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ダンジョン仕草  作者: 埴輪庭


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第64話:神の影

 ◆◆◆


 魔術、法術、呪術──これら諸々は突き詰めれば一つの目的を達するための話術に過ぎない。


 目的とはすなわち、願いである。


 天に向かって叫ぶか、地に跪いて乞うか、あるいは理の隙間を突いて言いくるめるか。術式とはすなわち修辞であり、魔力とは声量であり、儀式とは対話の場を整える礼法に他ならない。


 レダがしている事はすなわちこれなのだが──では誰に向けてそれをしているのか。


 無論、『神』である。


 それは人が神と呼ぶ、囁く者どもとはまた別種の化け物に他ならない。


 カナン学派の徒たちが遺した記録によれば、この『神』なる存在に対する考察は概ね三つに大別される。


 第一に法則説。神とは人格を持った超越者などではなく、世界の歪みや理そのものが残滓として凝固した現象に過ぎないとする論だ。術者が奇跡を乞うのは天候に雨を乞うのと同義であり、祈りとは世界という巨大な自動機械に特定の誤作動を引き起こさせるための符号に他ならない。


 第二に集合幻覚説。数多の人々が紡いできた恐怖、祈り、願いといった濃密な情動が澱のように沈殿し、後天的に意思を宿した概念の怪物であるとする論だ。人が神を作ったのであり、法術とは己が拵えた虚像の影に怯えながら、その巨大な腕を借り受ける自傷の所行であるとその学徒は唱え、後に異端として火刑に処された。


 第三にもっとも忌み嫌われ、同時に魔導の深淵に触れた者たちが囁く異邦の主説である。神とは人とは知覚の次元を異にする原初の捕食者、あるいは星の外部より漂着した異質なる知性であるとする論だ。彼らにとって人の信仰とは蟻が撒き散らすフェロモン程度の刺激に過ぎず、神罰も奇跡も、彼らが微睡みの中で身じろぎした際に零れ落ちる余波でしかない。


 諸説ある上、どれもこれもが胡乱な説ではあるが、神の正体がいかなるものであれ、碩学たちの見解が一致する結論はただ一つであった。


 ──神とは人の心など持ち合わせていない絶対の他者である。


 かの者に善悪などという人間基準の尺度は当てはまらない。触れれば矮小な人の精神など容易く圧殺し、狂気へと磨り潰す巨大な機構でしかないゆえに。


 ◆◆◆


 嗚呼──とレダは嘆いた。


 命が心が魂が枯れ果てていく。


 レダが結んだのは純然たる商談であった。 相手は絶対の他者にして、無慈悲な世界の機構たる『神』。


 祈りなどという美名で糊塗されたそれは実のところ自他を天秤に載せた狂気の売買に他ならない。


 奇跡を買い取るための対価は生き残った者たちの存在すべて。肉体のみならず、魂の輪郭、これまで積み重ねてきた記憶、死後に巡るはずの輪廻の権利に至るまで──この場にある一切合切の命を一粒も余さず薪として炉にくべる。その代償として購うのはただ一つ──あの悍ましき悪食の魔、ジャーヒルを絶対的に粉砕するだけの純粋なる破滅の行使権である。


 ・

 ・

 ・


「ぐ、あ──ハ、ははッ!」


 最初に崩れたのはケージだった。青白い燐光が内側から皮膚を突き破り、ピシピシと音を立てて全身の表皮が焼け焦げた羊皮紙のように剥がれ落ちていく。血管は沸騰して干上がり、肉は見る見るうちに萎縮して骨にへばりついた。眼球がジュクジュクと溶け崩れ、硝子のように脆くなった肋骨が内から爆ぜる。余人であれば発狂して地を転がるはずの激痛──だが、痩せ衰えた顎をガタガタと震わせながら、ケージは爛々とした光を宿した双眸で笑っていた。


「おいおい……すげえな、こりゃあ。骨の髄まで綺麗サッパリ毟り取ってきやがる。だがよ、悪かねえ! 俺のくだらねえチンケな人生の残額、全部ブチ込んで大博打だ──頼んだぜ、聖女の姉ちゃん! 特大の配当をあの蛇野郎の面に見せつけてやんな!」


