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恒星の黎明姫  作者: ポルゼ
水の国・プレウス
10/34

敵は突如として

 アステ達一行は凄まじい速度でプレウスの街中を駆ける。カペラを先頭として建物の屋根を飛び跳ねる存在はかなり異様に見えることだろう。

 プレウスは八大国の一つ。当然面積は非常に大きいため、エラのいた研究施設のように比較的国の中心に近い箇所から国を出ようとすると通常は時間がかかる。

 だが、アステ達の速度ならば時間は大してかからない。


「う……」


 しかし、その速度と高さに意外にも怖がっているのはエラだった。アステ達は建物の屋根の上を飛び跳ねているため、常に高いところにいてかつ景色があっという間に過ぎ去っていく程に速いのだ。


「ごめんエラ、目を閉じてて!」

「私のことは気にするな。とにかく今は神殿を目指してくれ」


 二人は互いを気遣いつつ、最早速度を下げることは状況的にできないためそのままの速度で進む。

 本来、国の外へ出るためには正式な手続きが必要になるが、今は非常事態であって洪水も酷いため門番などいない。

 カペラは国の外へ出るための高い門の壁を人間離れした動きで走る。システィもそれに続き、ついに国の外へ出た。

 しかし、千柱神殿は国の北側にあり、そこは標高が少し高めになっている。つまり、そこから凄まじい大量の水が国に向かって流れ続けてしまうのだ。

 門のすぐ外には見張り台やそこで仕事をしている門番達の休憩するための建物などがある程度揃っている。しかし、それらの建物は北から流れてくる水で倒壊して城壁にぶつかってしまっている。

 カペラとシスティはその倒壊した建物の上に乗って一旦立ち止まる。


「アステは?」

「先程後ろを確認した際はなんとか付いてきていました。ですが、やはり心配です。ちょっと見てきますね」

「うん、私たちはここで待っているよ」


 システィは一旦国の中へ戻るために移動する。門から国の中を覗くとそこにはアステの姿がなかった。


「アステ!」


 途端、システィは焦りを見せる。アステの尋常ではない体力や動きを見ていたために、きっと付いて来れると思っていたのだ。

 もっとアステの速度に合わせて近くにいてあげなければならなかったと後悔しつつ、急いで国の中へ戻る。


「アステ、プラナ! どこにいるの!?」


 アステはプラナを背負っている。アステに何かがあったらプラナも巻き込まれてしまうのだ。

 最悪の状況を想像し、システィは更に焦る。屋根を伝って周囲を見渡すが、どこにも見当たらない。


(足でも滑らせた? でも、アステならそこから体勢を立て直すことはできるはず。となると、どこかで人を救助しているというのが一番あり得そうだけど……)


 そんな分析を行なっていると、システィはアノーツの気配を感じた。カペラは門の外にいて、アステはアノーツを使えない。また、アノーツが扱える者を騎士団に召集しようとしていたことから、たまたま近くにアノーツを扱える者がいたという可能性が考えられる。

 しかし、システィはそのアノーツの気配から、悪い予感がしていた。


(人助けや自分の身を守るために使ってくれていたらいいんだけど、この気配は恐らく誰かを攻撃するためのもの。こんな状況で誰かを攻撃する意味が分からないけど、とにかく向かった方が……)


 システィは自然とアノーツの気配がする方へ向かおうとする。しかし、アステとプラナのことを放ってしまうことになる。

 

(アノーツを使っている人が必ずしも悪い人だとは限らない。ここはアステとプラナを探しに……)


 そう思考してアステとプラナを探しに行こうとすると、またシスティの判断を迷わせることが起きた。


(新たなアノーツの気配! これは恐らく戦闘をしている者達がいる。全く、なんでこんな状況で戦っているのよ)


 戦闘が行われている可能性が高い状況になってしまった。アノーツ使い同士が戦っていた場合、そこに介入できるのは同じくアノーツ使いか、強力な兵器くらいだろう。

 この状況では強力な兵器が使えるとも思えない。それであればアノーツを使える者が介入するしかないのだ。


(もう、時間をかけている暇なんてないというのに。アステ達を探しに行くか、戦闘をしていると思われるところへ行くか……)


