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嘆きの聖女-番外 精霊王と異母弟

本編後の異母弟と精霊王の付き合い。意外と仲良し。

感想で頂いた疑問点を使わせていただいてます。

 王都にふらりと現れた青年はその煌めく黄金の双眸をもって容易く王城へ入ってくる。

 父親である陛下の呼び止めも、王妃の咎めも構わずまっすぐ僕のもとへ。彼は王国に伝わる王家と聖女と精霊王の因果の権化、本来の王太子、精霊王たる我が兄上だ。

 我が父と我が母の不倫でごたついた結果、兄上は対外的には地方領主の子となっているため本来このような王城闊歩はありえないのだけど、精霊王の威厳か能力か我が国の民は不思議と兄上に抗えない。

 輪廻に還れば同じ魂でも違う個になる僕ら人間と違って、何度輪廻を巡っても精霊王という一貫した存在の兄上にとっては、この城もこの国すらも何百年何千年経とうが彼のものに変わりないのだろう。


「我が異母弟よ、息災かー?」

「兄上の目は節穴、いや、金塊のようですね。一昨年の凶作に今年の豪雨で民も領土もガッタガタですよ僕窶れてませんか?隈みえてますよね?あーにーうーえー?」

「どんまいっ」


 本来王太子である兄上は父の前妃である聖女様の子だ。我が両親が色々やらかした所為で聖女様と兄上は王室から離れてしまったことを国民は知らない。精霊王を騙る僕は精霊王の証である黄金の瞳をもっていないので公に瞳を晒すわけにはいかないし、体は子供でも頭脳は悠久を生きる精霊王ってわけでもないので身代わり王子は正直とてもしんどい。


「親の因果が子に報いとはいいますが、いいかげん僕がかわいそうではないですか?兄上」

「かわいそうなおまえが産まれるか、かわいそうでないおまえが産まれなかったかの話だ。アローネにオレ以外産ませる気ないから。お前は存在するだけでラッキーだぞ?よかったな!」

「うぅ…そもそもの疑問なんですが、なぜあんなしきたり作ったんですか?」




 兄上を放逐してから徐々に輝きを無くした父の瞳に、まことしやかに流れはじめた陛下影武者説。静養のち下賜され姿を消した聖女。側妃が正妃となって精霊王を預けられるも黄金の瞳をみせられない王子。王家への不信感が募るのは当然のことだった。王妃の生家である公爵家が王室を乗っ取ったと邪推されるのは当然だろう。火消しに走った貴族は少なく、精霊王の加護なき王家を侮った新興貴族がここぞと内乱を起こした。

 王家が倒れたところで本来の王である仕えるべき精霊王は僻地で安穏と過ごしているのだからどうなろうと関係ないと静観する精霊王派。王家派も優秀な代替えがいる安心感からかどこか及び腰で。薄い壁となった王家一派が四苦八苦するもにっちもさっちもいかなくなって僕は独断で単身聖女と精霊王に頭を下げに行った。

 農作業に精を出していたせいで一番に僕を見つけてしまい表情を曇らせた聖女様に、後ろめたさと罪悪感でたじろぐ僕。追い詰められた勢いで助力の嘆願を叫び土下座をかましたところ、聖女様は憎き正妃の息子を屋敷に招いてきちんと話を聞いてくれたのだ。

 聖女様の傍らの煌々と瞳を輝かせている精霊王に委縮しながらも、必死で王家のというか自身の窮状を訴えた。素知らぬ様子で茶菓子を頬張る精霊王の兄上と違い、聖女様は親身に耳を傾けてくれて、聞き終えるころには同情し涙ぐみながら僕を救い上げた。


「君に罪はないのにね…」


 精霊王派からは王と王妃の不始末の証として詰るような視線を向けられ、王家派からは見返してやれと叱咤され、王妃の母からは精霊王の代替としてふさわしくと当然の成果を求められる。聖女様の言葉はへしゃげて固まった僕にぽたりと落ちた。それは長年僕がため込んだ感情の堰を溶かしてしまい、僕は幼子のように泣いてしまった。


