↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ダンジョン仕草  作者: 埴輪庭


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

60/70

第55話:歌を聴く者たち

※第33話を見直すと分かりやすいかもです。


  ◇


 歌が聴こえた。


 それが全ての始まりだった。


 第五層、血渇円堂。薄暗い石壁に囲まれた広間の片隅で、アヴァロン探索者ギルド所属の中級パーティ【ブルーソニアの隠し牙】は野営を張っていた。


 斥候を三人も抱えるという偏った構成のパーティだ。その理由は明快で、罠を回避してトレジャーハントに特化する、要するに金目のものをかっぱらう事に全精力を注いでいる。


 戦闘力よりも生存力。正面切って殴り合うのではなく、嗅ぎつけ、盗み、逃げ延びる。それが彼女たちの流儀であった。


 そのリーダーであるブルーソニアは、焚き火が弾ける微かな音を聴きながら、その傍らで短剣の刃を磨いていた。手癖の悪さではギルドで右に出る者はいないと評判の女軽戦士だが、こうして黙々と刃を研ぐ姿は真面目そのものである。


「──聴こえるか?」


 ブルーソニアが手を止めた。


 磨いていた短剣を膝の上に置き、耳を澄ませる。


「え? 何が?」


 ギンガナムが間の抜けた声を返す。


「歌だよ。歌が……下の方から聞こえる」


 ブルーソニアの目が虚空を見つめていた。焚き火の揺れる明かりに照らされたその横顔に、奇妙な恍惚の色が浮かび始めている。


  ・

  ・

  ・


 ケイセルカットがその異変の深刻さを悟ったのは、パーティが血渇円堂を発ち、第六層へ向かった翌日のことだった。


 彼はつい先日まで病弱な妹の見舞いのためにアヴァロンを離れており、パーティに復帰して間がなかった。妹の薬代を稼ぐために探索者になった男だ。仲間には言っていないが、次の考査で上級に上がれたら、もうしばらくは妹のそばにいてやれるかもしれない。そんなことを考えていた矢先の異変だった。歌に晒された時間が短かったことだけが、ケイセルカットを正気の側に留めていた。


 ブルーソニアの目が虚ろだ。


 ギンガナムが歩きながら鼻歌を歌っている。聴いたことのない旋律で、甘くて柔らかくて、聴いているうちに自分の足音が拍に合いはじめる。


 ジギーも同じ旋律を口ずさんでいる。


 神官の二人は何も言わずにただ歩いている。その目は開いているのに、どこも見ていない。


「おい、何かあったのか?」


 ケイセルカットが問うた。返事はない。


「ブルーソニア。おい」


 肩を掴む。ブルーソニアが振り向いた。


 微笑んでいた。


「──ああ、ケイセルカット。おかえり。ねえ、聴こえない? 綺麗な歌」


「歌? 何の話だ」


「下から聴こえるの。ずっと呼んでる。優しくて、あたたかくて……行かなきゃ」


 ブルーソニアの声は柔らかかった。だが、その瞳には光がなかった。


 ケイセルカットの背筋を冷たいものが走り抜けた。


  ◆


 ケイセルカットは仲間を止めようとした。何度も。何度でも。


 だが、もう話が通じない。


 正確には、話は通じている。言葉は理解している。だが受け取らない。まるで別の声だけを聴いているかのように、ケイセルカットの言葉は素通りしていく。


 彼らは黙々と迷宮の深層を目指した。


 第五層を抜け、第六層の沼地を越え、そして更に下った。


 歌は近づいているのではない。空間に染みていくのだ。壁から、天井から、足元の床から。石のひび割れから滲み出すように歌が広がっている。


 逃げ場がなかった。


 どこにでも歌はあった。


 それがジャーヒル、暗黒の大母の恐ろしさだった。シェディムのように一つの領域へ根を張るのではなく、歌は迷宮のどこからでも聴こえる。壁の向こうからでも、足元の地面の下からでも、自分の背中からでも。潜る場所がどこにもない。


