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犬になった猫村さん

作者: 野央棺

小説として投稿していましたが、短編なので短編として上げ直します。

 ……さて、この状況をどうしよう?


 俺、大久野(おおくの)九朗(くろう)は制服姿で自分の部屋で困り果てていた。

 それもこれも、


「ワン! ワン! ワン!」


 俺に抱えられながらきゃんきゃん吠えている犬のせいである……のだが、


「ワン!!」

(ちょっと!)


 犬の鳴き声とほぼ同時に、常日頃から聞き慣れている我が幼馴染みである猫村(ねこむら)奏多(かなた)の声が聞こえてくるのである。

 ……何故?

 まさかこの犬が幼馴染みだとでもいうのだろうか?

 俺がうんと唸りながら考えていると、


「ワン! グルルルル……」

(ちょっと! 下ろしなさいよ!)


 おっと、怒られた。……犬に怒られるとは新鮮だな。

 俺はしゃがんで、ゆっくりと犬を床に下ろす。

 犬は若干そわそわしながらもトテトテと床に降り立ち、俺を見上げてきた。


「ワン! ワンワン!」

(バカクロー! 見上げると顔が痛いわ! どうにかしなさい!)


 おっと、すいませんね。

 というか、この時代遅れ感のある見事なツン具合。……どうやら奏多で間違いないらしい。

 今時これ程見事なツンは此奴位しかいないだろうからな。



 俺の幼馴染みである猫村奏多は、ツンデレだ。

 髪をツインテールにし、性格はツンデレではあるがいたって真面目で常識的。身長は平均だが、胸は……おっと、これ以上は奏多に悪いな。

 俺の友人の一人である御滝(みたき)――あだ名は”オタッキー”。勿論重度のオタクだ――曰く、


「デュフ! 猫村殿のツンデレ具合は古き伝統芸の様ですぞ! 見事なツンデレヒロインです! ……コポォ!!」


 だそうだ。俺としてはお前も似たり寄ったりだと言いたいが……まぁ良いや。

 どうせ当人は此処にいない。

 取り敢えず俺は考えた結果、クッションをベッドの上に置いてそこに座るように言ったのだが、


「クゥン……クゥンクゥン」

(そんな……急に部屋に連れてこられたと思ったらいきなりベッドの上に座れだなんて……恥ずかしいじゃない)


 犬――奏多は恥ずかしそうにそう言うが、


「いや……お前今犬じゃん」


 何恥ずかしがってんだよ。それにお前良く俺の部屋(ここ)に勝手に来るじゃん。

 漫画が読みたくなっただのなんだのと理由を付けて。

 今さらだ。


「キャンキャン!!」

(犬だから何よ!! 恥ずかしがっちゃダメなの!?)


 はいはい。分かった分かった。

 仕方の無いいぬだ。


「キャン!」

(何よその温かい目は! ぶつわよ!)


「その身体でどうやって?」


 俺がニヤニヤ笑いながらそう煽ると、


「グルルル……ワン!」

(上等じゃない。こうするのよ!)


 奏多はそう言って飛びかかって来た。

 まぁ噛みついてくるわ引っ掻いてくるわ……。

 結局首根っこ捕まえてどうどう、と宥める事になった。






「で? ……どうしたんだその身体?」


「わぅん。……くぅ~ん」

(知らないわ。……いつの間にかこうなってたの)


 俺は床に座り、ベッドに置かれたクッションの上に『お座り』しながらしょぼくれる奏多を改めて見る。

 俺が学校から帰ってきた時には、既にウチの目の前で犬の姿となったコイツが『お座り』をしていたのだ。

 ………………。

 …………。

 ……。


「……ぷっ!」


 奏多の姿を見て、思わず吹き出してから腹を抱えて笑ってしまった。

 だ、ダメだ! が、我慢を……


「――ぷっ!」


「ワン! ワンワン!!」

『な、何笑ってるのよ!!』


 奏多が非難してくるが、だって仕方ないだろ?


