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ユメオイビト  作者: 神楽一斗
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4 美桜の世界

 二人は土手の芝生に並んで座って、次々に打ち上げられる花火を見上げていた。互いに意識し合って、中々言葉が出てこない。

「ここに来る方法がわかったの?」

 美桜が思い切って聞くと、一弥は苦笑した。

「いや、ただの偶然。もしかしたら、夢をみる時間が関係あるのかなって思っただけだよ」

 他人の夢を無作為にみている一弥は、日中に眠る事で、その対象を少しでも減らそうと思った。夏休みに入った今だから出来ることだ。

 美桜が首を傾げるようにして笑うのを見て、一弥は少し安心した。前に見た、どこか憂いを帯びていた表情が消えていたからだ。

 一弥は、インターネットを駆使して、美桜と会うための手がかりを探していた。『美桜』という名前だけでは、特定するのは難しかった。灯篭祭について調べているうちに、夢の中でみた光景と全く同じ風景写真を見つけたのだ。

 一弥の住む新儀あたらぎ町から海を挟んだ所に浮かぶ桜舞おうぶ島一帯にある、桜舞町おうぶちょう。島の地形がもたらす独自の気候により、毎年三月初旬には桜が開花することで知られる。桜の開花時期に開催される桜舞灯篭祭は、平安時代から続く由緒正しき祭事だ。かつて、採掘中の事故で亡くなった鉱夫の遺体が川の下流に流れ着いたことがあり、その死者の魂を送るため、島を挙げて祭事が執り行われた。死者と同じ数の灯篭を川に流し、魂の冥福を祈る。現在の灯篭祭も、春の風物詩として、形を変えながら続いているものだ。

「『桜舞おうぶ灯篭祭』だよね、これ」

 一弥が聞くと、美桜はうなずいた。

「桜舞町に住んでるの?」

「うん、生まれたときからずっと」そう答えながら、美桜は表情を曇らせる。

「そうなんだ」一弥はそれ以上聞くのをやめた。触れられたくない心の中を、勝手に覗き見てしまうような気がしたのだ。

 一弥は芝生に仰向けになって空を眺めた。夜空を埋め尽くしそうなほどの沢山の星々が輝いている。美桜はしばらく隣で見ていたが、一弥の真似をして芝生に寝転んだ。

「ここって、美桜が作った世界でいいんだよね」

「うん」

「色んな夢を見てきたけど、こんなに綺麗な世界は見たことないよ」

「自分が見たままを思い浮かべてるだけだよ」

「だとすると、美桜って凄い記憶力だね」

 一弥が普段訪れる『夢』は、もやのかかったような、輪郭がぼやけた世界だった。それに対して、この世界は、星空も桜の木々も、視界に入る全てのものが、はっきりとそこに存在している。美桜の五感を通した世界は、自然の色彩も、花の匂いも、風の音も、現実世界とほとんど変わらなかった。

「そうなのかな」

「これは美桜にしかない才能だと思う」

 美桜は身体が熱くなるような感覚を覚えた。家族以外の誰かに褒められた記憶があまり無かった。

「美桜はこういう風に、世界を感じてるってことだ」

 そう言うと、一弥は目を閉じ、世界から聞こえる音や、匂いを探った。美桜は自分の描いた絵を見られているような気がして、気恥ずかしくなった。灯篭祭の思い出は、最も大切な記憶でもある。一弥に綺麗だと言われたことは素直に嬉しかった。

「夏休みの間、ずっとここにいたいぐらいだよ」

「ごめんなさい、灯籠が見えなくなったら、祭と一緒にこの世界も終わっちゃうの」

「そうなんだ、残念」

「ねえ、同じ時間に眠ればまた会えるのかな」

「わからないけど、やってみる価値はあるかも」

「わたし、今ならお昼過ぎに眠れる時間があるから」

「じゃあ実験してみようか。明日午後二時に、一緒に眠ってみよう」

「うん」

 祭が終わるまでの間、一弥は自分が見てきた夢の話をした。誰のものかわからない、沢山の記憶。どの夢も美桜の世界と同じように、強い感情を伴う記憶の断片なのだ。美桜たちが世界を作る側なら、一弥は世界に訪れる側。一弥はそう理解していた。

「わたしも誰かの世界に行けるのかな」

「何となく、美桜なら出来そうな気がするよ」

「一弥の世界にも行ってみたいな」

「それなら、僕は夢をみる練習をしないといけないかな」

 一弥は、自分の夢をみないという事が、かなり特殊なことなのだと今更ながら自覚した。

「本当に夢をみたことがないの?」

「多分ね。覚えてないだけかもしれない」

「わたしたち、何だか変だね」

「そうかも」

 二人は顔を見合わせて笑った。夢に関する話で誰かと共感できるなど、二人は考えた事も無かった。


 灯籠の灯りが川の下流へと消えていく。間もなく祭りが終わる時間が迫っていた。二人は灯籠の行方を見守っていた。

「この世界が美桜のものなら、時間を止めたりはできないのかな」

 美桜はしばらく考え込んでいたが、やがて首を傾げた。

「どうやるんだろう」

 美桜が真剣に悩んでいるので、一弥は思わず吹き出した。

「真面目だね」

 美桜が頬を膨らませていると、その身体がぼんやりと光り始めた。同時に、周りの景色が少しずつ輪郭を失っていく。

「時間が来たみたい」美桜は寂しそうに一弥を見た。

「じゃあ、明日の午後二時に」

「うん、待ってる」

 美桜の姿が光の粒となって消えるのと同時に、一弥の意識も暗転した。

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