↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ダンジョン仕草  作者: 埴輪庭


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

36/69

第31話:危ない人

 怪物の頭が半分吹き飛んだ。


 血と透明な何かが混じりあった生ぬるい感触に、君は相手へ大きな打撃を与えた事を確信する。


 これだけのダメージを負えば人間でも怪物でも大抵は死ぬのだが、ここで惨心を崩す様では君はとっくの昔に死んでいただろう。


 ちなみに惨心とは残心と似ているのだが、よりアグレッシブで、分かりやすく言えば攻めの残心と言った所だ。


 ()ったと思った時こそ攻撃の好機。


 君は血飛沫に酔う事もなく、拳に万力を籠めた。


 偉大なるレイ・ブ・ケルス(閑話『ライカードの人って怖いよね』参照)の竜鱗を素手で叩き割る、とまではいかないが、そこらの木っ端竜程度なら鱗どころか骨肉までも粉砕する拳である。


 殴りつけるのではない。鉄槌の様に叩き潰すつもりだった。


 君は拳を縦拳の形にした。いわゆる鉄槌という形だ。


 そして地面を打ち付けるようにして振り切る。怪物の首部分から床面までの肉と骨を千切り、粉砕しながら。


  ◇


 ジャーヒルに恐怖という感情は存在しない。


 囁く者は他者に恐怖を与えはしても、受ける事は無い。精神が強靭だとかそういう問題ではなく、機能そのものがないのだ。


 囁く者の尖兵であるジャーヒルの機能は破壊と混乱に特化しており、自己を複製しつつ対象の文明圏を侵食し、防衛機能を弱体化させる。それから先の仕事はまた別個体が引継ぎ、この様にして彼らは多くの文明を破壊し、喰らって来た。


 勿論彼らに目をつけられた者達もただ漫然と喰らわれるのを待っていたわけではないが、抵抗の全ては水泡に帰した。


 ジャーヒルは殺しに殺した。人間も亜人も勿論、天使や悪魔、魔神でさえも殺してきた。


 しかし今回の侵攻では既に二度、退けられている。


 いつもとは違う。次は、あるいは本体を顕現させる必要があるかもしれない。


 そんな思いがジャーヒルに芽生え、そして意識が暗転する。


  ◆


 君の惨心が残心へと移行した時、背後で物音がした。


 気配は複数。しかし君の感覚は敵ではないと告げている。


「主様ぁっ!!!」


 そんな叫びと共に現れたのはルクレツィア達だった。君が施した『浮遊』の魔法を破って穴へ飛び込んできたのだろう。続いてキャリエル、モーブも飛び込んでくる。


 皆が皆、部屋の不気味さに言葉が無いようだ。


 空気は生臭く、重たい。床に散乱する骨々は、いうまでもなく犠牲者のそれだろう。床や天井、壁には生肉めいた何かが張り付き、あろうことか脈動さえしていた。


「まさかこの部屋は……生きているのか?」


 モーブが眉を顰めて呟く。


「調べるのは後にして、とりあえずお兄さんの所へ……ってルク、あんなに早く走れるんだ!?」


 キャリエルも部屋の様子には辟易している様子だが、モーブよりは余裕が見える。


 モーブが腰抜けだからではない。まだトラウマが治っていないのだ。


 何せ彼はルクレツィアの上半身がぱぁんと弾け飛ぶ光景を見てしまっている。


 勿論下手人は君である。


 それから生肉の類が苦手になってしまった。


  ・

  ・

  ・


「お、お怪我は……」


 見れば分かるだろうと言う君に、ルクレツィアは絶句する。全身血塗れになるほどの大怪我を負っているとは思えない冷静さに驚愕したのだ。


 (この方をここで死なせるわけには参りません)


 ルクレツィアは慌てて君に駆け寄り、魔力を練り上げ、彼女の行使しうる最大の癒しの奇跡を発現しようとした。


 しかしそれは、君の指が彼女のおとがいを持ち上げる事で妨害される。


 多少の傷は君の装備品によって癒されるし、なにより更に下層へ向かうのだから魔法は可能な限り温存しておかなければならない。


 そう君は思うのだが、このあたりはライカードの探索者としての気質にやや引っ張られている。


 君の魔法使用回数には制限がある。


 九回だ。


 何でもかんでも九回。


 その回数に至るまでは一切の疲労なく、どれ程高い階梯の魔法でも使う事ができる。例えば君はもっとも下級の回復魔法でさえ九回しか使えないのだが、ルクレツィアは百回使った所で魔力が尽きないだろう。