 大悪の腹心である二邪、そのもう一方のシェディムは、あの勇猛な探索者たちの手で既に滅ぼされた。だがジャーヒルは健在だ。そしてシェディムが斃されたことで、大母の力は眷属から本体へと還流し、その歌はより深く、より遠くまで、迷宮の隅々にまで浸透するようになっていた。


  ◆


 それは第六層の沼地を越えた先の、名もなき石の回廊で唐突に起こった。


 神官の一人が立ち止まった。


 どうした、とケイセルカットが声を掛けた瞬間。


 神官の腹が膨れた。妊婦のように、いや、それよりもずっと速く、ずっと歪に。骨が軋む音がした。肋骨が内側から押し広げられ、肌の下を何かが蠢いた。もう一人の神官は背中から何かが突き出た。関節が逆に折れ曲がり、指の数が増え、爪が黒く伸びていく。


 二人の神官の顔に苦悶はなかった。穏やかな笑みすら浮かんでいた。痛みはないのだ。ただ、もう人間ではない。


 ケイセルカットは立ち竦んでいた。


 目の前で仲間が人間でなくなっていく。


 ギンガナムの四肢が膨張した。筋肉が異常に発達し、骨格が歪み、腕が二本から四本に増えた。人間の五指は獣の鉤爪に変わり、顔が前方に突き出て犬歯が伸びる。


 ジギーの下半身が溶けた。溶けたのではない、鱗に覆われた蛇体へと変貌したのだ。腰から下が長い蛇体となり、床の上をずるりと這いずる。


「やめろ……やめてくれ……」


 ケイセルカットの声は届かない。届いたとしても、もう意味をなさない。


 四体の怪物がケイセルカットを見つめた。


 赤い目が光っている。人間の知性はそこにない。殺意だけがある。


 ケイセルカットは剣を抜いた。手が震えていた。


 その時だった。


「──ケイセルカット」


 人間の声が聴こえた。


 ブルーソニアがまだ立っていた。


 彼女だけが最後まで人の形を保っていた。


 いや、保てていない。右腕が異様に太くなり、肩胛骨の辺りから翼の原形のようなものが突き出し始めている。右脚の膝が逆に折れ曲がっている。右目は既に、赤く光る魔の眼に変わっていた。


 だが左半身はまだ人間だった。左目はまだ、あのブルーソニアの目だった。


「逃げな」


 ブルーソニアの声がした。左目だけがケイセルカットを見つめていた。


「妹に……よろしく」


 その瞬間、ブルーソニアの体が完全に変貌した。


 皮膚が裂け、翼が展開する。牙が二列に並ぶ口が、顔の下半分に縦に裂けるようにして現れた。人間の面影は消え、そこには翼を持つ二つ口の異形だけが残った。


 五体の怪物が、低い唸り声を上げる。


 ケイセルカットは走った。


 泣いていた。叫んでいた。何を叫んでいたのか自分でも分からない。


 背後から咆哮が追いかけてくる。元仲間だったものたちの、人間には発声できない周波数の絶叫が石の回廊を震わせる。


 走りながら剣を振った。行く手を塞ぐ小鬼の群れを斬り裂き、体当たりし、転がりながら走り続けた。涙で視界が滲む。足がもつれる。何度も壁に肩をぶつけた。


 だが走った。


 走って、走って、走り続けて。


 そして。


  ◇


 一方その頃。


 アヴァロン大迷宮の第一層を抜け、第二層を踏破し、第三層へと進軍する一団があった。


 純白の鎧が暗い坑道に白い列を成している。法皇レダ率いるカナン聖騎士団と探索者ギルドの混成部隊。その数はおよそ百七十。第一層の戦闘で既に三十名近い負傷者を後方に送っている。