 指先からボロボロと灰になり、風に拐われるようにしてケージの存在は霧散した。底抜けに晴れやかな笑みを置き去りにして。


「主よ、我が命を礎として捧げ奉る──」


 聖騎士たちもまた、平然と神の胃袋へと沈んでいく。


 鎧の隙間から肉が液状化して滴り落ち、血液が金色の蒸気となって立ち昇る。己の肉体が削ぎ落とされ、魂が吸い上げられていく中、彼らは互いに顔を見合わせ、微笑みすら浮かべていた。


「聖女様、感謝を」


「斯様な無残な死地にて、神の御業の切っ先となれる誉れ。騎士としてこれ以上の幕引きはありませぬ」


「どうか──かの魔に裁きを」


 朗らかな声と共に彼らの肉体は塩の柱のように白く結晶化し、さらさらと崩れて床に散った。苦悶の色など欠片もない。ただ己の信仰が最も確かな形で世界に刻まれることへの至福に満たされていた。


 そして。


「まいったねぇ……。身ぐるみ剥がれるどころか、魂の垢まで綺麗に持っていかれるとは」


 ザンクードが乾いた笑い声を漏らす。彼の皮膚はすでに生気を失って青黒く干からび、唇は裂け、腕の筋繊維は一本ずつ解けるように虚空へと吸い込まれていた。内臓が光の粒子となって口から溢れ出しているというのに男の佇まいは酒場で茶飲み話をしている時と何一つ変わらない。


「ザンクード殿……」


「湿っぽいツラすんじゃないよ。あんなデカい蛆虫の腹の中で腐るよりはよっぽど洒落た死に様だ。……おいしいところは譲ってやるよ、お嬢さん。俺たちの命で作ったそのデカい刃、派手にぶち込んでやりな」


 ひらひらと振られた手が手首から先へと崩れ去る。満足げな薄笑いを残し、ザンクードという探索者の輪郭は完全に迷宮の闇へと溶けて消えた。


 悲壮感などこの場には微塵もなかった。あるのは全てを賭し、全てを投げ打ち、ただ一撃に己が全存在を託して逝った者たちの、狂気じみたまでの清々しさのみである。


 かくして集った命のすべてが純粋な『破滅の祈り』という名の濁流となってレダの両の掌へと収斂していく。


 そして──残る薪一つもまた。


 ◆◆◆


 闘技場の中心で巨躯が揺らいでいた。


 白い長虫の群れは飢えた蝗の如くグロッケンの肉を貪り続けている。皮膚を食い破り、筋繊維を千切り、骨の髄へと嘴を突き立てていく。全身から吹き出すのは赤き血潮ではなく、ドロドロとした黒い腐汁。獣の膂力を支えていた鉄肉は見る影もなく削ぎ落とされ、誇り高き剛毛は粘液に塗れて抜け落ちていく。


『ヨく、耐エまシたね』


『モうイいノですよ。ワたしの中で永遠に眠りなサい』


 甘ったるい腐臭を帯びた声が脳髄の奥深くまで浸食してくる。思考が泥濘に足を取られるように鈍り、視界が昏い闇に覆われていく。このまま身を委ねてしまえば、どれほど楽だろうか。かつて路地裏の泥水の中で震えていたあの頃のようにただ丸まり、消え去ってしまえば──。


 ──ふざけるな、と。


 濁りかけたグロッケンの双眸の奥、燻っていた残り火が爆ぜた。


「……誰が貴様なんぞの……糞袋に収まるものかよ……ッ!」


 若造どもに先に逝かれて、ギルドマスターがノコノコと化け物の腹に収まってたまるかという憤怒がまだこの男を二本の脚で立たせている。


 豚鬼族と罵られ、石を投げられ、それでも己の剛腕一本で切り拓いてきた我が半生。守るべき街があり、帰るべき場所があり、何より己にはサー・イェリコ・グロッケンという確固たる矜持がある。魔の家畜として喰い散らかされるなど、断じてあってはならない。


