27. サンジョーガワラ事件
打ち首獄門晒し首(二重表現)
あの時分、俺は一人で魔物が狩れるようになって、舞い上がっていた。
あの日いつもの様に森でハンティング稼業に勤しんでいると、たまたま番の狼を見つけてしまったのだ。その狼達は、お互いを優しく毛繕いをしあっていた。穏やかな日差しが苔をビロードのように見せる気持ちの良い春の日だった。そよそよと吹く風がスミレの香りを運んでくる中、苔の上に寝そべりくつろぐ二頭の狼達は、とても仲睦まじく、新たな命の誕生を予感させた。
その頃には俺も、かなり情緒が安定していたので普段は狼を見たぐらいでは錯乱しなくなっていたのだが、その番を見た時にはまた錯乱してしまった。幸せそうな姿が癪に障ったのだ。
こいつら俺の目の前で盛りやがってふざけるな。畜生の分際で子孫を残そうなどとはおこがましい。こんな畜生どもには九族誅殺が相応しいのだ。世には後世に伝えてはいけない遺伝子が存在すると俺は確信している。この狼どものことだ。俺がここで正義を執行することで、後世への禍根を絶ってくれよう。これから行うことは、正義だ。世界のために必要なことなのだ。そう決心して俺は行動を開始した。
まずは、お得意の魔法で手裏剣を4つばかり生成した。もう手慣れたものだ。鋭い鋼の十字手裏剣が瞬く間に俺の手のひらに現れる。まずは横投げで一枚、さらに返す刀で内懐からバックハンドで、もう1枚を投げつけた。狙いは、それぞれの頭部だ。水平に綺麗に回転しながら、風切り音を立てて飛んでいく。スキルの影響なのかレベルの影響なのか、俺の投擲技術は常人離れしている。数十m離れていても静止している物体には、ほぼ確実に当てることができる。常人離れと言うが、この世界の常人についてはわからない。あくまで主観だ。地球基準だ。俺の知る世界はとても狭い。
風切り音で気づかれてしまったのか、狼どもは跳ね起きて俺の方に向き直った。そして雄の方は横にさっと飛びのき手裏剣を器用に避けた。一方で雌は反応が遅れたのか手裏剣が胴体に命中した。ぐぐと低いうめき声が木霊した。
狼達は刺さった手裏剣をそのままに、こちらに向かってきた。手裏剣を警戒しているのか、樹々の間をうねるように蛇行しながら疾駆してきた。こちらに気づかれた以上は、十分に近づかせなければ当たらないだろうと、俺は冷静に残った2枚の手裏剣を投げる時を見計らっていた。頭の半分は遺伝子の抹殺という大義名分を得て極度に興奮していたが、残りの半分では狩猟のための冷徹な判断力があった。手裏剣を構えながら樹々の間から見え隠れする狼達の動きをつぶさに見つめて時を待った。
およそ10mまで近づいてきたところで、残りの2枚の手裏剣を先ほど同様に投げつけた。無傷な雄には、またも避けられてしまったが、手負いの雌は避けきれず脚部に突き刺さった。雌の方は、もう這いつくばる事しかできないようだ。雄が雌を気遣う様子を見せたが、それも一瞬で、すぐに俺の方に大きく狺狺の声をあげながら突っ込んできた。
まずは一頭と言うところか。どうにも投げるという動作は隙が大きい上に、タイミングを見破られやすい。こんなので、今後生き残れるのか不安だ。
などと考えている内に、無傷の雄が首筋目がけて飛び掛かってきた。俺は山刀を抜きながら左手を雄に向けて突き出した。左腕と狼の命を交換だ。狼ごときの命と左腕一本では、等価交換は成立しないが、とにかく狼を殺せれば俺の正義は達成される、損して得とれの精神だ。
案の定、狼は俺の二の腕に噛みついた。肉が裂け、骨が軋む。折れるのは良いが噛みちぎられるのは不味い。魔法でも治せないかもしれない。すぐに命と交換しなくてはいけない。狼の重みで左に倒れこみながら山刀を肋骨の隙間に突き刺し、そしてひねりながら引き抜いた。狼の胴体から血がしぶき全身に降りかかった。二度三度と突き刺し引き抜きしているうちに、狼の口から力が無くなった。
