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水曜日・死◆








 僕は今、女子トイレの一番奥の個室に女子高生と入るという貴重な体験をしている。


 ――誤解しないで欲しい。

 僕は彼女に連れ込まれた方だし、彼女は生きていない女子高生だ。


 いや、表現が良くないかもしれない。

 彼女はもう亡くなっている女子高生なのだ。



 どう説明しても誤解は解けないかもしれない……。




 ――人は突然の死が迫った時、覚悟する時間など与えられず、ただただ死ぬだけなんだという事を僕は先程、身をもって学んだ。

 しかし、黒マネキンに襲われてもうダメだと思ったとき、僕は彼女にギリギリ女子トイレの中に引っぱり込まれて、九死に一生を得た。



 今は、二人(?)で息を潜めているところだ。



 そしてなんと、スマホのメール機能を使って彼女と会話が出来るという事を発見したので、今色々と彼女に質問をしているのだが。



 色々とやり取りして、判明したことは次の様な事だった――。



 ・女子トイレは女子しか入れないルール(?)なので、安全地帯である(女子高生の気持ち次第)

 ・先ほどの黒マネキンに捕まって、駅員室に連れて行かれたら、終わり(丶丶丶)になる

 ・黒マネキン以外の霊に見つかったら、すぐに駅員室に報告が行く様になっている

 ・駅員室に報告が行くと、黒マネキンを始めとした強力な怨霊が捕まえに来る


 ・女性専用車両に乗っていた男性が呪われた理由を彼女は知らない

 ・この駅には色々な霊が囚われていて、女子高生もその一人

 ・さっき僕が踊り場で見つけたモノをここから地上に運び出して欲しい(女子高生の望み)



「なるほど、そうすれば君はこの駅から解放されて、成仏できるという事かい?」


 僕がそう問うと、彼女はコクリと頷いた。



 ちなみに、彼女が声を出せないのには理由があって、どうやら呪いの(こも)った言葉しか声に出せないのだという。





 ――そして、彼女とよくよく相談した結果、改札を通って地上にでるのは諦めた方が良いという事になった。


 まず、この駅の駅員やさっきの黒マネキンの目を逃れて、改札を素通りする事はほぼ百パーセント無理そうなのと、万が一、階段やエレベーターにたどり着いたとしても地上に道が繋がっているかどうかは不明という事だ。



 そこで、二人(?)で考えた脱出経路はおのずとこうなった――。



『線路から地上に出る』







 彼女の『もう大丈夫』という口パクを信じて、二人で隠れていた個室から出てみた。

 女子トイレの入り口から周囲を(うかが)ってみるが大丈夫そうだ。



 あれから、スマホに彼女がSMSショートメッセージを送れる機能(?)も発見したので、道中のコミュニケーションもバッチリだ。



 スマホの時間を確認すると、いつの間にか深夜の1時15分。

 もう電車も走っている時間ではないので、線路から地上に向かうのは問題ないし、もし電車が来ても、ある程度は避けれる空間はあるはずだ。

 問題は、途中の駅の入り口は閉鎖されているだろうという事。

 また、あまり時間を掛けすぎても、追っ手に捕まってしまえば終わりという事だ。

 特に、追っ手となる可能性がある霊の中では、あの黒マネキンが一番危険だという。



 ちなみに、彼女によると、地上にさえ出れば黒マネキンは追ってこれない筈との事。

 なので、ひたすら地上を目指して走る、という事になった。

 もちろん、彼女はどんなに走っても疲れないという事なので、僕だけ頑張れば良いという事だ……。




 ◇




 僕がいよいよ女子トイレから出ようとした正にその時、




   トン

   トン




 と肩を叩かれて、僕は「ぎゃっ!!」とまた情けない叫び声を上げてしまった。




「おい、私だよ私。君、私も一緒に連れてってくれ!」




 なんと、そこにいたのは『研究助手氏』だった。



「うわあ、ご無事だったんですね。えっと――」


「(小声で)シ――っ、声大きいよ! 高橋たかはし。私は高橋だ。君は?」


「高橋さん。僕は水城みずきです。」


「そうか、水城君。私も一緒にここから出たいんだ。ぜひとも連れて行ってくれないか?」



 何でも、『研究助手氏』――もとい、高橋さんは、女子高生に女子トイレに隠れている様に言われて、まる1日ここで隠れていたらしい。



 女子高生に他の二人はどうしたのかと質問したら、笑顔で『痴漢には死を』というSMSが送られてきた。



 ――痴漢しないで本当に良かった――っ!



