良いと思いますし、私はその選択を支持しましょう。そもそも私にルデルさんの行動を決める権利なんてありませんしね」

「……」


 ルデルの実力不足はルデル自身が一番よく分かっている。騎士団の副団長として無責任な行動は取れないが、相手は非常に危険な敵である。国の平和を守る騎士団としては放置していい訳もない。

 しかし、実力の足らない味方を守りながら戦うことになってしまうシスティのことを考えると、やはり簡単に答えを出せない。


「もういいだろ。さっさと続きをしようぜ」


 男は更にアノーツの出力を上げ、槍を構えた。最早ルデルが戦いに参加するかどうかはどうでもいいようだ。

 今男の目に映っているのはシスティのみ。実力のあるシスティと戦うことを楽しそうにしているように見える。


「行くぞ!」


 男は一気に槍の先に風を集中させ、周囲では凄まじい強風が巻き起こり始めた。

 ルデルの判断を待つ気など全くないようだ。システィは剣を構え、男と同じようにアノーツの出力を上げる。

 男の巻き起こす風によって凍てつくような空気が拡散され、雨も相まって体が急に冷え始める。

 体が冷えたことによる震えだけではない寒さを感じながらルデルは思わずその場から一歩後退する。それは無意識だった。

 そんな時、男の姿が消えた。


「……!」


 目で追うことができなかったルデルに対し、システィはしっかりと反応した。

 辺りに轟音が響き渡る。システィが体を動かして避けた先に男は移動しており、突っ込んだのであろう建物はその部分がバラバラに吹き飛んでいる。男が通ったところには凄まじい強風が通り過ぎていく。

 一度でもまともに喰らってしまったら致命傷になりかねない、非常に危険な攻撃だ。


「初見でも普通に避けられるのか。やっぱりやるなぁお前」

「それはどうも。ほら、来なさい」

「言われなくってもな!」


 再び、男はその姿を消す。システィはまたも反応し、凄まじい速度で迫る攻撃を回避する。

 男が止まった建物はまたもバラバラに壊れ、そのまま回転して連続してシスティに向かう。

 だが、初見で避けられた三回目のそれを避けることができないはずもないため、同じように攻撃を回避する。


「まだ行くぞ!」


 更に続けて何度も男は突っ込んできて、システィはそれを全て避ける。その度に周囲の建物はどんどん破壊されていき、辺りには建物の破片が沢山浮いていた。

 またも男は攻撃しようとする。しかし、今回の狙いはシスティではなかった。


「!」


 男はシスティの頭上よりかなり上空に飛んだのだ。上を見上げると、槍をシスティに向けて空中で凄まじい風を纏う男の姿があった。


「やはり、何も考えず適当に攻撃していた訳ではないのね」


 男が纏う風はまるでドームのように半球状で空を覆っていた。


「何故……!?」


 ギリギリのところで風のドームの外にいたルデルはこの状況を理解できないでいた。しかし、そんな中攻撃を受けていたシスティには大体理解していた。


「飛んだ先で何かしていたわね。こんな風のドームを作るために、その範囲を決定するものか、隅々まで風を行き渡らせるものかは分からないけど、さっきまでの連続攻撃はその前準備だったわけね」

「流石、理解が早いな」

「相手みたいな戦闘に慣れている人が、何の考えもなくあんな避けられると分かっている攻撃なんてしないでしょう」

「はは、それもそうだな。まぁ、そもそもあの攻撃を避けられることが凄いんだが」


 槍の先端に風が一気に収束され、嵐の前の静けさのように辺りが静寂に包まれる。

 槍を向けられている訳ではないルデルが思わず唾を飲み込み、緊張や恐怖で冷や汗を流した。

 男は限界まで風が収束された槍を強く握りしめた。


「ラン・ディフューズ」


 男はそう言うと、思い切り槍をシスティに向かって投げた。風は依然として槍の先端に収束されているため周囲に強風が巻き起こるようなことはない。しかし、その収束された風は非常に濃いアノーツが凝縮されていることをシスティはひしひしと感じていた。

 そして、システィにぶつかるところで、先ほどまでの短い静寂の時間とは違い、途轍も無い風の爆発が起きた。


「くっ……!」


 風のドームの外にいたルデルは自分の体が吹き飛ばされないように踏ん張る。


(距離はある程度離れているのにこの強風、この濃いアノーツ……! 今までの攻撃も凄まじかったですが、これはレベルが違う。システィさんも無事では済まないでしょう。戦力になれずとも、せめて救助くらいはできるよう、全力でドームの中心へ向かうしかない……)


 やがて、風のドームがフッと消えた。男が解いたのだろう。

 土煙や瓦礫でドームの中心が見えないが、システィの状況を確認次第、すぐに動けるようルデルは構える。

 

