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推しの為ならボスだってソロでぶっ倒したらぁぁぁ!!!

作者: カンタイ

「とどめぇ!!」

「ギギィ!」

「よし最後! お前! お前お前お前――っだ!」

「ギギ……!」


 目の前にゴブリンがいる。緑の肌に手には粗末な棍棒と絵にかいたようなゴブリンだ。

 言葉を話さず、ただギイギイとなくこいつらは必ず複数体で行動する。

 敵に出くわすと数を活かして包囲し袋叩きにしてくる俺のような「ソロプレイヤー」にとって厄介なモンスターである。


「おい待てこら! 逃げんじゃねえ! ふざけんなよ死ね!」


 しかし俺は見つけたら積極的に襲っている。


「お前で丁度レベルアップなんだよ!! アイリスちゃんの為の礎になれぇぇぇ!!」

「ギギャー――!!」


 だって経験値がおいしいから。




「クロス・オリジン」というカードゲームがある。アニメ、漫画、ゲーム化もされた十年続いている大人気タイトルの一つで、俺の子供の頃からの唯一の趣味だ。

 中学生時代から始めて今では大学生。限られたお小遣いをやりくりしてデッキを組んでいたあの頃とは違い、バイトの稼ぎを好きなだけ費やせる俺はショーケースに飾られたカードはもちろん、グッズだって好きなだけ手に入れることができる。


 ああ、昔の俺よ、俺は今素晴らしいオタク生活を満喫している。


 そんなクロオリ(クロス・オリジンの略称)一筋の俺が何で剣を手に取りゴブリン相手に経験値稼ぎに勤しんでいるのか?

 いやいや、浮気したわけではない。むしろこれもクロオリファン故よ。

 言っただろう、クロス・オリジンはアニメ、漫画、そしてゲーム化(・・・・)しているのだ。


 そう、今年で十周年を迎えたクロオリはなんとカードゲーム業界では初となるVRへの進出を果たしたのだ!


 そして世に出たのがこの「クロス・オリジン:ビヨンドザワールド」! クロオリのキャラクターたちを専用の最新AIで完璧に再現したMMORPGだ!

 そう、ロールプレイングゲーム! カードゲームではなくまさかのバトルファンタジー!


 まあ最初は原作の世界に飛び込めると思っていたファン(俺含め)からは大ブーイングだったけどな。だってカードが実体化するんだぞ? 大声で召喚口上叫べちゃうんだぞ? 男子の夢だろ。


「何でそうなる」「公式は何も分かってない」「fuckin' japanese」などの怨嗟の声が公式ホームページに寄せられる中、アニメ制作プロデューサーの放った一言がそれら全てを黙らせた。


『皆はアイリスやネイスと一緒に冒険したくないの? 僕はしたい』


 アイリス、ネイス。それはクロオリにある数多のカードの中で特にイラストが可愛く、何回も絵違いや派生カードが生み出されるくらいに非常に高い人気を誇る、いわゆるアイドルカードだ。当然俺も全種類持っている。特にアイリスちゃん推し。


 最初は公式に落胆していた俺もこれには「いや、でも、しかし」と言いつつ賛成派に鞍替えしてしまった。

 多分皆そうだろう。原作再現も捨てがたいがアイリスちゃんが自分と肩を並べて戦ったり食事をとったりあまつさえ笑いかけてくれたりなんかされたら想像するだけでヤバ――……あ、ちょっと意識が向こうの世界に飛びかけていたわ。危ねえ、死ぬならベッドの上じゃなくてコレクションルームって決めているんだ。


 まあそんな訳で告知から信じられないようなスピードで開発、発売されたこの「BTW(ビヨンドザワールド)」の初版を何とかして入手した俺は早速俺たちのアイドル、アイリスちゃんに会うべくプレイしているわけなんだが。


 ここで最初の疑問がまた湧き上がってくるのだ。「じゃあ何でお前はこんな森の中でレベリングしているのか」と。


 そんなの俺が知りてぇよクソが!

 だって会えなかったんだよ! アイリスちゃんのいる組織の門番に、「いくら使徒といえどお前のような未熟者を通す訳がないだろう」って言われたんだよ! 一目見るどころか門前払い食らったわ!