 判断に時間をかけている場合ではない。システィは考えてすぐに答えを出した。


(アステなら大丈夫。あの子ならこの程度のこと、きっと乗り越えられる。けど、戦っている者達は違う。こんな状況で戦わざるを得ないようなことが起きているというのはかなり異常な事態だ。ただでさえアノーツ使い同士が戦ったら周囲にもかなりの危険が及ぶというのに、放っておく訳にはいかない。できるだけ早く処理してすぐに戻るしかない)


 システィは急いでアノーツの気配を感じる方へ向かった。距離的には割と近く、どんどんアノーツの気配が強まっていくのを感じていた。 

 そしてアノーツを使って戦っている者達の元へ辿り着いた。


「今すぐに国を出るか、捕まるか選びなさい! こんなことに時間をかけている場合ではないのです!」

「そう言われてもねぇ。俺はここでやるべきことがあるんだから、仕方ないだろ?」


 一人は水星の騎士団副団長のルデルであった。ルデルに相対しているのは、システィと歳が変わらなそうな男子学生であろうか。

 濃い緑色を基調とした制服で、白いラインがところどころに入っている。顔は少し童顔だが整っており、髪は紺色だ。右手には緑色の布で巻かれた槍を持っており、それが顕現させた武器なのだと分かる。


「ルデルさん!」

「システィさん!? どうしてここに? 団長は?」


 ルデルは驚いた様子でシスティを見た。何故ここにいるのか、という疑問は両者にあるが、とりあえず顔見知りがいたことに安堵の感情が見える。


「色々あって今は別行動をしています。ルデルさんはアノーツを使える者達を召集していたのではないのですか?」


 システィはルデルの立っている建物の屋根に移動して質問する。互いに知りたいことが沢山あって質問攻めしてしまいそうだが、まずは一番気になる情報を尋ねている。


「はい、少しずつですが集まってきていました。しかし、そんな中で彼が現れたのです」


 ルデルはそう言うと相対している男を見る。


「彼に国外退去、または逮捕されるような旨の発言をしていましたが、彼は何者なんですか?」


 まるで犯罪者かのような言い方であったが、その男は学生だろう。アノーツが使えるとはいえ、学生に対しての対応としては些かやりすぎなようにも思える。


「……彼は普通の学生ではないんです。ただ、詳細を外部の方へ伝えるのは禁じられていますので、少なくとも今お伝えすることはできません。ですが、我々の敵であるという認識でいてください」


 ルデルの言っていることから、その男の危険性や重要性が分かる。


(詳細を外部へ漏らしてはいけないような相手ということね。私と同じくらいの歳に見えるけど、騎士団から敵と思われているところから危険な存在なのでしょう。ルデルさんがここまで来ているのは、恐らく彼を国の中心あたりから引き離したかったからでしょう。そうでもしないと多大な被害が出るという判断をしたと考えるに、あの男の危険性は非常に高いと見て間違いない)


 システィはその男を倒すべき敵だと判断し、白く美しい剣を顕現させる。


「やっぱりお前もアノーツを使えるのか。まぁ、逆にアノーツを使えないのに介入してきたのであれば馬鹿すぎるからな」

「名前くらい聞いてもいいかしら?」


 システィは教えてもらえる訳がないと思いつつも、名前を尋ねてみた。


「俺か? 別に教えてあげても構わないよ」


 そう言うと男は槍を構え直し、システィの顔に向けた。


「俺に勝ったらね」


 システィはルデルと共に、突如現れた敵を撃ち倒すために剣を構えて対峙する。



 **



「……戻ってこないな」


 一方、アステとプラナを探しに行ったシスティが戻ってこないことを気にし始めたのはカペラ達だった。

 未だ倒壊した建物の上に立って待機しているが、悠長にいつまでも待っていることはできない。国の中へ戻ってアステ達を探しに行くか、先に千柱神殿に行ってしまうかのどちらかである。

 しかし、先に神殿へ行ってしまうと問題が発生する。神殿の場所を知っているのは五人のうちカペラとエラのみ。つまり、後からアステ達が国の外へ出れたとしても神殿に辿り着くことができない。


