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恒星の黎明姫  作者: ポルゼ
水の国・プレウス
12/34

システィと敵の実力

 建物の屋根の上、アノーツが飛び交う。アノーツの使えない者では全く入ることのできない戦いがプレウスの中で行われていた。

 アステとプラナが千柱神殿へ向かっている間、システィとルデルは世間的には秘密にされているという敵の一人と相対している。


「っ……!」


 システィは屋根の上を動き回り、敵である学生と思われる男の攻撃を避けていく。そしてそれを避けたことによって、細長く速い風の攻撃が建物を容易く貫通する。

 

(彼のアノーツはタラン。つまり、風を生み出し、操ることができる。槍の先から放たれる風は拡散されないように収縮されていて、凄まじい貫通力を発揮しているわね。精度や風を生み出す速度から考えるに、間違いなく熟練のアノーツの使い手ね)


 システィは反撃は最小限に抑えつつ、相手を観察することに集中していた。

 相手は世間には秘密にされているような男だ。下手に攻撃をして手の内を晒す前に、まずは相手の癖や得意な攻撃方法などを探ることから行うという、システィの慎重な性格がよく出ている。


「おいおい、さっきから逃げてばかりでどうしたんだ? そんなに自分のアノーツを見せたくないのか?」

「私もいますよ!」

「お前は水星の騎士団の中では随分期待されているようだが、この程度だと少し心配になるレベルだな」


 システィを狙う男を横からアデスのアノーツで攻撃するルデルだが、すぐさま風の攻撃で相殺されてしまう。ルデルよりも敵の男の方が力量は上であるようだ。

 男は余裕そうに自身の紺色の髪を掻き上げている。


「くっ……!」

「アノーツが使えるだけで、大して強くもない奴が大口を叩かないでほしいね」


 男は標的をルデルに変更し、風による攻撃を始めた。ルデルはそれを避けたり水の攻撃でなんとか相殺するなどして対応している。

 そんな時、システィは瞬時に跳躍して壁を蹴り、男の斜め後ろ方向に回り込んで片手剣で斬り払おうとする。その速度は凄まじく、男は一瞬反応が遅れる。


「おっと、危ないな」

「この程度なら簡単に避けられると思ったわ」


 男は咄嗟に体勢を変えて一太刀を避けた。だが、システィは避けられることなど分かっていて、それを込みで攻撃を考えている。

 システィは斬り払った剣を同じ軌道で元に戻すように再び斬り払う。男はシスティの方を向いてバックステップで避けようとする。


「……!」


 すると、斬り払いを避けるタイミングでシスティの剣が男に向かって突然飛んできた。システィが手から片手剣を離したのだ。

 男は咄嗟に自信の槍でそれを弾こうとするが、弾く寸前で片手剣が消失した。

 アノーツの使い手は自由に自身の愛用の武器の顕現ができる。顕現ができるのだから、消すこともまた自由に行うことができるのは道理だろう。

 突如視界から消えた片手剣の先の真正面にはシスティはいない。男からすると見えづらい、深い角度で男の視界の左斜め下に移動していた。

 そこから繰り出されるのは強烈な右足の蹴り。たかが少女の蹴りだと侮ってはいけない。アノーツが使えることによる身体能力向上の恩恵を受けている者の蹴りだ。まともに喰らったら同じアノーツの使い手でもタダでは済まないだろう。

 男は咄嗟にシスティとの間に風の障壁を作り出して防御を行おうとする。しかし、システィはそれも見込んでいた。

 蹴りを大勢の低い状態から繰り出そうとしていたため、上半身は地面に近い。そこでシスティは腕で屋根に思い切り力を込め、自分の体を空中に浮かせた。

 そして再び片手剣を顕現させ、男の頭上から剣を叩きつけようとする。


「チッ……!」


 男は今度は槍に風を纏わせ、システィの空中からの剣を受け止める。

 対してシスティはアノーツは使っていないため、流石に風を纏っている槍には勝てない。そうすぐさま判断し、システィは上手く槍を捌いてから男の体に向かって蹴りを入れようとする。