 しかし全身全霊の回復魔法となると、ルクレツィアは一度か二度使えれば良い方だ。だが君はそんな回復魔法でも九回使える。


 君にはこういった縛りがあるため、必要最小限の規模での魔法行使を好むのだ。そして、君が小技ばっかりセコセコと使う理由もその辺にあった。


 それはともかく、君に顎を持ち上げられたルクレツィアはたちまち頬を赤く染めていった。


「お、お戯れを……。と、とにかくすぐにその傷を癒さねばッ」


 ここでようやくルクレツィアが何か勘違いしている事に気付いた君は、血は全て敵のものだという事を説明する。


「そ、そうでしたか。しかし、なんという……主様がどれほど邪悪で恐るべき敵と相対したか、この場に揺蕩う魔力の残滓でよく分かります」


 ルクレツィアは吐き気を催す魔力を感知していた。


 魔力とは個人個人で異なる顔を見せるのだが、魔力に(びん)な者はこの違いを第六感、霊感で感得する事が出来る。言うまでもなくルクレツィアは敏な者だ。


 カナン神聖国の戦闘聖女(バトル・プリーステス)、『降る雪の』ルクレツィアの戦闘者としての実力は高い。そんな彼女の精神の肌は今、怖気を震う蟻走感に襲われていた。


 部屋の隅々にまで及ぶ魔力はまるで腐肉が蠢くように感じられ、ルクレツィアに強烈な負のイメージを植え付ける。


 (これは、この敵は……)


 ルクレツィアの負のイメージはしかし、一瞬で霧散した。


 俺を敵にまわすのと、どちらが恐ろしい。


 そんな事を君が言ったからだ。ルクレツィアの応えは決まっている。


  ・

  ・

  ・


 君は脳筋だが、相手が雑魚ではないことはよくよく理解している。自身を傷つけるのみならず、殺める事すら出来るだろうと理解している。


 良い事だ、と君は思った。


 自分だけが相手を嬲り殺せるというのはフェアではない。君は『善(GOOD)』であるので、正々堂々とした闘いを好むタチに出来ている。だから、敵手が強敵である分には一向に構わないのだ。


  ◆


「じゃあ私が先に行くね。ええと、ここは七層だよね? 落とし穴の先だから。じゃあ下にいく階段を探せばいいわけだ」


 キャリエルが軽い調子でいう。彼女の危機感知能力は、少なくとも彼女自身の無事だけは保証しているようだった。


 だがそれは油断が過ぎるというものではないだろうか。


 そう思った君が苦言を呈すと、キャリエルは笑いながら答える。


「それくらいは分かってるよ、ここは危ない。本当に危ない場所だとおもう。だけど、こんなところよりもっともっと危ない人が私たちのリーダーなんだから、私たちはその分安心できちゃうよね。まあ油断はしないようにするから安心して! 私、斥候役は結構自信あるんだからっ」