 先頭を歩くのは豚鬼の巨体。サー・イェリコ・グロッケンが『大猪牙』を肩に担ぎ、その小さな目で前方の闇を睨みつけていた。


 第三層は狭い。壁の各所に掲げられた松明の火は頼りなく、岩肌を削っただけの通路は横に三人並べば肩が触れる。大軍はどうしても縦に長く伸び、先頭と最後尾の間で号令が届かなくなる。おまけにこの階層の魔物は影に化ける。列の脇に落ちた黒がただの黒であるという保証はどこにもない。


「ブフゥ……荷物番をやっていた頃が懐かしいですな」


 グロッケンが独りごちた。


 その隣を歩くのは、不思議な鞄を肩にかけた痩身の老人、ザンクードだ。喉に矢傷の痕がある。普段は荷物を預かる商売をしている名物老探索者だが、今は腰に長剣を帯びている。


「何を言いやがる、ギルドマスター殿。あんたが荷物番だった時代なんざ、とうの昔だろうが」


 ザンクードが枯れた声でそう返す。しかしその目は鋭く、足運びには隙がない。相当な実力者であることが窺える。


「ブフゥ……違いない」


 グロッケンが低く笑う。


 その二人の前方を、レダが静かに歩いていた。濡れ鴉の黒髪が坑道の風に靡く。その背中は細く小さいが、纏っている気配は軍勢の誰よりも大きい。


 レダは温存に徹していた。ここで力を使う訳にはいかない。本命は遥か深層にある。


「まだ先は長い。ここで消耗するわけにはいかないですわ」


 レダは前を向いたまま呟いた。


 その言葉に、グロッケンとザンクードが無言で頷く。


 三つの影が、坑道の闇の奥へと進んでいく。その背後に白い鎧の列が長く長く続いている。


 最後尾が角を曲がったところで、坑道の奥から、誰にも聞き取れないほど微かな歌が一節、風に乗って流れてきた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
S E T T I N G G R I M O I R E
ダンジョン仕草
設 定 資 料 集
入った者。堕ちた者。
そして、帰らなかった者たちの記録。
登場人物
迷宮に足を踏み入れた者の数だけ物語がある。だがその大半は、帰らなかった者の物語だ。ここに記すのは帰ってきた者たち──あるいは、帰るつもりのない者たちの記録。
▼ 主要パーティ
君
「君」
ライカード王国 魔導散兵 / 全能者《エルシャダイ》
黒いローブの青年。その実態はライカードという異国より来訪したキチガイである。あらゆる魔術、神聖術を行使するが“この世界の”術ではない。
戒律は善。困っている者は無償で助ける。ただし助け方が常識と噛み合わない。鉄錆びた死生観と人懐こい笑顔を同居させたクレイジーな冒険者だ。
キャリエル
キャリエル
幸運の女神 / ソロ探索者
赤い髪の少女。ソロで探索を続けている。妹の流行り病の薬代を稼ぐけなげな弱者。勘はいいがそれだけだ。
──その勘の精度を考えれば、それだけで十分ともいえるが。
ルクレツィア
ルクレツィア・フォン・エッセンバウム
降る雪の聖女 / 戦闘聖女《バトル・プリーステス》
カナンが迷宮に送り込んだ聖女。白銀の髪。大悪の調査に赴いた彼女を四人の聖騎士が護衛した。
──が、無様にも失敗。肉体を浸食され君に襲い掛かり、上半身をミンチにされて惨敗。おかげで死よりも悍ましい結末からは逃れられた。
固有術式「聖雪」。雪片の一つ一つが問う──あなたは善なる存在ですか、と。悪と判じられた者は自らの罪の重さで圧殺される。恐るべきはその判定が彼女の価値観で行われる事だ。
