↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ダンジョン仕草  作者: 埴輪庭


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

40/70

第35話:地獄道

  ◇


 迷宮を進む一団があった。


 数は二十か、三十か。


 一団の中腹あたりに老人がいる。彼こそがオルセイン王国宰相ジャハム。強力な魔法のローブに身を包み、指にはいくつも指輪を嵌めている。いずれも最上級の魔法の護りがこめられたアミュレットである。


 追従する者達も近衛騎士団長をはじめ、猛者ばかりが揃っている。


  ◆


「宰相殿、斥候が戻りました。この先、複数の悪魔が。避けては通れますまい」


 近衛騎士団長ベルンハルトが声をひそめて言う。


 常人の頭二つは背が高い巨漢が腰を屈め、窮屈そうにしているのは傍から見れば少し笑いを誘う光景かもしれないが、この場においては誰も口元を緩めたりはしない。


 いや、出来なかった。


 ここはアヴァロン大迷宮の第八階層だ。名はない、誰もここへ足を踏み入れた事などない、とされている。


 少なくとも公式には。


 この第八階層は陳腐な言い方をしてしまえば魔界であった。実際の魔界がどのようなものかは分からないが、もし例えるならば、という話だ。


 地面は柔らかい肉のようなものに覆われ、一歩踏み出すごとに何かが足元を這うような感覚に襲われる。空気は冷たく湿っており、そうかとおもえば次の瞬間には水も蒸発するほどの熱気へと変じる。やはり肉で覆われている壁や天井からは、手や脚が突き出ていたりする。


「悪魔共には魔術の効果が薄い。騎士団には少し気張ってもらわねばならん。だが後衛仕事は任せよ」


 ジャハムの言葉にベルンハルトは頷き、部下の近衛騎士たちに幾つかの指示を飛ばした。


 戦いはすぐに決着がついた。


 悪魔といっても下級の悪魔だ。歴戦の近衛騎士たちが連携を取り、後衛には魔術師団の精鋭が控えているとあっては鎧袖一触と言った所だった。


 戦いの後、ふと思い出した様にベルンハルトが言う。


「それにしても宰相殿、上級の探索者たちにも多少は期待しましたが、全く出遭いませんでしたな。我々がもし失敗すればどうなる事やら。ただ、成功しても我々は反逆者の様なものです。国のためと思えば耐えられますが……」


 ベルンハルトはため息をつく。


「仕方あるまい。霧が蔓延するあの場では、我々の動きは敵の掌中にあるも同然。王を追放するていで血脈を保とうとする策は悪くはなかった。探索者達に魔の討伐の触れを出したのも、あの場ではそれが最善よ。どうせ意思薄弱な者は取り込まれ、勝手に迷宮へと向かってしまうのだから。こちらが背を押してやり、迷宮最下層部の魔だか何かに我々が敵ではないと油断させる。これも上手く行っている。今の所は、だが」


 ジャハムの言葉にベルンハルトは頷く。


 ジャハムは嘘は言っていない。言葉全てが真実だ。


 ただ、言っていない事もある。


  ◆


 オルセイン王国宰相ジャハムは醜い。


 彼の肌はかつての健康的な色合いを失い、今や灰色がかった土色に変わり果てている。目は沈んで暗く、しかし鋭い眼光だけが爛と光っていっそ不気味でさえある。鼻は不均等に曲がり、長年の風雪に耐えたかのようにその形を損なっている。歯もほとんど残っておらず、残された数本も不健康な黄ばみを帯びている。


 率直に言って醜い。


 しかしその内面は萎れた外見とは対照的に、これでもかという程に狂気の筋金が入っていた。


 心の芯棒は狂っていればいるほど強靭だ。その点、ジャハムのそれは申し分ない。なにせ半世紀以上も前に身罷った前王妃を偲び、想い、その蘇生を祈念してありとあらゆる魔術に手を染めているのだから。


