月曜日
黒次郎がバスタブから出ない。
餌もほとんど食べていないようだ。
水だけは取りかえてやるか……。
「黒次郎、行ってきます」
今日も予想通り、玄関の靴が3足とも裏になっている。
それだけではなく、靴紐が左足と右足で結ばれていた。
僕は「おいおい、これじゃ会社遅刻しちゃうだろ」と、空元気で明るめに声に出して、靴紐をほどく事を諦めてハサミで切る。
――靴紐が飾りのタイプで良かった!
飾りの靴紐無しで表に出るとする。
ゴミ捨て場に捨てたテレビは無くなっていた。
誰かが早速貰っていったのかな。
最新機種だぞ、くそう……。
いつもの電車のいつもと違う車両に乗り込む。
3両隣、というか一番後ろの車両だ。
女性専用車両と違い、かなりの乗車率だ……。
ガタッ ダン
ガタッ ダン
キー キー
ガタッ ダン
ガタッ ダン
キー キー
あの女子高生がネットで見つけた『渋谷真莉子』だとしたら、きっと男に恨みがあるのだろう。
理由は分からないが、渋谷真莉子は、女性専用車両に乗っている男を狙っている気がする。
土曜日は結局脅かされただけで何もされなかったし――。
ヒューヒューゥヴゥゥウヴヴゥルルル――
浅見無駅が近づいてくる。
「次は浅見無駅、浅見無駅に止まります――」
プシャーッ
左のドアが開く。
塩素臭、しない!?
――塩素臭は女性専用車両だけの事だったというのか……
「ドアが閉まります。ご注意下さい。――」
フシューッ
パシュン
ガタッ
ダン
ガタッ
ダン
フ
ィ
イ
イ
ィ
イ
ン
ン
スマホの時計を見ると、23時……2……5分。
今日はもう大丈夫だろう。
チチ……
あの音が。
近づいて来る――。
僕は、……関係ない――――。
僕はじっと右側の窓の外を見ることだけに意識を傾ける――――――。
チチチ チチチ パチッ
バチッ! バチッ! バチッ! バチッ!
ヒューヒューウゥゥウヴヴゥ――
バチッ! バチッ! バチッ! バチッ!
バチィッ!!
バチィィッ!!
周りの圧迫感が不意に弱まった。
何だ……?
――ああっ!?
ド
ク
ン
僕はいつもの女性専用車両、いつもの位置に移動していた。
僕はとっさに後ろを振り返る。
「「痴漢したのは――――お前か?」」
今日の犠牲者は――頭がバーコード状になっている『バーコード氏』か。
『バーコード氏』は、「はい」と正直に答えた。
痴漢をした事で今日で人生が最後だと思っているのだろう、顔色が真っ青だ。
しかし、彼も別の意味で最後になるのだろう――。
彼女はグニョリと顔を歪め嗤いながら言った。
「「正直者はご褒美に、■■(ザッ……)■――に連れて行きましょうね」」
一部の音声が乱れてよく聞き取れなかったが、この後どうなるかは予想がついている。
電車が止まり、左のドアが開く。
『バーコード氏』が女子高生に引き摺られていく――。
「な、この駅は何処だ? 私が悪かった、罪は償う、この駅は何だ?」
『バーコード氏』は駅のホームの異常さに気付き抵抗しているが、女子高生は力が強いのか、抵抗をものともせず引き摺っていく――。
『深蠢■駅』とボロボロの駅名標が見える真っ暗なホームに完全に二人は降りてしまった。
パシュン
ドアが閉じ、しばらくして電車は走り始める。
『バーコード氏』は泣き喚きながら電車を追い掛けようとするが、彼女は彼をしっかり捕まえて離さない。
むしろ、もっとホームの暗い方へと奥へ奥へと引き摺っていく。
「た、助けてくれ、置いてい
か
な
い
で
く
れ――――……」
あっという間に見えなくなった。
――『バーコード氏』とも最後に目が合ってしまった……
チチチ チチチ パチッ
バチッ!
「次は富師見駅、富師見駅に止まります――」
我に返った時には自分が降りる駅だった。
今日も何も出来なかった……。
食欲が湧かないので、コンビニでサンドウィッチと豆乳だけ購入する。
マンションのゴミ捨て場をふと覗くと、僕のあのテレビがある。
どうやら返品されたらしい。
ガチャッ
自分の部屋のドアを開けると、足元から黒い影が飛び出してくる。
「え、あっ、黒次郎! 黒次郎どうした!」
飼い猫の黒猫の黒次郎が、家を飛び出していった……。