「もちろん良いですよ!」



 僕は、高橋さんを連れて行く事を快諾する。




 ◇




 さて、今度こそ、女子トイレから出る。


 ・構内案内図

挿絵(By みてみん)

※「クリック>→画像最大化」で画像を拡大出来ます。



 出来るだけ、足音を抑えながら、階段を下り、ホームに向かう。



 ギーコギーコ……



 あの三輪車が僕を見つけて、追いかけて来た。



「おい、この三輪車は大丈夫なのか?」と心配そうな高橋さんに、


「たぶん、大丈夫だと思います」と僕。



 僕がホームから線路に下りようとした正にその瞬間、僕は物かげにとっさに隠れた。

 後続の高橋さんも僕に続いて隠れる。



「ど、どうしたんだい?」


「高橋さん、あれを見てください」



 僕の指差したその先には、駅員さん達がよく持っているような合図灯カンテラがフヨフヨと見回りをするかの様に漂っていた。



「出来るだけアレに見つからずに進みましょう」


 僕がそういうと、高橋さんも深く頷いた。




 ――さて、僕の足元にはあの三輪車がくっついてきた。

 まるでウチの黒次郎の様だ。

 思わず、撫でてしまった。

 すると、三輪車は「チリンチリン」とベルを鳴らして喜ぶではないか。



「おい、水城くん、やめたまえ。情が移ってしまうぞ」


 と高橋さん。


 確かに、情はもう移っています……。



「ほら、水城くん、今なら大丈夫そうだぞ――今だっ」



 高橋さんが先に線路に飛び降り、次に女子高生が、そして僕は――





 三輪車が、一緒に連れて行って欲しそうにしている――――






 僕は三輪車を抱えてホームから飛び降りた。


 結構、高さがあったので、少しよろけてしまう。




「おい、水城くん、それは無茶だ。せめて(カバン)かどちらかにしたまえ」




 なるほど、確かに。


 僕は速やかに、ビジネスバッグから最低限必要な物だけ取り出して、線路の邪魔にならない場所に廃棄した。


 左脇に三輪車を抱え、右手にはペン型ライトを持ち、地上に向かって走り出す――。




 ◇




 一体何時間、走り続けているのだろう。

 革靴で走るのが、こんなに辛いとは。

 かといって、裸足になる訳にもいかない……。



 高橋さんは、意外に体力がある様で問題なし。


 僕は、疲れている上に、荷物が多い。



 僕は、遅れ始めていた……。




「ほら、見たことか。今からでもその不気味な三輪車を捨てていきたまえ」




 高橋さんは僕にしきりにこの三輪車を「捨てろ、捨てろ」と言ってくる。


 しかし、僕は意地になっていた。


 絶対この三輪車も地上に連れて行こうと、改めて決意した。



 この三輪車も女子高生と同じ存在だと――。





 その時、僕のスマホが



 ぴろん♪



 とSMSが届いた音がした。



 えっと、どれどれ……?