「ソロウ、助けてあげられないかな?」

「助けるのはたやすいけど、これはあいつらの子だよ?これの言った言葉を忘れたわけじゃないでしょ?」

「あの言葉には悪意もなにもなし!ソロウと違って普通の人間は幼児期に言った言葉なんて覚えてないの!ねぇ、ソロウ。だから、お願い!」


 昔、兄上と共に王城を追われる聖女様に四歳ほどの僕は不躾な言葉を投げかけたらしい。覚えているわけないよ!という僕の叫びは過去僕の言葉に傷つけられたはずの聖女様が代弁してくれた。さらにお願いと畳みかけた聖女様に兄上の眉尻と目尻が下がる。なぜちょっと得意げで嬉しそうなのだろうか。

 兄上の眼の前にもかかわらず聖女様は僕に顔を寄せて口元を隠し、悪戯っぽく囁いた。


「ソロウはマザコンだから大丈夫よ!もう八割方仕方ないなって受け入れてるのよあれでも」

「アローネ、聞こえてるからなー?」

「あと二割はどうするんですか?」


 不安げな僕に聖女様は瞳を輝かせてがばっと兄上に向き直って声を半音上げた。


「ソロウ!お願い!いよっ自慢の息子!弟を颯爽と助けるかっこいいお兄ちゃんな姿がみてみたいなー!」

「しっ、仕方ないな!!」


 ちょろすぎる。

 呆気にとられる僕に先ほどまでのデレたマザコンの顔を放り投げた兄上が試すように問うた。


「おまえ、アローネを恨んでるか?」


 黄金の瞳が心を抉ってくるけれど、掘っても掘っても聖女様を恨む気持ちなんて出てこない。うすぼんやりとした記憶の中で聖女様は蹲って泣いていて、兄上はそんな聖女様を抱きしめて毅然としていた。姉上は聖女様を快く思っていないが僕は違う。育つにつれて入ってくる情報を繋ぎ合わせれば答えは見えてくるものだ。

 緩く頭を振った僕に兄上は柔らかく微笑んでくれた。


「我が異母弟(おとうと)よ。オレは()()()()助けよう」


 そう言って兄上は僕だけに手を貸してくれた。結果として窮地を脱し、家族の輪からははずれたけどなんだかんだ味方は増えた。兄上が手を差し伸べた僕に精霊王派が膝を折ったのだ。じじばば受けがよくなっていつしか皆の孫ポジションに据えられて友人も増えた。

 聖女様曰くべたつきが激しい兄上が時折追い払われがてら様子見に派遣されてくるようになり、兄上の気軽な態度に僕も気安くなっていって今に至る。




「…惚れた女の望みは叶えるしかないだろ」

「建国の聖女様のことです?王国創立紀では義理の母子関係であった聖女を見送った精霊王がまた聖女と会うために精霊王の血脈を辿って聖女の腹に宿って来臨する。精霊王の子孫であり魂を預かる王家は聖女を娶り精霊王をお迎えする。…となっていますけど違うのですか?」

「オレは別に。生まれ変わったら平和な国で素敵な恋をして、今度は結婚して、オレと本当の母子になれたらいいなーとかあの女が言うから…」

「なぜ王家にその責を?自分の子孫だから?」

「子孫だから役目を与えたって?いや、あの女が王子様との恋とやらに憧れていたようだから子孫を作ってお膳立てしてやっただけだよ」

「王家の成り立ち!そんな理由!?」


 子孫に役目を与えたのではない。役目があったから子孫が作られた、だなんて。

 聖女様の来世の恋物語展開のために作られた王家ならば、いまの王家の存在意義とは。自身の土台がぐらぐらして頭が痛くなる。


「娶った娘の父親はあの女に惚れてたヤモメだった。最初のオレの父親はこれでもかってくらいあの女を愛したし、以降大概にしてベタ惚れてたからてっきり人間は血脈に想いを残すのかと感心したんだけどなー」