「穢れた血をまき散らしやがって。こんな穢れた血を後世に残そうなんざ、本当に外道よな。」
そう一人呟き、魔法で傷を癒していると、文字通りほうほうの体で雌が近づいてきた。雌は雄の傷を何度も何度も舐めていた。身動き一つしない雄に寄り添い傷をなめ続けていた。
「あぁ!? 畜生の分際で、愛ってやつを俺に教えてくれようっていうのか? お前らは仁義やモラルさえ持ち合わせていない癖によ! アルはお前らの子供を助けようとして、お前らに殺されたんだよ! お前らなんかに愛が理解できてたまるかよ!」
あぁ、イライラする。なんて癪に障る奴らなんだ。だが俺は慈悲深い。等しく死をプレゼント・フォー・ユーだ。恨むなら狼に生まれることを選んだ前世を恨め。決断には責任が伴うのだ。
俺は山刀を雌狼に向けて振り下ろし、頭部と胴体を切り離した。またも、血が俺に降り注いだ。
「きったねぇ! やめろって言ってんだろうが!」
ついついテンションが上がると独り言を言ってしまう。悪い癖だ。反省だな。
狼の血で全身が汚れてしまったから、また用水路にでも飛び込むかな。今回は冷静だから、前みたいに汚れたままで他人に迷惑はかけずに済みそうだ。やっぱり平常心が一番だな。今の俺の状態は言うなれば明鏡止水だな。澄み渡っているな。
そうだ、この大手柄を先生にも見せてあげよう。きっと先生も褒めてくれる。俺は褒められて伸びるタイプなのだ。褒められても褒められすぎることはない。
そう考えて、俺は雄狼の頭部を胴体から切り離した。山刀を鞘にしまい込み、両手に狼の頭部を持って神殿に歩いて行った。頭って結構重いのな。
神殿に着くと、扉の前にどんと二つの頭を並べて置き、先生を呼び出した。
しばらくすると、重い扉がゆっくりと開き、いつもの微笑みを湛えた先生が現れた。
「やぁガズ君、きょうも――。」
「今日も自由です!」
先生の挨拶に割り込んで、さっさと挨拶を終わらせると俺は今日の手柄を自慢し始めた。
「先生、どうですかこれ! 私一人で二頭も殺してやりましたよ。いやぁ、なんか森の中で盛ってやがったんですよ。そんな事許せるわけないですよね。だから、二頭まとめて殺してあげたんですよ。狼達に子どもなんてつくらせるわけには行かないじゃないですか。神様もきっとお喜びになられますよ。それにきっとアルも喜んでくれてる。あぁ、今日は素晴らしい日だ。こうやって首を並べてると、晒し首みたいですね。アハハハハ! 晒し首だ、晒し首! ここは三条河原ですよ。三条河原。晒し首って言ったら三条河原ですよね! いやぁ、無様なもんですね! 三条河原で晒し首! 村の皆にも見せてあげようかな! 修学旅行で行った京都が懐かしいなぁ。先生は京都に行ったことあります? 私は嵐山の桜が思い出深いですねぇ。ここが三条河原なら、ここはイーガルンドの京都になりますね。いやぁ観光客集まったらどうしよう。困っちゃいますね。アハハハハ!」
「ガ、ガズ君、とりあえず落ち着こう。ね。落ち着こう。」
何故か、先生の顔から微笑みが消えている。声が震えて、まるで何かに怯えている様だ。
「先生、私は落ち着いていますよ。三条河原で明鏡止水ですよ。わかりますか。」
「とりあえずさ、汚れをね。落とそう。そうだよ。前みたいに用水路で汚れを落としたらどうかな。うん、それが良いよ。そうだね。うん。汚れを落とそうねガズ君。」
「そうですね、さっさと落とさないと体の中まで穢れちゃいますね。ちょっと汚れ落としてきます。」
先生の態度に違和感を覚えながらも、俺は軽い足取りで用水路に向かい、勢いよく飛び込んだ。山から流れる清冽な水が体の穢れを払っていく。流れていく血を眺めながら、俺は先生の態度の違和感について考え始めた。