 ジャハムは恋をしていた。


 老いらくの恋だと笑う者はいない。なぜなら彼の真心を知った者は皆故人であるから。


 そして、ジャハムの恋の炎は数十年が経っても決して消える事は無かった。


  ・

  ・

  ・


 前王妃ザビーネは哀れな女だった。前オルセイン国王に見初められ、本人の意思とは無関係に隣国ハリス小王国から連れ去られたのだ。


 当然隣国も抗議はしたが、当時のオルセイン王国の国力は強く、小さなハリス小王国の抵抗など軽くあしらわれた。そしてこの時、カナン神聖国もハリスに歩調を合わせた。


 カナン神聖国は人類圏の守護者を標榜しており、周辺国から神聖魔術の素養のある者を神に選定されたという名目でかき集めている。その過程で、ハリスからそれなりの数の聖職者が生まれていたという事情があった。


 しかしいくらカナン神聖国と言えども、当時の武断的なオルセイン王国を余り刺激したいとは考えておらず、ゆえに抗議はやや形式的なものに留まった。結果として、その様な弱腰ではオルセイン王国の蛮行を思いとどまらせることはできなかった。


 ザビーネは美しく、聡明で、そんな彼女に先のオルセイン国王は恋の沼へ胸まではまり込んだ。毎日毎晩、ほぼ強姦といってもいい暴虐を彼女に振るい続けた。


 そんな彼女の心身を慰撫していたのは、当時宮廷魔術師長であったジャハムである。


 古今東西のあらゆる治癒、賦活の秘術がザビーネに施され、彼女は先王の暴虐の渦中にあったにもかかわらず、心と体を完全に壊されずに済んだ。


 しかしそれが彼女にとって幸せであったかどうかは分からない。


『なぜ、死なせてくれないのです』


 裸体のまま寝台に横たわるザビーネ。その体には大小様々な傷が刻まれていた。蛮王に攫われ、心と体を凌辱され、ザビーネは生きる気力を喪いつつあった。


『王命なれば』


 ジャハムは答える。皺だらけの顔に申し訳程度についている双眼からは、如何なる感情も読み取れない。老爺にも見えるが、これでいて五十を少し過ぎた所だ。


 数多くの魔術を学ぶ過程で()()なってしまった。


『馬鹿にしないでください。貴方の忠誠があの男へ向いていない事くらい分かります。そして、私に固執するあの男が何故貴方に私の身を任せるのか、それも分かります』


『私が醜いからでしょう』


『そうです。女性ならば貴方を嫌悪するでしょうね。いいえ、女性でなくとも貴方を嫌悪するでしょう。外見などと言う不安定なものを判断材料にする愚に、私は失笑を禁じ得ません。貴方がそうなってしまったのは、魔術の深奥を追い求めての事でしょう』


 ザビーネは魔術の素養もある。幼少時から誰にも何も教わっていないのに、小さい火を生み出したりする程度の事は出来た。並大抵の才ではない。


 そして力を得ればそれについて調べたくなるのが人情というもので、彼女もまた魔道に続く門扉を叩いた事もある。そして階梯を昇る内に知った事は、深奥に至る道の険しさであった。結局彼女はその険しさに臆し、階梯を昇る事を諦めてしまった。


『……魔術の深奥などと軽々しく申しますな』


 普段は感情を窺わせないジャハムが、どこか苦々しい様子でいう。魔術の深奥を誰よりも求めているジャハムだからこそ、ザビーネの軽い言い様には不快感を抱いてしまう。


 そこからだった、二人の交流が始まったのは。


 ジャハムは魔導の真髄を極める事にしか興味がない男だが、ザビーネはそんな彼の琴線に触れた形となる。


 まあザビーネに下心が無かったとは言わない。ジャハムの魔術師としての能力はずば抜けており、そのジャハムを完全に味方につける事が出来たならば今の状況も変わるのではないか、という思いもあった。