 男は風の防御壁を解いて槍に纏わせていたため、瞬時に後方へ飛んで避けた。

 システィはその場に降り立ち、二人はお互い向き合う。


(……こいつ、ルデルなんて話にならないレベルの戦闘の熟練者だな。アノーツを使わず、武器の顕現と身体能力だけでここまで器用に、臨機応変に立ち回るとは。頭の回転や戦闘のセンスは疑う余地がない。この様子だと、アノーツの扱いも相当だろうな)

(アノーツの発生速度がとても速い。風の防御壁の生成速度、武器へ纏わせる速度、私の蹴りが届くまでの一瞬や空中に飛んだ際にあれだけ速く対応できるとは。反応速度や身のこなしも平均以上。世間に秘密にされるだけの敵の一人というのも頷ける)


 先ほどのやり取りで、お互いにある程度相手の力量を知った。現状では、未だアノーツを見せていないシスティの方が手札は多いように見えるが、男もまだまだ初歩的なアノーツしか使っていない。


(水星の騎士団で注意すべきはルデルとカペラだと思っていたが、実際はカペラだけ気にしていればいい。しかし、思わぬ障害が立ちはだかったな。まぁ、恐らく冒険者なんだろうが、プレウスにこんな冒険者がいるなんて聞いてないぞ)


 男は敵となって立ちはだかるであろう相手をしっかり想定していたが、そこに新しくシスティが追加された。


(さて、どうしましょうか。理想はこの男を倒して捕まえることだけど、そんな簡単にはいかないでしょうね。となると、一時的でもいいから撤退させるのが現実的ね)


 システィは男を倒すことは早々に諦めた。全力を尽くして倒せたとしても、それでシスティの仕事が終わるわけではない。本当にすべきなのはこの男を倒すことではなく、一刻も早く大災害を止めることなのだ。


「お前、冒険者だろう?」

「えぇ」

「名のある冒険者だと見た。名前は?」

「あら、貴方の名前は貴方に勝たないと教えてくれないのでしょう? それなのに、決着の付いていない状態で私の名前を聞くなんて、対等じゃないわね」

「……ふん。いちいち細かい奴だな。それならいいさ、お前を戦闘不能にして名前を聞き出すとしよう」

「やってみなさい」


 空気が重い。気づけば呼吸が荒くなってしまうような、ピリピリとした緊張感が周囲を覆っている。

 ルデルはそんな空気感に呑まれないように気を強く持ち、システィの元へ駆け寄ろうとしていた。


(やはり彼女は只者ではない。冒険者ランクを見た時点で分かっていたことですが、あの男相手にアノーツを使わずやり合えるなんて、この国の中でもカペラ団長を筆頭に数えられるくらいしかいないでしょう)


 システィの実力に驚きつつ、ルデルは自分の唇を噛んだ。


(不甲斐ない。本当に不甲斐ない。私だけではあの男を抑えることなどできず、負けていたことでしょう。システィさんが来ていなかったらどうなっていたことか……。できる限りのサポートをしたいですが、下手に手を出してしまうと逆にシスティさんを邪魔してしまうかもしれない。現状、そういうレベルで力の差があるということ。本当に、水星の騎士団副団長が聞いて呆れる……!)


 実力不足を痛感しながらも、ここをシスティに任せて一人のこのこと安全な場所へ移動する訳にもいかない。なんとかシスティのサポートを行い、男を捕えるか撤退させるかしないといけない。


「システィさん、微力ながらサポートさせていただきます……!」

「ありがとうございます、ルデルさん。私が基本的に近接戦を行いますので、ルデルさんは遠距離から彼の意識を逸らしてください」

「分かりました」


 ルデルは大剣を顕現させて気合いを入れる。これ以上足を引っ張る訳にはいかない。


「随分堂々と作戦会議するんだな」

「別に作戦というほどではないからよ。それに、こうなるのは貴方も分かっていたでしょう」

「まぁな。実力を考えればそうなるのは当然だ」

「っ……!」


 男は舐めた目線をルデルに向ける。明らかに見下している態度だ。


「水星の騎士団はプレウスを守る中核の組織だろう? アノーツが使えるというだけで副団長になっちまったから天狗になるのも仕方がないが、この程度の実力じゃ国なんて守れないだろうよ」