「──神とやら!!! いるか!! 聞いているのか!!」


 喉を食い破られ、血泡を吹きながらもグロッケンは咆哮した。


「くれてやる! 儂の肉も骨も豚鬼としてのこの魂魄も──余さず全部、持って行けッ!!」


 瞬間、グロッケンに群がっていた幾万の長虫が一斉に甲高い悲鳴を上げた。青白い燐光がグロッケンの体内から噴き出したのだ。貪り食っていた肉がジャーヒルの糧となることを拒絶し、瞬時にして『神の薪』へと変質を遂げる。


『ギ、ギャアアアッ!?』


『熱イ、冷たイ、ナにを──ッ!?』


 貪り喰らっていたはずの長虫どもが逆にグロッケンという供物を通じて神の炉へと引きずり込まれ、ボロボロと消し炭のように崩れていく。


 グロッケンの巨躯が内側から弾け飛ぶように崩壊を始めた。


 だがその歪んだ豚頭に苦痛の色はない。牙を剥き出しにし、歴戦の冒険者としてのタフな笑みを浮かべている。足が結晶化して砕け、剛腕が光の灰となって天へと昇る。己という個の輪郭が世界という巨大な機構の歯車に噛み潰され、磨り潰されていく。それでも最後までグロッケンの瞳はジャーヒルの貌を見据えていた。


「ぐふ、ふふ、これまで随分好き勝手してくれた……ツケを払う時間だ」


 そう言って、巨大な質量を誇った豚鬼の肉体はただの一片の塵も残さず、純然たる対価としてするりと虚空へと吸い上げられ、消えた。


 そうして闘技場に散ったすべての命を喰らい尽くした結果──レダの両掌の上には今や、星を穿つが如き白銀の、絶対的破滅のエネルギーが凝縮されていた。


 これを以て何をするのか。


 叩きつけるのか──否だ。


 投げつけるのか──否である。


 ()()を供物として、()ぶのだ──神を。


 正確には、神の影を。


 ◆


 む、と君は不意に身構えた。大きな気配を感じたのだ。気配は一瞬で世界を覆い、圧倒的な存在感を放射しているではないか。


 これは「外側」にある者の影。


 君たちとは異なる存在。 


          §

          

        気をつけろ!           

     決して遭遇してはならない!  

     

          §


 君の本能がそう警鐘を鳴らす──が、直ちに影響があるわけでもなさそうだし、こちらに向かってくるわけでもなさそうということで、君はキャリエルらを促して先を急ぐのだった。


