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恒星の黎明姫  作者: ポルゼ
水の国・プレウス
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邂逅

 アステに背負われているプラナは目の前の光景を見て、流石に無理なのではないかと思ってしまっていた。

 これは最早、体力があるかないかの話ではない。この水量に逆らって進むということがあまりに無理難題なのだ。


「アステ、私は邪魔だろう。エラと一緒に残って退避するから、降ろしてくれ」


 プラナは自分が邪魔になっていることを自覚している。神殿への道の障害になるのであれば、ここでエラと共に退避していた方がいいのではないかと判断したのだ。


「いや、プラナは私と来て。きっと貴方が必要になる」

「……それも勘か?」

「それもあるけど、私だけじゃ状況の理解も難しい話も分からないからさ。プラナが必要なんだ」


 それは純粋な信頼である。その信頼に応えてやりたいという強い気持ちがプラナに芽生えるが、それでもプラナを背負った状態で進むのはやはり無理だと考えてしまう。


「そう言ってくれるのは嬉しいが、事実としてあたしを背負ったままだと無理だろう? どれだけ体力があってもどうしようもならない」

「いいや、大丈夫」

「何を根拠に……」


 アステは倒壊した建物の上を進み、一番端まで行く。そして流れてくる水を観察し始めた。

 流れてくる水を見たところで、何かが分かる訳もないはずである。しかし、プラナはアステの様子から、自分には見えない何かがアステには見えているのではないかと感じ始めた。


「……うん、大丈夫。プラナ、しっかり掴まっててね」

「おい、本当に行くのか?」

「もうそんなこと言っている場合じゃないでしょ!」


 そう言ってアステは大きく跳躍した。プラナは何か言いそうになったが、最早引き返すことなどできない。それであれば、アステを信じる他ない。

 空中にいるアステとプラナの眼下には、国を呑み込むほどの大量の水が流れている。

 上から流れてきたのだろう、なんとか足場に使えなくもなさそうな木片や人工物らしき物もあるにはある。アステはその中の木片に狙いを定めて着地する。


「!」


 しかし、その木片は水に浸されていることもあって脆くなっており、アステの足が着いた瞬間に音を立てて割れそうになっている。

 アステはすぐさま足に力を入れ、木片が壊れるのと同時に再び跳躍した。


「着地地点が……!」


 だが、今度は一瞬でも着地できるような足場が近くに見当たらない。このままでは水の中に落ちることになる。 

 水は流石に何メートルもの深さがある訳ではないため、落ちたとしても少なくとも呼吸はできる。しかし、凄まじい水量なため、普通の人間の体では逆らいようのない水圧がかかり、一瞬で体勢を崩して呑み込まれてしまうことだろう。

 それでも、アステはとても冷静だった。

 バシャン、と音を立ててアステの足が水に入る。


(ダメだ。いくらアステでも、この水勢に逆らいながら神殿まで進むなんてあまりにも無謀だ)


 プラナはやはり無理だと思い、悔しそうに唇を噛む。今の状況を見れば、誰でも無理だと思うことだろう。


「大丈夫」


 そんな中、アステの冷静な声がプラナの耳に届く。


(浅い……?)


 アステの足は膝下くらいまで水に浸かっていたが、その程度だった。上から見ていた限りでは、もっと体の上の方まで水に浸かってしまうことになると想像していたプラナだが、現実はその想像を下回っている。

  

(標高の高い方から水は流れてきているが、地形は決して綺麗な坂になっている訳ではないし、水の量も必ず一定な訳でもない。瞬間的に水量が減り、少し膨らんでいる地形などがあればその部分を流れる水は水量が少なくなる可能性は確かにあるだろう。アステはそれを狙ったのか? しかも、あの一瞬で判断できたというのか?)


 木片の上に乗り、崩れてしまう前までのほんの一瞬の間、アステは足元ではなく周囲を見渡していた。

 足の感触で木片が崩れそうなことを即座に理解し、次の着地点を決めていたのだ。


(あの場所、良さそう)


 アステは自分でも何故かは分かっていない。それでも事実として、水の流れや水量を感覚的に理解できるのだ。それも、ほんの一瞬でだ。

 そんなことができるのは明らかに普通ではないが、間違いなく現状を打開する可能性を高めてくれているだろう。

 その後も、流れてくる水などなんともないかのようにアステは着地点を見極めて進んでいく。プラナはアステの不思議な能力に驚かされてばかりで、ヴォジャノーイのことなど忘れてしまいそうだった。


(アステ、お前は本当に一体何者なんだ?)


