水曜日・惨◆
何とも言えない嫌な雰囲気のホーム、しかも真っ暗な駅のホームでひとりしばらく立ち尽くしていたのだが、少し暗闇に目が慣れてきた。
改めて言うまでもないが、廃駅だ。
所々にある誘導灯や僅かに発光する設備があるのだろう。
完全な暗闇という訳ではなく、目が馴れてくると薄らと見えてくる。
完全な暗闇でない事に、僕は少しばかり安堵した。
取り敢えず、この禍々しい雰囲気の駅を探索するしかないのか……?
その時目に飛び込んできたのはこの駅の構内案内図(?)だった。
スマホの画面の光で照らしてみる。
・構内案内図
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現在位置はホームだから、この先の上り階段を上がって右に進めばいけば、改札があって、地上へと繋がる階段かエレベーターがあるのか。
僕はこの駅に降ろされたら、すぐに終わりだと思ったのだが、まだ何か続きがあるのか。
この先に恐ろしい罰が待ち受けているのだろうか。
この駅は、長年使われていないからだろう、埃と黴と湿気の臭いが酷い。
僕はビジネスバックの中から青のハンカチを見つけ出して、鼻と口に当てる。
ついでに、面白半分で買っていたペン型のライトを発見したので、胸ポケットに差し込んだ。
そして、僕は駅の奥の方へと恐る恐る歩き出す……。
ド
ク
ン
心臓の音が跳ね上がる。
何だ、この不気味な音は……。
ギーコ
ギーコ
キーコ……
おいおいおい。
こんな廃駅に三輪車を漕いで遊んでいる子供がいるんですけど。
――え、三輪車だけで、誰の姿も見えない?
えっと、誰も乗っていない無人の三輪車が、ギーコギーコとホームを走っている。
あ、三輪車に見つかってしまったかも知れない。
こっちに向かってきた――。
誰も漕いでいない三輪車がギーコギーコと、僕の後を付いてくる様になってしまった。
いったいどういう事なのか。
この三輪車は何か悪い事を僕にしようというのか。
取り敢えず、付いてくる以上の事が起こらないので、付いてくるままに任せる事にした。
しかし、上に上がる階段は三輪車は付いて来られないようだった。
ガシャッ
ガシャッ
階段も付いてこようとする三輪車だが、一番下の段にぶつかるしか出来ず、上ってはこれないようだ。
ずーっとガシャガシャしてる三輪車に、何とも言えない憐れみを感じてしまう……。
僕は階段を上がり、改札側に進もうと右を見ると、そこには時折、パシッと弱い光が瞬く以外は完全に真っ暗な通路が僕を待ち受けていた。
その通路は途中から少し左に折れ曲がっているような通路で、先がすこし見通し辛い。
通路の端まではだいぶ有りそうだ。
150メートルかソレ以上くらいはあるかもしれない。
かなり嫌な雰囲気だ。
通路の先からは地下鉄の駅らしい生ぬるい風が吹き出している。
この風が地上からきているといいのだが。
しかし、この通路の入り口付近をペン型ライトで照らした時、僕は恐怖に全身が固まった。
通路の入り口が真っ赤な塗料で塗りつぶされていたのだ。
もし目の前に急に真っ赤に塗られた壁が現れた時、人間は純粋に恐怖を感じるという感覚を分かっていただけるだろうか。
暫く固まっていた僕だったが、どうにか動ける様になった。
しかし、改札へと続く通路の入口をこんな真っ赤に塗りつぶす理由を考えると、どうしても嫌な予感がする。
ああ、絶対この先に進みたくない。
『女性専用車両』に乗っていただけでどうしてこんな目に――――。
その時、
トントントン
ド
ク
ン
ッ
心臓の鼓動がまた跳ね上がる。
突然後ろから肩を叩かれたのだ。
――もう、僕の心臓は激しい鼓動を打ち過ぎて苦しいよ……。
僕が恐る恐るふりむくと――
果たして、あの女子高生がソコに立っていた。
とうとう、この恐ろしげな場所で僕は呪い殺されるのか――――。
しかし、女子高生は僕の今いる『渡り通路』のある地点に立って、じっとある方向に指先を向けているだけだ。
どうやら彼女は渡り通路を線路側に少し乗り越えたあたりの上の方をじっと指差しているようだ。
そちら側を見ても壁しかない。
再びペン型ライトの出番だ。
彼女の指差している辺りをライトで照らすと――。
……これは、タラップ?