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ダンジョン仕草
設 定 資 料 集
入った者。堕ちた者。
そして、帰らなかった者たちの記録。
登場人物
迷宮に足を踏み入れた者の数だけ物語がある。だがその大半は、帰らなかった者の物語だ。ここに記すのは帰ってきた者たち──あるいは、帰るつもりのない者たちの記録。
▼ 主要パーティ
君
「君」
ライカード王国 魔導散兵 / 全能者《エルシャダイ》
黒いローブの青年。その実態はライカードという異国より来訪したキチガイである。あらゆる魔術、神聖術を行使するが“この世界の”術ではない。
戒律は善。困っている者は無償で助ける。ただし助け方が常識と噛み合わない。鉄錆びた死生観と人懐こい笑顔を同居させたクレイジーな冒険者だ。
キャリエル
キャリエル
幸運の女神 / ソロ探索者
赤い髪の少女。ソロで探索を続けている。妹の流行り病の薬代を稼ぐけなげな弱者。勘はいいがそれだけだ。
──その勘の精度を考えれば、それだけで十分ともいえるが。
ルクレツィア
ルクレツィア・フォン・エッセンバウム
降る雪の聖女 / 戦闘聖女《バトル・プリーステス》
カナンが迷宮に送り込んだ聖女。白銀の髪。大悪の調査に赴いた彼女を四人の聖騎士が護衛した。
──が、無様にも失敗。肉体を浸食され君に襲い掛かり、上半身をミンチにされて惨敗。おかげで死よりも悍ましい結末からは逃れられた。
固有術式「聖雪」。雪片の一つ一つが問う──あなたは善なる存在ですか、と。悪と判じられた者は自らの罪の重さで圧殺される。恐るべきはその判定が彼女の価値観で行われる事だ。
モーブ
モーブ
風渡りの聖騎士
ルクレツィアを護衛した四人の聖騎士のうちの一人。黒い髪のイケメン。異名は戦い方に由来する。神聖術で強化した肉体に、指向性を絞った風魔法を重ねた高機動戦闘。良く言えば寡黙。悪くいえばコミュ障。
▼ 探索者ギルド
サー・イェリコ・グロッケン
探索者ギルドマスター / 豚鬼種の英雄 / 利き鼻
探索者ギルドの親玉。巨大な体躯を執務机に収めた豚鬼種の英雄。その鼻で相手の帯びる毒、呪詛、悪意を嗅ぎ分ける。現役時代に悪竜を討ち、愛剣『大猪牙』を壁に飾る。脂肪の下には竜種に匹敵する膂力を秘めるが、全力稼働は数分──超えれば餓死するほど燃費が悪い。
ハノン
探索者ギルド受付嬢
金髪碧眼。冷静沈着で愛想がない。グロッケンの愛人という噂を流した者は、割りの悪い依頼しか回されずすぐ謝罪する羽目になったという。
ザンクード
荷持ちの老探索者 / 酔いどれ
いつも酒場で飲んでいる爺さん。喉の矢傷のせいで声が掠れる。半世紀を迷宮で費やした古強者で、流派の名を持たない我流の槍を振るう。型が無いぶん軌道が読めない。
ソニア
「ブルーソニアの隠し牙」リーダー
軽装の女戦士。まともに死ねなかった哀れな女。
ケイセルカット
斥候 / 「隠し牙」メンバー
運が良い若者。仲間がジャーヒルの歌に呑まれていく中、唯一正気を保ち、逃げ切った。
▼ カナン神聖国/オルセイン王国
法皇レダ
カナン神聖国 法皇
年齢抑制の恩寵で三十代半ばの外見を保つが、実年齢は六十を超える。彼女を「お飾り」と呼ぶ者がいる。傀儡の玉座で微笑むだけの女だと信じている者がいる。確かにそうかもしれない。レダは神聖術が絶望的に下手糞だし、政治を知らない。それでも彼女以外に法皇は考えられない。彼女がカナンで最も強いからである。
大主教ヒュレイア・フォン・ハーデン
六大主教 / ルクレツィアの上司
齢三十半ばで六大主教に昇り詰めた才媛。人間を道具として値踏みする。法皇を「お飾り」と見なし、いずれは自身がと考えている。彼女はレダよりよほど政治ができる。ただ、政治では魔を討てない。
宰相ジャハム
オルセイン王国宰相 / 大魔導師《アーク・ウィザード》
この男の全ての行動は、一つの名前で説明がつく。ザビーネ。亡き王妃の名だ。醜悪という言葉が人の形を取ったような男が、全存在を賭けて死者を蘇らせようとしている。クーデターでオーム王を追放し、ベルンハルトを裏切りの駒として迷宮へ送り込む。ただそれだけのために一つの国を大悪に捧げる。
