嘆きの聖女ー番外 異母弟と西侯爵
アローネとソロウは登場しません。
「ラテルロ!あなたまだ負け犬聖女と関わってるの!?」
「姉上…」
精霊王と同い年であり僕以上に王家の罪の証であるレローナ姉上は王家に誇りを持ち、庶子どころか孤児出の聖女様を軽蔑している。色々諦めて現状を受け入れた僕とは正反対の苛烈な性格をしていた。
「お兄様もわざわざ生みの親についていくなんて愚かなものだわ。王家に残っていれば王位につけたし、母上がふさわしい妃を見繕ってあげたはずなのに。私が嫁いであげてもよかったのよ!?」
「王家が何を喚こうともこの国の実質なる王は義兄上だよ、姉上」
「違う!建国したのは我が先祖、継いだ我ら王家こそがこの国の所有者なの!金の目が何だというの!?人が治める国に伝説やしきたりなんていらないのよ!今は今なの!」
「それが通れば先の内乱すら起きなかっただろ!古参がそっぽ向いて新興が下克上を狙う。王家派ですら半分は様子見だったじゃないか。僕らにはその程度の価値しかないんだ。認めなよ!義兄上が僕に手を貸してくれなかったら僕らはっ」
「うるさい!うるさい!裏切者!野良犬を庇う馬鹿お兄様と出来損ないの愚弟が王家嫡男としての役目を果たしただけじゃない!この未熟者!一人前になれないならご立派なお兄様を連れ戻してきなさいよ!そしたらお父様もお母様もこの私も、貴方をもういちど家族として迎え入れてあげるわ!」
「…。はっ、せいぜい売れ残ってろ。この僕が、いずれふさわしい嫁ぎ先を用意してやる…!!」
僕が聖女様に嘆願したことで兄上が僕を助け、僕が家族を残したからこそ王家は未だ存続しているというのに。父上も母上も僕が誰の手を借りて立て直したかわかっていながら目を逸らす。家族の輪から僕を弾いて残った三人で仲良しごっこをしながら至上の王家を夢見ている。滑稽なものだ。
けれど、無力だと兄上に縋りながら、家族を切り捨てられもしない愚図で弱い自分が一番滑稽だ。
「坊ちゃん。ご機嫌いかがかな?聞こえていましたけどねえ」
「恥を晒しました。ウエスタン、反精霊王派の動向は掴めていますか?」
「あまり心配召されるな。胃の腑に穴が開きますぞ。反精霊王派は四侯爵が受け持ちます。精霊王がおわすうちはしっかり押さえつけておくのでねえ」
「僕がなんとか排除してみせます」
精霊王派の重鎮であるウエスタン侯爵はゆるりと頭を振る。
「この国で反精霊王派が盛るのは精霊王ご来臨の際のみよ。ソロウさまがお隠れになられればあっというまに落ちぶれます。四侯爵家は各々付近の弱った逆領を回収して施政を元に戻せばいい。それで一族安泰なのだから王家のように役割を辞する勇気などないねえ。全く。精霊王様万歳ですなぁ」
「兄上の死後に落ちぶれる…?」
「ええ、ええ。いくら兵を集めても、いくら領土を広げようと、いくら権威を権力を振り回しても、人間は天災には無力ですからな」
ぞわりと肌が粟立つ。
四侯爵なるウエスタン、イーストン、サウザー、ノーシスは領土こそそう広くはないものの四方位に散る古き名家。各々に軍を保有し、縄張り意識が強い。相対することはないが東西南北に散らばる彼らは不気味なほど一線を引いている。かと思えば王家の不手際に一斉にそっぽを向いたり連帯行動を躊躇いなく取れるほど密接なかかわりを持つ。
安直なほど方位に沿った家名は聖女から賜り、精霊王に家名に沿った領土を託された。安住の地を与えられた彼らの忠義はことさら厚かったという。
「代々の手記によるとですね。ご来臨の精霊王は人の肉体に入るうちは肉が負けて溶けぬようにと力を制御されているらしいのですよ。そのぶん、精霊界にいるときに色々調整しているようでしてな」
自然の循環で生まれる歪みは精霊王といえどむやみに凪ぐことはしない。大干ばつや飢饉、天災の諸々をある程度自身の来臨に合わせてずらし、対処と始末を自分でつけているのだという。それが聖女様へのパフォーマンスやイベントの役割を担っていたとしても、領主としては嬉しいばかり。
聖女の祈りは精霊王のちょろさを熟知した四侯爵家が喫緊の助力嘆願を聖女を通して行ったことがひょんなことから定着してしまったものらしい。乱用すると来臨した精霊王が絞めてくるので注意しろと四侯爵家家訓に記されているとのこと。
四侯爵家家訓抜粋。
四侯爵家は与えられた区域を管理すべし。欲を掻けばつまみ出される。
聖女は大事に見守るべし。惚れず腫れず王家との橋渡しをすべし。
精霊王は生死を超越した至高の存在である。黄金の瞳に首を垂れ膝を折るべし。
聖女を害してろくなことなし。文字通りすり潰されると心せよ。