 果てしなくムカついたが門番どもと問題を起こしてしまえば二度と敷居を跨ぐことができなくなる可能性が高いからな。アイリスちゃんのいる街でNPCに色々聞いてみた結果、とりあえず未熟者(レベル一)から抜け出すことにしたのだ。


 カードゲームばかりしていてRPGには疎いが、レベルや経験値なんかはどんなゲームでも共通の知識だ。

 装備を揃えて街の外に出てモンスターを倒す。一体倒せばそれだけでレベルは上がった。


 しかし思ったのだ。あの門番、レベルは分かんなかったけど良い装備していたなと。

 このまままた行っても同じようにその程度の腕前で~とか言われてまた追い返されるのではないかと。

 何回もしつこいとこれもアイリスちゃんにいざ会うときに悪い印象を与えてしまう。

 ならばどうするか。


 ぐうの音も出ないくらいに強くなって会いに行くしかない。

 少なくともあの門番たちと同等の強さになるのは最低ラインだ。


 そう考えて装備を売っている店で門番と似たデザインの全身鎧を発見。装備に必要なステータスから目標をレベル十五としたのだ。


 そして現在プレイ開始から三日目。先ほどの戦闘でやっとレベルアップした。


「あーキツかった。自分の足で動くとやっぱ違うし、そもそもレベル差がなあ」


 ここ一番奥とはいえ最初のエリアだぜ。適正レベル八とかよ? ゴブリンがいくら経験値のウマくても亀の歩みなんだよな。

 たまに現れる金属鎧を身につけたちょっと強めのゴブリンは防御力高くて倒すのに時間かかってめんどくさいし。


 それでも俺はやり遂げた。金曜日の夜から始めて土、日と休憩以外はほぼぶっ続けでレベリングしていたからな! マジで途中とか機械のごとく無心でモンスター殺していたけど、流石に最後はテンション上がったな!


「くはは……! これであいつ等もんばんに文句は言われんだろう。堂々とあの扉をくぐってやるぞ!」






「帰れ! 何度言ったら分かる、貴様らにアイリス様がお会いすることはない!」

「強くなったら入れるんじゃないのか!?」

「そんなことは言っていない! 確かに強者は歓迎すべき者である。しかし誰彼構わず通す筈もなし!」

「我らはアイリス様よりこの基地の守りを任されているのだ! 使徒であろうと例外は認めぬぞ!」


 使徒? ああ、そういえば俺たちプレイヤーはこの世界の住民たち(NPC)を助けるために神より遣わされた存在っていう設定だったっけ?


「全く、使徒というのはどうしてこうも横暴なのだ!」

「ん? どういうこと?」

「自覚がないのか! お前たち使徒は数日前に遣わされた時からいったい何人がアイリス様に会わせろとここに来ていると思っている!」

「中には無理に通ろうとしたり不法侵入する者が現れる始末! 力を借りるどころか業務に支障をきたしておりアイリス様を含め司令部は非常に怒っておられる!」


 マジで!? 俺らの評価、既に最底辺に落ち込んでんの!?

 これは無理だな……、一旦退いて情報を集めてみるか。主要キャラからの好感度が低いのは非常にまずいぞ。


 ……ん?


「理解したならとっとと――」

「ねえちょっと君たち――……」

「うお!?」


 この機械の両腕に見上げるほどの大男、無精ひげに気だるげな声。こいつはまさか。


「『機巧王(きこうおう)』 イスケージ……」

「まだこの世界に来て三日なのに一目で僕だと分かるんだね。アイリスを求める使徒といい、神によって知識がインプットされているのかな?」

「イスケージ様、どのようなご用件ですか? 本日はこちらにいらっしゃる予定は来ておりませんが……」

「何、気分転換にアイリスのバイクを診に来たのさ。この前ぼやいていたからね、言われる前に来ただけさ」


 イスケージ。こいつはカードゲームの方のクロオリでアイリスちゃんと同じ勢力に所属し、その中核となっている存在だ。

 なにせこの陣営で用いられている技術の全てはこいつが生み出した理論を基にしているんだからな。「機巧王」という二つ名も納得の超重要人物である。


 というのはどうでも良くて。


 あのイスケージが動いて喋っている……! 俺の目の前で!

 感動だ。やっぱり生は違う。響くような低音ボイスも聞き惚れるね。こんなのが奥からのそのそと出てきたことには本物かと目を疑ったが、天はまだ俺を見捨ててはいない。


「そこのキミ」

「え、はい」

「アイリスに会いたいんだろう? 連れて行ってあげるよ」


 は?