「い、いや、だって……お前……ポメラニアンとか、チワワとか、ミニチュアダックスフンドとかならわかるけどよ……」


 ぶっちゃけ最初から笑いたかったのだが、怒られそうだったので必死に我慢していたのである。

 だが、もう我慢の限界だ。

 俺は腹を抱えた儘、視線を改めて奏多に向ける。

 そこには、阿呆な顔して――多分困惑してるか怒ってるのだろうが――鎮座する”パグ”がいるのである。


「パ……パグて! 腹、腹いてぇ!! イーひっひっひ!!」


 もう非情にシュールである。

 どれだけツンデレだろうが、怒ってようが泣いてようが、パグなのである。

 女子ならば、可愛い犬に変化するかと思うだろう。

 少なくとも、アニメとかライトノベル等でそういった状況があった場合、可愛らしい犬になる筈だ。

 だが、現実はどうだ?

 ツンデレ少女が変化したのはチワワでもミニチュアダックスでもなくアホ面したパグである。

 まぁブルドッグとかよりはマシ……なのだろうが。いや、別にブルドッグやパグを悪く言うつもりはないが……。

 とはいえ、此の儘ずっと犬というのも問題である。

 学生という身分である以上明日も授業があるし、流石に学校にこの姿で行く訳にもいかない。


「うぅむ」


「くぅん」


 俺と奏多――外見はパグだ――が唸っていると、


 ヴーヴーヴー


 と制服の胸ポケットに入れておいたスマートフォンが震えた。

 うーん、胸ポケットに入れてると、バイブレーションでスマホと乳首が擦れて気持ち良――ってんなわきゃない。俺はそんなに変態じゃない。

 俺は目の前でしょぼくれているパグを見ながらロックを解除してスマホを耳に当てる。


「はい、もしもし」


『――フフフ、フフフフフ』


 スマホの向こうから聞こえてきたのは怪し気で楽しそうな笑い声。

 勿論、速攻で切る――が、


 ヴーヴーヴー


 再びスマホが振動する。

 今度はちゃんと名前を見ると、知っている人物だったので溜息を吐いて応答ボタンを押した。


「……はい」


『ちょっとー! 切るなんて酷くない? お姉ちゃん泣いちゃうぞー?』


 電話の主は我が姉――大久野(ゆう)だった。

 どうせさっきの電話もこの人だろう。

 我が姉ながら明るくさっぱりとした性格だが、自由奔放で悪戯好きな傍迷惑な人だ。

 いや、まぁ姉の事は嫌いではないのだけれど……って俺が奏多みたい(ツンデレ)になってどうすんねん!! って誰につっこんでんねん!


「……で、どうしたの?」


 俺がそう聞くと、「フフフ」という意地の悪そうな笑みが聞こえてきた。


『……クロー、心して聞きなさい。……奏多ちゃん、犬になってるわよね?』


 ……良く知ってるなそんな事。

 俺と奏多(コイツ)以外知ってる人間はいないと思ってたんだが……。

 そんなことを知ってか知らずか、我が姉はドヤ顔しているのが想像できる声音でこう続けた。


『フフフ……実は奏多ちゃんを犬にしたのは私なのでしたー!!』


 …………ふーん。

 あ、スマホで思い出した。

 俺はスマホから顔を話し、奏多に言う。


「なぁ奏多知ってるか? 電話から聞こえてくる声って当人の声じゃなくて、一番近い声を再現しているだけらしいぞ」


「ワン!?」

(え、そうなの!?)


 驚く奏多にドヤ顔。……ま、詳しい事は俺も知らんけど。専門家でもないし。


『――ちょっとー! クロー! お姉ちゃんクローに無視されると悲しいぞー! 治し方教えてやらんぞー!』


 ……アホがまだ何か言っている。

 俺は仕方なくスマホを耳に当てた。


「……で?」


 姉がこの超常現象を解決出来るとは思えないが。

 というか、解決出来るなら是非とも解決して欲しい。


『フフフ、聞いて驚きなさい! なんと! ……日付を跨げば治るわ』


 ……聞いて損した。


「切るぞ」


 俺が電話を切ろうとすると、電話の向こうで姉の慌てた声が聞こえた。


『あ、待った待った。もう奏多ちゃんの御両親には奏多ちゃんは今日うちに泊まって私の相手をするって伝えてあるから大丈夫よー?』


 …………えぇ~。

 それ、電話する意味あった? ……いや、あるんだけど。

 俺は取り合えず電話を切り、電話の内容を俺と姉さんの電話を『お座り』の姿勢で待っていた奏多に伝える。

 半信半疑だけど。


「どうやらお前のそれは日を跨げば治るらしいぞ」


 俺も信じてないけど。

 ただ犯人 (自称)がそう言っているのだから、まぁ百歩、いや千歩譲って信じてやろう。

 姉に「じゃ」と言って電話を切ると、ベッドの上で座ってた奏多がベッドからひょいと飛び降りてヨタヨタと近寄って来た。


「ワン……くぅん?」

(さっきの話……本当よね?)