「エラ、一応聞くけど、私たち二人だけの場合だとヴォジャノーイに出会える可能性が低くなったりする?」

「正直分からない。彼女達がいた方が知識は増える訳だし、思わぬアイデアが生まれる可能性が高くなる。けれど、それでヴォジャノーイに会える可能性がどれくらい高くなるのかと言われたら、分からないと言う他ない」


 精霊ヴォジャノーイに会える可能性の上下など、正確に測れる訳がない。あまりにも無謀で未知の挑戦だが、それでも国の崩壊がかかっているような状況だ。急いで判断を下さないといけない。


「エラはどうすべきだと思う?」

「彼女達が優秀なのは理解している。私たちの力になってくれるのは非常に有難いし心強い。だが、これは私の今までの研究を自ら否定することになってしまうが、一度ヴォジャノーイに出会うことのできた私たちの存在が最も可能性を上げる要素になるのではないかと、ずっと思っていた」


 実際にヴォジャノーイに出会えているカペラ達の存在そのものが重要なのではないかという考えは誰でも思いつくところだろう。しかし、本当に偶然の出会いだったのであれば、一度出会えたことは重要な要素にはならない。

 何にせよ、今はその一度出会えているという事実を重要だと信じて進むのが良いのかもしれないと、二人は考えていた。


「よし、分かった。後で必ず謝って、私たちにできることは何でもしよう。だから、行くよ。私たち二人だけで」


 そう言ってカペラは神殿の方を見つめる。最早システィ達を待ってなどいられない。


「あぁ、だがここからも気をつけろよ。この夥しい水の中を移動しなきゃいけないんだから」


 標高差のせいで神殿のある方から水はが流れてきている。そして、周囲の建物はどれも流されて城壁にぶつかってしまっている。つまり、これまでのように建物の屋根を伝って移動することができない。


「行けるか?」


 エラはあえて確認する。そんなことを聞かなかくても答えは決まっているのだが、エラはカペラの性格をよく理解しているための確認である。


「私を誰だと思ってるの? 水星の騎士団団長、カペラよ」


 エラの前で格好悪いところは絶対に見せない。それは、ヴォジャノーイの一件からカペラが心に決めたことだった。

 そして、エラはそれをなんとなく感じ取っていたのだ。


「お前、分かりやすい奴だな」

「エラの前だけだよ、私の全てを見せるのは」

「……いや、もっと恥ずかしがれよ」


 恥ずかし気もなくカペラはエラを特別扱いする。それはいつものことなのだが、エラの方はその度に恥ずかしい思いをさせられている。


「ふふっ」


 少し笑顔を見せてから、カペラは真剣な表情に変わる。


「それじゃあ行くよ」

「頼む」


 そしてカペラが倒壊した建物の上から移動を開始しようとした時だった。


「待て」

「!」


 突然声が耳に届いた。待てと、カペラに向かって移動を止めるよう言っているのだ。

 そんな言葉を間に受けて移動を止める必要はない。ないのだが、カペラは自然と動きを止めていた。そしてその理由は至ってシンプルだった。

 カペラでさえ、無視して先へ進むことができない程の実力の持ち主だと認めざるを得なかったのだ。


「水星の騎士団団長のお前には、できるだけ動かずに大人しくしていて欲しいんだ」

「……このタイミングで現れるとは。さてはずっと見ていたわね」


 カペラ達のいる倒壊した建物がぶつかっている国の城壁の上に、少しボサっとした黒色の髪に一部赤色が混ざっている中年くらいの男性がいた。暗めのグレーのズボンに白いワイシャツ、上から紺色のコートを着ている。エラと同じくアンニュイな雰囲気を漂わせているが、顔はしっかり整っている。

 カペラはずっと背負っていたエラの温もりを惜しみつつ、不安定な倒壊した建物の上にエラを降ろす。明らかに普通ではない雰囲気はエラも感じ取っており、戦力になれないために少し場を離れる。


