閑話:キャリエル独白
何度考えてもわからなかった。
何故自分は生きているのだろう。
冷たい剣が胸を貫いて、胸の奥でなにか熱いものが弾けたとおもったら、ギルドに寝かされていた。身につけていた革鎧は胸の部分が切り裂かれている。
誰かが助けてくれたのか。あの恐ろしい連中を退けて?
よくいる探索者崩れの賊徒じゃなかった。自分だってソロ探索者の端くれだから、自分で言うのはなんだけれどそれなりに腕は立つほうだと思っている。野盗とかそんな類ならかこまれたってへいちゃらだ。
危ない場所にさえいなければいい。昔からそういうのがよくわかるのだ。なにか危ない、どこか危ない、そういういやな予感を感じたときは必ず的中する。
それならあの時なぜ迷宮にはいってしまったのか。これまで働いてくれていた勘はどこにいってしまったのか。そう思っていたけれど。
今になって気付いた。勘が働かなくなったんじゃない。
痛すぎて痛みを忘れてしまうように
悲しすぎて涙をながせないように
危なすぎて麻痺していただけなんだ。
◇
どっこいしょ、とキャリエルはいつもの酒場のいつもの席に腰掛け、あたりをきょろきょろと見回した。
求める姿はなかった。
(ん~……? きてないのかな)
不味そうにエールを飲む青年。それが彼女の探している姿である。
この店は不味いエールが売りだから不味くて当然なのだ。とにかく安いし、何となくエールっぽい味がするエールのようななにかだが、飲めば酔うので色々雑な探索者に人気がある。
それはともかくとして、自分と同じようにソロらしい彼には妙な親近感を覚えていた。初めて酒場で知り合ったときは、なんか地味なお兄さんだなとおもったけれど、話していくうちに相手が豊富な経験をもつ先輩探索者であることがわかった。見た目と経験がかみあっていないところがなんともミステリアスで、気になって仕方なくなってしまったのだ。
それから色々と彼のことを探ってみると、見た目に合わずかなり苛烈な人だということもわかった。
ギルドが彼については一切なにも話そうとしない時点で相当危ない。話さない理由が彼の背景だとか立場によるものならまだ理解できるが、ギルド員たちはただ怖がっているだけだった。彼の許可無く彼の事をはなして、それで目を付けられたくないのだ。
二度目に会ったときはそれで大分びくびくしていたものだが、口数は少ないけれど穏やかな人で、苛烈なことをするならするだけの理由があったんだろうなと思わせられた。というより、詮索していたことはとっくにばれていた。余り感心したことじゃないと叱られながら、質問に色々答えてもらったり他愛ない話をしているうちに、何となく仲良くなったような気がしていたのだ。
そんな彼にどうしても確認したいことがあった。
だが来ていない。
探索者である以上、不慮の死は誰にでもありえる。それでもあのお兄さんに限ってそんなことはなさそうだな、とキャリエルは思う。
マスターにきくと、ギルドで大きい仕事を請けたみたいですよ、と言われた。ここのマスターは探索者界隈の事情に詳しく、酒を注文すればちょっとした情報を教えてくれるのだ。
キャリエルはやや落胆したが、そういうことなら仕方ないと一人酒を楽しむことにした。
ぬるいエールをちびちびと舐めながら、キャリエルは思い出す。
身動きがとれないままに、深くて冷たい泥へ沈んでいく自分。手を伸ばせど泥の重さに抗えず、次第に四肢から力がぬけていく。全身が麻痺して、眠くなってしまった、そのとき。
手を掴んで引っ張りあげてくれる人影を見た。
その人影は、なんだかあのお兄さんに似ていた。
◆
翌日、キャリエルは飲みすぎて少しポヤポヤする頭に難儀しながらギルドへむかった。
この前の事で呼び出しを受けたのだ。朝一番に出頭するようにと手紙がきていた。
ギルドへ入ると、受付嬢のハノンと視線が合う。ちょいちょいと指で来いと指示され、向かってみれば小袋を手渡された。
「えっと……これはなぁに?」
キャリエルが問うと、ハノンは答えた。
「報酬よ。ヒヨコたちのことを身を以って守った特別報酬」
すまし顔で言うハノンの表情からは何も読み取れない。
「守れてないけど?」
──というより、私も死んじゃったはずだけど? ハノン、あなたは何をしってるの? なにを隠してるの?
言外にそう伝えるが、ハノンは表情を一片も崩さず、キャリエルの手をとって袋を握らせた。
「いい? キャリエル。あなたはひよこ達を守った。その身を呈して。失われた命はなかったの。あなたのおかげで。あなたたちを襲った賊は、あなたたちが死んだと早合点して去っていったのよ。別の探索者チームが偶然あなたたちを見つけた。それで治療がまにあった。いいわね?」
──そういうことにしておきなさい。
「……そーだね。そんな気がするよ。ありがと、じゃあ報酬はもらっていくね」
キャリエルは納得していなかったが、馬鹿ではないのでギルドの言いたい事は理解した。
報酬の入った袋を、軽いな、とげんなりしながら懐にしまい、家へ戻る。
袋をあけてみたら、はいっていたのは。
「き、金貨……2枚!?」
驚きで飛び上がってしまった。
たった2枚の硬貨なら軽くて当然だった。
金貨2枚ということは銀貨200枚ということだ。銀貨200枚ということは銅貨2000枚ということになって、賤貨だったら20000枚だ。
馬鹿な!
キャリエルの平均的な収入は、一回の探索に二、三日かかって銀貨5枚というところである。妹の病気はたちの悪い流行り病で、毎月の薬代が銀貨20枚はかかる。収入の半分近くが薬代に消えているため、ボロボロの安宿しかかりられない。
薬を飲み続ければいずれ治る類のものだが、完治までに一年ちかくかかる。病そのものより、薬代を捻出するための貧困で死ぬ人数のほうが多い。非常にタチの悪い流行病だった。
楽しみといえば安くて不味いエールしかなく、正直、生活はお世辞にも楽とはいえない。そこへ金貨2枚である。人生がかわってしまう。無理しておっかない迷宮にもぐる意味もなくなるのだ。
だが喜んでばかりもいられない。特別報酬だとハノンはいっていたが、一体なにがどうなって……。
酒焼けした頭ではまともにモノを考えられぬとばかりに、キャリエルはベッドへ突っ伏した。
懐にしっかり金貨の小袋をしまって。