「イスケージ様!? 困ります!」

「彼は欠点を直してきたんだろう? ならその行動には褒美をあげなくちゃね。大丈夫、僕が見張っているから」

「そう言われましても……」

「ほら」

「うおっ!?」


 ちょ、何このワイヤー!? 俺は犬じゃねえ! あ、タンマ! 絞まってる、絞まってるんだけど!?


「ね? これで安心」

「はあ、もう分かりました……。でもアイリス様に連絡はさせていただきますよ」

「うん。場所は……、どうせ裏の格納庫だろ?」


 こいつ本当に読めねえ奴だな、こういう所はマッドサイエンティストって感じだわ。俺としては願ったり叶ったりだが、門番らは大変だろう。


「ほら、行くよ。えーと……」

「引っ張らないでくれ……、センケイだ」

「ではセンケイ。くれぐれも僕から離れないように。使徒は死んでも甦るとは聞いているが、基地内を汚いもので汚したら掃除が大変だし僕が怒られる」

「俺どうなっちゃうの!?」


 言い方からして首が飛ぶって感じじゃないんだけど!? なに、爆発するの、飛び散るの!? 花火になっちゃうの俺!?


 僅かでも遅れないよう怯えながら着いていく。曲がらず建物を真っ直ぐ進み、やがて一つの大きな扉をくぐる。


 格納庫と先ほどイスケージが言っていた通りに、そこは高く広く、様々な物がおかれている倉庫だった。俺らのいる反対側がシャッターになっている事から有事の際はそのまま飛び出せるのだろうか。


「色々見たい気持ちはあるだろうけど、君の目的はあっちだろう?」


 イスケージが指差した先には非常に男心をくすぐるようなごついデザインの真っ赤な大型バイクと、その傍に立つ――。


 え、まじ?


「アイリスちゃん?」


「イスケージ! いきなり来るんじゃないわよ! あなたと違って私は予定が詰まっているのよ!」

「いやーごめんごめん。こっちも時間ができたからさ、できるうちにやっておこうかなって」

「どうせ上に言われた仕事に飽きたんでしょ! 気分転換とか言ってこの子に変な改造したらぶっ飛ばすからね!」


 本物? 本物だ、リアルアイリスちゃんだ! ふぉおおおお!!

 イラストでも映像でもない三次元のアイリスちゃんが今、俺の目の前にいる! 

 すっげえ、マジで可愛い。何て言うのかな? 二次元と三次元の絶妙な境界線にいるというか。違和感のない現実感というか。とにかく可愛い。


「ははは、返す言葉もないよ。じゃあ大人しく整備だけに留めておこうかな」

「さっさと言われたものを作ってしまいなさいよ。あなたなら簡単でしょ」

「それがそうでもなくてねえ。色々試しているんだけど安定性に欠けるというか、まあ足りない物が多すぎるんだよ」


 やべえ、声めっちゃ可愛い。アニメも良かったけど生だと一層ヤバい。

 遠くからでも判別できるだろう鮮やかな赤髪にモデル顔負けの無駄のないシャープなスタイル。まさに神が作った最高傑作。輝いているわ、涙出そう。

 スーツは確か、『起死回生の一手』のイラストのと同じだな。オーダーメイドの高級品って設定であった気がする。

 いつか戦闘服も拝んでみたいものだな。ぐへへ……おっと煩悩滅殺。他のファンたちに吊るされかねない。


「ふーん……。で、あなたは? 人のこといきなり『ちゃん』付けするし、ずっと見てきて気持ち悪いわね。ほんと使徒ってのはまともなのがいないわね」

「か……!」

「え?」

「ヴっ、目がっ……!!」

「え、ちょ、なんなの一体!? 大丈夫なの!?」


 おあぁぁぁ! 覗き込まれたぁ! 眼、綺麗ぃぃぃ!

 あまりのキュートさ! 猜疑心から一転して俺の心配をする表情! その優しさ! これだけで俺の心は満たされて俺はもう……!