「しょうがないだろ。お前はプレウスの中でも重要人物の一人。マークせずに放っておく訳にもいかない」

「あっそ。もう貴方が来た時点でこの異常な天候の理由が分かるわ」

「おいおい、まさか俺がこの状況を作り出したと思ってんのか? 流石に無理だろそりゃ」

「確かに貴方一人では流石に無理かしらね。けれど、お仲間もいるでしょう?」

「まぁ、そうだけどよ」


 どうやら二人は知り合いのようだ。エラは知らない相手なため、きっと騎士団の仕事をこなす上で知り合ったのだろうと推測する。

 カペラは今にも攻撃に出そうな雰囲気だが、男の方にそんな雰囲気はない。どうやら本当に大人しくしていて欲しいだけのようだ。


「で、私たちを止めるの?」

「面倒臭いから出来れば自主的に大人しくしていて欲しい。お前だってこんなところで力を使いたくないだろ?」

「当然ね。けど、貴方が現れたのであれば話は別よ」


 カペラはそう言うと手に片手剣を顕現させた。その片手剣は赤黒く輝いている。


「はぁ、そうなるよなぁ。だから嫌だったんだよプレウスに来るのは」

「あら、じゃあ今からでも遅くはないわよ。即刻立ち去りなさい」

「それも無理だ。分かってんだろ?」

「えぇ。だから貴方も構えなさい。こうするしかないのだから」


 やれやれといった表情で男はため息をつく。本当に戦いたくはないようだ。


「しょうがねぇ。お前相手に逃げ回り続けるのは至難の業だからな」


 そうして男も戦闘の雰囲気になった時だった。


「カペラと話しているの?」

「!」


 男は咄嗟に後ろを振り向く。そこにはプラナを背負ったアステがいた。


「アステ、カペラの声が聞こえたのか?」

「うん、多分城壁の下にいると思うよ。けど、何だかよくない雰囲気だね」


 アステの常人離れした聴力はアステと男の会話を聞き取れていた。その会話内容から、決して穏やかな雰囲気などではないことをアステは理解していた。


「アステ、ちょっと大声出してみろ」

「了解。カペラ、そこにいるの!? この男の人は誰!?」

「う、うるせぇ……」


 自分で大声を出せと言ったプラナが思わず呟いて耳を塞いでしまったほどアステは大きな声を出した。


「アステ、アステなの!? 私とエラはここにいるよ! その男は敵だけど私が相手をするから手を出さないで!」


 きちんとカペラの声が返ってきたことに安堵し、アステはまた大声を出す。


「分かった!」


 そう言うとアステは城壁の上で思い切りジャンプをした。


「おいおい、この嬢ちゃんは何者なんだ?」


 プラナを背負いながら凄まじいジャンプをしてカペラのいる場所へ移動した。それを見ていた男はアステの驚異的な身体能力に驚いていた。アノーツを使えるのであればこれくらいの身体能力を持っているため、男の中ではアステはアノーツを使えるという認識になった。


「アステ、無事で良かった」

「カペラとエラもね! 合流できて良かったよ」

「それで、あの男はなんだ? 敵なのは分かったが、どうしてこんな状況で敵が現れるんだ」

「ごめん、詳しい話は後で必ずするから。とりあえず私はあいつを何とかしなくちゃいけない」


 カペラはすぐに男の方に視線を向け、片手剣を持って構える。


「じゃあさ、私とプラナは先に神殿に行ってもいい?」

「神殿の場所は分かるのか?」


 少し離れていたエラが近づき、アステの提案に対して場所が分かるのかを尋ねる。


「うん。何故かは分からないけど、なんかこう……懐かしい感じがあの方向からするんだ。きっと、そこに神殿がある」


 アステはある方向に指を差しながら言った。そして、その先には本当に千柱神殿があることにカペラとエラは驚く。

 だが、何故そんなことが分かるのかと悠長に質問をしている暇もない。


「分かった。アステとプラナは先に神殿へ向かって。ちなみにシスティは?」

「分からない。会えてないんだ」

「そっか」


 そうしてアステとプラナは千柱神殿の方へ向き、カペラは男と対峙し直した。


「話は終わったのか?」

「見物しているなんて、随分余裕ね」

「余裕なんじゃなくて、警戒しているだけさ」


 これまで一緒に行動していたアステ達は、三組に分かれてそれぞれのミッションを遂行するために動き出した。


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