「惚れた聖女様の息子に甘んじたその心は?」

「惚れたってのは訂正。最初はただ気に入ってた。あの女、転生するたび次もオレの母親になりたいっていうんだぞ!?」


 兄上は、おねだりでも何でもないその愛情(ねがい)に幾度も振り回されていたのか。生粋のマザコンというわけでもないようだ。人間の心を持たない精霊王は愛とか恋とかよくわかってなくて、与えられる愛情を享受して、それで満足していたのだきっと。それが、変わった。


「ここ数回なんか違うなって思ってて、最近惚れてるって自覚した。恋とか愛とかよくわかんねかったんだよ。とりあえず次は母子にはならねー」

「よく今口説かないでいられますね」

「仄めかしたんだけどアローネにとってオレは息子でしかないみたいだからな。近親相姦は血の質が下がる忌避すべきことだとも知ってる。だから次だよ次!死んだらコロッと全部忘れてなーんも覚えてねーからなあの女!遠慮なく口説き落とす予定ー」

「は、ははは。応援していますよ兄上」


 次元が違う。こういう価値観や考え方の違いで兄上は人ならぬ精霊王なのだと思い知るのだ。


「次に聖女様と恋する舞台が平和な方がいいでしょう?僕と僕の子孫で整えてあげます。だから手伝ってくださいね兄上?」

「この国である必要はないけど?」

「兄上が最高に素敵でいつも助かってます聖女様のおかげですけど、ぜひ兄上を褒めてあげてくださいって聖女様にお礼申し上げようと思っていたのですが」

「未来の嫁に苦労させたくないしな!生き慣れた国が一番だ。よしお兄ちゃんに書類を見せてみなさい」

「ちょろすぎます兄上…」

「よいではないか、ふっふっふ」


 いいように使われていても兄上は幸せそうで。金持ち喧嘩せずと同じように、力あるものにはあるものなりの余裕があるのだろう。兄上のような長すぎる生も気長すぎる恋も自分には無理だなとしみじみ思うけれども。


「そういえば。意に沿わない聖女様に兄上を産ませたあと放逐なり処分したり、生まれたばかりの兄上を洗脳教育したり…とか。そんな企みは今までなかったのですか?」


 苦虫を噛み潰したように顔をしかめた兄上に、過去に似た案件はあったのだと察した。記録に残さなかったのはそのあと王を務めた兄上自身なのだろう。

 王家に残らぬ忌むべき記録。世代を超えて服従する古き血族。それは。


「あったんだ…」

「もう存在しない。あれらは心を折って身を砕いて魂もすり潰した。」

「…」

「あ、これが一部かもしれないな。魂の色がすこし似てる」


 ギラギラと煌めいているはずの黄金の双眸が一切の輝きを零さないほど陰り、薄ら笑いの兄上が部屋を跳ねていた小さな蜘蛛を指先に乗せた。


「オレにはいつだってオレの意識があるというのに、あれらなぜオレを操れると勘違いしたりオレの身動きが取れない僅かな間に逆鱗に触れたんだろうな?人間は復讐やら報復という言葉を作ってたから意味も知ってるだろうに…ま、もう終わったことだけど__」


 何気なく象られた言葉はたくさんの色を内包しているのだろう。兄上の底知れなさは同時に物悲しさで胸を締め付けてくる。


『死んだらコロッと全部忘れてなーんも覚えてねーからなあの女』


 それでも聖女様を愛さずにいられない兄上が、来世で望んだ愛を掴めるよう願わずにはいられない。

異母弟の名前がラテルロと決まったのですが今回不要でした。異母妹はレローナ。また増えたら追加していくと思います。


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