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前編

 たくさんのライトに照らされ色めき立つ観客たち、小さな劇場でのマジックショー。そこが私の職場だった。

 曲のリズムに合わせ、ハトを出したり、カードのマークを当てたり。

 そう私、灰村清子は俗に言うマジシャンである。

 今は手品を披露する最中だった。

 私の手品で、観客がびっくりして楽しんでいるさまを見ていると、ついこっちまで楽しくなってしまう。

 そのせいか、ちょっと走りがちになる。

「速いよー」

 と観客に言われ、ようやくそのことに気が付く。

 私は右手を頭にこつんと当てると、舌を出して、おちゃめな仕草をする。

「てへ。すいません」

 その子供っぽい仕草のせいか、観客はどっとひと笑いし、和やかな空気になった。

 なんとか、気持ちの高ぶりをごまかせたようだ。

 やっぱり、相方が居ないと調子が狂う。前までは、相方の凛子が走りがちな私を上手く制御してくれていたのに。

 私と凛子は双子だった。

 私たちは子供の時にTV番組で手品のショーを見て、それに憧れてマジシャンになったんだ。

 あの時は、手品を本当の魔法だと信じていたなぁ……懐かしい。

 おっと、そんなこと考えている場合じゃない。

 次の手品をやらなくっちゃ。

 みんなに魔法を届けて、笑顔にするのが私の仕事であり生きがいなんだから!



 手品のショーが全て終わる。

 夢のようなひと時が過ぎ、観客は温かい拍手をくれる。

 その拍手は、夢から醒める儀式なんだと私は思った。

「お疲れ様です。清子さん」

 私が楽屋へと戻ると、マネージャーからねぎらいの言葉を頂いた。

 清子さん。なんて下の名前で呼ばれているから、周りには勘違いされやすいけど、もともと双子でマジシャンとして活動していたので、自然と下の名前で呼び分けるようになっただけだ。