『うしろからきている』





 え、







 後ろを振り返っても真っ暗で見えない。







 いや、線路沿いの誘導灯と非常灯が時折、激しく明滅し、ストロボの様にあいつの存在を映し出した。








 ――黒マネキンがもの凄い速さで、追ってきている。














 ――あ、もうダメだ。


 ――あ、終わった。


 ――あ、あ゛あ゛。













 僕がもう諦めかけた時、



 ぴろん♪ 『あかりをけして』


 ぴろん♪ 『けせばだいじょうぶ』


 ぴろん♪ 『はやく』




 僕は、慌てて、ペン型ライトの灯りを消した。


 とたんに殆ど真っ暗となってしまった。



 これでは走れない――。




 すると、僕の腕をぐいっと引っぱられた。


 これは女性の手だ。


 女子高生の手だ。


 僕は彼女に手を引かれて、また走り始めた。





「おおい、何も見えないぞ。これでは――」





 そうだ、高橋さん――。





「高橋さん、三輪車の片方を持ってください」





 僕は彼女と手を繋ぎ、もう片方の手で三輪車を、そして高橋さんにも三輪車の片方を持ってもらう事にした。






 暗闇の中、瑞々しい感触の女子高生の手だけを頼りに走り続ける――――。











 ◇




 ――僕は走りに走った。




 こんなに走ったのは学生以来じゃなかろうか。




 もう、20kmくらいは走ったかもしれない。




 これまで照明が落ちている駅を3駅通過した。




 東京と違って、1駅1駅の間が長いのだ。




 途中、何度も腰に結んだTシャツを結び直す為に休憩が必要だった。




 僕も高橋さんも、殆ど何もしゃべらずに、ひたすら走った。







 ハァ



   ハァ



 ハァ



   ハァ



 ハァ



   ハァ……
















































 終わりが無いように見えても、何事にも終わりはあるものだ。


 まだ薄暗いけど、あれは確かに地上の明かりが見えてきた。




「! もう少しだ、水城くん――!」



「は、はいっ、高橋さん――!」





 僕と高橋さん(と、女子高生)は、とうとう地上に出る事が出来た。



 何と僕らはあの死の駅からの脱出に成功したのだ。




 ――なんて地上の空気は美味しいんだ――っ




 しかし、出来るだけ、地下鉄の入り口から遠ざかりたい一心で、まだまだ走り続ける。




「これ、どっから線路の外に出たらいいんだろうな?」


「次の『日張里ヶ丘(ひばりがおか)駅』まで行けば何とかなるんじゃないっすか?」




 そんな会話をしながら、3人(?)は走り続けた。





 ――そして、朝日が昇ろうかという時、僕たちは日張里ヶ丘駅に着いた。


 時刻は5時8分……。




 ◇




「おい、ここから出れそうだぞ」



 高橋さんが、金網が破れている場所を見つけた。



 しかし、僕は女子高生にある場所に向かって、手を引っ張られているところだった。




「高橋さん、ここで解散としましょう」




 僕と高橋さんの間には本当に戦友としての友情が芽生えていた。




 一旦、彼女に手を離してもらい、高橋さんと固い握手を交わす。




 素早く連絡先を交換し、高橋さんは先に金網をくぐった。




「また、連絡取り合おう!」




「了解です。いいお祓いを見つけたら、お互い情報交換しましょう!」






 ――高橋さんを見送った後、女子高生に手を引かれて、ある場所の前に着いた。


 それは駅のちょうど前の線路脇にある小さな(やしろ)だった。


 彼女は、社に向かって指を差している。



「そうか。ここに置けば良いんだね」


 そう女子高生に問うてみると、彼女はコクリと頷いた。


 それを受けて、僕は腰のベルトからくくりつけていたTシャツを外し、ゆっくりとその中に包んでいたものを取り出した。



 ――それは人の頭蓋骨だった。

 僕があの駅の踊り場で見つけた彼女の頭蓋骨。


 何らかの偶然が重なって、彼女の頭蓋骨は発見されずに、あの場所にずっとあったのだろう。

 それで、彼女は成仏出来ずに、あの駅に囚われる事になったのではないか……。



 これで、僕のミッションは達成(コンプリート)したという事か。

 ついでに、あの三輪車も社の前に置いて、手を合わせた。

 三輪車はもう動かない。



 ――その時、僕のスマホがSMSの受信を知らせた。


 ぴろん♪ 『おれいだよ』


 

 ちゅっ



「えっ」


 女子高生から、ほっぺにチュウをされてしまった。

 こちらを見つめながら勝ち誇ったような笑顔を見せている女子高生。


 僕は驚きつつも、彼女――渋谷しぶたに真莉子まりこさんを見詰める。

 もう生きていない彼女。

 これから成仏されるであろう彼女。

 かつて自殺してしまった彼女だが、彼女がこの後、正しい輪廻の流れに戻れる事を願おう。



 最初は呪い呪われの間柄だったが、今はとても彼女の事が(いと)おしい。

 彼女と見詰め合っていると、彼女がゆっくりと目を瞑って、少し上向きになり、唇と睫毛(まつげ)を震わせた。


 ――これは……。



 僕はゆっくりと彼女を抱き寄せ、女子と唇と唇を合わせるという人生初のミッションを成し遂げた。

 そして、続けざま女子と舌と舌を絡ませるという人生初のミッションと、女子と唾液を交換するというこれまた人生初のミッションも達成したのだった。






 しばらくして、彼女は周りの空気に溶ける様に消えて見えなくなっていった――。







 ・路線図

挿絵(By みてみん)







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[一言] 漁村から脱出したかのような感動!素晴らしい!
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