  ◆


『ジャハム、今日も魔術のお話をしてくださいますか』


 王の無体によるザビーネの傷を癒した後、ジャハムとザビーネとの会話が始まる。


 それに対してジャハムはやや顔を顰め、魔術は話すものではなく学ぶもので、などと言い、結局ザビーネの押しに負けてつらつらと話し出すのだ。


 ザビーネはジャハムの話に真剣に耳を傾け、彼が話す魔術の理論や実践についての話に興味津々だった。彼女の知識欲は底なしで、ジャハムがいくら難解な話をしても彼女は飽きることなく質問を重ねた。


 興が乗れば魔術の話だけに留まらず、横道にもそれていく。


『アヴァロン大迷宮、その最深部にはあらゆる願いを叶える秘宝が眠ると聞きます。それは本当なのですか』


『そういう噂もあるにはあります。しかしそれを確かめた者はおりませぬ。かの大迷宮は深く、昏い。かつてオルセインは欲に任せて大迷宮へ多くの兵を送り込みましたが、そのほとんどは迷宮の闇に呑まれて消えました。生き残った者達も悲惨な姿となって戻ってきたのです。今の国王陛下は幼少時、その惨状を見ていた筈です。故にかの愚王……失礼、国王陛下でも迷宮へちょっかいをかけようとは考えないのでしょうな』


『しかしあらゆる願いを叶える秘宝ですか……。そんなものがあったなら……』


 ザビーネはそこで言葉を切り、ジャハムを見て、貴方なら何を願いますか、などと尋ねた。


 ジャハムはなにも、と答える。


『我が願いは魔術の深奥を垣間見る事。そこに至る道はいずれも険しく、易きものは一つも御座いませぬ。願いが一つである以上、その秘宝とやらを得たとしても私には願う事などないのです』


  ・

  ・

  ・


 言葉と時間を重ねる毎に、二人の間にある種の絆が築き上げられていく。そしてこれまで二人の関係はどちらかと言えば教師と生徒だったが、いつからかその関係が微妙に変化した。


 ザビーネの肉体はどこもかしこも痣や切り傷だらけだったりするのだが、それらを癒す際、ザビーネは当然裸体とならねばならない。当初ザビーネはこれに対して羞恥の感情を持たなかったが、ある日から顔を紅潮させ、恥じる様子を見せるようになったのだ。


 ジャハムはその変化に気づきつつも、あえて何も言わなかった。彼にとってザビーネの身体を癒すことは、単なる職務の一環でしかなかったからだ。


 しかし彼の心の奥底では、ザビーネへの感情が少しずつ変わり始めていたのかもしれない。


 ザビーネとの会話を楽しいと思う自分がいる。その事実にほかならぬジャハムが困惑した。


 ある日、ジャハム、私は、とザビーネが躊躇いがちに話し始めると、ジャハムは彼女の言葉を静かに待った。


『貴方と話していると、この城での生活が少し楽になります。光……といってしまうと少し大げさかもしれませんが、ジャハム、私にとって貴方は暗黒の荒野を照らす光の様な存在、なのかもしれません』


 そう告げられたジャハムは、内心で大きく動揺した。彼は自分が誰かの光になれるなどこれまで考えたこともなかった。


 それでも彼は感情を抑え、淡々とした態度を崩さない。しかしその目からは徐々に険が抜け落ちていき、ザビーネに向ける視線には僅かながらやさしさが滲む様になった。


 ちなみに二人の子供、オームとレダは王宮ではなく離宮で暮らしている。ジャハムの手配だ。このまま王宮においていては、という危機感がジャハムにもあった。王は子供たちに関心を示す事なく、これを幸いといっていいのかは分からないがザビーネを嬲り続けた。


