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5. 受け入れる側も大変なんだなぁ

甘えは許さないスタイル

 目の前が真っ白になったと思ったら、真っ白の部屋に立っていた。何を言っているのかわからないかもしれないが、部屋の壁全てが真っ白なのだ。それ以上でもそれ以下でもない。


 どうすればいいのかと戸惑っていると後ろから声がかかった。振り向くと背中に黒い羽根の生えた中型犬がいた。


「えーっと、地球からきたヤマダカズヒトさん?ですね。イーガルンドの受け入れ担当のシーウォです。」


 頭が一つしかないけど、ケルベロスか?早速お供か?ゴブ太郎伝説が始まってしまったのか?俺にも心の準備が…とちょっとだけ期待していたが、そんなことは無かった。

 犬と普通に会話できているが、そんなことでは驚かなくなった。人間は短期間で成長するのだ。自主的にしろ他者からの強制にしろ、環境が変化する時に人間は一番成長するのだ、と上司が言っていた。それはともかく、この犬が俺の受け入れ担当らしい。俺は猫派だが、俺を受け入れてくれるこの犬を俺は受け入れよう。ただし、机も椅子もレジュメも何もない状況は、いただけない。地球では、支部長自らがパワーポイン〇を使って説明してくれたというのに。それと比較するとイーガルンドのやる気を疑ってしまう。もしかして何も用意できないほど危機的な状況なのだろうか。


「あ、ど、どうも初めまして山田和仁と申します。これからお世話になります。よ、よろしくお願いいたします。」


 相手が犬っころであろうが、挨拶は大事である。基本を忘れてはいけない。真っ白な部屋で真っ黒な羽の生えた犬と会話する俺。我ながらシュールな絵面だと思う。気が触れているわけではない。誰かが見ているわけではないが、心の中では否定しておく。まぁ異世界だしそんなもんだろ、と諦観することはいつでもできるが、まだ早いだろう。


「どうも地球の人族には魔力が無いと上から聞いてます。なんで、ここで魂に魔力を与えます。まずですね、こちらの数値が山田さんの潜在能力です。ちなみに平均値は50で、偏差値方式をとっています。地球では可視化されてなかったと思うんで、初めて見ることになると思います。」


 突然、中空に文字と数値が羅列された。壁に投影されているわけでは無い。これが魔法なのだろうか。


筋力 :60

丈夫さ:65

持久力:55

知能 :70

知恵 :38

器用さ:40

精神力:30

魅力 :47

運  :62


「え、えっとあの、色々疑問なんですが、潜在能力って何ですか?特に力が強かったわけでは無いんですけど平均より筋力高いですね。あ、知能も高い。偏差値70ってすごいな。あ、で、でも知能と知恵って何が違うんですか?」


「潜在能力は、限界能力とも言えますね。仮にヤマダさんが運動をとても頑張っていれば平均よりも筋力が強くなった可能性があるだけです。まぁ器用さが低いので、そもそも運動の類は苦手だったでしょうから、宝の持ち腐れですね。次に、知能は記憶力や理解力と言った能力です。一方で、知恵は応用力や発想力、想像力のことです。ヤマダさんのタイプだと、人よりちょっと暗記力や理解力が優れているので頭が良いと勘違いしてしまうんですよね。実際は、応用力や発想力が無いので大して役に立たない人間だったでしょう。これも宝の持ち腐れですね。それに自殺したんでしたっけ?精神力が見事に低いですね。打たれ弱いのが一目瞭然です。」


 犬っころのくせに、ヘラヘラ笑いながら楽しそうに解説してくれた。犬の表情がわかるようになるとは思わなかったが、まぁ異世界だしそんなもんなんだろう。喋り方からして俺の事を侮蔑しているのがわかるが、俺はこの犬になにか悪い事をしたのだろうか?初見のはずなのだが。

 まぁ別に良いんだけどな。言ってる事は事実だし。事実を突きつけられて怒るのはガキのすることなのだ。俺は大人なので怒らない。怒りはそっと胸に秘めるものなのだ。秘めることによるメリットは、他人から扱いやすい人間だと思われることである。ちなみにデメリットは他人になめられて、何をしても許される人間だと思われることだ。学生であれば、よくてイジリの対象、悪ければイジメられる。社会に出れば、面倒な仕事はとりあえずあいつに任せておけとなる。つまり、デメリットしかない。ままならんなぁ。