 危ないと言われた君はやや解せない様子だった。


 ライカード魔導散兵の数はそこまで多くないが、君より危ない者は少なくない。というより、君は一番まともな性格をしている。少なくとも自分ではそう思っている。


 しかしキャリエルの言葉にルクレツィアは困ったような表情を浮かべるも否定せず、モーブに至っては大きく頷いていた。


 そんな様子に軽くため息をつき、君はキャリエルの背を追って歩きだす。


4人パ


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
S E T T I N G G R I M O I R E
ダンジョン仕草
設 定 資 料 集
入った者。堕ちた者。
そして、帰らなかった者たちの記録。
登場人物
迷宮に足を踏み入れた者の数だけ物語がある。だがその大半は、帰らなかった者の物語だ。ここに記すのは帰ってきた者たち──あるいは、帰るつもりのない者たちの記録。
▼ 主要パーティ
君
「君」
ライカード王国 魔導散兵 / 全能者《エルシャダイ》
黒いローブの青年。その実態はライカードという異国より来訪したキチガイである。あらゆる魔術、神聖術を行使するが“この世界の”術ではない。
戒律は善。困っている者は無償で助ける。ただし助け方が常識と噛み合わない。鉄錆びた死生観と人懐こい笑顔を同居させたクレイジーな冒険者だ。
キャリエル
キャリエル
幸運の女神 / ソロ探索者
赤い髪の少女。ソロで探索を続けている。妹の流行り病の薬代を稼ぐけなげな弱者。勘はいいがそれだけだ。
──その勘の精度を考えれば、それだけで十分ともいえるが。
ルクレツィア
ルクレツィア・フォン・エッセンバウム
降る雪の聖女 / 戦闘聖女《バトル・プリーステス》
カナンが迷宮に送り込んだ聖女。白銀の髪。大悪の調査に赴いた彼女を四人の聖騎士が護衛した。
──が、無様にも失敗。肉体を浸食され君に襲い掛かり、上半身をミンチにされて惨敗。おかげで死よりも悍ましい結末からは逃れられた。
固有術式「聖雪」。雪片の一つ一つが問う──あなたは善なる存在ですか、と。悪と判じられた者は自らの罪の重さで圧殺される。恐るべきはその判定が彼女の価値観で行われる事だ。
モーブ
モーブ
風渡りの聖騎士
ルクレツィアを護衛した四人の聖騎士のうちの一人。黒い髪のイケメン。異名は戦い方に由来する。神聖術で強化した肉体に、指向性を絞った風魔法を重ねた高機動戦闘。良く言えば寡黙。悪くいえばコミュ障。
▼ 探索者ギルド
サー・イェリコ・グロッケン
探索者ギルドマスター / 豚鬼種の英雄 / 利き鼻
探索者ギルドの親玉。巨大な体躯を執務机に収めた豚鬼種の英雄。その鼻で相手の帯びる毒、呪詛、悪意を嗅ぎ分ける。現役時代に悪竜を討ち、愛剣『大猪牙』を壁に飾る。脂肪の下には竜種に匹敵する膂力を秘めるが、全力稼働は数分──超えれば餓死するほど燃費が悪い。
ハノン
探索者ギルド受付嬢
金髪碧眼。冷静沈着で愛想がない。グロッケンの愛人という噂を流した者は、割りの悪い依頼しか回されずすぐ謝罪する羽目になったという。
ザンクード
荷持ちの老探索者 / 酔いどれ
いつも酒場で飲んでいる爺さん。喉の矢傷のせいで声が掠れる。半世紀を迷宮で費やした古強者で、流派の名を持たない我流の槍を振るう。型が無いぶん軌道が読めない。
ソニア
「ブルーソニアの隠し牙」リーダー
軽装の女戦士。まともに死ねなかった哀れな女。
ケイセルカット
斥候 / 「隠し牙」メンバー
運が良い若者。仲間がジャーヒルの歌に呑まれていく中、唯一正気を保ち、逃げ切った。
▼ カナン神聖国/オルセイン王国
法皇レダ
カナン神聖国 法皇
年齢抑制の恩寵で三十代半ばの外見を保つが、実年齢は六十を超える。彼女を「お飾り」と呼ぶ者がいる。傀儡の玉座で微笑むだけの女だと信じている者がいる。確かにそうかもしれない。レダは神聖術が絶望的に下手糞だし、政治を知らない。それでも彼女以外に法皇は考えられない。彼女がカナンで最も強いからである。
大主教ヒュレイア・フォン・ハーデン
六大主教 / ルクレツィアの上司
齢三十半ばで六大主教に昇り詰めた才媛。人間を道具として値踏みする。法皇を「お飾り」と見なし、いずれは自身がと考えている。彼女はレダよりよほど政治ができる。ただ、政治では魔を討てない。