 王がザビーネを嬲るたびに、その夜はジャハムが呼ばれて彼女を癒す。そして両者の距離がまた一歩と縮まっていく。


  ◆


『ああ、ジャハム。私は怖い。王の様子がおかしいのです。以前から粗暴なお方でしたが、ここ最近は特に酷く……』


 ある時、ザビーネがジャハムにその様な事を打ち明けた。ザビーネの肉体は所々損傷していた。強く噛みつかれた痕もある。ただの噛みつきではない、それこそ食い千切らんと顎に力を込めねばこうはならないだろうという痕だ。


『王は、私の血を啜るのです……』


 狂ったか、とジャハムも思う。ここ最近の王の狂乱ぶりは目に余るものがあった。しかし、王への諫言はジャハムにも出来なかった。


 罰を恐れてではない。


 ここしばらく王が人前に姿を見せなかったからだ。ずっと私室に閉じこもっているのだ。


『助けて、ジャハム……』


 ザビーネにそういわれた時、ジャハムは腹を括った。国を捨て、逃げようと覚悟したのだ。


 だがその覚悟は空振りに終わる。


  ◆


 翌日の事だ。


『迷宮じゃ! アヴァロン大迷宮に征け! 悪魔が蘇る、その前に! ふたたび封印を施すのだ!』


 王が突然そんな事を言い出した。それからというもの、元々不安定だった精神の天秤が急速に狂気へと傾いていく。ザビーネを閨に呼ぶこともなく、私室に閉じこもり外へ出なかった。


 悪魔とは何なのか。封印とは何なのか。ふたたびというからには、かつて一度は封印された存在なのだろうか。


 大事な事を一つも言い遺さないまま、王は身罷った。


 ぶくぶくと腹を膨れ上がらせ、破裂したのだ。


 常軌を逸した死に様である。


  ◆


 悪王は死んだ。ここまでなら良いのだが、そうは行かなかった。


 ほどなくして、ザビーネが病に倒れた。


 どんどん衰弱していくというシンプルな病。正体不明の奇病だ。


 宮廷医師たちも原因を突き止める事ができない。神官による神聖魔法も、その時だけ僅かに体力を回復させるだけだった。


 ジャハムも当然手を尽くしたがしかし、ザビーネの衰弱を止める事ができない。


『何故だ! 傷はない、毒の痕跡もない! 呪いか? いや、違う! では何だ!』


 常のジャハムらしくもなく、焦燥に駆られる日々。


 ジャハムはあらゆる古典を読み漁り、禁断の魔術をも学んだ。しかし彼が得たのは徒労のみ。


 そんな最中、ザビーネの娘であるレダが弟のオームを連れて離宮からやってきたという報告があった。


『レダ姫が? ……そうか』


 子供たちは母親であるザビーネに会いにきたのだという事は、ジャハムにも分かった。


 しかし、会わせるべきかどうか。ザビーネは既に骨と皮だけの様な姿である。そんな母の姿を子供たちに見せてしまってもいいのかどうか。


 だが結局は、良いのですジャハム、というザビーネの意思が尊重される形となった。


  ・

  ・

  ・


『お母さまは魂の器が欠けております』


 ザビーネを一目見て、レダがそんな事を言う。オームの方は何かに怯えている様子で落ち着きがない。


 ジャハムが先を促すと、レダが続けた。


『わたくしには見えるのです。その人の魂の形が。肉でもなく、心でもない。人の根源らしきものが見えるのです。お母さまはそれが酷く傷つけられている。自然にこうはなりません』