「さぁ? 自称犯人の言ってる事だから本当かどうかはわからん」


 そも人を動物に変えるなんて事が出来る訳がないのだ。

 いや、実際に目の前で起きてるんだけどさ。

 取り敢えず今日一日放っておいて、様子見するか。




 解決策が見えてくると、途端に暇になってきた。

 手持無沙汰に目の前にいるパグ――奏多の喉元を、思わず本物の犬にする様にくりくりと触る。

 毛は短いが、柔らかい感触で、いつまでも触っていたくなる。

 うーむ、これがアニマルセラピーか。

 凄く癒されるなぁ……。


「ワ……ワゥ」

(ちょ、ちょっと……何するのよ)


 嫌そうな、迷惑そうな感じで避けようとするが、短い尻尾がフリフリと揺られている。

 ……満更でもなさそうだな。……ふむ。


「お前、とうとう心まで動物になってしまったのかいパトラッシュ」


 動物になってしまった幼馴染みに対し、憐憫と慈愛の心を持って撫でる。いやさモフる。おーよしよし、と幼い我が子にする様にモフる。

 そりゃもう心行くまで。ムツゴ〇ウさんみたく、わしゃわしゃモフる。

 顔を近付け、フワフワの毛に顔を埋め、喉に背に腹にと撫でる手を動かす。


「くぅ~ん」


 どうやら奏多も相当気持ちが良いらしく、尻尾が激しく揺られており、二分程撫でられた儘だった――が、どうやらツンデレに俺の心からのモフりはかんぜ効かなかったらしい。


「…………!! キャンキャン!!」

(――って! いつまで触ってるのよ!)


 奏多は短い足で俺の手を払うと、鬱陶しそうに睨んできた。

 うーむ、撫でるのはダメか。

 撫でようとしたらシャーと威嚇してきた。……お前は猫か。否、犬だ。

 なら……


「お手」


 俺は右手を差し出す。


「……」


 奏多は何も言わず、ジト目を向けてくるが、俺はニッコリ笑って右手を出した儘にする。

 暫くすると、俺が引かない事を悟った奏多は呆れた様な顔を浮かべてそっぽを向きながらも、俺の右手にポフンと右前足を置いた。

 うむ、流石ツンデレ。

 では――


「おかわり!」


 俺がそう言うと、予想はしていたのか奏多は相変わらず不貞腐れた様な顔で、今度は左前足をポテンと俺の手の上に置いた。

 此処迄は良し。

 ……では最後、貴様の覚悟を見せて貰おう! お前の犬としての矜持を!!


「――ちんちん!!」


 さぁどうだ!


「……ワン!!」

(……んなことする訳ないでしょ!!)


 そう言うと、奏多は器用に――というか、人間時なら絶対に出来ないだろうバク転をして俺を蹴り上げ……つまりはムーンサルトを俺の顎に綺麗に決めたのだった。

 本当に、本当に見事なムーンサルトだった。

 なんかもう人間に戻るより犬の儘の方が向いてるんじゃないか?

 翌日、姉の言った通りちゃんと奏多は犬から人間の姿へと戻っていたので、俺と奏多は一安心した。

 ……姉の言い方によって奏多の両親に若干誤解されていた事を知るのは、自分の家に帰宅し、ニヤニヤ笑みを浮かべる自分の両親に会った奏多だけだったが、俺は翌朝一緒に投稿するタメに待ち合わせしていた物凄い形相の奏多に詰め寄られる事になった。

 いや、詰め寄られても俺は知らんよ。姉さんに言え。姉さんに。


「あ、それと言い忘れてたけどさ。……俺、猫派なんだよね」

「――なんでそれを私に向けて言うのよ、このバカクロー!!」

「げふっ!!」


 ナ、ナイスボディ……。






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