 プラナがアステの正体を考えていることなどつゆ知らず、凄まじい集中力を発揮しながら進んでいくアステ。

 神殿へ向かうのは順調だが、それでも距離的にはまだまだあるようだ。


「はぁ、はぁ……」


 だが、ついに無尽蔵の体力を持っているようなアステが息切れをし始めた。日が登る前から移動時はほとんどプラナを背負い、動き続けていたのだ。流石に疲労は溜まってきているようで、プラナはアステの息遣いが荒くなってきていることを明確に感じていた。

 そこにどうしようもない申し訳なさを感じつつ、プラナはアステの集中を邪魔しないように心の中で感謝した。

 

「見えてきた……!」


 凄まじい集中力を絶やさず、ペースも落とさずにアステは進んでいた。そんな状態だったアステは汗をかき、息も荒くなっていたが、ついに神殿らしきものが見えてきことで真剣な表情だったアステの顔が綻ぶ。

 千柱神殿はその名の通り、多くの柱が立っている神殿である。離れたところから見ると、かなり異様な雰囲気を漂わせているが、不思議と魅力を感じる場所だ。

 だんだんと近づいていくと、一つ一つの柱の大きさが分かる。柱の直径は四、五メートルほどで、高さは建物の五階程度に相当するだろう。荘厳、という言葉が似合う神秘的な空間である。

 しかし、その柱の間には大量の水が流れている。柱が沢山あるせいで間の水流は流れが速く、深そうだ。ただ、アステにとっては何ら障害にはならない。

 柱を蹴って蹴って前へ進んでいく。体力的にはなかなかに厳しいはずのアステだが、それでもプラナを背負って柱の間を跳躍していく姿はやはり常人離れしている。


「アステ、気をつけろ。今までの話だと、ここに今回の大災害の原因がある可能性が高い。本当にヴォジャノーイがいるのかどうかは分からないが、危険なことに変わりない」

「うん、確かに何かを感じるんだよね。正直、私は戦力的な部分では現状役に立たなそうだし、本当に危ないと思ったらすぐに逃げるよ」

「そうしよう。まぁ、ヴォジャノーイだったとしても、あたし達がどう対応すればいいのかは分からないがな」


 いよいよカペラとエラの言っていた神殿の中央に辿り着く頃だろう。そこには何がいるのか、何が待ち受けているのか。アステは不思議と心が躍った。

 そして、ついに神殿の中央に辿り着いた。


「……!」


 記憶を失った状態で目覚めてから、アステは何度か目を奪われることがあった。そして、今回も同様に目を奪われた。いや、目を奪われただけではない。何か心で感じるような、人に説明するのが難しい繋がりをアステは感じていた。

 そこには、一人の女神が如き美しさを持つ女性がいた。何故かその女性が立っている場所には水がなく、女性を中心として渦を巻いているようだった。

 この光景を見て、プラナはまずこう思った。


(異常だ……)


 明らかに異常な光景である。この大災害の最中に見れるものではないだろう。

 その女性がヴォジャノーイなのかどうかは分からない。しかし、まず間違いなく言えることは、その女性は人智を超えた存在であるということだ。

 見た目は人間。しかし、周囲の状況の異常さも相まって普通の人間になど見えない。

 だが、これらはプラナの感想であった。アステは、違った感想を抱いていた。


(私は彼女を知っている)


 根拠はない。記憶がある訳でもない。しかし、心に刻んだ何かがあるのか、アステはその女性を知っていると確信していた。

 そして、その女性はアステを見た。


「……やぁ、何か用か?」


 驚く訳でもなく、冷静にその女性はアステに話しかけた。アステとプラナにではない。アステに話しかけたのだ。

 それは、背負われているプラナにもひしひしと感じ取れた。


(あたしのことは眼中にないようだな。そしてアステの様子から見ても、この二人には何かしらの繋がりがあるのかもしれない。今回の大災害、アステがキーとなって解決するのかこのまま国が破滅するかのどちらかかもしれない。恐らく大災害と関係のあるこの女とのやり取りで失敗はできないぞ……)