 その時ジャハムは不意に、ザビーネが言っていたことを思い出した。


 私の血を啜るのです。


 まさか、と思うジャハムだが、その時ザビーネが掠れた声で言った。


『陛下は、怯えていました。自分が自分じゃなくなるのだと。そしてわたしの、血肉を喰らえば自分で、いられるのだ、と』


『人喰いの薬法というものもあるにはあります、が……』


 言い淀むジャハムだが、すぐにレダの方を見て、その魂の器を修復するためにはどうすればいいのでしょう、と尋ねる。


 ジャハムが求めていたのは原因ではなく解決法なのだ。だが原因が分かれば解決法も自然と知れるという事はままある。


 しかしレダから返ってきた答えに、ジャハムは失望を禁じ得なかった。


『方法は、わかりません……』


 俯いてしまうレダに怒りをぶつけても仕方がないのだが、それでもジャハムの胸中にはやるせない怒りが渦巻く。


 その時、精神世界の暗雲をか細い一条の光が切り裂いた。


 あらゆる願いを叶える秘宝。


 そんなものが本当にあるのならば。


 ジャハムはかつて、ザビーネに願いはないと言った。しかし今は違う。


 ふたたび意識を失ったザビーネに視線を投げ、ジャハムはその場を立ち去る。


  §


 準備だ、準備が必要だ。


 かの大迷宮に挑むのならば、失敗は許されない。儂一人で為せることでもないだろう。


 迷宮に挑む準備をしなければ。まず、王宮の兵、それも強者たちを動かすに足る大義名分を。


  ◆


 そうしてジャハムは、ザビーネの病を癒す為に大迷宮の最下層にあるという秘宝を手に入れる、という大義名分をぶちあげ、浸透させ、強者たちを募って迷宮へと挑んだ。


 だが結局、帰ってきたのはジャハム一人だけで、後の者達は全滅。そしてジャハムが何より気に掛けていたザビーネも、彼が不在の内に病没していた。


  ◆


 あれからどれ程の年月が経っただろうか。


 ジャハムはそんな事を思い、周囲を見渡す。そして自身が連れてきた猛者たちを見て満足げに頷いた。


 あの時、脳裏に響く()()()という声を聞いた時、ジャハムは己が何をすべきかを完璧に理解した。


 大迷宮の最下層にある秘宝がどの様なものかも。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
S E T T I N G G R I M O I R E
ダンジョン仕草
設 定 資 料 集
入った者。堕ちた者。
そして、帰らなかった者たちの記録。
登場人物
迷宮に足を踏み入れた者の数だけ物語がある。だがその大半は、帰らなかった者の物語だ。ここに記すのは帰ってきた者たち──あるいは、帰るつもりのない者たちの記録。
▼ 主要パーティ
君
「君」
ライカード王国 魔導散兵 / 全能者《エルシャダイ》
黒いローブの青年。その実態はライカードという異国より来訪したキチガイである。あらゆる魔術、神聖術を行使するが“この世界の”術ではない。
戒律は善。困っている者は無償で助ける。ただし助け方が常識と噛み合わない。鉄錆びた死生観と人懐こい笑顔を同居させたクレイジーな冒険者だ。
キャリエル
キャリエル
幸運の女神 / ソロ探索者
赤い髪の少女。ソロで探索を続けている。妹の流行り病の薬代を稼ぐけなげな弱者。勘はいいがそれだけだ。
──その勘の精度を考えれば、それだけで十分ともいえるが。
ルクレツィア
ルクレツィア・フォン・エッセンバウム
降る雪の聖女 / 戦闘聖女《バトル・プリーステス》
カナンが迷宮に送り込んだ聖女。白銀の髪。大悪の調査に赴いた彼女を四人の聖騎士が護衛した。