先生は何かに怯えていた。もしかして、先生は狼がまだ生きていると思ったのだろうか。いや、流石にそれは無いだろう。首だけになって生きているほど、逞しい生物ではない。もしかしたら世界にはそういう魔物が居るのかもしれない。先生は首だけになっても襲い掛かってくるような魔物と相対するような修羅場をくぐってきたのだろうか。先生に武闘派な印象は無い。どちらかと言うと平和主義者のようなイメージだ。しかしアナーキストなので、陰では相当な修羅場をくぐってきているのかもしれない。もしかしたら先生の仲間が晒し首にされたりしているのかもしれない。そうだとすれば、先生のトラウマを抉ってしまったことになる。これは大変な失礼を働いてしまった。何が明鏡止水か。なにも冷静では無かった。もっと先生のことをおもんばかって行動すべきだった。なんて軽率な行動だったんだ。
俺は汚れを落とし終えると、びしょ濡れのまま重い足取りで、神殿に向かった。
神殿の前では、狼の頭部が燃えあがっていた。ゆらゆらと立ち上る煙が狼たちの魂を具現化しているように見えた。どうやら先生が、魔法で燃しているらしい。先生なりの供養と言う事なのだろうか。やはり、首を晒すと言う事に強い抵抗があるのだろう。俺の軽率な行動が先生のトラウマを抉ってしまったのだ。きっとそうに違いない。謝らねば。
「先生! 晒し首なんて軽率な行動をしてしまい、大変申し訳ありませんでした。先生のお仲間が晒し首にされている可能性があることぐらいは想像しておくべきでした。本当に申し訳ありません。」
「ひっ、なに!? 仲間? 晒し首? 何の話をしているんだい? 用水路に飛び込んでもまだ駄目なのかい?」
先生は、酷くおびえた様子でこちらを見ている。これ以上近づくなと、先生の目が強く訴えかけてくる。
もしかして先生の仲間が晒し首にされたわけじゃないのだろうか?自信が無くなってきた。
「えっと、私が狼の首を晒し首にしたことで、せ、先生の仲間が晒し首にされてしまったことを思い出させてしまったと思ったんですが……えっとあの、違いますか?」
「違うも何も、何の話か全然分からないよ。君が急に大笑いしながらサンジョーガワラ? とか何とか叫びだすから、また混乱しているんだろうと思って頭を冷やさせるつもりで用水路に行かせたんだけど。その様子だと全然冷静になれてないみたいだね。」
もしかして俺に怯えているのか?なんかそういう感じっぽいな。いや、ほぼ間違いなくそうだな。俺が怯えさせたのか。何でだ?三条河原がダメだったのか?三条河原って有名じゃないか?いや、待て待て、三条河原は日本の話だ。通じるわけが無い。なるほどね。そういうことか。平常心もくそもあったもんじゃなかった。よくよく考えてみれば、扉を開けたら、血まみれの子どもと狼の生首に、ご対面なんて、ゴア表現もいいところだ。完全にスプラッター映画の世界だ。しかも意味不明な言葉を叫びながら大笑いし始める。完全にホラーだな。
あぁ俺はまたやってしまった。これだから狼は嫌いなんだ。先生に迷惑をかけてしまう。これも全部、狼のせいだな。俺は悪くない。俺は悪くない。
とまあ、そんな事件があったせいで先生は俺が狂気じみているという認識を再確認したらしい。これ以来、時々先生はこの話題を出そうとして、俺が無理やり止めると言うのが一種のお約束になった。ある意味、仲が深まったと言える。万事塞翁が馬とはこのことなのだなぁと俺も故事成語を再確認したので、WIN-WINの事件だと言えるだろう。
山田はチーレム主人公になる予定だったのに、いつの間にかスプラッタ野郎になっている。
どうしてこうなったんだ。
次回 山田、村を案内する