 プラナはどうやってこの不思議で危険な香りのする女性と良い関係を築くのかを考える。

 アステは目を奪われてしまっており、動きがない。そんな状態のアステの肩を叩くと、ようやくハッとした。

 

「あっ……!」


 しかし、それと同時に足を滑らせてしまい、水の中へ落ちそうになってしまう。


「え……?」


 だが、アステとプラナが水の中へ落ちることはなかった。何故なら、二人が落ちそうになった場所の水が突然避けるように動き、地面まで見える状態になったからだ。

 現実的に考えた場合、あり得ない現象だろう。もしこのような水の動きを可能にできるのであれば、それはアノーツだけだ。

 二人の周囲を避けるように大量の水が渦巻いているが、その水がだんだんと道を作るように更に避けるよう動いていく。

 そうしてその謎の女性へと続く道ができた。


(もし、もしもこれら全ての水をあの女が生み出していたり、操れているのであればこいつのアノーツの腕は最早異次元と言える。こんな天災級の水を扱えるなんて、神話とか大昔の英雄の話にあるようなレベルだぞ。ヴォジャノーイ……なのか? ヴォジャノーイならこれだけ水の扱いが凄くても納得はできるが、人だった場合は頭を抱えるなホント)


 プラナは冷や汗をかいていた。頭は冷静なのだが、目の前の女性に得体の知れない何かを感じ、根源的な恐怖とも言える感情を抱いている。


「貴方は……誰?」


 女性を視界に入れてからまともに喋っていなかったアステが口を開いた。

 

「まぁ、それが一番気になるところだろうね」


 その女性は髪を掻き上げながら言う。絶世の美女と呼ばざるを得ない程の容姿だ。

 瞳は綺麗なブルーで、髪色はアステに似ており、青色と黒色の混合されたロングヘアで、青い花が飾ってある。格好は肩が出ているドレスを着ていて、左上からお腹のあたりまで斜めに青色になっていて、それより下は黒色になっている。また、所々に八角形の花のような模様が入っていて、丈は膝上くらいで美脚が目立つ。靴は白黒のブーツで、何よりアステの目を引いたのは、アステと同じく左手の中指にシルバーとブルーの指輪を嵌めているところだった。

 

「先に言っておくが、我はヴォジャノーイではない」

「ヴォジャノーイではない……ということは、普通の人間?」

「何とも言えんところだが、そう思ってくれ。我はディアスティマという。少し長いからディアと呼んでくれ」


 その女性、ディアスティマは妖艶な笑みを浮かべながら名乗った。アステは記憶が無いためその名前に聞き覚えはなかった。しかし、どこか懐かしさを感じる名前でもあった。

 何より、アステの目はディアの指輪に釘付けになっていた。


「ねぇディア。その指輪はどうしたの?」


 アステは気になって仕方がない指輪のことを聞いてみた。


「これか? これは長いこと付けている我の大事なものだ」

「私も同じような指輪つけてるの。色もデザインも一緒に見える。これは……偶然?」

「……そうだね、偶然だろう。けれど、どこか君とは似ている部分があるように見えるね」

「私もそう思う。記憶が無いから分からないけど、ディアとは出会ったことがある。いや、それどころじゃない。もっと近しい存在だった……と思う」


 珍しく自信なさげに、そして少し恥ずかしそうに言うアステに、プラナは驚きながらも少しの違和感を覚えた。


(やはりアステと何かした関係があるようだな。しかし、アステのこの反応はなんだか……何というか、変な感じがする)


 アステは既にディアに心を許しているところがありそうだが、プラナはむしろ警戒心を強めていた。どうにも信用ならない、そんな気持ちがプラナを支配している。


「そうかもしれないな。それで、君の名前を教えてくれるか?」

「私はアステ。記憶が無いからこの世界のこととか全然分からない。そんな状態でプレウスに来たら突然こんなことになっちゃって、本当に大変だけどどうにかできないか足掻いているところ。それと、この背中の子がプラナ。本当はプラナナって名前だけど、なんとなくプラナって呼んでる。見た目は子供だけど、すごい賢いんだよ」