精霊王のちょろさを多用してはならない。恩方は全て覚えているし理解している。
精霊王の気安さに騙されてはいけない。懇意になるほど雑用が増える。
外敵から国を守り、聖女を守り、来臨された精霊王に傅く。あとは適当にどうぞというのは緩すぎないだろうか。四侯爵家のうち三侯爵が自領を下位に貸与し領地運営を任せて割と好き勝手しているというのだから羨ましくてたまらない。貧困国から出奔し飢えに喘いで聖女に傅き、西の名と土地を得たウエスタン初代侯爵は農地と酪農地ばかりを作って『糧の父』と呼ばれたというが、当代は絵を描くことに心血を注ぐ芸術家だ。
自家の宝物庫にある一枚の狂画が彼をその道に誘った。鮮烈な赤と黒と白で描かれた悍ましい抽象画のタイトルは『罰』。侯爵家家訓と兄上の話から察するに作者は人間がすり潰されたのを見てしまったのだろう。戒めとして描き留めるも精細には描けず狂ってしまったという。
ウエスタンは当主としての教育を受けるにあたり見せられたその絵に精霊王への恐怖を植え付けられた。しかし、代々の手記には畏れ多くも人間臭いマザコン精霊王の様子やその関わりが代々の癖様々に綴られていた。さらには自分が精霊王来臨の代となり、運命を感じたのだ。恐ろしさのみを植え付けるあの絵に寄り添うものを描こうと。
ただ一つ問題があったとするならば、彼に絵の才能がなかったことくらいか。
「ウエスタン、常々思っていたのですが精霊王に関する諸事項が王室にだけ伝わっていないのは何故なのでしょう?王家に四侯爵と同じく伝えられた事項があれば今代のようなことは避けられたのでは」
口に出してはっと気づく。
「…兄上が消しているのですね。聖女様のために、次いでは自分のために」
「ほっほっほ。ご明察でしょうな」
伝承には「王子は聖女を娶るべし」としていても、自然惹かれあうのか歴代の聖女様と王子は愛によって結ばれ終生仲睦まじく寄り添っていたという。下手な情報を残しておけば「お約束」に水を差しかねないし、精霊王のやらかした事柄が聖女様の目耳に入れば母子の絆に亀裂を入れかねない。
「その呆れ顔。四侯爵の嫡子が一度は晒す顔ですぞ。一国が繰り返し行われるおままごとに振り回されているのかと阿呆らしくも思えましょう。しかし精霊王の調整力や執政力、王国の維持、平和の維持、民意の統率、あらゆる観点を鑑みると二百年に一度のおままごとの舞台であるだけでこれだけのものを得られるのなら安いと思わざるを得んのですよ。だからこそ私ら四侯爵は毎度お膳立てして精霊王に阿り、お引止めしている次第でございますがねえ」
二百年後、馬鹿な王家が精霊王を放り出したこの先に精霊王の来臨はあるのか。それは今代の来臨からずっと四侯爵が秘密裏に卓を囲んで悩みあぐねいている事案らしい。
「…くれぐれも、くれぐれも聖女様に内密にお願いしますが、次代では兄上は聖女様を口説くそうです」
「なんと!坊ちゃん、御意向を聞かれたのですか!いやはやお見逸れしましたわい!」
「いえ。舞台をこの国にと推して色よい返事は貰っていますが、国を挙げてのお膳立ては不要でしょう。次代の舞台であれ、実質今代で精霊王の加護は失せると心したほうがよさそうです」
「ううむ、やはり。いやはや今代に当たっただけでも僥倖であったと受け入れるべきでしょうな。これは早速四侯爵に共有しなくては」
「僕は兄上の幸せを願う者として、最後の王家として、せめて二百年後の舞台までは安寧を維持できるよう精霊王に甘え切ったこの国の根幹を整えるつもりです。しかし僕では力不足なのも十分わかっている。ウエスタン、貴公らに助力願う」
情けない。それでも頼るしかない。力不足の己を無理矢理奮い立たせてでも叶えてあげたい恋がある。ついでに王子としての味噌っかすな自尊心も。まっすぐに視線をぶつけて懇願する。
ウエスタンは恵比寿のような顔をさらに柔和にして何度も何度も頷いてくれた。
「もちろんですとも。あなたが王子でよかった。私共はそう思っておりますよ」
彼らが膝を折ってくれたのは兄上の意向だ。ちゃんとわかっている。だから、あまり持ち上げないでくれというのだが彼らは年々僕に甘くなる。泣きたくなるから本当にやめてほしい。
「懸念があるとすれば、坊ちゃんのご家族でしょうな」
一瞬息が詰まった。しかし、心は決まっている。
「必要とあらば切り捨てる。僕は彼らと共に沈むのはごめんだ」
いっそ大々的に精霊王放逐の罪を公表し家族を処刑して、精霊王の信任を得た統治者として喧伝して君臨する道もある。僕の醜い自己保身にウエスタンは樽のような腹を弾ませて笑った。
「やはり、あなたが王子でよかった」
短編なのに設定が広がりつつ。