23. アナーキー・イン・ザ・スヌオル村
魔天の翼 第28席 流星のガズ 推してまいる!
あんたに俺の闇を切り裂く流星が見切れるかな!
英雄になるとナーシル先生に宣言した日から、俺と先生との関係は少し変わった。先生の方から話しかけてくる機会が増えた。それに時折、俺の前で感情を露わにするようになった。別に激高するわけではないが、俺がサボっていると、たしなめてくれたりするようになった。そして楽しそうに魔法や精霊について語ってくれることも多くなった。
そして一番大きく変わったのは、挨拶だ。今までは、”おはよう、こんにちは、こんばんは、”的な世代を超えて愛されるスタンダードスタイルだった。ところが、あの日を境にがらりと変わってしまった。
「やぁガズ君、今日も自由かい。」
これだ。”今日も自由かい”これがナーシル先生の挨拶になってしまった。むしろ聞き返したい。お前はこんな辺境まで飛ばされて自由なのかと。こいつは肩まで伸びたロン毛と言い、ヒッピーか何かなのかと思う。まぁヒッピーなんて実際に見たことも会ったこともないんだが。
「はぁ、まぁ今日も自由ですね。」
いつもこんな感じの返答をする。かなりいい加減だ。時間があるから先生のもとを訪ねているのだから、これ以外に返答のしようがない。とにかく自由を推してくるので困惑してしまう。時々、ナーシル先生はアナーキストで、俺はテロリストとして養成されているのではないかと不安になる。俺は体制派、保守派、権威主義、何でもいいが、権力の犬なのだ。世界を変えたいだとか、国を変えたいだとか、そんなことは一切考えていない。政治とかそういう難しいことは、専門家に議論してもらいたい。
俺の仕事は、いつかそのうちどこかに現れる可能性があるかもしれない、悪神の侵攻を食い止めることだけだ。それも救世の英雄たちが組織したパーティーの一人として、陰ながら支えるのだ。パーティー構成員Aとして、英雄たちが激しい戦闘を繰り広げるのを遠くから援護するのだ。”クソ! なんて力の応酬なんだ! これじゃ近寄れねぇ!”みたいなことを言いながら手裏剣を投げるポジションを目指しているのだ。手裏剣と言う珍しい武器で、ちょっとだけ目立って、顔と名前を売っておく。そうすれば一件落着した時には、英雄たちの一員として認知されていてチヤホヤされるはずだ。そしてさらに上手くいけば、彼女もできるかもしれない。完璧なプランだ。
なので間違っても反政府勢力の構成員という肩書がついてはいけない。その肩書が付いてしまうと、政府から要注意人物扱いされてしまうだろう。そんなことになって、良いことがあるとは思えない。そして、そんなレッテルが貼られてしまったが最後、カタギに戻るのは非常に困難だろう。反政府勢力として自由を求めて、逆に不自由この上ない生活を強いられるとは皮肉なものだ。俺はお天道様の下で堂々と自由に暮らしたいのだ。
俺はいつもの微笑みを湛えた聖者のようなナーシル先生に誘われて、町はずれのバーを訪れた。先生がペンキがところどころ剥げた黒いドアをノックすると、中から人の声が聞こえた。俺には聞き取れなかったが、先生にはちゃんと聞こえたようだった。先生がドアに向かって、なにごとかを呟くと錠が開く音が聞こえ、中からドアがゆっくりと開かれた。金属がこすれる甲高い音が耳に障った。ドアは表向きは木製だが、金属が裏に仕込まれているらしかった。俺はこの時点で不審に気づくべきであったのだが、その時はただのデザインなのだと思って特段気に留めることも無く店の中に入ってしまった。
中には十数名の男女がカウンターの前の丸椅子に座っていた。みな一様にナーシル先生に挨拶すると、俺を値踏みするかのように足元から頭までを見上げていった。
「新入りを連れてきたよ。私の教え子のガズ君だ。」
先生が俺の頭の上に手を置きながら店内の皆に俺を紹介した。