「もう死んでもいい……」

「何なのよこいつーー!?」






「いやホントね、君何やってんの?」

「騒がせて申し訳ない」


 自由奔放が服着て歩いているようなコイツに注意を受けるとは。

 とはいえはしゃぎ過ぎたのは事実、すみませんでした。


「で、何この変な使徒」

「そんな顔しないで、こう見えてレベル十五だし門番といい勝負はできるんだよ。それに君の迷惑にならないようにしようとしていたし、他のよりはマシかと思ってね。使徒の実力を知るにはちょうどいいよ」


 なんで俺のレベル知っているの? ぶっちゃけこいつは味方ではあるがその前に「一応」の二文字が付いているような奴だからあまり信用ならん。が今のところは俺の肩を持ってくれているし、乗るしかねえ!


「もちろんであります! 俺たち、アイリスちゃんの為なら椅子にだってなります。必要なものはどんな手を使ってでも獲ってきますし、挑めと言われればボスだって倒して見せるであります!」

「ほらこう言っているし、使ってあげなよ。僕らもこの世界に来たばかりで猫の手も借りたいくらいだ。使えるものは使っていかないと」

「えー……私、嫌。こんな得体のしれないの近くに置いておくの」


 何か人じゃなくて物扱いされているけどお近づきになれるんだったら何だって構わん!


「必要な時に呼んだら来る駒、いえ犬で十分であります!」

「わお、気持ち悪いくらいに都合のいい存在だ」

「うわあ」

「ちょっと、そんな顔されると僕ら傷つくんだけど」


 俺は平気であります、とか言ったらイスケージにも見捨てられそうなので黙っておこう。

 ところでこの首のワイヤーいつになったら外してくれるの?


「アイリス、感情を抜きにすれば使徒の力は必要だ。裏を疑う必要のない、死んでも甦る臨時戦力。この未知の世界を進んでいくのに彼らの存在を放っておくことはあまりにももったいない」

「そうだけど、うーん……」

「犬や椅子扱いでも良いって言っているんだ、どんな命令でも断らないって。ほらリードもついているしさ」

「何なりとご命令をご主人様!」

「いらないからあっち行ってて!」


 まだまだ好感度が低いな。くそ、他の変態プレイヤー共め、お前らのせいで第一印象からマイナススタートだ覚えていろ。 

 それにしても何やらあっちにはあっちなりの事情があるんだな。もしかしてここってカードの世界観とは別物扱いじゃないのか?


「ならテストするわ! それだけ私の役に立ちたいというなら相応の覚悟を示しなさい」

「ほう、良い考えだ」

「さっき貴方、結構な大口叩いたじゃない。それを実際にやって見せないさい」

「どうぞお乗りください」

「椅子じゃないわよ!」


 え、違うの? 今ここでやれと言われて出来るのって椅子だけなのだけど。残念だ。


「ボスよ、ボス! あなた一人で(ぬし)を倒しなさい! そうすれば戦力の一つとして数えてあげる。ちょうどアイツの素材が必要だったしね、どう?」

「アイリスちゃんの為ならば」

「良い返事ね。なら行きなさい。具体的な期限は設けないであげるけど、あんまりかかるのは駄目よ。使徒の力を見せて頂戴」

「承知しました! 早速行ってくるので、失礼します! イスケージもありがとう!」

「頑張ってねー。あ、準備にここのショップ使ってもいいよー」


 ボスの単独撃破。困難な道だがやってやろうじゃないの。

 掲示板はどうだ? お、ついさっきボスが発見されてんじゃん。若干だけど情報も載ってるな。

 都合がいい、すぐに装備を新調しないと。





「ボスねえ」

「あら、難題ではあるけど不可能ではないでしょ? この森の(ぬし)は何度か倒してきてパターンは定まってきているわ。レベルは十分高いみたいだししっかり準備して時間をかければ彼だってできる筈よ」

「いや、すぐそこの『渇き森』はそうなんだけどさ」


 ……倒す主を指定したっけ?


「アイリス、最前線ってどこだっけ」

「報告書読みなさいよ、届けているでしょ。今は森を抜けた先の荒野よ。主はまだ未発見ね」

「ふーん……」





「よし、こんなもんか」


 貯まっていた要らないアイテムも処分してスッキリしたし、ボスの情報は掲示板を読めば簡単に手に入った。

 早速行くとするか。


「邪魔邪魔ー!」


 雑魚が道を阻んでるんじゃねえ! こちとら店売り最高装備だぞ!