モーブ
モーブ
風渡りの聖騎士
ルクレツィアを護衛した四人の聖騎士のうちの一人。黒い髪のイケメン。異名は戦い方に由来する。神聖術で強化した肉体に、指向性を絞った風魔法を重ねた高機動戦闘。良く言えば寡黙。悪くいえばコミュ障。
▼ 探索者ギルド
サー・イェリコ・グロッケン
探索者ギルドマスター / 豚鬼種の英雄 / 利き鼻
探索者ギルドの親玉。巨大な体躯を執務机に収めた豚鬼種の英雄。その鼻で相手の帯びる毒、呪詛、悪意を嗅ぎ分ける。現役時代に悪竜を討ち、愛剣『大猪牙』を壁に飾る。脂肪の下には竜種に匹敵する膂力を秘めるが、全力稼働は数分──超えれば餓死するほど燃費が悪い。
ハノン
探索者ギルド受付嬢
金髪碧眼。冷静沈着で愛想がない。グロッケンの愛人という噂を流した者は、割りの悪い依頼しか回されずすぐ謝罪する羽目になったという。
ザンクード
荷持ちの老探索者 / 酔いどれ
いつも酒場で飲んでいる爺さん。喉の矢傷のせいで声が掠れる。半世紀を迷宮で費やした古強者で、流派の名を持たない我流の槍を振るう。型が無いぶん軌道が読めない。
ソニア
「ブルーソニアの隠し牙」リーダー
軽装の女戦士。まともに死ねなかった哀れな女。
ケイセルカット
斥候 / 「隠し牙」メンバー
運が良い若者。仲間がジャーヒルの歌に呑まれていく中、唯一正気を保ち、逃げ切った。
▼ カナン神聖国/オルセイン王国
法皇レダ
カナン神聖国 法皇
年齢抑制の恩寵で三十代半ばの外見を保つが、実年齢は六十を超える。彼女を「お飾り」と呼ぶ者がいる。傀儡の玉座で微笑むだけの女だと信じている者がいる。確かにそうかもしれない。レダは神聖術が絶望的に下手糞だし、政治を知らない。それでも彼女以外に法皇は考えられない。彼女がカナンで最も強いからである。
大主教ヒュレイア・フォン・ハーデン
六大主教 / ルクレツィアの上司
齢三十半ばで六大主教に昇り詰めた才媛。人間を道具として値踏みする。法皇を「お飾り」と見なし、いずれは自身がと考えている。彼女はレダよりよほど政治ができる。ただ、政治では魔を討てない。
宰相ジャハム
オルセイン王国宰相 / 大魔導師《アーク・ウィザード》
この男の全ての行動は、一つの名前で説明がつく。ザビーネ。亡き王妃の名だ。醜悪という言葉が人の形を取ったような男が、全存在を賭けて死者を蘇らせようとしている。クーデターでオーム王を追放し、ベルンハルトを裏切りの駒として迷宮へ送り込む。ただそれだけのために一つの国を大悪に捧げる。
ベルンハルト
近衛騎士団長 → 魔騎士
近衛騎士団長だった。過去形で語るしかない。ジャハムの策略で大迷宮に送り込まれ、大悪の力で魔騎士に堕ちた。
敵対者
囁く者とは人間が名付けた。名前をつけなければ、恐怖を語ることすらできなかったからだ。
囁く者
囁く者
歴史を紐解いてみれば、災厄と呼んでよい厄の陰には必ずこれらの存在があった。
ジャーヒル
ジャーヒル
暗黒の大母 / 二邪の一
肉を堕とす者
シェディム
シェディム
深淵の聖母 / 二邪の一
魂を堕とす者
▼ その他の脅威
エリゴス・ハスラー
カル・ローンの悪魔 / 首狩りハスラー
傭兵国家カル・ローンの筆頭傭兵団長。愛剣ローン・モウアで数え切れぬ英雄首を狩り獲った。最下層の宝剣を求め、第5層でルクレツィア一行と邂逅。情報を交換して一度は引き返したが──
魔将《デーモン・コマンダー》
大迷宮を狩り場とする上位悪魔族
