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後編

 静まり返った廊下。そこを歩くと足音がいやに反響する。

 廊下の窓の外は暗くて何も見えない。

 私は楽屋を出て、そのまま廊下を歩いていた。

 行先はもちろん、凛子が目撃されたというショーの舞台がある場所。

 それにしても、誰もいないなぁ……。みんな、怖いんだね。

 なんか夜の学校に来たみたいだ。

 私はというと、そこまで怖くはなかった。凛子は長い間私と一緒に居たからね。

 舞台裏へとやってきた。廊下は明るかったが、舞台裏の明かりはほとんど付いて無かったので、薄暗かった。

 ごくりと自分の唾を飲む音が聞こえた。

 やっぱり、暗いと少し怖い……。凛子、居るなら早く姿を見せてよ。突然現れたりしたらびっくりするからそれだけは勘弁ね。

 私は舞台袖を潜り抜け舞台表へと出る。そこに凛子は”居た”。

 青白い光でホログラムの様にゆらゆらと漂う凛子は舞台の上で手品の練習をしていた。

 その様子はとても、手品のようなものだとは考えられなかった。現実離れした光景。でも事実、それはこの世界に存在していた。

「凛子!!」

 気付いてもらおうと凛子の名を呼ぶ。

 それでも、凛子は練習を止める素振りは無く、黙々と動作を続けていた。

「もしかして、私の声が聞こえないの……」

 とりあえず凛子に近づいてみよう。

 私は凛子へとゆっくりと近づく。そして、触れようとしてみるが、手は凛子に触れずにそのまま通り過ぎた。

 だめか……。凛子、どうしてここで彷徨っているの?

 そうして凛子をしっかりと観察して、気づいたことがあった。

 凛子はとても悲しそうな表情を浮かべていたんだ。それは表情だけじゃない。

 幽霊だからだろうか、現実的じゃない不可解な事が起きる。悲しみのオーラのようなものが凛子から私に流れ込んできたんだ。

 それから凛子に変化があった。独り事を呟き始めたんだ。

「清子……どこに居るの。寂しいよ、一人は寂しいわ」

 そっか。私わかっちゃった。

 凛子、死んだことにまだ気づいてないんだ。

 それでそのまま、誰も認識できないこの孤独の世界に閉じ込められている。

 教えてあげなくちゃ、死んでることを。そして私がここに居るということを!