 倍近いレベル差のお陰で殆どのモンスターは一撃。たまに現れるちょっと強いモンスターもスキルを使えば同様に一瞬で散っていく。


 うーんあれだけ時間がかかっていたレベルアップも最前攻略エリアだと割りとすぐ上がるな。もっと頻繁に最新情報を確認しておくんだった。

 おニューの装備で敵を蹴散らすのも最高だ。ゴブリン相手に最安の剣を何本も駄目にしながら使っていたから雑に扱いそうになるので気を付けねば。


 収集とかアイテムとかどうでもいいからボスまで一直線だ!


 得た情報を元に一時間かけて荒野を進んだ先にあったのは不自然に綺麗に拓けたサッカー場より広い空間だ。

 土が踏み固められており、中央には刺のように尖った岩がいくつも立っている。


 あれに近付いたらボスが現れるらしい。

 出来れば一発でブッ倒したいところだ。


「ふー……」


 呼吸を整え、中央に進む。


 あと十メートルというところで音が聞こえ始めた。それだけではなく地面が揺れている。

 地震ではない。この揺れを起こしているのは目の前の岩――いや、ボスモンスターの背中だ。


 固い大地を割り、そいつは昼寝から目覚めて俺という縄張りの侵入者に吼える。


「ギュオオォォォォ!!」

「ジャイアントアーマーバジリスク、だっけか? ボスモンスターなら人気なのにしろよ……」


 背中のクレスト(とげ)が岩になっている程度の巨大なイグアナじゃなくてカードパックの顔になっているようなレアリティの高い奴と戦いたいものだ。


 こいつは確かカードだと特殊効果のないバニラだった。イラストだと分からなかったがこんなにでかいのか。高くはないがトラックぐらい長いぞ。


「序盤は突進。それに薙ぎ払い」


 ある程度の行動は判明している。気を付けるべきは前方広範囲に届く尾の薙ぎ払いだ。


 重い足音を立てながら突っ込んできたバジリスクを避け、すれ違いざまに武器である大剣をフルスイングで叩きつける。


「『アイアンボディ』! どっせえぇぇい!」


 硬い! 食い込まねぇ! スキルを使ってなお押し負ける! アーマーって名前は伊達じゃない!


「あぶぁ!?」


 尻尾!? ギリギリセーフ! 剣を振り切る前で助かった!


 今のはアイツにとってどれくらいのダメージだったのか。

 プレイヤーが自分以外で体力を見ることができるのはパーティーメンバーのみなので、モンスターと戦うときはその様子から推測するしかない。


 ジャイアントアーマーバジリスクの動きは実に余裕を感じさせるものだ。俺の事をまだ特に脅威と思っていないのだろう。


 背中を見せるその慢心が命取りだぜ! いくら俺がアイリスちゃんに命をかけるとしても、無駄な特攻をかけるほど脳死でもない!


「最善、最速。出し惜しみ無しでテメーを殺してアイリスちゃんとの時間を一秒でも増やす!」


 取り出したのは細いガラス瓶に入った色とりどりの水薬。

 それぞれ各種ステータスを一時的に強化するアイテムだ。アイリスちゃんのいた組織のショップでしか見たことないから多分限定品。そして高価、だが買い占めた。


 続いてこれまたいくかの色の水晶。

 砕くことで中に込められていた魔法が発動し、俺にバフを与える。これは薬よりもっと高価。同様に買い占めた。


 財布の重さと引き換えに得た多くのバフ。アイコンの数は体力バーの長さに届きそうだ。


 さあ、こちとら真正面からの殴り合い上等のゴリラステータス! 強化アイテムは潤沢!