どうやら壁からコの字型の様に生えているタイプのタラップが上まで続いているのが確認できた。
・通路入口
「コレを上って欲しいのかい?」
女子高生に尋ねてみると、彼女がコクリと頷く。
ハンカチを手に持ったままだとタラップを上れない。
ということで、僕はハンカチをマスクのように結び、その上からペンライトを口に咥えて、ビジネスバックは下に置き、錆びた金属製のタラップをゆっくりと上り始めた。
上りはじめて気付いたが、タラップの金属がかなり古くなって劣化しており、とても怖い。
どうにか上りきると踊り場の様な場所に出た。
――ここに一体何があるというのか……。
僕はペンライトを構えゆっくりと探索し始めた。
そして、僕が見つけたモノとは――――。
僕はワイシャツの下に着ていたTシャツを脱いだ。
そして、僕はソレを丁寧にTシャツで包み、ベルトに固定し、ゆっくりとまたタラップを下りるのだった――――。
タラップを下りると、また彼女の姿が無くなっていた。
僕は、取り敢えず、やる事が出来たことで別の緊張感を感じる事になった。
それで、少しばかり尿意を意識してしまった。
――そういえば、この通路に入ってすぐ右に男子トイレ有ったよな。
この通路の灯りは接触不良なのだろうか。
時折、パシッと弱い光が瞬く以外は完全に真っ暗な通路なので、僕はペン型ライトを照らしながら、男子トイレである事を確認し、ドアを開ける。
ギギ――ッ
そこには、男子用の小便器が2つ並んでおり、奥の方の小便器で僕はライトを点けたまま胸ポケットに差し、周りを間接照明的に照らしながら用を足し始める。
ショ――……
かなり溜めていたようで、中々止まらない。
そんな中、隣に誰か立つ気配を感じた。
「こんな時間までお仕事ですか?」
話しかけられた。
よくある、男性のトイレコミュニケーションである。
僕からは話し掛ける事はしないが、話し掛けられれば気持ちよく返すだけの最低限の社会的常識は持っているつもりだ。
「ええ。そちらもですか?」
「はい。お互いお仕事大変ですね」
ジョボボボ……ボ……
小便が出きったので、僕は水を流そうとするが、水が流れない。
「水、出ないみたいですね」
僕がそう言うと、彼はこちらを向き
「そうですね。この駅は廃駅ですからね」
といった彼の顔は何も付いてなかった――。
「ぎゃあ!!」
僕が驚いて、男子トイレから手も洗わずに飛び出したところで、あの発音の調子が異常におかしい声で構内アナウンスが流れる。
「ギょウム連ラク。イきたニン間をコウ内でハッ見。係インはただちに出動ネガいまス」
僕がパニックに陥ってると、僕は見てしまった。
改札の方から、ものすごい速さで、何かが走ってくるのを。
真っ暗な通路を時折、パチッと瞬く光が、その間隔を早めていく。
パチッ パチッ パチッ
その瞬間だけ通路の様子が見えるのだが、改札の方から全身が黒いマネキンの様な人間が走ってくるのが。
ストロボの様に、その瞬間その瞬間に一瞬だけ姿が現れるのだが、その迫るスピードが異様な程早い。
――あっ、あの黒マネキン、多分ヤバい……
――あっ、これ多分捕まった……
――あっ、多分これで終わった……
異様な速さで向かってくるマネキン人間を前に、僕の意識がスローになって、しかしどうすることも出来ないのだった。
もう、そこまで来