「ま、まぁそうでしたね……」


「実際のところ、山田さんの地球での潜在能力なんかどうでも良いんですけどね。これに魔力を追加するためには他の能力も含めて全部一回ランダムに変更します。」


「えっ、じゃ、じゃあさっきの確認って意味ないんじゃないんですか?」


「そうですね。ただ見せたかっただけですね。」


 なんだこいつ悪意の塊じゃねぇか。蹴り飛ばしてやろうか。マジでなんなのこの犬。なんで30年間無駄に生きてきたかのように言われなきゃならんのだ。ちょっとキレそうなんだが。一応、俺はこの世界を救うという名目で来てるはずなのに、何この態度。この犬畜生はどういう意図で俺を煽ってきてんの?これは何かの試練なのか?いやこれは試練に違いない。そう思うと仕事だから仕方ないと思えるな。仕事である以上、例え内心どうであろうと愛想笑いを浮かべることができるのだ。8年間のキャリアが活きるな。ただ、この仕事に対する報酬はない。強いて言えば、この犬畜生のスマイルが報酬だ。いや、魔力を与えられるのが報酬なのだろうか。いや、もうどうでも良い。魔力をよこせ早く。


「じゃ、これから魔力行きます。」


 そういって犬畜生は前足を俺のほうに向けた。

 人を指さすなって躾けられなかったのか、この犬畜生は。それともこれは、お手なのか?やはりただの犬だったのか?でも、こいつがただの犬だとすると、犬と会話する変なおっさんという構図になる。今ここで、こいつにただの犬になってもらっては困る。何でも良いからエフェクトをくれ。


「それじゃはい!ドン!っとな。潜在能力に魔力が追加されましたよ。」


 適当な掛け声とともに犬畜生の手から紫色の煙が出て、俺の腹部から体内に吸収されていったと思う。思うというのは、体内に吸収されたのか、服に吸収されたのか判別できないからだ。服に魔力をぶち込んで、お前にも魔力を渡しただろ等とのたまう鬼畜ではないと信じたい。ちなみに今は上下ともに黒ジャージだ。ちゃんと反射材がついているので深夜のコンビニ訪問にも使える優れものだ。ただし三本線は入っていない。ファッションに気を遣う人間ではないのでトレンドは追わない。そもそもファッションがよくわかっていない。

 ジャージの話は良い。ともかく魔法が使えるようになったはずだ!とりあえず両手に意識を集中してみるが、特に何も感じない。魔力って何なのさ。もしかして、尻から出るタイプの魔法なのか?それだけは勘弁してほしいのだが。とにかくさっきの潜在能力を見せてもらおう。英雄としての俺の才能を見せつけてくれても良いんですよ、そこの犬畜生さんよ。


「……あ、あの?魔力を追加した潜在能力を見せて頂けないですか?」


「はぁ…ヤマダさん、そんなの見せるわけないじゃないですか。変な先入観もってもらったら困りますからね。まぁサービスで一つだけ言うと運が悪いですね。それなりに恵まれない家庭で育つことは保証します。ただ孤児とかスラム育ちになるほど運が悪いわけでは無いです。」


 それなりに恵まれない家庭とはいったい何なのか。俺をどうしたいんだ。英雄にする予定なんだから、溢れんばかりの才能を持って然るべきなのではないだろうか。全ての能力を+3σぐらいしても罰は当たらないだろう。なんといっても英雄になる漢だからな。ここは断固抗議すべきだな。よし言ってやるぞ!


「そ、そ、そんなこと保証されても困ります。なんかこう、一応神を倒す英雄?みたいな感じじゃないですか。それ相応のなんか良い感じの潜在能力にしてくれないんですか。」


 言ってやったぜ!犬畜生も本来の目的を思い出すはずだ。


「はぁ…………なにを甘えてるんですかヤマダさん。自分だけ特別扱いして強くしろなんて甘えにもほどがありますよ。まずね、英雄候補はあなただけじゃないんです。4人いる理由を考えてくださいよ。もし仮にあなたが日々の糧を得るだけで精いっぱいの這いつくばるような人生を送っていたとしても、他に3人も英雄候補が居るんですよ。他の方が活躍してくれます。それにね英雄になるつもりだったら、どんな苦境でも乗り越える努力をすべきでしょう?違いますか?そういった努力をする前から、つらいのは嫌だからどうにかして、なんて甘えが通用するわけがないでしょう。英雄候補だから好意で運が悪いことを教えてあげたのに、まさかこんな甘えた返事が返ってくるとは思いませんでしたよ。こんな人が英雄候補だなんて、信じられませんね。あなたは、地球人を代表してきているんですよ?その様子だと、そんな自覚も気概もないのでしょうが。」