「凛子っ!凛子っ!私はここだよ。ここに居るよ」

 何度も何度も気づいてもらおうと声をかけ続ける。私が持てる全ての知恵で、工夫して。

 でも全然凛子は気づいてくれない。もう、30分以上も声をかけ続けているのに。声が掠れてきて、そろそろ上手く喋れないや。

 このままじゃ、凛子は永遠にここで独りで過ごすことになるの?そんなの酷すぎる。

 私のせいだ。あの時、あんなことを提案したから。私のせい……私のせい。

 ああ、だめだ私。せっかく心をコントロールする方法教わったのに。感情、抑え切れないや。

 いつしか私は嗚咽を漏らしていて、顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっていた。

 後悔と悲しみが無限に自分の心を押しつぶしていく。嗚呼、これが私の犯した罪の罰なんだね。

 あの、一年前の出来事が昨日のことのように鮮明に脳内再生される。イメージの中で、笑顔のまま絶命した凛子の表情が……私を見つめる。

 「ああ……」

 私は膝から崩れ落ちる。罪の重さに耐え切れなかった私が、その重さに押し潰されているみたいに。

 このまま、朝までここに居るだろうと思っていたけど、突然着信音がポケットから聞こえ我に返った。

携帯の画面を見ると、マネージャーからだった。

「清子さん、どうしたんですか。全然連絡してこないじゃないですか」

そういえば、帰る時に車で送るから連絡してって言われたんだった。

私は泣き疲れて掠れた声で返答した。

「あ、いや……ちょっと色々あって」

「清子さん?声どうしたんですか。とりあえず、迎えに行きます」



 私はマネージャーの車に乗った後、さっきの出来事を振り返りつつ、ぽつりぽつりと少しずつマネージャーに話していった。

 マネージャーは話が終わるまで、静かに聞いてくれた。話している時、また目に涙がこみ上げてきた。

 そうして話し終えて、しばらくの沈黙の後、私にある考えが浮かんだ。

「そうだ、私もあのギロチンの刃で死んで凛子に会いに行けばいいんだっ……」

 そんなことを私が言うと、マネージャーは顔色を変えた。

「清子さん!!そんなこと言わないでください!絶対だめです死ぬなんて!!」

「ええ~なんでぇ。そんなの私の勝手じゃない」

「それは……清子さんのことが」

「私がどうしたんですか?」

 そうして、マネージャーは顔に手を当てて、ほんの少し熟考する素振りを見せ。

「死んでほしくないくないんです!僕は……好きなんです、清子さんのことが!!」

 そう言われて、いきなり抱きしめられた。抵抗することも出来たが、何故か抵抗する気にはなれなかった。

 ――驚いた。マネージャーがここまで大胆な行動に出るなんて。ははは……、これはしてやられたね。

「んにゃ……最後の方のは聞かなかったことにしてあげます。変な事言ってごめんなさい。私は死にません」

 こうして私の家に着く間まで、甘酸っぱいひと時を過ごす私たちだった。

「着きましたよ。清子さんの家」

「ありがとうございます、じゃあ……これで」

 車から出た私は、振り返ってマネージャーに別れを告げる。

 そうして、遠くに行って車が見えなくなってしまうその瞬間まで、私は手を振り続けた。



 次の日、休みだった私は昼まで寝て過ごし、ぼーとしていた。

 今も凛子の悲しそうな姿が脳裏に焼き付いて離れなかった。

 いても立ってもいられなくなった私は、夜になり再び劇場へと向かった。

 やるべき事はもう決まっている。

 舞台の上には昨日と同じように、悲しそうな表情をした凛子が青白く浮かび上がっていた。

「ごめんね、凛子。今から会いに行くよ」

 そう言った後、私はマネージャーにメールを送った。文章は以下の通り。


”こんばんは、夜遅くにすいません。やっぱり凛子の事を忘れるなんて私には無理でした。

もう行きます。今までありがとうございました。

死なないなんて嘘ついてごめんなさい。”


送信した後、私は舞台裏の隅にまだ残っていたギロチンと箱を運び、舞台の上に配置した。

後は箱に入って、紐を引くだけ。タネも仕掛けもありはしない。

マネージャーからの着信が来た。

「はい。もしもし」

「清子さん!今どこに居るんですか!!まさか劇場ですか!!今すぐ行きます待っていて!!」

 通話はそこで終了した。だがもうすべては遅い。

 もうすでに私は準備を終えていた。

 私は通話が終わったのを皮切りに、紐を持っていた手の力を緩めた。

 やっと会えるんだね……凛子。

 薄れゆく視界の端で寂しそうな凛子が見えた。



 ちゃぷちゃぷと聞こえる水の音が私の目を覚ました。

 どうやら私は横たわって寝ていたらしい。あれ?私いつの間に寝てたんだろ。

 というか何してたんだっけ?

 そうだ、私死んだんだ。凛子はどこ?

 身体を起こすとそこは、川だった。私は流れる川に浮かぶ船に乗っていた。

「えぇ!?ここどこ」

「ええ。ここはいわゆる三途の川よ」

「だ、誰っ」

 良く見ると船の先頭に、金髪でゴスロリ服を着た女性が船を漕いでいた。

 変わった服装の人だな……。

「ああ、私?私はそうね……アルバイトみたいなものかな。ちょっとわけあってここで死者を運んでいるのよ」

「死者の世界にもアルバイトなんてあるんだ」

「いや、普通そんなの無いわよ」

 死者の世界も複雑なんだな……そうだ!凛子は!

「あの灰村凛子という人を知らないですか」

「知らないわ。そんな名前の人は運んでない」

「そう……ですか」

 川を進むと門のようなものが見えてきた。

「私はこれからどうなるのでしょうか」

「地獄よ。ほら、落ちるわよ」

「えっ地獄!?な、なんで私は悪いことしてない」

 突然地面がぽっかりと割れ、私は暗闇に落ちていってしまう。

「自殺者も地獄に落ちるの。さようなら、哀れな罪人よ」

 その言葉を彼女から聞いたのが最後だった。

 私は落下しながら業火に包まれた。

「ぎゃああああああ!!熱い!!熱いいいい~!」

 熱い!熱い!熱すぎる!!こんな痛み感じたこと無い!

 そっか、自殺したら地獄に落ちるんだ。

 凛子……凛子はどこなの?

 そうか……わかったかもしれない。

 私は成仏したんだ。もう現実に未練は無かったし。だからあの世へ行った。

 でも、凛子は違う。凛子は……死んだことに気づかず、未だ現世を彷徨っている。

 気付いてしまった。気付いてしまった。私は確かに自分が死んだことを自覚している。

「いやああああああああああああ!!!!このまま独りなんていやあああああああ~!!!!!」

 落ちていくのか、私はこのまま孤独で、無限に続く苦しみと共に。

「あああああああああ!!!あああああああああああああ!!!!あっ……」

 喉が焼け落ちる。声はもう出せなくなった。



 ――こうして私は、その魂が完全に擦り切れるまで、無限の苦しみを味わうという末路を辿った。嗚呼、なんと愚かなんだろう。



「清子さん!」

 全ては手遅れだった。一年前のあの時と同じ光景が目の前に広がっている。

 今僕の目の前に居るのは、目を開き絶命した清子さんと、悲しみに暮れた幽霊の凛子さんだった。

 僕はすぐさま119番に連絡した。少しでも清子さんの状態を良く保つために。



 清子と凛子が再び出会うことはついぞ無く。全ては闇へと帰った。

 この悲惨な事件は、恋の叶わなかった男と、とある劇場での不気味な都市伝説を爪痕として残し、幕を閉じることとなった。

これで話は終わりです。最後まで読んでいただきありがとうございました。

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