「字レアですらないトカゲが。日付が変わる前にぶっ倒してやるよ」


 挑発したのが雰囲気から理解できたのか、バジリスクが喉を鳴らした。






 意気込んだものの、ボスモンスターは手強い。複数人で討伐することが前提の強さなのだからソロの俺には尚更だ。


 仲間がいないのでターゲットは常に俺に向いているので休む暇がなく、ひたすら攻撃しては隙をみて回復を繰り返している。

 キツイのはこいつの体が硬いウロコに覆われていて武器が通らないということだ。


 ダメージが通りづらい。何より武器の消耗が激しい。これらの耐久力の回復は専用のジョブと設備が必要だ。バリバリの戦闘職たる俺がそれらを備えているわけがない。

 まさか回復アイテムより先に武器のほうに限界が見えてくるとは思わなかった。この武器買ったばかりなんだけど。


 高い防御力と体力、(やすり)のようなウロコ。攻撃は突進や転がりのような体そのものを使ったものが多数。

 こいつはアレだな。


「長期戦型、武器破壊のモンスターかよ……」


 そういうのは原作やっていても分かんないよなあ。

 ……いや、こいつはバニラ(効果なし)だ。効果がない代わりにそのカードの解説や世界観の描写としてのフレーバーテキストが書かれている種類のカード。

 全てのテキストを覚えている訳ではないが、名前や種類、ステータスは覚えていたんだ。フレーバーテキストにも俺は目を通している筈。


 思い出せ。弱点とか書かれていなかっただろうか?


「面白味のあることは書いてなかったような」


 おっと、バフが切れたか。再度付加っと。

 アイテムは薬が各八本、水晶は三。まだ余裕はあるな。

 しかし武器の耐久は残り二割を切っている。一度バジリスクの体に当たるごとにゴリゴリと削られているのが感触から伝わってくるようだ。



 しかしここまでの戦いで消耗しているのは武器だけではない。

 現状個人で盛れるだけの強化を盛った攻撃は俺一人でも十分にボスの体力を削れているようで、奴も体中に傷を負っている。息も荒くなっているし情報には無かった種類の攻撃もしてきている。間違いなくこいつをここまで追い詰めたプレイヤーは俺が最初だろう。


 ここで死んだとしてもここまで戦った情報は他プレイヤーや情報屋に高く売れて消費した分以上のリターンが得られるかもしれない。

 しかしそれはありえない。次に街に戻るのはこいつを討伐した時で、それを最初に知るのはアイリスちゃんなのだから……!

 アイリスちゃんの労いの一言は百のプレイヤー共の賞賛に勝る!


『え、もう帰ってきたの!? ふ、ふーん、思ったよりは役に立つのね。褒めてあげなくも、ないわよ』


「もうひと踏ん張りだああああ!!」


 アイアンスキン! ダメージピアス!

 そろそろぶった斬ってやらあ!


「『ストライクインパクト』――」


 動きが違う。体当たりじゃない。

 噛みつきだ。視線が。どこを狙って……?


 ジャイアントアーマーバジリスク。

 思い出した。

『荒野に生息し、体から生える頑丈なトゲやウロコで岩を削り取ってバリバリと食べてしまう。岩石を食べ続けたことで鍛えられたその牙は……()()()()()()()()()


 破砕音。


 俺の振った大剣がバジリスクの閉じていく口に合わさり、真っ二つに折られた。


「う、そだろ!?」


 今の一撃で残りの耐久が全損したのか!?

 いや、それはともかくだ。ヤバいぞ、替えの武器はゴブリン相手に使っていた安物しかない。耐久力もそうだけど攻撃力が低すぎて防御を突破できな――。


「ごふっ!?」


 しまった、考えに意識が……!

 流石に無防備でタックルくらったらいいダメージ貰うな。素だったら死んでたぜ。


 だがこいつの必死な動きを見ればわかる。今の武器破壊は特殊攻撃だ。こいつはもう瀕死。あと少しで体力をゼロにできる。


 諦めるなんてできるかよ!


「バニラカードなんて舐めて悪かったな……。だが詫びに餌になってやることはできん……!」


初期よりまし程度の武器がどれだけ持つか分らんが死ぬまで殴ってやる。

いざ……!




「無謀は私の一番嫌いな行いよ、センケイ!」




 この声は!


「何でこっち(最前線)の主に挑んでるのよお馬鹿! すぐ横の森でよかったのに! ちゃんと言わなかった私も悪かったけれどね!」

「アイリスちゃん!? 部下を連れずに単身でここまで!?」


 いくらアイリスちゃんが強いとしても万が一の事を考えると危険すぎる。


「僕、この体格だから気付かれないって事はそうそうないんだけど……、本当に君はアイリスしか見えてないんだね」


 あ、イスケージもいるじゃん。よく見ると後方に真っ赤な大型バイク……アイリスちゃんの愛車「CE-T01」があるじゃないか。サイドカーがついているからイスケージばそれに乗ったのだろう。


「一人で未調査のボスに挑むなんて……!」

「いや半分は君が原因だけどね。おーすごい、もう死にかけてるじゃないか。よく一人でここまでやったもんだ」

「ならもう十分よ! 彼はよくやったわ」


 幻聴かな、いま褒めてくれた? いや待ってなんでこっち来てるの!? 止めろよイスケージ! なに呑気に見送ってんの!?