「……私の力不足は認めますが、騎士団は非常に強く賢い組織です。舐めない方がいい」


 ルデルは自分と男への怒りを同時に湧き立たせながらも、冷静でいるよう努める。


「確かに、水星の騎士団にはカペラがいるからな。俺は直接カペラの戦闘を見たことがある訳ではないが、話を聞いたり戦績を見る限りでは、間違いなく相当な実力者だ。けど、副団長のお前との実力差が大きいところを考えるに、お前より下の騎士団員も実力は大したことないだろう。つまり、水星の騎士団は実質的にカペラ一人で支えているようなものだな」

「……」


 カペラは部下の騎士団員や、それ以外の組織の人間からも嫌われている。しかし、その実力は認めざるを得ないほど高いがために、団長に成り上がったのだ。

 倒すべき敵が現れた時、カペラが解決することが多いが、それはカペラ一人いれば事足りてしまうからという事実があるからだ。

 その度に、ルデルはもっと精進してカペラが出ずとも事態を解決できるよう心に刻んで鍛錬を続けている。

 しかし、鍛錬をしたから誰でも簡単に強くなれるなどという甘い現実は存在しない。


「もしもカペラと出会っても全力の戦闘は避けて時間稼ぎするように言われてたが、実はお前もそう言われてたんだぜ、ルデル」

「……それで?」

「お前を警戒する必要はないという判断にならざるを得ないな」


 男はルデルを煽り続ける。怒りで冷静さを欠かせるつもりなのか、単純に思ったことを言っているだけなのか、どちらにせよルデルの心を沈めることになっている。


「自分より実力が下だと判断すると、スラスラと煽り文句が出てくる。自身の格をも下げていることに気づかないのかしら?」

「あ?」


 するとシスティの放った言葉を聞き、男の眉がピクリと動く。


「事実として、ルデルさんや騎士団員の皆さんがもっと鍛錬を積まなくてはならないのは確かでしょう。しかし、それは貴方が指摘することではないわ。そして何より、ダサいわよ?」


 これも煽りになっているが、システィは男の態度や言い方がどうしても気に入らず、言い返してやりたくなったのだ。

 

「へぇ、言うね。俺がお前の実力を認めたことがそんなに嬉しかったのか?」

「あら、認めてくれていたのね。それはどうもありがとう。私だってまだまだ実力不足だと思うのだけれど、貴方の基準は随分低めなのね」

「……安心しろよ。俺よりかは大分下だ」


 男の怒りの感情が伝わってくる。ルデルを散々煽っていながら、自分が煽られるのは我慢ならなかったようだ。


「!」


 屋根がへこんでいる。足に相当な力を込めたためだろう。男は一瞬でシスティの眼前に移動していた。

 とはいえ、システィなら反応して避けることができる。

 避けはしたが、システィは突然の突風に吹き飛ばされそうになる。


(先ほどまでの風を収縮させて貫通力を高めたのとは違い、今度は風の拡散……!)


 男の武器である槍の先端から風が拡散されており、凄まじい突風を生み出している。 

 その突風には抗うことができず、システィとルデルは飛ばされてしまう。それにより、体が空中に浮いた。


(まずい、空中に浮いている状態では、奴の攻撃を避けるのは難しい)


 ルデルはなんとか体勢を立て直すため、アノーツで水を生み出し、自身に向けて水を放出させる。

 それにより、体が屋根の上に移動することで着地に成功する。

 すぐに顔を上げ、システィと男の状況を確認する。


「……凄い」


 それはルデルが抱いた純粋な気持ちだった。

 男は槍の先端に風の拡散と収縮を織り交ぜつつ攻撃し、システィはそれを身のこなしと片手剣の捌く技術のみで避けている。

 流石にシスティの攻撃する余地はなく、避けることに精一杯の様子だ。


(システィさんはなかなかアノーツを使わない。きっと、確実にあの男に攻撃できるようなタイミングを見定めている。私はそのサポートに徹する……!)


