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ユメオイビト  作者: 神楽一斗
7/12

7 桜舞島

 日差しが思いのほか暑く、空が透き通るように青い春の昼前。一弥は、フェリーに乗るために桟橋の入口に立っていた。乗り場には人はまばらで、一弥を含めても十人もいない。ほとんどの乗客は、先に車ごと乗りこんでいるのだ。

 最高気温が三十五度近くになるらしいと、近くの乗客が話している。一弥が帽子を忘れてきたのを後悔し始めたころ、やっと入口を塞ぐチェーンが外され、乗客たちがフェリーの中へとなだれ込んだ。一弥が甲板の椅子に座って一息ついていると、さんざん使い古したと思われる音質で、アナウンスが流れてきた。

 ――このたびは桜舞島行き連絡船『さくら』にご乗船頂きまして、誠にありがとうございます。桜舞島到着までの運行時間は約三十分となっております。短い船旅ではありますが、ごゆっくりとおくつろぎください。

 一弥は壁に貼ってある、色褪せたポスターに目をやった。桜の並木道の写真の上に、『桜舞灯篭祭り』のタイトルがある。夢の中で見たあの場所だ。


 なぜ美桜にこだわるのか、一弥は自分でもよく分かっていなかった。異性としてか、時折見せる、彼女の寂しげな表情の理由を知るためか。あるいは、同じ能力を持つ者同士、という部分で気になっているのか。色々と自己分析してみるものの、答えは出そうにない。


 ――まもなく、桜舞島に到着致します。ご乗船ありがとうございました。どなた様もお忘れ物のないよう、お気を付けください。

 水平線の向こうから、想像していたよりも小さめの島が近づいてきた。一見すると、無人島ではないかと錯覚するほど、人工物が目につかない。フェリーに常備してあったパンフレットによると、潮の関係で島の裏側にしか港を作れず、結果、人が住む場所も港を中心に集中しているためらしい。

 フェリーが港に着き、一弥は陸地に降り立った。まだ地面が揺れているような感覚が残っている。一弥はパンフレットの地図を参考に、すぐ近くにある交番を目指して歩き出した。


 無人島というほどではないが、決して人口は多くない。フェリー乗り場前の車道を通る車もまばらで、信号機も見当たらない。一弥は、申し訳程度に地面に跡が残る横断歩道を目印に道路を横切ると、小さな交番の建物前にたどり着いた。

 ドアについているガラス戸から建物の中を覗くと、中は薄暗くて人がいる気配がない。仕方なく引き返そうと振り向いたとき、いつの間にかそこに大男が立っていて、一弥は一歩のけぞった。水色のワイシャツに紺色のスラックスという服装で、警官であることは一目瞭然だった。

「何か用かな?」やたらと大きな声で、その警官は言った。

「人を探してるんですが」若干気圧されながら一弥が言うと、警官は満面の笑みを浮かべた。

「ほう、人探し。じゃあこちらへどうぞ」

 パイプ椅子に座らされ、一弥が何かで連行された気分に浸っているうちに、警官は湯気の立つ湯呑と、山ほど煎餅の入った缶を持ってきた。

「自分の家だと思って、くつろいでいいから」

「はあ」

 警官は、無造作に書類が並ぶ書棚をかき回しながら、一弥に聞いた。

「君、島の子じゃないね。誰を探してるのかな?」

「小中学生ぐらいの女の子なんですが、美桜っていう名前で」

「下の名前は?」

「美桜が名前です。苗字は分からないんですが……」部屋を見渡す限り、パソコンの類いはない。昔ながらの交番といった風情だ。一弥は正直、無茶な依頼かもしれないと思っていた。

「美桜ちゃんって、もしかして井塚さんとこの? なんだ、人探しっていうから、行方不明か何かだと思ったよ」警官は豪快に笑い飛ばすと、一弥の向かい側に腰かけた。

「一応、そういう質問は受けられない事になっているんだけども」

 そう言って、警官は頭をかいた。

「でもまあ、お嬢ちゃんは悪い子ではなさそうだしなあ」

 一弥は、自分が男であると言おうかと思ったが、面倒になりそうなので止めておいた。

「他の住民に聞いてもわかると思うから、話してしまうけど、美桜ちゃん、だいぶ前から入院してるんだよ」


 一弥は、病院へ向かうバスの中にいた。交番を出てからというもの、一弥の胸はずっと高鳴っていた。美桜の両親に何かしらの事情があることは予想していたが、美桜本人が病気だとは全く考えていなかった。考えられるあらゆる事態を想定しておくべきだったと後悔する。

 心の整理がつかないまま、バスは病院前に到着した。『桜舞中央病院』と看板があるその建物は一弥の想像よりは大きく、六、七階ほどの高さはありそうだった。エントランス前に立つと、一弥は踏み出す一歩が重く感じられた。せっかく彼女に会えるというのに、気が進まない。しかし、今の状態を知っておかなければならない。一弥は、意を決して受付まで歩を進めた。

「すいません、こちらに入院している井塚美桜さんのお見舞いに来たんですが」

 受付の女性に聞くと、機械的な返答が返ってきた。

「ご親類の方ですか?」

「いえ、友達なんですが」

「申し訳ありませんが、隔離病棟となっておりますので、ご親類の方以外の面会はお断りしております」

 面会できないことより、隔離という響きが一弥の心に重くのしかかった。

「あの、どういう病気で」

「そういったことも、お答えできない規則になっておりまして。申し訳ありません」


 一弥は、受付前のベンチに座って途方に暮れていた。今の所確かなのは、美桜と言う名の少女が入院していると言うことだけだ。それが美桜本人なのかも、会わないことには確かめようがない。せめて写真でも見ることが出来れば、そう考えていた時だった。エントランスの自動ドアが開いて、紙袋を抱えた男が入ってきた。どこかで見覚えのある顔。一弥は頭を回転させ、記憶の中の顔と照合する。

「あの」一弥は、その男に反射的に声をかけていた。

「はい?」男が振り返る。

「井塚美桜さんのお父さんですよね?」

 男は一弥を不思議そうに見つめた。

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