「先生の直弟子ですか、これは期待させてもらってもよろしいんで?」
先生と同じ髪型をした、長身痩躯の男が期待に満ちた顔で俺を見て言った。
「まだ子供だからね、これからに期待さ。だけど才能はあると思ってるよ。この子には殺しの才能がある。」
先生が一層、目を細めて俺の頭を撫でまわした。不気味な笑い声があちこちから上がった。俺は恐怖を感じ、おずおずと先生に聞いた。ここはバーではないのかと。
「ここは集会所みたいなもんさ。」
先生はそう応えると、続けて店内の男女に向かって声を張り上げた。
「みんな、ガズ君を歓迎しようじゃないか! ようこそ魔天の翼へ!」
店内の方々から歓迎の声があがる。
先生は、とびっきりの笑顔を作りながら俺の耳元で囁いた。
「Welcome to Underground」
今でもその時の、先生の顔と声は明瞭に再生できる。あれが一種のイニシエーションだったのだろう。
その時から、俺は反政府勢力”魔天の翼”の一員として活動することとなった。魔天の翼での活動は常に死と隣り合わせのワクワクとドキドキが一杯で、動悸が止まらない。寿命が縮む。あの時、バーに行かなければと何度も後悔した。だが、俺はもう魔天の翼に無くてはならない存在となってしまった。もうあの村での牧歌的でぬるい凪いだ生活には戻れない。村での生活は俺には眩しすぎる夢幻のようなものになり果てた。
っていう所まではシミュレーション済みだ。ナーシル先生にバーに行こうと誘われても、断る心づもりはできている。断固拒否だ。死んだ母の遺言でバーに行ってはいけないことになった。俺の中だけで。うちの村にはバーが無いと言う、そもそも論が立ち上がってしまうこともあるがロマンを壊してはいけない。村はずれの馬屋がアジトで、村人皆でレッツパーリィは駄目だ。ただの酒盛りと、百姓一揆にしかならない。そんな反政府行動は認められない。現実的過ぎて、死亡エンドしか想像できない。死と隣り合わせというロマンが生まれないのだ。なので却下させて頂く。
「それは良かった。今日は何を学びたい? 君の自由意思で決めるんだ。」
ナーシル先生に現実に引き戻される。先生はいつも何をやるかを俺に決めさせる。そして選んだからにはしっかりやれと言うのだ。しっかりやれと直接的に言う訳ではないが、そういうニュアンスの言葉を伝えてくる。ただ、何をしていいか俺が迷えば、選択肢をくれる。こういう魔法の練習はどうだとか、この本を読むのはどうだとか、そういった具合だ。選択肢は無限にあるが、最近はドワーフ語の勉強をするようにしている。おそらく京極さんが居るであろうドワーフの国に行く準備だ。
先生は、ドワーフの国に留学していたことがあるらしい。なのでエルフ語、ドワーフ語を喋るバイリンガルである。それに読み書きだけなら、大聖龍帝国の帝国共通語もできるらしい。そんなエリートにも関わらず、こんな辺境に飛ばされてきているという事実が、俺の中のナーシル先生ヤバい思想家説を確固たるものにしている。少し田舎で頭を冷やさせようとしたとか、危険すぎるから中央から追い出したとか、ここに至る経緯が気になって仕方がない。気になりすぎて夜しか眠れない。健康そのものだ。やったぜ。
そんなわけで、魔法とドワーフ語の習得を目指して研鑽に励む毎日である。自分でやると言ったからにはやらざるを得ない。自由意思と言いつつ、意思を表明した瞬間に自由では無くなると言うのはどういうことなのだろうか。もう俺にはよくわからない。自由ってなんなんだ。インテリ様たちはどういう哲学に則って自由を謳歌しているのか。ナーシル先生の言う自由とはなんなんだ。今の俺は自由なのか。
そんな思春期的なことを考えたり考えなかったりしながら、日々は過ぎて行った。少年老い易く学成り難しである。
妄想もほどほどに