──が、無様にも失敗。肉体を浸食され君に襲い掛かり、上半身をミンチにされて惨敗。おかげで死よりも悍ましい結末からは逃れられた。
固有術式「聖雪」。雪片の一つ一つが問う──あなたは善なる存在ですか、と。悪と判じられた者は自らの罪の重さで圧殺される。恐るべきはその判定が彼女の価値観で行われる事だ。
モーブ
モーブ
風渡りの聖騎士
ルクレツィアを護衛した四人の聖騎士のうちの一人。黒い髪のイケメン。異名は戦い方に由来する。神聖術で強化した肉体に、指向性を絞った風魔法を重ねた高機動戦闘。良く言えば寡黙。悪くいえばコミュ障。
▼ 探索者ギルド
サー・イェリコ・グロッケン
探索者ギルドマスター / 豚鬼種の英雄 / 利き鼻
探索者ギルドの親玉。巨大な体躯を執務机に収めた豚鬼種の英雄。その鼻で相手の帯びる毒、呪詛、悪意を嗅ぎ分ける。現役時代に悪竜を討ち、愛剣『大猪牙』を壁に飾る。脂肪の下には竜種に匹敵する膂力を秘めるが、全力稼働は数分──超えれば餓死するほど燃費が悪い。
ハノン
探索者ギルド受付嬢
金髪碧眼。冷静沈着で愛想がない。グロッケンの愛人という噂を流した者は、割りの悪い依頼しか回されずすぐ謝罪する羽目になったという。
ザンクード
荷持ちの老探索者 / 酔いどれ
いつも酒場で飲んでいる爺さん。喉の矢傷のせいで声が掠れる。半世紀を迷宮で費やした古強者で、流派の名を持たない我流の槍を振るう。型が無いぶん軌道が読めない。
ソニア
「ブルーソニアの隠し牙」リーダー
軽装の女戦士。まともに死ねなかった哀れな女。
ケイセルカット
斥候 / 「隠し牙」メンバー
運が良い若者。仲間がジャーヒルの歌に呑まれていく中、唯一正気を保ち、逃げ切った。
▼ カナン神聖国/オルセイン王国
法皇レダ
カナン神聖国 法皇
年齢抑制の恩寵で三十代半ばの外見を保つが、実年齢は六十を超える。彼女を「お飾り」と呼ぶ者がいる。傀儡の玉座で微笑むだけの女だと信じている者がいる。確かにそうかもしれない。レダは神聖術が絶望的に下手糞だし、政治を知らない。それでも彼女以外に法皇は考えられない。彼女がカナンで最も強いからである。
大主教ヒュレイア・フォン・ハーデン
六大主教 / ルクレツィアの上司
齢三十半ばで六大主教に昇り詰めた才媛。人間を道具として値踏みする。法皇を「お飾り」と見なし、いずれは自身がと考えている。彼女はレダよりよほど政治ができる。ただ、政治では魔を討てない。
宰相ジャハム
オルセイン王国宰相 / 大魔導師《アーク・ウィザード》
この男の全ての行動は、一つの名前で説明がつく。ザビーネ。亡き王妃の名だ。醜悪という言葉が人の形を取ったような男が、全存在を賭けて死者を蘇らせようとしている。クーデターでオーム王を追放し、ベルンハルトを裏切りの駒として迷宮へ送り込む。ただそれだけのために一つの国を大悪に捧げる。
ベルンハルト
近衛騎士団長 → 魔騎士
近衛騎士団長だった。過去形で語るしかない。ジャハムの策略で大迷宮に送り込まれ、大悪の力で魔騎士に堕ちた。
敵対者
囁く者とは人間が名付けた。名前をつけなければ、恐怖を語ることすらできなかったからだ。
囁く者
囁く者
歴史を紐解いてみれば、災厄と呼んでよい厄の陰には必ずこれらの存在があった。
ジャーヒル
ジャーヒル
暗黒の大母 / 二邪の一
肉を堕とす者
シェディム
シェディム
深淵の聖母 / 二邪の一
魂を堕とす者
▼ その他の脅威
エリゴス・ハスラー
カル・ローンの悪魔 / 首狩りハスラー
傭兵国家カル・ローンの筆頭傭兵団長。愛剣ローン・モウアで数え切れぬ英雄首を狩り獲った。最下層の宝剣を求め、第5層でルクレツィア一行と邂逅。情報を交換して一度は引き返したが──