 ルデルはすぐさま走り出し、どんどん屋根の上を移動していく二人の元へ急ぐ。

 水を生成し、いつでも攻撃できるように準備だけはしておく。


「ここ……!」


 そして男が思い切り槍を振り、その攻撃がシスティに避けられた瞬間に水の弾をいくつも撃ち出す。それは男の顔に向かって飛んでいく。


「おい、邪魔すんじゃねーよ」


 しかし、男はそれを軽々しく避けてからルデルを睨みつける。最早ルデルのことは眼中にないようだ。


(全くもって構わない。むしろ、そうやって私の存在を無視してくれればくれるほど、妨害しやすい)


 ルデルにとって、自分を無視してくれるほどサポートはしやすい状況なのだ。ぞんざいに扱われていることなど、今は気にしている場合ではない。


「おっと!」


 男が一瞬ルデルを睨みつけた隙をシスティは見逃さない。避けることを考えた体勢からすぐに前方に向けて足に力を込め、片手剣で突きを繰り出す。

 その突きを避けた男は、槍に風を急速に集める。それにより、システィの体が吸い込まれるように男へ近づいてしまう。

 しかし、ルデルはすぐにその吸い込みを利用した。


「本当にうざったいな……!」


 ルデルは水の弾を生み出し、あえて男の周囲に向けて少し弱めに撃ち出す。水の弾は風の吸い込みによって男のすぐ近くを回転し、やがて男にぶつかる軌道に入る。

 それが分かった男は、悪態を吐きながら槍を振って水の弾を落とす。

 だが、ルデルの攻撃はそれで終わりではない。依然として消えていない風の吸い込みに抗いながらなんとか男の槍の攻撃を防いでいるシスティの反対側へ向かう。

 本来はルデルは遠距離からのサポートをするのが役目だ。しかし、ルデルはあえて近づいた。

 風を大剣で振り払い、男の背後に迫る。


「邪魔だって言ってんだろ!」

 

 男は槍を巧みに回転させ、大剣を受け止めつつシスティの攻撃も捌く。尋常ではない槍捌きだ。

 風の吸い込みをしつつ、二人の攻撃を捌き、更に風の収縮を部分的に行なって貫通力の高い攻撃を行うとしている。


「させません!」


 ルデルは男を簡単に覆うことができるくらいの水を生み出し、男の周囲を囲む。


「雑魚が!」


 しかし、男は風の拡散を行い、水を吹き飛ばした。それにより、ルデルの体は再び吹き飛ばされそうになるが、また風の吸い込みを始めたことで体は男に近づいていく。

 これだけ風の性質を素早く変化させることができるのは、アノーツの熟練度が高い証拠だ。


「吸い込むのであれば、受けて立つ他ない!」


 ルデルは吸い込みに対抗するのではなく、あえて身を任せて大量の槍の形をした水を作り出す。


「エオレ!」

「……!」


 そう叫ぶと大量の水の槍が飛んでいく。先ほどの水の弾とは比較にならない威力があるため、まともに受ける訳にはいかない。

 男は見下していたルデルの気迫に押され、風をルデル側に集め始めた。


(あの女はまだ背後にいる。きっと周囲の風が少なくなった俺の背中側を見てどこかのタイミングで攻撃しにくるはずだ。そうしたらルデル諸共……)


 そんなことを男が考えていた時だった。


「あ……?」


 ルデルの放った大量の水の槍は、男に向かってではなく、男とその周囲の風を避けるように動いた。

 男は何かを察し、後ろを向く。すると屋根の一部だろうか、瓦礫が勢いよく飛んできた。

 当然、その程度であれば風で簡単に吹き飛ばせる。しかし、どうしても一瞬の隙はできるものだ。


「なっ……!」


 気づいた時には、男の左右に大きな氷の壁が瞬時に生成されていた。そして、真正面には片手剣の切先を向けてくるシスティがいた。

 左右には分厚い氷の壁、後ろにはルデル、前にはシスティ、そして上空にはルデルの放った大量の水の槍が凍らされて男の方を向く。

 水の槍をシスティが凍らせたことにより、それの支配権はルデルからシスティに移った。つまり、ルデルは新たに水を生み出して操ることができる。


「エオレ!」


 再度大量の水の槍を生み出し、男へ向かって全力で放つ。それに伴い、システィも氷の槍を上空から力強く男に向かって放つ。


「っ……!」


 そして前後左右、そして上空を塞がれた男に向かって全攻撃が凄まじい音を立てて炸裂したのだった。


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