嘆きの聖女-番外 精霊王と血脈の役割
過失は忘れるに限る王家
「ソロウ様!こんにちは!」
「おーご苦労!」
「ソロウ、来たのか」
「これソロウとやら。立ち止まり、陛下のお言葉を賜りなさい」
衛兵に気安い挨拶を繰り返してラテルロのもとに向かうソロウを王城の最高権力者が呼び止めた。
いつものように聞かなかったことにして歩みを緩めることもないソロウを王妃が咎めるもこれも構わない。しかし、王女がソロウの服を掴んで引き止めた。
「父様が、母様が、話しかけているの!礼をとり、受け答えなさい!」
「はなせ」
「ひっ!は、はなさないわ!王族の誇りにかけて!」
黄金の瞳に怯みながらも誇りをかけたその拘束をあっさりと引き剥がし、精霊王は少女を親元に放り転がした。
「きゃあああ!」
「無礼者!」
憤った王妃に、右往左往に槍を構える衛兵たち。その槍をソロウが納めさせる。
王と王妃に睨まれた衛兵たちはさっと視線を外した。
「王妃として命じます。ソロウとやら、レローナに誠心誠意の謝罪を」
「息子よ、王として父としても命ずる」
まるで聞こえていないかのように平然と歩き始めるソロウに衛兵たちが気を揉んでいると、向かう先の扉から王子が顔を出した。
「兄上!ようこそいらっしゃいました?」
「ある意味ただいま?」
「今度はどう怒らせたのですか」
「生涯独身宣言したら孫見せろってさ」
「聖女様…」
「おまえの孫もな」
「まさかの飛び火!」
女っ気のない兄弟が揃って悩む姿は微笑ましくもあるが、状況が伴っていない。
「あー、兄上の後ろに面倒な方達が見受けられますが」
「おー」
揃ってうんざりするも、その様をみて兄弟だ兄弟だと嬉しそうにはしゃぐだろう聖女はこの場にいない。
「ソロウ!毎度毎度いい加減にしないか!アローネに躾のひとつもされていないのか!」
「あ"あ"!?」
「父上!父上の分際で何言ってるんですか!無礼が過ぎますよ!」
「ラテルロ!あなた陛下になんてことを!」
「この愚弟が!何様のつもりなの!?」
「ああもう面倒臭い!衛兵!」
ラテルロがつまみ出しを命ずるも、衛兵は手出しできずオロオロしている。わちゃわちゃしている母姉弟勢の脇で父子が火花を散らしていた。
「アローネは息子の一人も教育できないか!今度呼び出して注意してやらねばな!」
「オレというものを理解っていないアホンダラが説教だと笑わせる!あっはっは!」
「きさまは私とアローネの息子だ!」
「オレはオレ!おまえは役目を終えた出涸らし!それ以上の形容はいらねーわ!」
「礼儀も知らぬ不肖の倅め!アローネともども呼び寄せて躾け直してやる!実の弟妹でもこさえてやればもう少ししっかりできるのではないか?」
「会わすかよ!あれはもうオレのもんだ!」
「勘違いするな!精霊王の生まれ変わりだろうがなんだろうが、きさまは息子なのだ!私と、アローネが!愛し合い、睦み合い、宿り産まれた命なのだぞ!?