魔将《デーモン・コマンダー》
大迷宮を狩り場とする上位悪魔族
悪魔は悪魔であって魔物ではない。囁く者たちとも無関係だ。彼らには故郷があり、大迷宮はその魔界との境界が薄い。だからこそ顕れる。中位、下位を従える様が将軍のようだから、人間が魔将と名付けた。
グレーターデーモン
上位悪魔
レッサーデーモンと並べて語られる事があるが論外である。レッサーより強大だからグレーターと呼ばれるのではない。その強さ、その恐ろしさゆえにグレーターデーモンと呼ばれるのだ。
その他の人々
主役だけが物語を動かすわけではない。名もなき者たちの選択が、時に世界の天秤を傾ける。
聖騎士サンドロス 異端審問官上がりの偉丈夫。法皇への不敬に義憤を感じ君に掴みかかり、べっこりへこまされた。残念ながら生存。
国王オーム クーデターで追放された元国王。その血は第10層への扉を開く鍵となる。──王の血とはつまり、そういうものだ。
ザビーネ 死者。亡き王妃。ジャハムの愛の歪みは、何人がそのために死んだかで測ればいい。
ゼナ 新米探索者。賊の襲撃で真っ先に立ち向かい真っ先に殺された。まあ、どこぞの冒険者に蘇生されたようだが。
ケージ 上位冒険者として稼ぎは十分あるはずなのに、全て賭博でトバすほどのカス。
ラーナラーナ レダの娘。くりくりとした眼にふわふわの栗毛。歳の頃は十かそこら。
国家と勢力
三つの国がアヴァロンの地下を巡って交わる。一つは戦いを神と崇め、一つは神に戦いを捧げ、一つは戦いの上に街を建てた。
ライカード王国
ライカード王国
超好戦的魔導国家 ── 死は風邪のようなもの
ライカードから来た男に、死をどう思うかと訊いた。少し重い風邪のようなものだ、と笑った。翌日、コボルトに殺された仲間を蘇生教会へ担ぎ込み、三十分後には酒場で一緒に飲んでいた。この男たちの国では、死は本当に風邪なのだ。
魔法体系は七段階の位階制で、各位階の呪文を一日九回まで使える。「絶対的な神などいない。いたとしてもそれは殺せる存在であり、神みたいなかんじの魔物である」と教育する国。
余談だが、ライカードにはNINJAとよばれる者たちがいる。忍者ではなくNINJAだ。全裸で戦い、手刀で首をはねる。諜報活動は行わない。
迷宮都市アヴァロン
迷宮都市アヴァロン
大迷宮の上に築かれた街
不味いエールで知られる安酒場がある。壁際に座ると怒号と笑い声が頭上を飛び交う。生きて帰った者が飲み、帰らなかった者の席には新しい誰かが座る。それがアヴァロンだ。
オルセイン王国に属するが実質は探索者ギルドの自治領。酒場と武具店と命知らずがひしめく。迷宮からは希少な資源、武具、魔法の道具が出土し、それを求めて各国から傭兵が集まる。
カナン神聖国
カナン神聖国
信仰の国 ── 白壁の都ユーガリット
白亜の城壁には退魔の力が込められている。ただし材質は白鳥石で脆い。
神を国として奉じる宗教国家。指導者は法皇レダだが、実質国を動かすのは六名の大主教。神聖魔法は信仰の深さで出力が変わる。応用は利くが不安定で、術者の心が揺れれば威力も揺れる。なお、カナンはヒト種のみで構成される。異種族の姿は見られない。それが何を意味するかは、各自の判断に委ねる。
囁く者とは何か
あなたの中に、それは既にいるかもしれない。
それ
「それ」の正体
見た目は生白くぬらっとした卑小なヒル。踏めば潰れる。焼けば死ぬ。──だが見た目通りの存在ではない。次元間の行き来を可能にする一種の生体ゲートである。一匹では意味を為さない。門を開くには膨大な数が要る。だから「それ」の目的は増えることだ。多く、多く、限りなく多く。それ以外の目的を持たない。
