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ユメオイビト  作者: 神楽一斗
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6 一弥の夢

 自分の事を一弥だと言う彼女は、美桜を不思議そうに見ていた。見た目は三十代半ば、エプロン姿の恰幅の良い女性。一弥とは似ても似つかない、別人だった。

「美桜、遅くなってごめん」申し訳無さそうにそう言う彼女は、とぼけているという風でもない。

「すみません、あの……どなたですか?」

 美桜はどう答えたらいいかわからず、うろたえながらそう聞くしかなかった。

「だから……」と言いかけて、女性は自分の身体を見下ろした。慌てたように体中を確認すると、顔を上げた。

「なんか、見た目が変わっちゃってるみたいだけど、わかるかな? 僕、一弥なんだけど」

 彼女は美桜の瞳を真っ直ぐに見た。

「そう……なの?」

 美桜には目の前にいるのが一弥だと判断する材料がなかった。自分の名前を知っているというだけでは、確信は持てない。

「どうすれば信用してもらえるかな」

 彼女は腕を組んで考え込んだ。しばらく首をひねっていたが、何かを決心したように、美桜の方に向き直った。

「何か質問してみてよ、僕しか知らないこと」

 美桜はあまり一弥の事を知らない。でも、この世界で一緒に過ごした間の事なら、誰も知らないはずだと思い、記憶を遡った。

「じゃあ、今いるこの場所はどこですか?」

「美桜が作った、桜舞灯篭祭の世界」女性は即答した。

「わたしたちが最初に会ったのはいつですか?」

「三月の始め、だったね」

「今日ここでわたしたちが会う為にした約束は?」

「午後二時に一緒に眠る事」

「一弥……なのかも」

 仕草や話し方から、一弥の雰囲気を感じ取った美桜は、半信半疑ながら、信じてみようという気になった。

「どうして、いつもと見た目が違うの?」

「さあ、僕にもわからないよ。眠るのに苦労したせいかな。……このエプロン、多分珠美さんだな」

 そう言って、一弥は自分の腹を擦った。

「知ってる人?」

「僕の親代わりの人なんだ」

 美桜は親代わりという単語に敏感に反応した。自身も片親を亡くしている美桜は、一弥が、同じような境遇なのかもしれないと思った。

「なんで珠美さんになってるんだろ」

 一弥は自分の手首をくるくると回して手の形を観察している。

「夢だから、じゃないかな」美桜はつぶやいた。

「わたしも、誰かになる夢をみることあるもの」

「そうなんだ? 確かに、夜更しを珠美さんに気付かれるとうるさいから、意識はしてたけど」

「夜更し、したんだ」

 自分も夜更しをしたと言いかけて、美桜は言葉を飲み込んだ。病院にいることを、一弥に知られてしまうかも知れないと恐れたのだ。

「これが夢なら、こうやって話してる美桜も夢だったりする?」

「ここはわたしたち二人の夢なんだよ。だから、わたしはここにちゃんといるよ」

 そう言って、美桜は自分の胸に手を当てて見せた。それに対して見つめ返してくるのは、初めて会ったばかりの一弥の親代わりの女性。美桜は何だか可笑しくなって、クスクスと笑った。

「変な感じ」

「ホントだよ、これじゃ、実験成功とは言えないかもな」

 一緒に眠る事で会うには会えたが、少し想像していた出会いとは違った。それでも美桜は楽しかった。一弥が自分と同じ時間を共有してくれているだけで、満足だった。


 * * *


 一弥は、いつもの天井のシミを見ていた。窓から差し込む夕日に照らされて、部屋全体がオレンジ色に染まっている。勉強机の上の置き時計を見ると、五時十五分を指していた。

 一弥はゆっくりと身体を起こした。頭がぼうっとして、思考が働くまでに時間がかかる。どうやら夢の途中で目が覚めてしまったらしい。深呼吸をして、夢の中でみたことを思い返してみる。


 美桜の世界にたどり着いたとき、いつもの桜並木の真ん中に立っていた。しばらくすると、美桜がこちらに向かって走ってきて、ぶつかりそうになったので受け止めた。自分の身体がなぜか珠美になっていて、夢ではそういう事もあるのだと、美桜と話をした。


 今日出会った美桜は、本当の美桜なのか。夢の中で、彼女はここにいるのだと言っていた。しかし全てが自分自身が作り出した『普通の』夢である可能性は否定できないのではないか。そもそも、これまで三度、夢の中で出会った『美桜』という少女は実在するのか。一弥は、急に湧いてきた疑問に恐怖を覚えた。他人の夢ばかり見ていたと思っていたのに、そうではないかも知れない。

 一弥は、自分の心臓の高鳴る音を聞いた。胸が苦しく、呼吸が早くなってくる。今まで体験した物語が本物かどうかは、どうでもよかった。美桜が架空の存在かも知れないということだけは、どうしても信じたくない。一弥は乱れる呼吸を整えるため、もう一度大きく息を吸い込んだ。

 今晩、また夢の中で美桜に会えるだろうか。会えたとして、それが実在する美桜かどうか、わかるとは思えなかった。一弥は、この気持ちに決着を付けるには、もう方法は一つしかないと思っていた。桜舞町に実際に行ってみるのだ。

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