私は知っている。貴様は知らないだろう!?清廉な朝、慈しむ昼、乱れる夜、母でなく女としてのアローネの全てを!」
「おまえがあの女の何を知っているって?アローネの一部だけだろう?今まであの女がどう生き、誰を愛し、どう愛され、なにを望んで来たか…オレは知ってるよ。これまでも、これからも。おまえが勝ち誇っている刹那が埋もれるほど永い時間を寄り添っていく。
おまえは、あの女の魂の色すら知らない」
ラテルロは呆れていた。元夫である父の元嫁シモ自慢と、息子の永久付きまとい宣言である。控えめに言ってどうかしている。何言ってるのこの人たちは。特に父上。母上の顔が般若も真っ青な有様になってますよと。
王妃の表情を面白そうに確認したソロウは煽りはじめる。
「そもそもアローネを裏切っておきながら呼び戻そうなんてよく言えるな?王妃サンの顔がこえーぞ」
「王妃の憤りはソロウ、きさまの態度だ。アローネは王の妃というものが理解できていなかったが王妃は違う。上に立つ人間の寵愛は広がるものだと弁えている。アローネのような我儘を言うような女ではない」
「側妃の間も並行して嘘ついて裏切って挙句後釜に収まれる厚顔無恥な女だもんな?そらそーかアローネみたいな我儘は言えないよなー?」
「悪意が過ぎるぞ!」
「まあでも安心しろよ王妃サン。役割は終わった。今後この血脈に精霊王が宿ることもあの女が関わることもない。人が治める国に精霊王はいらないとおまえたちが啖呵を切ったんだ。精々踊れ」
「「「なっ!!!」」」
王も王女も、顔を真っ赤にしていた王妃すらも一転して顔を青くした。
やっぱりか、とラテルロは溜息を零す。兄上の王家からの完全なる離脱。それに、あれだけ好き勝手に加護の根源たる精霊王と聖女の予定調和を乱し蔑ろにした彼らが、精霊王が王家の血脈から離れることはないと高をくくっていたこと。
「ラテルロ。今日はサウザーに昼飯つくらせようぜ!一緒にアローネんとこ帰るぞー」
「えええ!?はい、でも、今出発したとして到着は…うわあああ!!」
戸惑うラテルロの手首をソロウが握った瞬間、発光して二人は消えた。
残された王と王妃と王女は唖然と立ち尽くす。いち早く復活したのは王妃で、その瞳は潤みはらはらと涙を流した。
「なんなの?どうして今代なの?私は陛下と想いあって、婚約して、結婚して、娘と息子に恵まれて。それでよかったじゃない。どうして?一代ずれていればそれでよかったじゃない。どうして…」
目から口から零れる痛みを両手で覆うも止まることはなく、王女がそっと寄り添う。
「身勝手な人外と下賤な女に振り回された王家は今代で解き放たれたのです母様。母様は何も悪くない。母様の人生に割り込んで、搔き乱して、好き勝手しているあれらが悪いのです」
「レローナ…」
寄り添う母娘を父である王が包み込んだ。順風満帆な日々が、聖女という春風に心を攫われ、精霊王という嵐に権威を奪われ、肩身狭く理不尽に晒されている。愛した聖女も、跡継ぎの息子も攫って行く精霊王とはなんなのか。王は抱く腕に力を込めながら眉を寄せた。
「ほわあ!?ソロウ!ラテルロ!?どうしたの急に、なんか光ってるし何事!?」
「アローネただいまー」
「お、おかえり?ちょ、ラテルロがぐったりしてるわよ!」
「ぐううう…」
ずりずりと崩れ落ちたラテルロをソロウがそのまま床に転がすと、介抱するためにアローネが駆け寄った。
「アローネ、ラテルロのことぎゅーっと力いっぱい抱きしめてやって。それで大丈夫だから」
言い残して部屋の外に出ていったソロウのサウザーを呼ぶ声がくぐもって響く。サウザーめしー!と名と単語だけで要求を突き付けられているご隠居侯爵様に申し訳なさを抱きつつ、アローネはソロウに言われた通りラテルロを抱き起して精一杯抱きしめた。