ベルンハルト
近衛騎士団長 → 魔騎士
近衛騎士団長だった。過去形で語るしかない。ジャハムの策略で大迷宮に送り込まれ、大悪の力で魔騎士に堕ちた。
敵対者
囁く者とは人間が名付けた。名前をつけなければ、恐怖を語ることすらできなかったからだ。
囁く者
囁く者
歴史を紐解いてみれば、災厄と呼んでよい厄の陰には必ずこれらの存在があった。
ジャーヒル
ジャーヒル
暗黒の大母 / 二邪の一
肉を堕とす者
シェディム
シェディム
深淵の聖母 / 二邪の一
魂を堕とす者
▼ その他の脅威
エリゴス・ハスラー
カル・ローンの悪魔 / 首狩りハスラー
傭兵国家カル・ローンの筆頭傭兵団長。愛剣ローン・モウアで数え切れぬ英雄首を狩り獲った。最下層の宝剣を求め、第5層でルクレツィア一行と邂逅。情報を交換して一度は引き返したが──
魔将《デーモン・コマンダー》
大迷宮を狩り場とする上位悪魔族
悪魔は悪魔であって魔物ではない。囁く者たちとも無関係だ。彼らには故郷があり、大迷宮はその魔界との境界が薄い。だからこそ顕れる。中位、下位を従える様が将軍のようだから、人間が魔将と名付けた。
グレーターデーモン
上位悪魔
レッサーデーモンと並べて語られる事があるが論外である。レッサーより強大だからグレーターと呼ばれるのではない。その強さ、その恐ろしさゆえにグレーターデーモンと呼ばれるのだ。
その他の人々
主役だけが物語を動かすわけではない。名もなき者たちの選択が、時に世界の天秤を傾ける。
聖騎士サンドロス 異端審問官上がりの偉丈夫。法皇への不敬に義憤を感じ君に掴みかかり、べっこりへこまされた。残念ながら生存。
国王オーム クーデターで追放された元国王。その血は第10層への扉を開く鍵となる。──王の血とはつまり、そういうものだ。
ザビーネ 死者。亡き王妃。ジャハムの愛の歪みは、何人がそのために死んだかで測ればいい。
ゼナ 新米探索者。賊の襲撃で真っ先に立ち向かい真っ先に殺された。まあ、どこぞの冒険者に蘇生されたようだが。
ケージ 上位冒険者として稼ぎは十分あるはずなのに、全て賭博でトバすほどのカス。
ラーナラーナ レダの娘。くりくりとした眼にふわふわの栗毛。歳の頃は十かそこら。
国家と勢力
三つの国がアヴァロンの地下を巡って交わる。一つは戦いを神と崇め、一つは神に戦いを捧げ、一つは戦いの上に街を建てた。
ライカード王国
ライカード王国
超好戦的魔導国家 ── 死は風邪のようなもの
ライカードから来た男に、死をどう思うかと訊いた。少し重い風邪のようなものだ、と笑った。翌日、コボルトに殺された仲間を蘇生教会へ担ぎ込み、三十分後には酒場で一緒に飲んでいた。この男たちの国では、死は本当に風邪なのだ。
魔法体系は七段階の位階制で、各位階の呪文を一日九回まで使える。「絶対的な神などいない。いたとしてもそれは殺せる存在であり、神みたいなかんじの魔物である」と教育する国。
余談だが、ライカードにはNINJAとよばれる者たちがいる。忍者ではなくNINJAだ。全裸で戦い、手刀で首をはねる。諜報活動は行わない。
迷宮都市アヴァロン
迷宮都市アヴァロン
大迷宮の上に築かれた街
不味いエールで知られる安酒場がある。壁際に座ると怒号と笑い声が頭上を飛び交う。生きて帰った者が飲み、帰らなかった者の席には新しい誰かが座る。それがアヴァロンだ。
オルセイン王国に属するが実質は探索者ギルドの自治領。酒場と武具店と命知らずがひしめく。迷宮からは希少な資源、武具、魔法の道具が出土し、それを求めて各国から傭兵が集まる。
カナン神聖国
カナン神聖国
信仰の国 ── 白壁の都ユーガリット
白亜の城壁には退魔の力が込められている。ただし材質は白鳥石で脆い。
神を国として奉じる宗教国家。指導者は法皇レダだが、実質国を動かすのは六名の大主教。神聖魔法は信仰の深さで出力が変わる。応用は利くが不安定で、術者の心が揺れれば威力も揺れる。なお、カナンはヒト種のみで構成される。異種族の姿は見られない。それが何を意味するかは、各自の判断に委ねる。