宰相ジャハム
オルセイン王国宰相 / 大魔導師《アーク・ウィザード》
この男の全ての行動は、一つの名前で説明がつく。ザビーネ。亡き王妃の名だ。醜悪という言葉が人の形を取ったような男が、全存在を賭けて死者を蘇らせようとしている。クーデターでオーム王を追放し、ベルンハルトを裏切りの駒として迷宮へ送り込む。ただそれだけのために一つの国を大悪に捧げる。
ベルンハルト
近衛騎士団長 → 魔騎士
近衛騎士団長だった。過去形で語るしかない。ジャハムの策略で大迷宮に送り込まれ、大悪の力で魔騎士に堕ちた。
敵対者
囁く者とは人間が名付けた。名前をつけなければ、恐怖を語ることすらできなかったからだ。
囁く者
囁く者
歴史を紐解いてみれば、災厄と呼んでよい厄の陰には必ずこれらの存在があった。
ジャーヒル
ジャーヒル
暗黒の大母 / 二邪の一
肉を堕とす者
シェディム
シェディム
深淵の聖母 / 二邪の一
魂を堕とす者
▼ その他の脅威
エリゴス・ハスラー
カル・ローンの悪魔 / 首狩りハスラー
傭兵国家カル・ローンの筆頭傭兵団長。愛剣ローン・モウアで数え切れぬ英雄首を狩り獲った。最下層の宝剣を求め、第5層でルクレツィア一行と邂逅。情報を交換して一度は引き返したが──
魔将《デーモン・コマンダー》
大迷宮を狩り場とする上位悪魔族
悪魔は悪魔であって魔物ではない。囁く者たちとも無関係だ。彼らには故郷があり、大迷宮はその魔界との境界が薄い。だからこそ顕れる。中位、下位を従える様が将軍のようだから、人間が魔将と名付けた。
グレーターデーモン
上位悪魔
レッサーデーモンと並べて語られる事があるが論外である。レッサーより強大だからグレーターと呼ばれるのではない。その強さ、その恐ろしさゆえにグレーターデーモンと呼ばれるのだ。
その他の人々
主役だけが物語を動かすわけではない。名もなき者たちの選択が、時に世界の天秤を傾ける。
聖騎士サンドロス 異端審問官上がりの偉丈夫。法皇への不敬に義憤を感じ君に掴みかかり、べっこりへこまされた。残念ながら生存。
国王オーム クーデターで追放された元国王。その血は第10層への扉を開く鍵となる。──王の血とはつまり、そういうものだ。
ザビーネ 死者。亡き王妃。ジャハムの愛の歪みは、何人がそのために死んだかで測ればいい。
ゼナ 新米探索者。賊の襲撃で真っ先に立ち向かい真っ先に殺された。まあ、どこぞの冒険者に蘇生されたようだが。
ケージ 上位冒険者として稼ぎは十分あるはずなのに、全て賭博でトバすほどのカス。
ラーナラーナ レダの娘。くりくりとした眼にふわふわの栗毛。歳の頃は十かそこら。
国家と勢力
三つの国がアヴァロンの地下を巡って交わる。一つは戦いを神と崇め、一つは神に戦いを捧げ、一つは戦いの上に街を建てた。
ライカード王国
ライカード王国
超好戦的魔導国家 ── 死は風邪のようなもの
ライカードから来た男に、死をどう思うかと訊いた。少し重い風邪のようなものだ、と笑った。翌日、コボルトに殺された仲間を蘇生教会へ担ぎ込み、三十分後には酒場で一緒に飲んでいた。この男たちの国では、死は本当に風邪なのだ。
魔法体系は七段階の位階制で、各位階の呪文を一日九回まで使える。「絶対的な神などいない。いたとしてもそれは殺せる存在であり、神みたいなかんじの魔物である」と教育する国。
余談だが、ライカードにはNINJAとよばれる者たちがいる。忍者ではなくNINJAだ。全裸で戦い、手刀で首をはねる。諜報活動は行わない。
迷宮都市アヴァロン
迷宮都市アヴァロン
大迷宮の上に築かれた街
不味いエールで知られる安酒場がある。壁際に座ると怒号と笑い声が頭上を飛び交う。生きて帰った者が飲み、帰らなかった者の席には新しい誰かが座る。それがアヴァロンだ。
オルセイン王国に属するが実質は探索者ギルドの自治領。酒場と武具店と命知らずがひしめく。迷宮からは希少な資源、武具、魔法の道具が出土し、それを求めて各国から傭兵が集まる。
カナン神聖国
カナン神聖国
信仰の国 ── 白壁の都ユーガリット
白亜の城壁には退魔の力が込められている。ただし材質は白鳥石で脆い。