「ふえええ!?力が抜けてくー!?」
ソロウが部屋に戻ってきたときには床に仲良く二体転がっていた。
一時間ほど経って目覚めたアローネとラテルロに睨みつけられ、ソロウは視線を彷徨わせながら頭を掻く。
曰く、聖女とその血筋は精霊王との繋がりがあり親和性が高い。なので人として肉体に入っているソロウが力を行使する際の負荷を分散させるのにちょうどいいのだと。
「だからって、だからって!僕は王子ですけど身体能力は一般人ですよ!法国の上級精霊士が高位精霊と契約してようやく行使できる転移術になんて耐えられるわけないじゃないですか!ひどいですよ兄上!」
「わりーわりー、ごめんて」
「へえ!ソロウは精霊術が使えるの!?すごーい!どんな精霊と契約してるの!?」
「聖女様、兄上が精霊です」
「ああ!そういえばそうだった!」
楽しそうな二人を眺めながらソロウは大きく息を吐いた。
精霊とは事象を引き起こす力の塊だ。低位精霊は理性も力も小さく、高位精霊は理性も力もほどよくバランスがとれているが、精霊王と呼ばれる自分は理性の抑制力をはるかに凌駕する力を持つ。負の感情に落ちればまた暴走しかねない。割と気に入っている弟ラテルロはもちろん、その弟が切り捨てられないアレらを先んじて始末してしまうのは避けたかった。
「ソロウ様、アローネ様。ラテルロ様!?お食事ができましてございます」
奉公に出していた一族の侍女を通じて誰より早く恭順を示し、精霊王と聖女を迎えるにあたって即座に家督を息子に譲り地方領主の身分を買い取って諸事を整えた元サウザー侯爵は、老い垂れてなお丸く愛らしい瞳に敬愛を宿しつつ自ら昼食を運んできた。ラテルロの存在に驚きつつも荷を揺らさなかったのは強靭な忠誠心の表れか。
「おー。ラテルロ食ったことあるかサウザーの飯!めっちゃ美味ぇの!」
「そうなのラテルロ!ほんっとにおいしいのよ!」
「お褒めいただきまして恐縮にございます」
「サウザー、僕もいただいてよろしいですか?」
「もちろんです」
卓を囲んで腹を満たしていると、聖女とじゃれあうソロウの和らぎにラテルロは目を奪われた。王城での兄上は表情も雰囲気も少し固かったかも、と思い返しているとサウザーが穏やかな笑みで二人を眺めている。ラテルロとサウザーの視線が交わり、互いに苦笑した。
「仲睦まじく眼福でございますな」
「ええ」
サウザーは声を潜ませてラテルロに囁いた。
「我が家には精霊を落ち着かせる秘伝のレシピがありましてな。今回、ソロウ様は突然にそれをご所望なさったのです」
「…どういうことでしょう」
「四侯爵は手足、王家は贄なのです。精霊王の肉体が焼けぬよう身を捧げ国を守るのが精霊王の意図しなかった王家の役割。精霊王の不在の間も我ら四侯爵が公爵位を尊重し血の存続を支える一因にございます」
「力の発現に伴う負荷の分散、ですか」
「はい。坊ちゃんは可愛がられておいでだ。転移を使われたのはきっと坊ちゃんを守りたかったからですよ」
朗らかなサウザーの言葉とは裏腹にラテルロは沸騰するような危機感を抱いた。王家と公爵位に流れる精霊王と聖女の血。贄。兄上の激情による力の発露は血脈を伝って僕ら王家に連なる者の肉体を焼くのかと。あの愚かな家族をどうにかしなくてはと。聖女様に未練を残しているらしい父上、聖女に理解がないどころか敵意しかない母上や姉上、彼らはいつ兄上の逆鱗に触れるかわからない爆弾のようなものだ。
ウエスタンに告げた言葉が蘇る。
__必要とあらば切り捨てる。彼らと共に沈むのはごめんだ。
焼かれるのもごめんだ。
ソロウやアローネ、サウザーに笑顔で受け答えしながらも茶器の取っ手を握る手には力が籠り、ラテルロは眉を寄せた。
ウエスタン侯爵初代は飢餓難民。
New サウザー侯爵初代は法国のわけあり精霊士?