悪魔は悪魔であって魔物ではない。囁く者たちとも無関係だ。彼らには故郷があり、大迷宮はその魔界との境界が薄い。だからこそ顕れる。中位、下位を従える様が将軍のようだから、人間が魔将と名付けた。
グレーターデーモン
上位悪魔
レッサーデーモンと並べて語られる事があるが論外である。レッサーより強大だからグレーターと呼ばれるのではない。その強さ、その恐ろしさゆえにグレーターデーモンと呼ばれるのだ。
その他の人々
主役だけが物語を動かすわけではない。名もなき者たちの選択が、時に世界の天秤を傾ける。
聖騎士サンドロス 異端審問官上がりの偉丈夫。法皇への不敬に義憤を感じ君に掴みかかり、べっこりへこまされた。残念ながら生存。
国王オーム クーデターで追放された元国王。その血は第10層への扉を開く鍵となる。──王の血とはつまり、そういうものだ。
ザビーネ 死者。亡き王妃。ジャハムの愛の歪みは、何人がそのために死んだかで測ればいい。
ゼナ 新米探索者。賊の襲撃で真っ先に立ち向かい真っ先に殺された。まあ、どこぞの冒険者に蘇生されたようだが。
ケージ 上位冒険者として稼ぎは十分あるはずなのに、全て賭博でトバすほどのカス。
ラーナラーナ レダの娘。くりくりとした眼にふわふわの栗毛。歳の頃は十かそこら。
国家と勢力
三つの国がアヴァロンの地下を巡って交わる。一つは戦いを神と崇め、一つは神に戦いを捧げ、一つは戦いの上に街を建てた。
ライカード王国
ライカード王国
超好戦的魔導国家 ── 死は風邪のようなもの
ライカードから来た男に、死をどう思うかと訊いた。少し重い風邪のようなものだ、と笑った。翌日、コボルトに殺された仲間を蘇生教会へ担ぎ込み、三十分後には酒場で一緒に飲んでいた。この男たちの国では、死は本当に風邪なのだ。
魔法体系は七段階の位階制で、各位階の呪文を一日九回まで使える。「絶対的な神などいない。いたとしてもそれは殺せる存在であり、神みたいなかんじの魔物である」と教育する国。
余談だが、ライカードにはNINJAとよばれる者たちがいる。忍者ではなくNINJAだ。全裸で戦い、手刀で首をはねる。諜報活動は行わない。
迷宮都市アヴァロン
迷宮都市アヴァロン
大迷宮の上に築かれた街
不味いエールで知られる安酒場がある。壁際に座ると怒号と笑い声が頭上を飛び交う。生きて帰った者が飲み、帰らなかった者の席には新しい誰かが座る。それがアヴァロンだ。
オルセイン王国に属するが実質は探索者ギルドの自治領。酒場と武具店と命知らずがひしめく。迷宮からは希少な資源、武具、魔法の道具が出土し、それを求めて各国から傭兵が集まる。
カナン神聖国
カナン神聖国
信仰の国 ── 白壁の都ユーガリット
白亜の城壁には退魔の力が込められている。ただし材質は白鳥石で脆い。
神を国として奉じる宗教国家。指導者は法皇レダだが、実質国を動かすのは六名の大主教。神聖魔法は信仰の深さで出力が変わる。応用は利くが不安定で、術者の心が揺れれば威力も揺れる。なお、カナンはヒト種のみで構成される。異種族の姿は見られない。それが何を意味するかは、各自の判断に委ねる。
囁く者とは何か
あなたの中に、それは既にいるかもしれない。
それ
「それ」の正体
見た目は生白くぬらっとした卑小なヒル。踏めば潰れる。焼けば死ぬ。──だが見た目通りの存在ではない。次元間の行き来を可能にする一種の生体ゲートである。一匹では意味を為さない。門を開くには膨大な数が要る。だから「それ」の目的は増えることだ。多く、多く、限りなく多く。それ以外の目的を持たない。