「アステ、アステか。良い名前だ。そしてアステが背負っている子が……プラナナか」


 プラナはアステが自分の分まで紹介してくれたタイミングで軽く会釈した。しかし、それを聞いたディアの反応を見て、プラナはゾクっとして鳥肌が立った。

 プラナは世界のことはよく知っているが、自分に関する記憶がない。そんな状態で何とか覚えていることとして、プラナナという名前がある。

 だが、ディアがプラナナと口に出した時、まるでその名前を知っているかのような言い方だったのだ。そしてその表情もアステの名前を口にした時の明るいものと違い、どこか暗さのあるような意味深な表情になっていたのだ。

 アステと違い、プラナはディアと出会ったことがあったかもしれないとは全く思わない。なのに、ディアの方は一方的にプラナのことを知っているかのようだった。


(ディアは明らかに人智を超えた存在だろう。そんな存在が何故あたしのことを知っているかのような言い方と表情をする? くそ、謎がどんどん増えていく。落ち着け、冷静に状況を整理しろ。とにかく今はこの大災害をどうにかしなきゃいけないんだ。自分の正体やアステの正体は後で考えよう)


 プラナは一度考えることを大災害の収束に絞った。そうでもしないと、まともに現状を打破するための思考ができそうに無かったからだ。


「ディア、今プレウスで何が起きてるかは分かってるよね?」

「勿論、分かっているとも。昔プレウスで起きたような大災害が今まさに起こっている」

「うん。それで、この大災害はヴォジャノーイが起こしたものなんじゃないかって思ってたんだけど……」

「精霊ヴォジャノーイか。確かにその可能性も考えられるな。けど、君たちが今考えているのはヴォジャノーイではないだろう?」


 周囲の水を見れば、誰でもそう思ってしまうことだろう。


「ディア。今回の大災害は、貴方が引き起こしたものなの?」

「ふふ、まぁそう考えるのが自然だろうね。でも安心するといい。我が引き起こした訳ではないよ」

「そ、そっか。良かった」

「それじゃあ今あたし達の周囲を囲っている水はなんだ? 神殿の中央で一体何をしていた?」


 ディアが大災害を引き起こした訳ではないと聞き、アステは安心した様子を見せた。しかし、それに疑問を抱いたのはプラナだった。

 状況を見れば、大災害を引き起こしているように見えるのはどう考えてもディアであるからだ。


「我はここで大災害を抑えようとしているんだ。見様によっては逆に思うかもしれないが」

「国を水没させん限りの水量を生み出すことができ、それを操れる程のアノーツの使い手なら、大災害を引き起こすのも収束させるのも簡単なんじゃないか?」

「我にそんな力は無いさ」

「悪いがそんな風には見えない。仮にこの大災害を抑えようとするならば、人智を超えた力でも持っていないと収束させるのに一体どれだけの時間がかかると思う? お前はこれからどれだけ長い時間をかけて大災害を抑えようと思っているんだ?」


 プラナはディアの返答に次々と畳み掛けて質問していく。そんな質問攻めを受けるディアはやれやれといった様子でため息をついた。


「全く、どうやらプラナナは我が元凶と信じて疑っていないようだ」

「そこまでじゃないさ。だが、状況的にお前が最も怪しいと思っただけだ」

「そうか。まぁ、君にどう思われようがいいさ。我は我のするべきことをするだけだ」

「そのするべきことってのが大災害を継続させることじゃなければいいな」

「ちょ、ちょっと二人とも……」


 明確にディアを睨むプラナと、少し顔を伏せて目を細めてプラナを見るディア。どちらも互いをよく思っていないことがよく分かる状態で、アステはどうすれば良いのか分からなくなってしまっている。


「と、とにかく! ここは皆で協力しようよ。ディアもプラナも、ね?」

「……まぁ、現状ではあたし達にできることは少ないからな」

「良いよ。アステがそう言ってくれるならね」


 アステは無意識なのか、ディアは大災害を抑えようとしている味方側だと思っているようだった。そのことに不満を覚えつつも、プラナはアステの提案に乗ることにした。

 ディアが大災害を引き起こしていようが抑えようとしていようが、現状ディアをどうにかすることなどできはしないのだ。それであれば、ここで明確に敵対されるよりもディアの力を利用することを考えた方がまだマシだとプラナは考えた。


「よし! それじゃあこれからどうするべきか考えよう」


 アステとプラナは、未だ謎に包まれているディアと協力して大災害の収束に挑む。


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