28. 全然待ってなんか無いわ
「ごめん、待たせちゃった?」
「ううん、全然待ってない。」
っていう流れをやってみたいけど相手が居ない。
「もうあの話はしないから、冗談だから。落ち着いてね。」
「毎回そう言って、忘れた頃にあの話をしようとするじゃないですか。」
「君をからかうのは少々楽しいからね。」
そう言って、ナーシル先生はへらへらと笑った。こちらとしては、なにわろとんねん。と言いたいところだが、先生は、この一連のお約束がお気に入りらしい。先生は、子どもをからかう悪い大人になってしまった。堅苦しかった先生も柔らかくなったものだと、おっさんとしては若者の成長を微笑ましく思ったりしないでもない。俺も、もう中身は40歳を超えたおっさんになってしまった。40歳を不惑と言うが、今でも迷いまくりだ。迷わない日が無いと言っても良いぐらい迷っている。日々、五里霧中だ。君子には、なれそうにない。
「村の案内ぐらいしてあげればいいじゃない。すぐ終わるんじゃないかい。」
「そうは言っても案内する場所が無いですよ。とりあえず、ここには連れてきますからね。先生も、いつもの作り笑顔で対応してくださいよ。」
先生の営業スマイルは、いつでも無料だ。そして誰にでも大盤振る舞いしている。笑顔を作るのも仕事なのだろうと思わされる。迷える信徒を笑顔で迎えて開拓地という地獄に送り込むなんて、なんとも業の深い仕事だなぁと感心する。
「君も言うじゃないか。作り笑顔なんかじゃないよ。私はいつも朗らかな気持ちが顔に出るだけだよ。」
そう言うと、ナーシル先生はいつも以上の嘘っぽい笑顔を見せた。
翌日のお昼過ぎ、待ち合わせ場所に向かうと、もう例の少女はスタンバイしていた。急いだところで面白い場所なんて、この村には無いのにと思いつつも、俺は少女のもとに駆けよっていった。
「ご、ごめんなさい。待たせてしまいましたか?」
なんかこれからデートするみたいなセリフだな。まさか、人生で言ってみたいセリフの上位に君臨するセリフをこいつに向かって吐くことになろうとは思いもよらなかった。
「遅い。まぁ良いや。早く案内してよ。」
なんでこいつはナチュラルに上から目線なんだ。まぁ良い、さっさと案内を終わらせてしまおう。
それから、ざっと村内を案内してまわった。案内してまわったと言うが、ここが農家の○○さんの家で、ここが農家の××さんの家で……と、延々続くだけだ。時々、猟師の△△さんの家とかが混じるぐらいで、何も変わり映えしない。何を案内しろって言うんだ。この村には何も無いのだ。テレビもねぇし、ラジオもねぇのだ。ほぼ一次産業しか無いのだから、案内しているこっちが悲しくなる。
案内がてら、適当に雑談をしてわかったのは、名前はロアンで父親が開拓民ドリームを叶えようと王都から移住してきたらしい。開拓したところで農民にしかなれないのだが、何に魅力を感じたのかさっぱりわからない。彼女も父親の考えは、わからないらしい。その点だけは、意気投合した。
結局、この村には何も無いと言う事が再確認されただけの案内だったらしく、ロアンはなぜか不機嫌になりはじめた。
なんなんだ。この村に何も無いのも、何も無い村に引っ越してきたのも俺の責任じゃないぞ。八つ当たりするなんてガキか? いやガキだな。どう見てもガキだ。クソガキだ。いらっとくるぜ!
「この村って、本当になんにもなくて、つまんない!」
「そ、そうっすね。田んぼと畑しかないっすね。結界の外には可愛い魔物たちが居ますけど、結界の外には絶対に出ないで下さい。死にます。」
そうだ死ぬのだ。結界から出ると死ねる。フロンティアスピリッツと死ぬ覚悟があるもの以外は、結界の外に出るのはお勧めできない。時々、大けがを負った開拓民が運ばれてくるのを見る。大人ですら、危険なのだ。子どもなんかが結界の外に出たら簡単に死ぬる。実際、死んだしな。クソ!
「大人はみんな結界の外に出るなって言うけど、村には何も無いし退屈すぎ。あんたでも倒せる魔物なんか怖くないのに。何が”死にます”よ。えらぶって。」
「えっとその、退屈なら好きにしたらいいですけど、死にますよ。」
面倒なんだよ。もう勝手にしろよ。さっさと死んで来いよと思いつつ。警告だけは忘れない。俺は偉ぶってるのではなく偉い大人なのだ。
もう面倒なので、先生に丸投げしよう。そうしよう。先生なら上手い事、やってくれるはずだ。
「えっとあの、そうだ。最後に、うちの村の神殿に行きましょう。」
「あのちゃちい神殿なんか面白くないじゃない。」
「えっとまぁそうおっしゃらず、神官さんが良い人なので、きっと楽しいお話が聞けますよ。」
そう言って俺はロアンを先生のもとに連れていった。楽しい話はきっと聞けないだろう。あの人は、初対面ではただの堅物だからな。
こっそり再開
ヤマダの冒険はまだまだこれからだ!