「さぁ、どうだ!?」


 一方、楽しそうにしているのはまだ空中にアノーツで浮いている男である。システィに自分の力をぶつけられることが嬉しいのだろう。


「……」


 声は聞こえてこない。本当にやられてしまったのかと悔しそうにするルデルはすぐにそんな思考は振り払う。


「はぁ、これで終わっちまうのか。まだ使ったことのない新技とか、色々試したかったんだが」


 男は投げた槍の顕現を解き、再び自身の手元に顕現させようとした。


「何……!?」


 そして再び槍を顕現させた時、その槍を掴んだ感触に違和感を感じて手元を見た時だった。

 

「凍っている……これは、間違いなくメランのアノーツだ」


 そこには凍りついている槍があったのだ。あまりの冷たさに思わず手を離しそうになってしまう。


「風が一気に拡散する時、氷で防いでいたのか? けど、拡散自体は間違いなく起こっていたはず……」


 男の頭には疑問符が浮かんでいた。確実に風の爆弾とも言える拡散は起きていたはずなのだが、再顕現させた槍は凍っていることから、システィがアノーツで何かしたことだけは確定しているのだ。

 すると周囲を漂っていた土煙が吹き飛ばされる。


「広範囲な風の壁を作りつつ、あれだけ高出力なアノーツを放つ……。言うのは簡単だけれど、その域まで到達するのは全く楽な道のりじゃない。そう考えると、流石ね」


 色素の薄い美しい髪を優雅に掻き上げながら言うシスティがそこにはいた。

 とはいえ流石に無傷とはいかなかったようで、体に傷は少しついている。しかし、その程度だ。

 そんな様子のシスティを見て、ルデルは立ち止まり、驚愕していた。


(あんな滅茶苦茶な攻撃を受けてあの程度のダメージ……。システィさん、貴方は一体……)


 対して、驚きと共に笑みを浮かべるのは未だ空中にいる男だった。


「くく、ははは! これは本当に良い収穫だ! カペラ以外にこれほどの強者と出会えたのは幸運だったな」

「そんなに褒めても何も出ないわよ?」

「お前、どうやって今の俺の攻撃をその程度のダメージになるまで抑えたんだ? 教えてくれよ」


 どうやってシスティはここまでダメージを抑えたのか、それを知りたいと思う男の気持ちは純粋だった。


「別に難しいことはしていないわよ。貴方のあの攻撃が対象に当たるかその直前で拡散することは予想できていた。街を壊したくはないから、本当は完璧に抑えたかったんだけど、流石に初見だからね。そこは諦めて自分へのダメージを最大限抑えることに集中したわ」

「自分だけを守ったってのは分かる。しっかりと風の拡散はしていたからな」

「えぇ。私は風の拡散が起きた瞬間、それまで準備していた強力な氷を自分の前に展開して拡散を避けつつ、拡散が終わった槍を瞬時に凍らせたの。アノーツであれば武器を消してもその影響が残るからね」

「簡単に言ってくれるが、あの拡散を防ぐにはそれを超える高濃度で精密なアノーツを扱わないといけない。つまり、事実としてお前のアノーツが俺のアノーツを上回った訳だ」


 アノーツによるシンプルな力をぶつけるタイプの攻撃は、それを上回るアノーツを使ってしまえば競り勝つことができる。

 システィは男が搦手のような攻撃を仕掛けるタイプではないと考え、シンプルな攻撃に対する対抗策として強力な氷を用意していたのだ。それも、男が飛び回って攻撃していた時から、密かにシスティが立っている屋根の下に強力な氷を作り上げていた。

 

「まぁ、今回の攻防に関してはそういうことになるわね」

「ふぅ。こうなったらもう、本気を出すしかないよな」


 男の目がギラリと光る。男の持っている槍は緑色の布で巻かれているが、それがふわりと解かれていく。

 そして現れたのは、黒と緑の線が斜めに交互に入っている槍だ。


「お前ほどの実力者なら、これ(・・)にも対抗できるだろう」

「……!」


 男の雰囲気が変わった。そして、台詞からもシスティには男が何をしようとしているのかが分かり、目を細める。


「まさか、こんな街中で使う気?」

「ここまで散々ぶっ壊してるのに今更気にするなよ」


 そうして男は槍を頭の上に掲げた。


シュペルノヴァ(・・・・・・・)……」


 男がそこまで言った時だった。


「何……!?」


 凄まじい二つのアノーツがぶつかった衝撃を三人は同時に感じ取った。それのせいか、男は掲げていた槍を下ろす。


「これは、カペラ団長……!」

「おいおい、あのおっさん、やってんじゃねぇか」


 ルデルと男は、すぐにその二つのアノーツの片方をそれぞれ理解したようだ。


「荒れるなこりゃ」


 システィ達が戦っている間に、新たに超高レベルの戦いが国のすぐ外で開始されていたのだった。 


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