囁く者とは何か
あなたの中に、それは既にいるかもしれない。
それ
「それ」の正体
見た目は生白くぬらっとした卑小なヒル。踏めば潰れる。焼けば死ぬ。──だが見た目通りの存在ではない。次元間の行き来を可能にする一種の生体ゲートである。一匹では意味を為さない。門を開くには膨大な数が要る。だから「それ」の目的は増えることだ。多く、多く、限りなく多く。それ以外の目的を持たない。
「それ」は増える
増殖手段は寄生。宿主に取り憑きエネルギーを搾取する。宿主が生きようとする限り、その行為は「それ」を守ることにもなる。──エネルギーとは栄養に限らない。感情だ。激しいほど上等の餌となる。信仰、愛、憎しみ、誇り。人間が最も尊いと思うものが、最も美味いらしい。
「改善」
効率よく餌を得るため「それ」は宿主を「改善」する。最初に恐怖を消す。次に哀しみを消す。すると宿主は囁きを天啓と受け止め始める。声に従えば辛いことが消え、喜びに満たされていく。──その喜びが「それ」を太らせているとも知らずに。
門が開く時
限度を超えると宿主の体内で際限なく増殖し、最後には宿主ごと破裂する。──ぱぁん、と。
破裂の直前、宿主は正気に戻る。自分を「こんなふう」にした存在への怒り。戻れない哀しみ。そして恐怖。その爆発が「それ」を爆発的に増やし、膨大なエネルギーが生体ゲートを起動させる。──つまり、絶望が門を開く。
なお「それ」は善でも悪でもない。だから破邪の力は痛痒を与えない。ルクレツィアほどの聖女の信仰すら、むしろ良質な餌だった。
門の向こう
歴史が一定の周期で大災厄を繰り返すのは、門が何度も開きかけているからだ。
アヴァロン大迷宮
潜った者だけが知っている。あの暗闇には温度がある。匂いがある。──息をしている。
第1層
F1 ── 薄暗回廊
松明の光が届く範囲だけが世界だった。石造りの回廊が続き、小鬼の爪が壁を掻く音が響く。新米はここで魔物の血の匂いを嗅ぎ、命の値段を覚える。
第2層
F2 ── 屍涼荒野
地下なのに空が見えた。説明はつかない。魔力の歪みが外界を投影しているとされるが、あれがどこの空なのかは誰も知らない。スケルトンの徘徊する荒野。
第3層
F3 ── 坑道層
至る所の松明は不思議と消えない。が──その影に悪魔が潜む。光が多いほど影も増える。安心と危険が同じ源泉から生まれる、嫌な構造。この辺から新米は遺書を書き始めたほうがいい。
第4層
F4 ── 迷宮層
側壁に装飾の施された「迷宮らしい迷宮」。人の手が入っているが建造者は不明。やけに寒く、湿った空気が流れる。墓場に似ている、と誰かが言った。
第5層
F5 ── 血渇円堂
通路はない。すり鉢状の広間が一つ。観客席に囲まれた円形の舞台。──かつて何者かがここで戦いを見物していた。そう思わせる構造だ。敵は出ない。ただしセーフエリアとは、あくまで人間の線引きである事を思い返すべきだ。
第6層
F6 ── 沼地層 / 下層回廊
上層は沼地。足元は緑と茶の泥に覆われ悪臭が漂う。触手の集合体と保護色のトカゲが襲う。長居すれば体が蝕まれる。下層は石の通路型回廊に変わる。
第7層
F7 ── 黒死聖堂
光が死ぬ。松明を掲げても闇に飲まれる。魔法の光も同じだ。ギルドの記録にすら情報のない未踏の領域。囁き声だけが耳元で鳴り続ける。
奥に至った者は見るだろう。墓石が円形に並び、中央に巨大な石棺が浮いているのを。暗黒の中で、それだけが明瞭に見える。
第8層
F8 ── 肉の回廊
生物的な質感の壁面が呼吸するように収縮を繰り返す。もはや迷宮ではない。上位の悪魔族が跋扈する魔界。
最深部
F9-10 ── 最深部
全ての道はここに至り、ここから先はない。
ダンジョン仕草
この魔導書はギルドの記録、生還者の証言、
そして迷宮から回収された断片から編まれた。
― 新着の感想 ―
 ──かくあれかし
魔術、法術、呪術、術式、魔力、儀式の説明がすんなりと頭に入ってきました。こういう設定、大好きです。
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