第26話:地の獄へ
この霧が臭いな、と君は思う。
街を覆う濃厚な霧は、異常事態の背後に潜む何かを、あるいはその全てを示唆しているのかもしれない。
君が身を置いているのは、生命と金を天秤にかける者達の世界である。探索者は通常、金に目がくらむ。だが命の危険が迫れば、その選択はいつだって生命の方へ傾く。にもかかわらず膨大な報奨金に釣られて深淵へ群がるのは、些か合理を欠く様に思えた。
そこで君は疑問を口にした。上級探索者たちはどうしているのかと。
「ブフゥ~……多くの腕利きたちは、姿を消しました。王国を離れた者もいますし、宿に引きこもる者もいますよ」
君は深く頷き、自らの推測を述べる。
この霧が人々の正常な判断力を鈍らせているのではないか。しかし一定の実力を持つ者には影響が薄いか、あるいは効きが弱まっているのではないか。
そして、最も重要な疑問。この霧の発生源は、もしかして王城そのものではないか。
サー・イェリコ・グロッケンは猪面を曇らせながらも、否定はしなかった。ただし、王国と事を構えると考えれば気持ちは晴れやかであるまい。彼は亜人でありながら勇士としての地位を築いた男である。
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君は仲間達を振り返り、選択を迫った。
すなわち王城へカチこみ、元凶をぶちのめすか。例えそれが王であっても。
あるいは迷宮深部へとカチこみ、元凶をぶちのめすか。
だが君の戒律は『善(GOOD)』である。第三の選択肢も同時にしめしてやった。
つまり、尻尾を巻いて逃げるという選択肢である。
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燃える様な赤毛の軽戦士キャリエルは、君の方をじっと見て、そして窓の外に視線をやる。しきりに耳たぶを弄っていたかとおもいきや、髪の毛をかき上げたり、手櫛でとかしたり。とにかく落ち着きがない。
だが君はじっと我慢強く彼女の答えを待った。
「私は、う~ん……お兄さんに、ついていくよ……本当は怖いんだけど、まあ勘ってやつ……なのかな」
君は頷いた。
キャリエルはどうにも練度に欠ける部分があるが、それは探索中でも鍛えればよい。話によればこの世界の迷宮にも悪魔族が出るらしい。であるならば、いくら殺してもすぐ増える便利な悪魔とも逢えるのではないかと君は期待する。
次に君は神聖国の騎士、モーブを見る。
彼は風を操る練達の戦士で、ルクレツィアの供としてこの地へやってきた。そして迷宮の深部で闇に触れ、その肉体を何かに侵食され正気を失ってしまった所を、君に文字通り肉体を吹き飛ばされて蘇生され、今に至る。
「はあ……私は別に……命令されればどこへでもついていきますので……」
モーブは君と視線を合わせようとせず、どこか恐縮したような様子で答えた。彼は君に隔意があるというほどでもないのだが、体が君の蛮行を覚えており、話しかけられるだけで不可思議な畏敬の念と恐怖心が湧き上がってくるのだ。
君は再び頷く。
何処へでもついてきてくれる従順な仲間というのは貴重である。こと迷宮探索で変に個性を出されて好き勝手やられてしまうと、パーティ全滅に直結しかねない。
この迷宮は怖いからいやだとか、この階層は嫌な予感がするからいやだとか、そんな事を仲間が言い出したら、君は発狂してソイツをぶち殺してしまいたくなるだろう。迷宮探索で大事なのは意思の統一である。
続いて君はルクレツィアを見た。
神聖国では『降る雪の聖女』と呼ばれている美女。流れる白銀の髪が美しく、色白の肌と幸薄そうな顔立ちが似合う。彼女はこの国の迷宮の魔を祓う為に供の騎士たちを連れて訪れたのだが、深部で闇に触れ、その肉体と精神を蝕まれてしまった。しかし君の肉体硬化の魔法を応用した文字通りの鉄拳によって上半身を吹き飛ばされ、モーブと同様に蘇生されて今に至る。
「主様、貴方が征くというのならば、わたくしはそこが魔の蔓延る地の獄であろうとも臆したりは致しません。その息吹で巨竜を屠り、その一振りで邪神の肉体は微塵と砕けます。この地上で最も強く、美しく、誇り高き存在……それは誰か。主様に他なりません。……ですが、かの地に待ち受けるは恐らくはこの国始まって以来の巨悪……予言の災厄……。この矮小な身と心では、どこまでついていけるか……どうか主様、脆弱なわたくしに勇気を下さいませッ……!」
君は三度頷き、はしなかった。
こいつは一体何を言っているんだろうという冷たい目でルクレツィアを見る。精神の均衡が失われているのかと危惧するが、ルクレツィアという女はもともとちょっとイカれていたなと思い出し、ほんの僅かに頷くにとどめた。
だが君も別に鈍感系を通しているわけではなく、ルクレツィアが自身に妙な懸想をしている事は理解している。勇気をくれというのならくれてやろうと、君はルクレツィアの腰を強く掴み、自分の腰へと押し付けた。そして耳元で囁く。
俺の為に戦え、そして死ね。
戦って死ぬことは誇りである。特にライカードでは。死ねば学ぶ。学べば強くなる。探索者は死ねば死ぬほど強くなるのだ。強さあっての正義であり、悪である。力が無ければ正義も悪も無意味で無力でゴミで無駄だ。
君はそんなライカード魂を息吹に変えて、ルクレツィアの耳朶へと吹き付けてやったのだ。
果たして効果は覿面で、ルクレツィアはその場に崩れ落ちて何か変なモノに耽っている。キャリエルとモーブの視線が君に刺さるが、君はそれを努めて無視した。
ともあれ、仲間達の意思を確認した君は、迷宮深部への踏破を決断する。
この国の上層部が何者かの影響を受けているとして、その根本原因が迷宮深部に巣食う何者かにあることは、想像を巡らせるまでもない。であるなら元凶を叩いた方が合理的であり、問題解決までの時間も短くなるだろう。
といっても、現時点では迷宮がちょっと騒がしく、不穏になった程度ではある。だが数々のトラブルに直面してきた君は、今回の一件は放置しておけば非常に大きな厄となる事を、理屈ではなく直感で理解していた。
勿論単なる勘だけではなく、神聖国の予言も厄災の存在を警告しているというのもある。
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君がグロッケンに迷宮へ向かう事を告げると、彼はそれを止める事は無かった。
グロッケンは君の実力の程を全て見切っている、とまではいかないが、その階梯の高さを薄々察している。それはグロッケン自身も優れた戦士であるからだ。猛者は猛者を知るという所だろう。