神を国として奉じる宗教国家。指導者は法皇レダだが、実質国を動かすのは六名の大主教。神聖魔法は信仰の深さで出力が変わる。応用は利くが不安定で、術者の心が揺れれば威力も揺れる。なお、カナンはヒト種のみで構成される。異種族の姿は見られない。それが何を意味するかは、各自の判断に委ねる。
囁く者とは何か
あなたの中に、それは既にいるかもしれない。
それ
「それ」の正体
見た目は生白くぬらっとした卑小なヒル。踏めば潰れる。焼けば死ぬ。──だが見た目通りの存在ではない。次元間の行き来を可能にする一種の生体ゲートである。一匹では意味を為さない。門を開くには膨大な数が要る。だから「それ」の目的は増えることだ。多く、多く、限りなく多く。それ以外の目的を持たない。
「それ」は増える
増殖手段は寄生。宿主に取り憑きエネルギーを搾取する。宿主が生きようとする限り、その行為は「それ」を守ることにもなる。──エネルギーとは栄養に限らない。感情だ。激しいほど上等の餌となる。信仰、愛、憎しみ、誇り。人間が最も尊いと思うものが、最も美味いらしい。
「改善」
効率よく餌を得るため「それ」は宿主を「改善」する。最初に恐怖を消す。次に哀しみを消す。すると宿主は囁きを天啓と受け止め始める。声に従えば辛いことが消え、喜びに満たされていく。──その喜びが「それ」を太らせているとも知らずに。
門が開く時
限度を超えると宿主の体内で際限なく増殖し、最後には宿主ごと破裂する。──ぱぁん、と。
破裂の直前、宿主は正気に戻る。自分を「こんなふう」にした存在への怒り。戻れない哀しみ。そして恐怖。その爆発が「それ」を爆発的に増やし、膨大なエネルギーが生体ゲートを起動させる。──つまり、絶望が門を開く。
なお「それ」は善でも悪でもない。だから破邪の力は痛痒を与えない。ルクレツィアほどの聖女の信仰すら、むしろ良質な餌だった。
門の向こう
歴史が一定の周期で大災厄を繰り返すのは、門が何度も開きかけているからだ。
アヴァロン大迷宮
潜った者だけが知っている。あの暗闇には温度がある。匂いがある。──息をしている。
第1層
F1 ── 薄暗回廊
松明の光が届く範囲だけが世界だった。石造りの回廊が続き、小鬼の爪が壁を掻く音が響く。新米はここで魔物の血の匂いを嗅ぎ、命の値段を覚える。
第2層
F2 ── 屍涼荒野
地下なのに空が見えた。説明はつかない。魔力の歪みが外界を投影しているとされるが、あれがどこの空なのかは誰も知らない。スケルトンの徘徊する荒野。
第3層
F3 ── 坑道層
至る所の松明は不思議と消えない。が──その影に悪魔が潜む。光が多いほど影も増える。安心と危険が同じ源泉から生まれる、嫌な構造。この辺から新米は遺書を書き始めたほうがいい。
第4層
F4 ── 迷宮層
側壁に装飾の施された「迷宮らしい迷宮」。人の手が入っているが建造者は不明。やけに寒く、湿った空気が流れる。墓場に似ている、と誰かが言った。
第5層
F5 ── 血渇円堂
通路はない。すり鉢状の広間が一つ。観客席に囲まれた円形の舞台。──かつて何者かがここで戦いを見物していた。そう思わせる構造だ。敵は出ない。ただしセーフエリアとは、あくまで人間の線引きである事を思い返すべきだ。
第6層
F6 ── 沼地層 / 下層回廊
上層は沼地。足元は緑と茶の泥に覆われ悪臭が漂う。触手の集合体と保護色のトカゲが襲う。長居すれば体が蝕まれる。下層は石の通路型回廊に変わる。
第7層
F7 ── 黒死聖堂
光が死ぬ。松明を掲げても闇に飲まれる。魔法の光も同じだ。ギルドの記録にすら情報のない未踏の領域。囁き声だけが耳元で鳴り続ける。
奥に至った者は見るだろう。墓石が円形に並び、中央に巨大な石棺が浮いているのを。暗黒の中で、それだけが明瞭に見える。
第8層
F8 ── 肉の回廊
生物的な質感の壁面が呼吸するように収縮を繰り返す。もはや迷宮ではない。上位の悪魔族が跋扈する魔界。
最深部
F9-10 ── 最深部
全ての道はここに至り、ここから先はない。
ダンジョン仕草
この魔導書はギルドの記録、生還者の証言、
そして迷宮から回収された断片から編まれた。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。