「ギュギィイイイイ!!!」


 アイリスちゃんにヘイト行っちゃった!? 動け俺! ここで守れなくてはアイリスちゃん愛が泣くぞ!


「大丈夫よセンケイ。責任は果たすわ。『射出』」

「責任なんて! 俺はただーー」


 一瞬のことだった。

 誰も乗っていない「CE-T01」から棒のような物が発射され、高速で飛んできたそれをアイリスちゃんが掴み取った。

 その勢いを消さないままに回転。いつの間にか抜き放っていたそれを――愛刀の霧雨(きりさめ)を一閃したのは。


(みやび)流、抜刀の型」


 見えなかった。いつの間にかアイリスちゃんはバジリスクに背を向けていて、終わった後にそうと分かった。


 鈴のように澄みきった音を立て、薄紫の刃が納められていく。


「『菖蒲(アヤメ)』」


 納刀と同時にバジリスクの体に横一直線のダメージエフェクトが走り、力無く崩れ落ちた。


「凄い……」

「止めを差しただけよ。この勝利は貴方のもの、私が誇るものじゃないわ」


 髪を払ってアイリスちゃんが俺に向き直る。


「変態扱いして悪かったわね。貴方は立派な戦士よ」


 おぐっ!? 腰に手を当てつつ照れながらの謝罪だと!? ここでそれはマズい! 死ぬ!


「早く手当てしなさい。不滅らしいけど、死ぬところは見たくないわ。ほら薬」


 アイリスちゃん自ら治療!? あ……。


「死……」

「ちょっと!? しっかりしなさい! 来なさいイスケージ!」

「死んでないから。あー……『骨折』に『気絶』か、幸せそうだし放っておいても大丈夫でしょ」

「そんなことしないわよ! ほら運んで!」

「はいはい……。この表情で街中に入れたくないなあ」


 うーむ体が動かん、ゲーム中の気絶ってこうなるのか。ところで俺ってどんな顔してる?








「聞いてる、センケイ?」

「勿論ですとも、アイリスちゃんの言葉を聞き逃す訳がありません!」


 ああ、俺は今人生の頂点にいる! アイリスちゃんに名前を呼んで貰えるなんて夢でしか見たことなかった! 本名でキャラ作っておけばとどれほど後悔したか!


「ならいいわ。はいこれ、気絶したから代わりに回収しておいたわ」


 渡されたのはトゲやら皮やらの素材だ。昨日倒したボス素材だろう。

 素材目的じゃなかったからそのまま貰ってくれても良かったのに。


「あとこれも」

「これは?」


 腕輪か? 装飾のない簡素な金属輪で彫刻が掘り込まれているな。


「それがあればこの建物にいつでも入れるから」

「マジですか!?」


 いつでも会いに来ていいの!? 最高じゃん! これは遠回しなアイリスちゃんの好意の証なのでは!? つまり婚約指輪的な!


「貴方のことはイスケージに頼んであるから彼を頼りなさい。離れの工房にいつもいるから」


 ただの通行証か。助かる。


「さてセンケイ」


 お、この「さて」はアイリスちゃんがお願いをする時の口癖だ。組んだ手の甲に顎を乗せているのがチャーミング! それだけでお兄さんなんでも聞いちゃうよ!


「聞かなくても答えは決まっています。何をお望みで?」

「貴方のその初対面からの従順さは不気味だけど分かりやすくて好ましいわね。私、何かに目覚めてしまいそうよ」


 ドSなアイリスちゃんも素敵!


「貴方に頼みたいことは他でもないわ。アレらをどうにかしなさい」

「アレら?」


 指差す先には謎の覆面を被って塀を乗り越えようとしている変態(プレイヤー)たちが。

 彼らは窓越しにアイリスちゃんを見つめて目を血走らせ、そしてその側にいる俺に気付いて怨嗟の声を流している。なんのホラーだ。


仲間(どうるい)でしょ?」


 そういえば迷惑してるんだっけ。

 気持ちが分かる分どちらに対しても申し訳なさで一杯になるが、俺がどちらの味方なんて決まっているな。


「お任せを。アイリスちゃんの為ならば!」

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