「それ」は増える
増殖手段は寄生。宿主に取り憑きエネルギーを搾取する。宿主が生きようとする限り、その行為は「それ」を守ることにもなる。──エネルギーとは栄養に限らない。感情だ。激しいほど上等の餌となる。信仰、愛、憎しみ、誇り。人間が最も尊いと思うものが、最も美味いらしい。
「改善」
効率よく餌を得るため「それ」は宿主を「改善」する。最初に恐怖を消す。次に哀しみを消す。すると宿主は囁きを天啓と受け止め始める。声に従えば辛いことが消え、喜びに満たされていく。──その喜びが「それ」を太らせているとも知らずに。
門が開く時
限度を超えると宿主の体内で際限なく増殖し、最後には宿主ごと破裂する。──ぱぁん、と。
破裂の直前、宿主は正気に戻る。自分を「こんなふう」にした存在への怒り。戻れない哀しみ。そして恐怖。その爆発が「それ」を爆発的に増やし、膨大なエネルギーが生体ゲートを起動させる。──つまり、絶望が門を開く。
なお「それ」は善でも悪でもない。だから破邪の力は痛痒を与えない。ルクレツィアほどの聖女の信仰すら、むしろ良質な餌だった。
門の向こう
歴史が一定の周期で大災厄を繰り返すのは、門が何度も開きかけているからだ。
アヴァロン大迷宮
潜った者だけが知っている。あの暗闇には温度がある。匂いがある。──息をしている。
第1層
F1 ── 薄暗回廊
松明の光が届く範囲だけが世界だった。石造りの回廊が続き、小鬼の爪が壁を掻く音が響く。新米はここで魔物の血の匂いを嗅ぎ、命の値段を覚える。
第2層
F2 ── 屍涼荒野
地下なのに空が見えた。説明はつかない。魔力の歪みが外界を投影しているとされるが、あれがどこの空なのかは誰も知らない。スケルトンの徘徊する荒野。
第3層
F3 ── 坑道層
至る所の松明は不思議と消えない。が──その影に悪魔が潜む。光が多いほど影も増える。安心と危険が同じ源泉から生まれる、嫌な構造。この辺から新米は遺書を書き始めたほうがいい。
第4層
F4 ── 迷宮層
側壁に装飾の施された「迷宮らしい迷宮」。人の手が入っているが建造者は不明。やけに寒く、湿った空気が流れる。墓場に似ている、と誰かが言った。
第5層
F5 ── 血渇円堂
通路はない。すり鉢状の広間が一つ。観客席に囲まれた円形の舞台。──かつて何者かがここで戦いを見物していた。そう思わせる構造だ。敵は出ない。ただしセーフエリアとは、あくまで人間の線引きである事を思い返すべきだ。
第6層
F6 ── 沼地層 / 下層回廊
上層は沼地。足元は緑と茶の泥に覆われ悪臭が漂う。触手の集合体と保護色のトカゲが襲う。長居すれば体が蝕まれる。下層は石の通路型回廊に変わる。
第7層
F7 ── 黒死聖堂
光が死ぬ。松明を掲げても闇に飲まれる。魔法の光も同じだ。ギルドの記録にすら情報のない未踏の領域。囁き声だけが耳元で鳴り続ける。
奥に至った者は見るだろう。墓石が円形に並び、中央に巨大な石棺が浮いているのを。暗黒の中で、それだけが明瞭に見える。
第8層
F8 ── 肉の回廊
生物的な質感の壁面が呼吸するように収縮を繰り返す。もはや迷宮ではない。上位の悪魔族が跋扈する魔界。
最深部
F9-10 ── 最深部
全ての道はここに至り、ここから先はない。
ダンジョン仕草
この魔導書はギルドの記録、生還者の証言、
そして迷宮から回収された断片から編まれた。
― 新着の感想 ―
[良い点] 私も好きでした、良いと思います。 続きがとても楽しみです。
[良い点] よきオマージュかと
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。