水曜日・ニ異
果たして僕の選択は――――。
そこには美少女女子高生の頭を優しく撫でている僕がいた。
――いったい僕は何をしているのだろう。
いや、痴漢するかしないかの2択は酷い選択肢だったから、これでいいのだ。
たとえ彼女に呪い殺されようとも、本当の自分らしい選択をできたと胸をはれる。
「君は渋谷真莉子さん、なのかな。こんなところでずっとひとりでいて寂しかったろう」
僕は恐る恐る、しかし出来るだけ思いやりの気持ちを込めて、彼女に声を掛けながら頭を撫でていた。
僕はこの時、どういう選択肢を選ぼうとも自分はあの駅に連れていかれるのだと確信していた。
正直、彼女の前に跪いて命乞いしたい気持ちで一杯だ。
彼女はうつむいたままなのでどういう表情をしているのか分からない。
しかし、彼女が撫でられるがままなので、暫くは優しげに声を掛けながら女子高生の頭を存分に撫で回してやった。
女子高生――いや、女子の頭を生きている間になでなでする事ができるとは……。
もう呪い殺されても悔いはない――。
女子高生の雰囲気が変わった。
怒りの感情を感じる。
彼女の背後やスカートの中から、禍々しい冷気と怒気を纏った黒いモヤが流れだし、僕を包み込み始めた。
女子高生が顔を上げる。
その女子高生の顔は、あの老婆の顔となっていた。
黒に近い肌色、黒目の中にもう二つ黒目があり白眼の部分は赤く染まっている目、髪の毛は別の生き物かの様に蠢いている。
そして、怒りの表情――。
黒いモヤと彼女の蠢きながら伸びていく黒髪に僕の視界は覆われた。
僕の体の隅々に彼女の黒髪が巻き付いていく。
その感触は魂を削るかのようなおぞましさと冷たさで、僕は悲鳴を上げそうになる。
しかし僕は、彼女の無念と不満を精一杯受け止めようと思い、必死に冷静さを保った。
体の方は暗闇に視界を奪われ水温の低いプールに引きずり込まれたかのような冷たさと無数の蛇が身体中を這い回っているような感覚が僕を襲い、本能は命に危険が迫っていると激しく僕に知らせてくる。
でも僕は、それらの体と本能の警告を悉く無視する事にした。
僕は恐ろしい姿と化した彼女の姿を意識の内から追い出して、頭を撫で続ける事にひたすら集中する……。
チチチ……
チチチ パチパチッ
バチッ! バチッ! バチッ!
ヒューヒューウゥゥウヴヴゥ――
バチッ! バチッ! バチッ! バチッ!
バチィッ!!
バチィィッ!!!
気が付くと、電車はあの駅に停車していた。
周囲の様子を窺うと、いつもの女性専用車両だ。
周りには誰の存在もなかった。
乗客は僕と彼女の二人きり。
彼女の顔は半分老婆のままだったが、斑模様の様に、女子高生の瑞々しい肌に戻っていた。
彼女はまだ怒りの状態なのか、何も言葉を発することなく、僕の手首を握ったままゆっくりと開いている出口のドアへと向かう。
本音を言えば、この駅で降ろされる位なら、先ほど呪い殺されていたかった。
それほどの禍々しさをこの駅から感じる。
しかし、僕は決めたのだ。
どうせ呪い殺されるのなら、彼女の魂を慰めてからにしようと。
僕は彼女の横に並ぶように同時に、真っ暗な駅のホームに降り立った。
目の前にはボロボロの『深蠢■駅』と駅名標がある。
良く目を凝らせば、読めなかった文字まで読めてしまいそうだ……。
しかし、読んではいけない予感がした僕は、駅名標から視線を外す。
電車の窓からこぼれる光があっても、『深蠢■駅』のホームは殆ど真っ暗である。
この電車が走り去れば、いったいどれくらい真っ暗になってしまうのか……。
ホーム側から電車の方に振り返れば、ドアが開いているのは、女性専用車両だけである事が見て取れた。
やはり、この女性専用車両には何か特別な意味があったのかもしれない。
ピリリリリリリ……
僕以外生けるものが居ない無人の駅にベルが鳴り響き――。
「デン車がハッ車しまス。ハク線のウチ側までおサがりくダサい」
発音の調子が妙に異常しいアナウンスがホームに流れると――。
パシュン
僕の乗ってきた電車のドアが閉じてしまった。
しばらくして電車は走り始める。
今度は僕が見送る側になってしまった……。
ガタッ ダン
ガタッ ダン
フィフィイィィイ゛イ゛ィ゛ィ゛ィ――――……
ガタッ ダン
ダン……
ホームは殆ど暗闇となった。
気が付くと、僕の手首を捕まえていたはずのあの女子高生が居なくなっていた。
ひとりにされてしまった……。
僕はこれからどうすればいいのか。
これからいったいどういう目に遭わされるのか。
怨霊の生け贄にでもされてしまうのだろうか――――。
禍々しい雰囲気の廃駅の暗闇の中、ひとり取り残されてしまった僕はただただ立ちすくむ――――――――。