「……すみませんでじだ。がんばりまず。」


 俺は泣いた。犬に泣かされた。

 高橋さん、卑弥呼様ごめんなさい。地球の神の顔に泥を塗りました。私は英雄を舐めていました。ちょっとだけ特別な人間になれると調子に乗っていました。皆様のご期待の沿えないかもしれません。できるだけ頑張ります。もし期待に沿えなかったとしても頑張りだけは評価して頂きたく存じます。何卒、何卒どうかよろしくお願いいたします。


「泣いて謝ってどうしたいんですか?それに何の意味があるんですか?泣けば強くなれるんですか?謝れば強くなれるんですか?それに頑張るのは当たり前のことです。努力せずに英雄になれるわけがありません。当たり前のことをわざわざ宣言されなくても結構です。

 はぁ……もう泣くんは、やめてくれはります?ホンマええ加減にしてくれはりませんか。キミのお世話だけが私の仕事やないんですよ。他にもぎょうさん仕事がある中でキミのために、わざわざ時間を割いてるんですよ。ええ大人なんやから、それぐらいわかりますでしょ?うちのペットのほうが、まだお利口にしはるわ。」


 お犬様から、お許しはいただけなかった。

 心が折れそうだ。異世界転生ってもっとドキドキワクワクで楽しいものだと思っていたのに、異世界の地を踏む前に躓いた。神の使命というものに対する認識が甘かった。もう家に帰りたい。豚になりたい。切実に豚になりたい。豚にしてください。お願いします。そもそも人間になれるという悪魔の囁きが無ければ、こんなことにはならなかった。そもそも俺なんかが英雄になれるわけないのに、そんな話をふってきた高橋が悪い。高橋の人選ミスだ。やはり高橋か。あいつが黒幕か。全ての元凶は高橋なんだな。高橋のせいで俺は犬に泣かされることになったんだ。悪そうなやつはだいたい高橋。昔からそう言うではないか。俺のせいではないと思うと気が晴れるな。もう少しで俺がダメな人間だと勘違いするところだった。危ない危ない。高橋の事を呪って前向きに生きていこう。


「す、すみません。取り乱してしまいました。英雄になるということを簡単に考えすぎておりました。い、今の私の口からは努力しますという抽象的なことしか言えませんが、これからの行動にて意気込みを示させて頂きます!」


「はぁ…まぁ良いでしょう。魔力は与えましたので、後は魂を肉体に送るだけです。最後に何か聞いておきたいことはありますか。」


 聞きたいことは全部聞いたほうがいいな。聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥だからな。


 1日の時間、1年の日数、暦、文字、言葉、文明レベル、魔法の使い方、ステータスの確認方法、イーガルンドの大きさ、物理法則、主な大陸、国、人口、ダンジョン、モンスター、等、気になることをいろいろ聞いたが答えは全て一つだった。


 ”イーガルンドで人生を過ごせばわかる。分からなければ自分で調べるか知ってる人に聞け。調べても聞いてもわからないことがあれば、それはイーガルンドの人族にとって未知の事なので諦めろ。”


 なるほどOJTを通して学べということですな。それなりに恵まれない家庭で、どこまで教育を受けることができるのか不安しかないが、もう何もかもどうでも良い。とりあえず、行ってから考えよう。なるようになるさ。使命は他の3人が何とかしてくれるし、困ったら全部高橋のせいだし、どうにでもなれ。


「ヤマダさん、それでは今から魂を肉体に送ります。最後に一つだけアドバイスがあります。神へ祈りを捧げる事を欠かさないようにしてください。それが神の力となります。祈りを欠かさなければ、もしかすると神から何か助力を得ることができるかもしれません。」


 もしかすると、助力を得られる、かもしれません。って、つまりほとんど期待できないと言う事だな。まぁ良いや祈るのは、タダだしな。


「イーガルンドの未来をどうかお守りください。それではいってらっしゃいませ。」


 お犬様の言葉と同時に、俺の身体は徐々に透明になり、意識も遠のいていった。

次回!山田、大地に立つ!

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