「それ」は増える
増殖手段は寄生。宿主に取り憑きエネルギーを搾取する。宿主が生きようとする限り、その行為は「それ」を守ることにもなる。──エネルギーとは栄養に限らない。感情だ。激しいほど上等の餌となる。信仰、愛、憎しみ、誇り。人間が最も尊いと思うものが、最も美味いらしい。
「改善」
効率よく餌を得るため「それ」は宿主を「改善」する。最初に恐怖を消す。次に哀しみを消す。すると宿主は囁きを天啓と受け止め始める。声に従えば辛いことが消え、喜びに満たされていく。──その喜びが「それ」を太らせているとも知らずに。
門が開く時
限度を超えると宿主の体内で際限なく増殖し、最後には宿主ごと破裂する。──ぱぁん、と。
破裂の直前、宿主は正気に戻る。自分を「こんなふう」にした存在への怒り。戻れない哀しみ。そして恐怖。その爆発が「それ」を爆発的に増やし、膨大なエネルギーが生体ゲートを起動させる。──つまり、絶望が門を開く。
なお「それ」は善でも悪でもない。だから破邪の力は痛痒を与えない。ルクレツィアほどの聖女の信仰すら、むしろ良質な餌だった。
門の向こう
歴史が一定の周期で大災厄を繰り返すのは、門が何度も開きかけているからだ。
アヴァロン大迷宮
潜った者だけが知っている。あの暗闇には温度がある。匂いがある。──息をしている。
第1層
F1 ── 薄暗回廊
松明の光が届く範囲だけが世界だった。石造りの回廊が続き、小鬼の爪が壁を掻く音が響く。新米はここで魔物の血の匂いを嗅ぎ、命の値段を覚える。
第2層
F2 ── 屍涼荒野
地下なのに空が見えた。説明はつかない。魔力の歪みが外界を投影しているとされるが、あれがどこの空なのかは誰も知らない。スケルトンの徘徊する荒野。
第3層
F3 ── 坑道層
至る所の松明は不思議と消えない。が──その影に悪魔が潜む。光が多いほど影も増える。安心と危険が同じ源泉から生まれる、嫌な構造。この辺から新米は遺書を書き始めたほうがいい。
第4層
F4 ── 迷宮層
側壁に装飾の施された「迷宮らしい迷宮」。人の手が入っているが建造者は不明。やけに寒く、湿った空気が流れる。墓場に似ている、と誰かが言った。
第5層
F5 ── 血渇円堂
通路はない。すり鉢状の広間が一つ。観客席に囲まれた円形の舞台。──かつて何者かがここで戦いを見物していた。そう思わせる構造だ。敵は出ない。ただしセーフエリアとは、あくまで人間の線引きである事を思い返すべきだ。
第6層
F6 ── 沼地層 / 下層回廊
上層は沼地。足元は緑と茶の泥に覆われ悪臭が漂う。触手の集合体と保護色のトカゲが襲う。長居すれば体が蝕まれる。下層は石の通路型回廊に変わる。
第7層
F7 ── 黒死聖堂
光が死ぬ。松明を掲げても闇に飲まれる。魔法の光も同じだ。ギルドの記録にすら情報のない未踏の領域。囁き声だけが耳元で鳴り続ける。
奥に至った者は見るだろう。墓石が円形に並び、中央に巨大な石棺が浮いているのを。暗黒の中で、それだけが明瞭に見える。
第8層
F8 ── 肉の回廊
生物的な質感の壁面が呼吸するように収縮を繰り返す。もはや迷宮ではない。上位の悪魔族が跋扈する魔界。
最深部
F9-10 ── 最深部
全ての道はここに至り、ここから先はない。
ダンジョン仕草
この魔導書はギルドの記録、生還者の証言、
そして迷宮から回収された断片から編まれた。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。