 決して、マネージャーと特別な関係、とかじゃない。

 今は一人で活動しているけど、マネージャーは依然として私のことを下の名前で呼んでいた。

 まあ、マネージャーと結ばれるといったことはないだろう。

 なよなよした気の弱そうな男だ、私の好みじゃないね。

「今日のショー、少し走りがちでしたね。体調……まだ良くない感じですか」

「ああ、やっぱりばれてました?別に体調はもう大丈夫なんだけど、どうしてもね……」

 中途半端に言葉を切り、私は沈黙した。それは私がうまく説明できなかったからなんだけど、空気が悪くなってしまった、と勘違いしたマネージャーはばつの悪い顔をする。

「すみません、あの時僕が止めていれば凛子さんは無事だったのに」

「マネージャーは悪くないですよ。すぐに謝る癖、やめてください。あれは私たちがすべて悪いんです」

 そう、私たちのせい。いや、私のせいなんだ、あれは。

 一年前に起きた事故を話そう。



 一年前、私たち双子マジシャンの人気はうなぎのぼりで、ルックスや手品の技術を高く評価してもらっていた。

そして、流行の波に乗っていた私たちは、ついに、日本人ならば誰もが知る超有名な劇場からオファーが来たのだった。

「やったあ!凛子すごいよこれ!」

「ええ、すごいわ清子。ついに目標の一つが叶ったわ!」

 オファーが来たことをマネージャーから知らされた時、私たち双子は喜びの余り、手を取り合って騒いだ。

 その時はマネージャーもいつもより表情が豊かで、テンションが高かった気がするなぁ。

 そうして、今後の予定について三人で話し合った。

「それで、お二人ともいいですか。予算についてなんですけど、今回のオファーでかなり予算貰えたんですよね」

「へえ~!予算もくれるんですか!やっぱ、大きい劇場は違うんだな~」

「普段の予算でできないこととか、たくさんできるので、お二人に何か提案してもらおうかと」

「なるほど。確かにこれはチャンスですね。有名な劇場でより良いパフォーマンスができれば、私たちはよりいっそう有名になれるわ」

「そういうわけです。清子さんは何かアイデアありますか」

「は~い!私あります!前からずっとやってみたかったこと!」

 こうして、私は計画を提案し、そしてそれは実行された。

 それは人体切断マジックで使う箱と刃を用意するというものだった。

 もちろん、ありふれた物を用意するつもりは無かった。

 人体切断マジックは箱に入った人を、もう一人の人間が刃で箱を切断する。しかし、箱の中の人は無事。というマジックだ。

 でも普通それに使う刃は偽物のことが多かったし、本物の刃だったとしても、ギコギコと刃を箱に沈めていく様はなんだか地味だ。

 だから、私は中世より伝わる本物のギロチンを使ってみようと思ったんだ。

 リアリティのある道具を使うことで、観客も大いに楽しめるに違いないと、私は張りきった。

 凛子も特に反対するようなことは無かった。

 振り返ってみれば、私たちはとても浮かれていたんだと思う。

 こうして、設備の用意の段取りはうまく進み。公演の前日には、特注のギロチンが届いた。

 そして、当日。事件は起きてしまった。

 たくさんの観客が固唾を飲んで見ている中、箱に入っている凛子の首の上から巨大なギロチンの刃が重力で落ちてくる。

 箱から顔を覗かせた凛子は、観客に笑顔を振りまきながら、そのかわいらしい笑顔のまま、誰もを引き付けるようなその魅力のまま、絶命した。

 しばらくは誰も気が付いていなかったと思う。私も含めて。

 間をおいて観客の何人かが、顔をしかめた。

 一体どうしたんだろう?凛子の反応もない。おかしいな、ここは手足を動かして観客を驚かせる所なのに。

 そう思い、私は凛子が箱から顔を出している方へ移動した。

 そこにはいつも通りの明るい笑顔があった。なぁんだ、まだ観客にサービス中なんだね、と最初は思った。

 よく見たら、凛子は目の焦点があっておらず、笑顔のまま顔は固まっていた。まるで人形のように。

「凛子……?」

 箱の下から、ぴちゃぴちゃと液体が滴るような音が聞こえてくる。

 ――そして、ちょうどギロチンの刃が落ちてきたところ、凛子の首がある部分、その部分にある箱の隙間から何か赤いものが噴き出してきた。

 私が覚えている記憶はここまでだった。


 次に私が目覚めた時、そこは病室のベッドだった。

 そこで、私はマネージャーから衝撃の事実を聴くことになる。

 マジックが失敗したことと、凛子の……凛子の首が、ギロチンの刃でスッパリ切断されていたこと。

 私のせいだ。私があんなこと提案しなければ。後悔しても、もう、全てが遅かったけど。

 事故はニュースで取り上げられ、悪い意味で有名になっていった。

 私はというと、両親の家に帰り、自室にずっと引きこもり、ふさぎ込んでいた。

 半年後、私は母の励ましや、病院でのカウンセリングのおかげで、なんとか職に復帰することができた。

 でも、一からのやり直しだったんだけどね。

 それでも私はあきらめずに、なんとか生活できるぐらいにはなった。

 幸いにも、世間はあの事故について忘れていた。他人事なんてそんなもんだよね。

 転々と各地の劇場を廻る生活。それにずっとついてきてくれたマネージャーには結構感謝してる。


 空気を悪くしてしまったな、あまり居心地が良いものじゃない。

「じゃあ、そろそろ帰りませんか」

 私がそう言って荷物をまとめていると、

「よ、よかったらこの後ごはん食べに行きませんか。僕の奢りです」

 マネージャーが夜ご飯の誘いを提案してくれた。

 まあ、珍しい。いつもは受け身なのに。

 その勇気に免じて、誘いに乗ってみようか。

「いいですよー予定ないですしー」

 誘いに連れていってくれたのは、ちょっと値が張るようなレストランだった。

 思えば、二人で食事なんて初めてかもしれない。

 凛子が居た時は、三人で食事に行くことが何回かあった。

 全て、凛子の誘いだった。もしかしたら凛子はマネージャーに気があったのかもしれない。

 凛子、結構お姉さんっぽい感じだから。

 食事中、マネージャーがこっちを見た。真剣な眼差しで少し意識してしまう。

「清子さん」

「なんですか」

「少し、まじめな話があります。言うまいか迷っていたんですが」

「どうしたんですか」

「実は、あの劇場から再びオファーが来ました」

「そうなんですか!速く言ってくださったらよかったのに」

「すいません。あんまり気乗りしなくて。今度は清子さんが亡くなってしまうんじゃないかと」

「もう、食事中ですよ。暗い事言わないでください。終わったことなんです。そのオファー、受けましょう」

「……わかりました」

「料理冷めちゃいますよ!早く食べちゃいましょうー」

 もう、終わったことなんだ凛子のことは。マネージャーにも早く立ち直ってもらわなくちゃ。

 私が明るく言うと、マネージャーは少し笑顔になってくれた。

 これじゃあ、どっちがマネージャーかわからないね。

 でも、内心私も少し怖かった。しかし、断るわけにはいかない。

 世界に名の知られるマジシャンになるのが私と凛子の夢なんだから。進み続けなくちゃ!

 その後、レストランを出て、私たちは何事もなく解散した。

 これだから草食系男子はだめだね。

いかがだったでしょうか。その後、中編も読んでいただき、事の顛末を見守って頂ければなと思います。

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